吹き荒ぶ風、奏でる音   作:M-SYA

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お待たせしました。

本編35話です。

それではどうぞ!




二人の想いは

 

「……けじめってどういうことだよ」

 

 たこ焼き屋で店員として働いていた千砂都と会い、俺は彼女がダンス大会に出る意図を問うていた。

 

「前にも話したけど、颯翔くんはかのんちゃんの隣でダンスを極めるっていう夢を持ってた。そして、その実力は同世代の中でも指折りを誇っていた。それは私にとってすごく自慢できることだった」

 

 千砂都は用意していたコーラを手に持ちながらしみじみと話し始める。彼女が言っている通り、昔の俺はかのんが音楽をやる隣でダンスを極めるという夢を持っていた。そして、その夢を抱えたまま経験を積み、いつしか同世代の中では負け知らずとして有名だった。

 

「でも、私はそんな順風満帆だった颯翔くんの夢を壊した。颯翔くんを二度とダンスができない身体にしてしまった」

 

 千砂都が語るのは俺がダンスをやめる原因となった事故。今でも忘れられないあの時の痛み。そして、医師から告げられた運動やダンスも自粛せよ、という無慈悲な言葉。

 

「だから、それはお前のせいじゃないっていつも──」

 

「それで私が納得すると思う!?」

 

 あの事故は俺が無茶をしたから起きたこと。そう千砂都に訴えようとしたが千砂都は眉間に皺を寄せながら俺の言葉を否定する。ここまでの剣幕で俺を一蹴するのは見たことがない。

 

 だが、いきなり大きな声をあげて驚かせてしまったことを千砂都はすぐに詫びる。

 

「……ごめん。でも、颯翔くんがそう思っていたとしても私は納得しない。だって颯翔くんがそこで無茶をする原因を作ったのが私だから」

 

 千砂都がそう話す中、俺の記憶を駆け巡るのは大怪我を引き起こすことになった要因。

 

 

 

 ────千砂都と二人で遊んでいた公園。その手には各々の顔をなぞらえた風船があり、和気藹々と会話に花を咲かす二人。そして、遠くに見えた風船。────

 

 

 

「……それは……」

 

 千砂都の言葉に俺は何も言い返せなかった。絶対に違うと言い切れないのは心のどこかで彼女が言っていることも真実だと認めているからだ。

 

「颯翔くんは優しいよ。いつまでも泣いてた私に、ちーちゃんが謝ることはない、って声をかけて励ましてくれて……。私はいつも颯翔くんの言葉に助けられてた。でも、それで颯翔くんの夢を潰した代償は払えるの?」

 

「…………」

 

「私は絶対に出来ない。かのんちゃんを支えるって決めてた颯翔くんを私が殺してしまった。だから、その責任として私がかのんちゃんを隣で支えるの。()()()()()()()()()

 

 千砂都はコップを持つ力が強くなり、彼女の手に握られていた紙コップは少しずつその力に圧され変形させていた。

 

「颯翔くんが叶えられなくなった夢を私が背負う。颯翔くんの想いも背負って、ダンスでかのんちゃんを支える。だから、その力試しとしてダンス大会に出るの」

 

 千砂都はそう語りながら空に浮かぶ満月を見つめる。幼い頃に潰えた俺の夢を継ぐという彼女の目には満月を照らす光が幾分か集光し、覚悟の想いともとれる眩しい輝きを放っていた。

 

「私、今までこういった大会に出たことがなかったから、今こそそれを試す時だって思ったの。そこで功績を掴み取れてこそ、かのんちゃんの隣で……颯翔くんの想いを背負って立つことができるから」

 

「千砂都……」

 

「だから今度のダンス大会、応援してほしいな。と言ってもまだ3ヶ月後の話だけど……でも、颯翔くんが成し得なかった夢を私が叶えてみせるから」

 

 千砂都は温かい笑顔で俺にそう訴えかける。夢を追えなくなってしまった俺の意志を継いで、かのんの隣に立ってくれるというのだ。

 

 傍から見ればすごく聞こえは良い。夢に向かって走れなくなった友人のために自分がバトンを握るなんて、テレビ番組でもよく放送される感動ものだ。この状況に全くの無縁な第三者はなんて感動する話だ、と思わず涙してしまうだろう。

 

 

 

 だが、その張本人である俺はその傲慢な考えに苛立ちを隠せなかった。

 

 

 

 

「……ふざけるなよ」

 

「えっ……?」

 

 突然の怒りに千砂都は驚きを隠せない。大方、俺の代わりにかのんを頼む、とでも言ってくれると思っていたのだろう。だが、そんなお涙頂戴なセリフが俺の心から出てくることは決してなかった。

 

「俺の意志を継ぐだと? 勝手に俺の夢を潰すんじゃねえ。俺は完全に夢へ走る道を断たれたわけじゃねえぞ。現にこうして身体を動かすことはできる。まだ完全に俺の人生が終わったわけじゃねえんだ」

 

「……颯翔くん、でも……!」

 

「それをお前は自分の好きに解釈して、俺を二度と夢の負えない可哀想な人間に仕立て上げた……。誰がいつ二度とダンスができないなんて言った? まだ俺は戻るつもりでいる。その為に少しずつ身体の調子を直していこうとしてんだ」

 

 千砂都は彼女のなりの優しさで俺の想いも一緒に連れていくと言ってくれていることはわかる。ダンスは自粛しろと宣告されて、絶望に打ちひしがれていた俺を励ますためにそう言ってくれていたのだろう。

 

 だが、そんな彼女の正義感に満ちた優しさが今は腹立たしかった。そんな怒りを露わにするようにイスを強く引いて音を発しながらその場で立ち上がる。

 

