吹き荒ぶ風、奏でる音   作:M-SYA

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お待たせしました。

本編36話です。

それではどうぞ!




はじめの一歩

 

 千砂都と別れてから、周囲の喧騒に耳を傾けることなく家へまっすぐに帰っていた。その最中に頭の中をよぎったのは千砂都が言ったこと。

 

『颯翔くんが叶えられなくなった夢を私が背負う。颯翔くんの想いも背負って、ダンスでかのんちゃんを支える』

 

 曇りひとつない笑顔で言い放ったそれは俺にとって暖かいようであまりに冷たい言葉だった。

 

「……簡単に夢を背負うなんて言うなよ。俺はお前に預けられるほど弱くないし、お前も俺を背負えるほど強くないだろ」

 

 ひとり、周りに目もくれずそそくさと帰る俺はボソッと呟く。俺のボヤキはすれ違う人々の耳に留まらず都会の騒めきの中に隠れていった。

 

 しかし、彼女に対して苦言を呈すばかりでは仕方がない。今は彼女と約束した勝負のために自分にできることを始めなければいけないのだ。もう一度ダンスをやれる身体にするために何ができるのか、それを探さなくてはいけない。

 

「……無理に負担をかけて、本当に二度と運動ができない身体になったらどうするか……」

 

 中学でここを離れて以来、かかりつけの先生の元で診てもらっていないため、リハビリを積もうにも当てがまるでない。スポーツジムで身体を鍛えても身体に負荷をかけるのみで、どの程度まで耐えられるのかが自分でもわからない。新しく始めようと言ったはいいもののどこから手を付ければいいのか、まさに路頭に迷っている状態だ。

 

 どのようにして、大会に向けて身体を作ろうか考えていたら、気がついたら家に到着していた。考え事をしていると本当に時間の経過が早く思えてしまう。気分が暗くなっている今、先行きの見えないことでどんなに不安を抱いていても仕方ない。

 

「ただいま」

 

 普段と変わらない挨拶で家のドアを開ける。そして、荷物を置きに自部屋へ入っていく。鞄を机に置き、ネクタイの紐を緩めていると俺の部屋をノックする音が聞こえてきた。

 

「颯翔、おかえり。随分と遅かったけど、一体どこをほっつき歩いてたんだ?」

 

「ただいま。まぁ、色々とあったんだよ」

 

 事ある毎に帰る時間が遅くなる俺に凪は心配気味に苦笑を漏らすが俺は気に留めない。凪も軽くため息をつくと「そうか」と言って部屋を出ようとする。だが、そんな凪を俺は思わず引き止める。

 

「……なあ、凪」

 

「ん? どうした?」

 

「俺、もう一度ダンスをやれる身体になれるのかな」

 

「本当にどうしたんだ、藪から棒に」

 

 唐突にダンスのことを口にする俺に凪は驚きの声をあげる。凪は俺を思ってダンスのことを触れないようにしていたのに、俺から話を切り出したもんだから変なものでも食ったのかと心配しているのだろう。

 

「今日、千砂都と会ってさ。あいつ、ダンス大会に出るって言ってたんだ。……俺の意志を背負うため、なんて口八丁なことを言ってさ」

 

「千砂都ちゃんが……」

 

 凪は静かに呟き、俺の言葉を噛み締める。千砂都がそこまで俺のことを本気で考えていると思っていなかったのだろう。

 

「俺のことをわかってるかのように言ったあいつに腹が立っちまって、俺もそのダンス大会に出るって言ったんだ」

 

「ほう……? お前がダンス大会に出るって……?」

 

 凪は怪訝な表情を浮かべながら俺の発言を確認する。自身としても、当時は条件反射に物を言ってしまったなと、今になって猛省しているが口に出した以上は後には引けない。

 

「あぁ、ダンス大会は7月でまだ3ヶ月ある。それまでにもう一度ダンスをやれるようにしたいなと思って」

 

「お前、自分で相当バカなことを言ってることはわかってんのか?」

 

「今となってはアホだなって我ながら思うよ。でも、その言葉に嘘はないんだ。千砂都が本当に俺の意志を背負うに値するのか、あいつの本気がどれだけなのか、誰よりも近くで見たかった」

