お待たせしました。
本編37話です。
それではどうぞ。
凪が俺の身体を診てもらう外科医と取り計らってくれた翌日。凪と事前に約束した通り、彼と放課後に合流し今はその息子である友人との待ち合わせ場所に向かっていた。
「緊張してるか?」
「……まぁ、してないと言えば嘘になる」
元々治らないと思っていた傷だ。簡単に治せますと言えるものではないとわかってはいるが、もし手を付けられないと言われたらという少しばかりの恐怖も俺の中にはあった。
「ははっ、そんな心配しなくても大丈夫さ。最終的にはなるようにならん。上手くいくかいかないかなんて今考えても仕方ねえよ」
「……それもそうか」
あっけらかんと言う凪を見て、俺も妙に不安がっていた自分がバカらしく思えてしまう。『人生は気の向くままに』という精神で過ごしてる凪だからこそ、こういう時にかけるべき言葉を瞬時に理解してくれる。その言葉を聞くと、不思議と俺もいい意味で力が抜けてくる。
「それにしても俺が一番心配しているのはお前よりもあいつなんだよなぁ……」
「あいつって、コアさんか?」
「そっ、別に素行が悪いって言ってるわけじゃねぇんだ。むしろ態度は人並みに良い。だけどな……」
不良少年をやっていたわけではなく、医者の卵という点も相まって優等生の印象を抱いていたがそういうわけではないのだろうか。尚のこと、コアさんがどのような人物なのかが気になってきた。
「……おっ」
ふと凪は正面を見据えて声を上げた。凪の声につられて顔を向けるとそこには高身長の青年が腕を組みながら建物の壁にもたれていた。ビリジアンなミディアムヘアーで端正な顔立ちをしており、これほどにイケメンという言葉が似合う男性はそうそういないだろう。
青年も俺たちの足音に気付いたのかこちらへ振り向き、徐にこちらへ歩き出してきた。
「よっ、
「……気にするな。お前の……頼み事だ……」
男性的な低音ボイスで凪に返事をする要と呼ばれた青年。友人の凪とあっても表情が堅いのはなにか機嫌を損ねることがあったからなのだろうか。
「凪、この人がコアと呼んでる……?」
「あぁ、紹介するぜ。こいつは
「……よろしく……お願いする……」
「は、はいっ。こちらこそよろしくお願いします」
ゆっくり淡々と言葉を紡ぐ要さんに俺は空気がピリッとしている感覚を味わいながら挨拶を交わす。仏頂面な要さんと堅苦しくなる俺を見て凪は一笑する。
「おいおい、要。だから初対面の人間に愛想のねえ挨拶するなっての」
「愛想も何も……これが俺の性分だ……」
「……そりゃそうなんだけどよ……。颯翔、要は朴念仁に見えるが根は優しいからな? 無愛想にされてるからって気にしなくていいからな」
「お、おう……」
凪がここまで言うということは、要さんは感情を出すのが苦手などの類ではなくこういう性格の人間なのだろう。そう考えると妙に力んでいた自分も少し気が楽になる。
「君のことは……凪から聞いている……。もう一度……夢に向かうために……歩き始めたと……」
内心ほっとしていると要さんは無表情で話しかけてくる。凪は昨日の通話の時に『前に話した』と言っており、すでに俺のことを要さんに話している様子だった。
「は、はい」
「その心意気を買って……俺も……出来る限りは……サポートをする。これからも……よろしく頼む……」
そう言って要さんは握手のために手を差し出す。仏頂面ではあるものの言葉の節々や雰囲気からはどこか暖かさを感じる。
「ありがとうございます。改めて、こちらこそよろしくお願いします」
要さんの言葉を噛み締めながら俺は握手を交わす。俺と同じくらいに大きい手だがしなやかで細い指はほんのり温もりを感じる。俺の言葉に要さんも頷いて同意を示す。
「さっ、ここでたむろしていても仕方ねえ。早く出発するぞ」
「あぁ……」
会ってから時間が経過していたこともあり、凪は出発するように声を掛けてくる。要さんも同じように思っていたのか、返事と同時に病院がある方向へ歩き始めた。せっせと前を歩いていく凪と要さんを追いかけるように俺もついていくのだった。
「着いたぜ。ここがミカミ診療所だ」
「ここが……」
歩きはじめておよそ20分。目的の病院が目の前に見えてきた。その名の通り病院の規模としては大きくなくこじんまりとしている。