「何も頼んでないのに、俺の意志を勝手に背負うとするんじゃねえ!!」

 

「……颯翔……くん……」

 

 とてつもない剣幕で捲し立てられ千砂都は声を失う。いつも横で笑ってくれていた少年が鋭い目つきで自分のことを睨んでいる状況があまりに予想だにしない出来事で何と言えばいいのかわからなくなってしまったのだ。

 

 だが、これが俺の本心だ。自分の中では完全にダンスの道が潰えたわけではない。もう一度ステージに立てる機会はあると信じているのだ。結高に入るまで漫然と過ごしてた俺がもう一度頑張ろうと思えたのもかのんと可可のステージで力をもらったからだ。今までの情けない自分から変わりたいと密かに思っている自分がいたのだ。

 

 それにも関わらず、俺の心も知らぬままひとり決意を固めている千砂都を俺は許せなかった。

 

 しかし、一概に千砂都の決意を否定するわけにもいかないと思い、彼女の意志を汲んでやろうと俺はあることを思いつく。

 

「……それなら、一つ条件を出してやる」

 

「条件……?」

 

「そのダンス大会……()()()()

 

「えっ……!?」

 

 あまりに突拍子もないことを告げられ、千砂都は目を見開く。そんな彼女に言葉を挟む余地を与えずに俺は言葉を続ける。

 

「その大会に出て、俺と勝負だ。そこで俺に勝ってみせろ」

 

「だけど颯翔くん、身体は……?」

 

 千砂都は至極当たり前の質問を飛ばす。本人がやると言っても身体がついてこないが実情だろう。

 

「そんなの動けるようにするに決まってるだろ。大会までは3ヶ月ある。それまでにダンスは仕上げてやるさ」

 

「でも……」

 

 なおも口を挟もうとする千砂都。そのどこまでも俺を気遣う姿勢が今は煩わしかった。

 

「お前はいつまで俺の心配をしてるつもりだ。人の心配をする暇があるなら自分の心配をしろ」

 

 煮え切らない千砂都に俺は先ほど提示した勝負の条件を伝える。

 

「この大会でお前が勝ったら、その時はお前に意志を継がせられるとして俺は負けを素直に認める。だが、もし俺が勝ったらお前は二度とダンスをやるな」

 

「…………っ」

 

 ダンスをやめろ、そう告げられた千砂都は唇を強く噛む。こんな悲しいことを言われてしまうことになったこの状況を悔やんでいるのだろうが、そんなことはお構いなしに俺は話を続ける。

 

「なんだ? 俺の意志を継ぐ、なんて大口を叩くなら俺に勝つことくらい通過点に過ぎないだろ? ……本気でやろうとしてるならそれくらいやってみせろ。お前の考えが正しいというのなら俺に勝ってみせろ!」

 

 俺は自分の胸に拳を当てながら千砂都に言い放つ。俺のことを蔑ろにしたことも今回の勝負を決定づけるものではあったが、一番は彼女がどれだけの実力を有しているかだった。彼女の覚悟がどれほどのレベルなのかがわからないからこそ、この大会でその技量を語ってほしかったのだ。音楽に関して高いポテンシャルを秘めているかのんの隣に立つということも、ダンスの実力は抜きん出ていた俺の想いを背負うということも、それだけ重いことなのだ。

 

「……わかった」

 

 千砂都はしばし考え込む素振りを見せたが、自分の中で決心がついたのか厳格な表情に変わる。そして、俺と同じようにその場で立ち上がり正面から俺を見据えた。

 

「その勝負、乗るよ。私は絶対に颯翔くんに勝つ。そして、颯翔くんに認めさせてみせる」

 

「決まりだな。急に気持ちが変わって逃げるなんて言うなよ?」

 

「それは颯翔くんも同じだよ? 私にここまで発破をかけておいて、後からやめます、なんて言ったら許さないから」

 

「当然だ。男に二言はねえ」

 

 千砂都の煽りにも取れる発言に俺は一笑を交える。そして、逃げないことを明言し、その約束とも言うように俺は拳を彼女に突き出す。千砂都もその気持ちを理解したように自分の拳を突き合わせる。

 

「お互い、いい勝負になることを楽しみにしてる。それじゃあごちそうさま」

 

「……颯翔くん!!」

 

 時間をだいぶ経過していたこともあり、俺は食事を出してくれたお礼を告げてその場を後にしようとする。その時、背中から千砂都の声が響き渡る。

 

「私の想い、絶対に! 見届けてよねー!!」

 

 彼女の言葉を背に受けながら、返事をするように右手を挙げた。

 

 

 

 たこ焼き屋と彼女の姿が見えなくなったことを確認し俺は街角の建物に身を預ける。

 

「はぁっ……。言っちまったなぁ……」

 

 建物に背を預けながら俺は空を仰ぐ。先ほどまで高潔に輝いていた月もいつの間にか発生していた雲によって幾分か霞んでいるように見える。まるで先ほどまで固まっていた俺の意思が、緊張の糸が切れて思わずブレてしまいそうになっていることを予見しているように。

 

「千砂都は、そこまで俺のことを……」

 

 千砂都にとって俺とかのんは特別な存在だろう。独りだった自分を救ってくれた友人、そして弱かった自分を変えてくれた恩人としてその恩義を深く感じているのだろう。その確固たる意志がどこまで頑丈なのかがわからないが、少なくとも最後の彼女の返事からは、簡単には壊れない鋼の意志を感じた。故に俺はあいつとの勝負に少し畏怖していた。

 

「……これからどうやって身体を作っていこう……」

 

 千砂都に啖呵を切ったはいいものの、次のステップへの進み方がわからなく俺は暫くその場を動くことができなかった。

 

 






湧き上がる熱意、意図せぬ失意。



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