 

 凪に毒を吐かれるも俺は気にせずに本心を吐露する。俺が見たかったもの、それは千砂都の覚悟とダンス技量。俺やかのんの後ろをついてくるだけだったかよわい少女がどれほどに成長しているのか誰よりも近いところで見届けたいのだ。

 

「あいつの本気に、真剣に向き合うために俺も本気で挑みたい。だからそのためにもう一度ダンスをやれるようにしたいんだ」

 

「颯翔……」

 

 身体の融通が利かない今の俺が、昔のように全力でダンスをやれる身体になるまで相当な時間が必要だ。身体を慣らすためのリハビリ期間、衰えた体力・筋力を戻す時間、ダンステクニックをこなすための時間。最低限の必要事項としてもこれらが上げられるが、これらを3ヶ月の間で仕上げるというのはかなり至難の業だと思う。現時点でスタート地点にすら立ててない俺がダンス大会に出られるまでに回復するかどうかもわからないのだ。

 

「お前の気持ちは分かった。だが、お前が本気であの子とぶつかるのは相当な努力が必要だぞ? それに努力だけじゃない、運動に伴う身体の本気の悲鳴とも正面から向き合わなくちゃいけない。その覚悟が……お前にあるのか?」

 

 凪の警告は尤もな内容だった。これまでは身体に痛みが出てきたと思ったらすぐに痛みを抑えるように負荷を和らげていた。だが、大好きだったダンスをもう一度やれるようにするとなると、その痛みから逃げることは許されない。これまでの甘やかしは通用しなくなる。

 

「……あぁ」

 

 凪の問いに俺は覚悟を決めた返事をする。いや、既に決めていたと言ってもいい。

 

「俺は……俺の本気で千砂都に答える。だから、逃げるつもりはねぇ」

 

 躊躇を挟まずに続けた言葉に嘘はないと信じたのか凪は軽く頷いてみせた。

 

「分かった。それなら俺も真剣にお前の望みに付き合ってやる。俺の部屋に来い」

 

「ん? あぁ……」

 

 凪に言われるままに後ろをついていく。そして、凪の部屋に入るとパソコンが起動したままで、ゲームをしていた途中なのかヘッドホンが無造作にキーボードの上に置かれていた。

 

「……あいつは返事あるかな〜?」

 

 凪はボソッとそう独り言を呟きながらチャットツールを開いてメッセージを打ち込む。タイピングの音が速く、傍から聞いてて気持ちが良いものだ。

 

「あいつって……知り合いに医者でもいるのか?」

 

「そいつ本人がってわけじゃねえけど、親が医者をやってるって話を聞いたことがあるんだ。だからそれを聞いてみる」

 

「……それってネットで知り合ったのか?」

 

「おうよ、それに本人とは直接エンカウントもしてる。同じ都内に住んでるぜ?」

 

「マジかよ……世間って意外と狭いもんだな……」

 

 医者の子供と知り合いであることをさも当然のように語る凪に俺は驚嘆するしかなかった。凪が人と打ち解けやすいのは昔からの事だが、どのような縁でその人と繋がったのだろうか。そして、実際に顔も合わせたこともあるというし、今ではネットで知り合った人と直接会うというのはハードルが低いのだろうか。

 

「ネットの人と話して怖くなかったのか? それに直接会うなんて……」

 

「直接会うっていうのも、それは最近のことだ。俺だっておいそれと顔も知らん人間と会おうとするつもりはねぇ。俺たちはざっと3年ほど前からつるんでてな、それでお互いに大丈夫だろうという合意の元で会ってる」

 

 俺の不安げな様子に凪は笑って答える。やはりインターネットに精通しているからこそ、ネットリテラシーにも人一倍理解が強いようだ。そして、それほどの年月を経てから会ったということは、その人は凪から相当な信頼を得ているように見てとれた。

 

「おっ、返事がきた。それに通話もできそうだな……」

 

 チャットツール上で通話を行うやり取りが進んでおり、凪はヘッドホンを耳に当てて画面上の電話マークをクリックした。

 

「ちょっと静かにしててな……」

 