「規模は小さいが……相応の設備を……有している」
「……そうなんですね」
「俺は……裏から回る……。二人は……受付を済ませてくれ」
「おうさ」
凪の返事に納得した様子の要さんはそそくさと関係者のみが入れる裏口に回っていった。要さんを見送ったのちに凪も俺を一瞥し中へ入るように促す。
「俺たちも行くぞ」
「あぁ」
受付で名前を伝えるとすぐに話が進み、診察室の前へと案内される。待合室には診察待ちの人がそこそこに居たのだが、それを掻い潜って真っ先にやってもらえるとは思わず、若干の罪悪感すら覚える。
「先生にはお前の口で言うんだぞ? ここからはお前の気持ち次第だからな」
「分かってるさ。俺はこんなところでへばるつもりは無いんだ。あいつらに……負けてないと証明するために……」
「颯翔……」
診察室から呼ばれるまでの間、凪から今一度忠告を受ける。俺自身もそれは理解しており自分の意思を嘘偽りなく伝えるつもりだ。かのんや千砂都が俺を置いて高みへ昇ろうとしている様を、指を咥えて見ているつもりはさらさらないのだ。
『湊月 颯翔さん〜?』
「呼ばれたな、行くか」
診察室内から名前を呼ばれ、俺は立ち上がり部屋の中へと入っていく。
中には深緑の髪を有したメガネを掛ける男性が座っており、この人が要さんのお父さんだろう。顔の作りや雰囲気はとても似ている。
「初めまして。私は
「はじめまして、湊月 颯翔です。今回はよろしくお願いします」
「ふふっ、そんなに畏まらなくてもいいよ。もう少しリラックスしてくれればいい」
初めての会合ということもあり、思わず肩に力が入ってしまっていたのだが萼さんはそれを瞬時に見抜いた。さすが、医者ということもあり観察眼は人一倍に長けているようだった。
「さて、早速だが君のことについていくつか聞かせてくれるかな?」
「は、はい」
こうして萼先生による問診が始まり、俺は今回の経緯を話しはじめるのだった。
「……なるほどね。事情は分かったよ」
「俺はとある人と本気で勝負するためにこの身体を治したいです。正直、昔からどこまで自分の身体に変化が起きてるのかまるで分かっていない状態ですが……先生の力をお貸しいただけないでしょうか?」
千砂都との真剣勝負、それに向けてのスタート地点。そこに立てずに終わるのはどうしても避けたい。自分の気持ちに嘘偽りがないことを説明、俺は先生に懇願する。俺の様子を見て萼先生は微笑みを浮かべる。
「顔を上げてくれたまえ。君の怪我……そして、ずっと治らずにいた原因はすぐに解決するよ」
「……本当ですか!?」
すぐに解決すると聞き、俺は前のめりになりながら先生に問いかける。だが、先生はそれを静止するとともにとある忠告を促す。
「あぁ。それと一つだけ覚えておいてほしいことだが、私はあくまで君が動けるようになるための補助をするだけに過ぎない。私たち医者は魔法使いじゃないからね。あくまでも最終的には君自身の手で怪我を治すんだ」
医者として怪我や病気を治すための糸口は見つける。しかし、その後の薬を飲んだり適度な運動をしたり、という日常管理は己が自身で行わなければいけない。力を貸してくれという言葉から先生は俺が勘違いを起こしていると思い、そう注意を知らせてくれた。
「あっ、すみません。でも、解決策があるのならば、それに従うのみです」
「ふっ、良い心持ちだ。さて、君の身体について一つ確認したい。君が怪我を負った時はレントゲンを撮ったのみなのかな?」
「はい。腰を強打したので骨に異常があると踏んでレントゲンを撮ったのですが、何も異常がなくて……」
怪我をした当時、すぐに病院へ搬送されたが骨に異常はなし。しかし身体を満足に動かすことができないとして安静にせよと通告を受けた。それからは大して治療という治療は受けずにここまで野放しにしてきた。
「それではMRIは使ってないのかな?」
「そうですね。あまり大きな病院ではなかったり当時は無理をしないように、とだけ通告を受けただけで他の手段については全く考えがなかったですね」
「……なるほど、原因はそこにあるな」
「えっ?」
全てのピースがハマったと言わんばかりに先生は頷きながらそう呟く。どういう意味なのか困惑している俺に先生は説明を続けた。