 凪は口に人差し指を当てながら小声で俺にそう言い聞かせる。声が入ってはいけないと俺も無言でうなずき、肯定の意を示す。

 

「よう()()、お疲れ〜。急にメッセを送って悪かったな」

 

 チャット画面には『コア』というハンドルネーム、そして眼鏡と聴診器が描かれたアイコンが表示されていた。そして、凪は普段と変わらないトーンでコアと呼ばれた人と話し始める。

 

「一個、相談があるんだが……。お前の家って外科の先生だったよな? そうそう、実は前にも話した…………」

 

 凪がコアさんと話している間、俺はパソコンの画面に目がいっていた。

 

 凪はハンドルネーム『ナギ』としてインターネットを使用しているようだった。そして、アイコンはゲームに出てくるであろう女の子のイラストを使用していた。ピンクの長髪をロールアップにしたつり目気味な女の子だが、凪はこういった子が好みなのだろうか。

 

「……颯翔、明日の夕方は空いてるか?」

 

 チャット画面を観察していると凪が突如振り向き、小声で俺に明日の都合を確認してきた。凪がこちらに顔を向けた瞬間にこちらも目を合わせたため、俺の視線は気づかれたかもしれない。あたかも何も見てない風を装いながら小声で返事をする。

 

「明日の夕方は大丈夫だ。何もない」

 

「オッケー、サンキュ」

 

 俺の返事に満足した様子の凪はすぐに画面に向き直り、会話を続けた。この感じをみるに、外科医である親とコンタクトを取ってくれたということだろうか。俺の知らぬ間にとんとん拍子で話が進んでいるようで理解が追いついていなかった。

 

「……了解だ。急にありがとうな。じゃあ、また明日連絡を取り合おうぜ。それじゃあお疲れ〜」

 

 気がつけば締めの挨拶が行われており、『通話終了』のボタンをクリックした瞬間に凪はヘッドホンを外して大きく息をついた。

 

「ふう〜、意外とどうにかなるもんだなぁ〜」

 

「明日、会うことになったのか?」

 

「おう。友達が親に掛け合ってくれたようで話を聞いてくれることになった」

 

 椅子に大きくもたれながら凪は先ほどのやり取りをかいつまんで説明してくれた。凪は俺の身体のことについて既にコアさんに話していたようで相手もすぐに理解してくれたそうだった。

 

「すぐに治せるようになるかはわからんが、まずは話を聞いてもらってそこから次の動き方を決めていこうぜ」

 

「……あぁ。急な相談だったのにありがとう……」

 

「そんなもん気にすんな。一度は夢を諦めた颯翔が、もう一度夢に向かって走りたいって言い出したんだ。それに協力しない奴なんかいないさ。その代わり……あとはお前の気持ち次第だ、そのところはしっかり理解しておけよ?」

 

 凪の言葉に俺はより気持ちを引き締める。もう後戻りはできない、中途半端にやるな、という警告だろう。だが、俺の本音にここまで真剣に付き合ってくれた兄の好意に泥を塗るつもりなど更々ない。むしろ、その好意に応えたい気持ちでいっぱいだった。

 

「あぁ、俺がやらなくちゃいけねえことはなんでもやってやる。このチャンス、そう易々と手放すつもりはない」

 

「よしっ、その意気だ。俺は応援してるぜ」

 

 凪は笑顔を向けながら激励の言葉を飛ばし、拳を差し出した。その返事として俺も笑顔で拳を突き返す。

 

 突拍子もなく始まった俺の我儘にここまでお膳立てを整えてくれた凪には本当に頭が上がらない。俺に出来ないことを平然とやってのける凪をときにずるいと思いつつ、それでも自慢の兄だと豪語できる。そんな兄のメンツのためにも、俺の覚悟をまずは先生にぶつける所からだ。

 

「……ところでさ、このアイコンの子、中々に可愛いと思わねえか? この子の顔といいクーデレな所といい俺の(へき)に刺さってさぁ〜……!」

 

「は、はぁ……」

 

 突然始まる凪の性癖暴露に俺は顔をしかめながら苦言を呈す。

 

 自慢の兄という称号はやはり撤回した方がよかったかもしれない。

 

 






お前が本気だから俺も真剣に応える。


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