「レントゲンでは骨の状態を見るのみであって神経の損傷までは見れない。もし骨に異常が見られなければMRIを用いて神経を見なければいけないのだが、当時の医者もそこまで考えが至らなかったのか……。それとも子どもの回復力を信じたのか……」
当時の医者の不手際に萼先生は頭痛を抑えるように頭を抱える。確かにこうして萼先生の話を聞くと腰痛の悩みは骨が起因か神経が起因かで対応が分かれる。どちらか一方のみの診断を行えば自ずと原因は掴めるのだが、医者としての技量は三流だったようだ。
「だが、下手に運動を促そうとしなかっただけまだ二流と言えるかな」
「えっ?」
「こういった状況の中で原因を掴めぬまま安静にすれば治るからと言って運動を始めていたら間違いなく悪化していただろう。それこそ本当に一生運動ができない身体になっていたかもしれない」
当時は運動は止めろと言われたために授業の体育や学校行事も体育祭を不参加だったりとひたすら安静にしていた。自分でももし悪化したら目も当てられないと考えていたが、そのやり方は間違っていないようだ。
「ただし、ずっと休めばいいというものでもない。適度に身体を動かさなければ神経は凝り固まりずっと治らないままになる。今の君はその状態ということだ」
「なるほど……。ダンスがやれなくなったから、そのショックで何も手がつかなかったのですが、それも逆効果ということですね」
「うむっ、とにかくまずはMRIを撮って様子を見よう」
こうして取得したMRIは萼先生の言う通りだった。神経が圧迫された状態で固まっており、運動などで神経を動かさなかったから圧迫された状態のままずっと生活をしていたのだ。
あまりにも呆気ない原因に俺は失笑するしかなかった。
「なんというか……あまりにも拍子抜けたというか……」
「そうなるのも無理はないね。だが、君の望みを叶えられそうで安心だよ」
想定外の展開だったが、先生は気の持ちようだと気分を入れ替えさせてくれる。確かに過去のことを悔やんでいても仕方ない。今は治る見込みが見つかっただけでも良しと思うべきなのだ。
「これからは君に痛み止めの薬を処方しておく。適度な運動を行っている時に身体に痛みが生じるようなら、それを飲むんだ。それと暫くは君の身体のリハビリも必要になる」
先生はそう言い切ると関係者用の入り口に向いてある人物の名を呼んだ。
「要、来なさい」
萼先生の呼び出しに要さんは数秒の間を以って、姿を表す。病院のスタッフとして白衣を身に纏ったその姿は医者と言われても遜色がない似合いようだった。
「はい」
「これから湊月君の怪我が完治するまで、お前が彼のサポートをするんだ。医者として患者の状態をしっかりと観察することも大切な役目だ」
「わかった」
先生からそう指示をされた要さんは表情を変えずに肯定の意を示しながら返事をする。
「要さんが俺に付いてくれるんですか?」
「あぁ、この子もいずれ医者として世に出る。未来の医者としてこれから訪ねてくるであろう我々を必要としている人たちの為に今は研鑽を積むべきだ」
萼先生は医者の端くれである要さんの経験のために俺の専属医師として付き添わせるようだ。要さんは初顔合わせの時に力を貸すと言ってくれていたが、それがこの事だろうか。
「無論、彼も勉強は真面目にこなしているから知識は相応のものだ。きっと君の相談にも役立つよ」
「わかりました。萼先生、何から何までありがとうございます」
「気にしないでくれ。先ほども言ったが、我々は君たちの復帰の一助をするだけに過ぎない。ここからは君次第だ。わかるね?」
萼先生の言葉に俺も兜の緒を締める。そう、ここまでのお膳立てを整えてもらったのだ。あとは俺の心次第で物語は動く。もちろん逃げるつもりなどさらさらない。
「はい」
「うん、いい返事だ。これからは要としっかりと計画を立てていくことだ。それではこれで君の診察を終わるよ」
「はい、本当にありがとうございました」
萼先生にそう告げられ、俺は頭を深々と下げる。後ろでは俺に続く形で凪も頭を下げている。
「あぁ、お大事にね」
こうして萼先生との初診察は終了した。
そして、ダンス大会に向けてのリハビリ生活が幕を開けるのだった。
未来を守る人たち、それは大輪を咲かせる花のがくとなる。