吹き荒ぶ風、奏でる音   作:M-SYA

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お待たせしました。

本編38話です。

それではどうぞ。




秘めたる思い

 

「恋さん、ちょっといいか?」

 

 初めての通院を終えた次の日、俺は学校で恋さんにあることを相談しようと登校後、すぐに声を掛けた。

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「今度の夏にあるダンス大会、俺も申し込みをしたい」

 

「えっ……颯翔くんがダンス大会に出場するのですか……?」

 

 恋さんは冗談でも言われてるかのように困惑する表情を見せる。今まで運動ができない身体だと聞かされていたのに突然このようなことを言い出すのだから困惑するのも無理はない。

 

「あぁ。これは嘘じゃない。知り合いの医者に診てもらって夏までに身体を治せる見込みが出てきたんだ。その第一ステップとして東京ハイスクールダンス大会に参加する」

 

「ですが……」

 

 俺の説明を聞いても恋さんは納得する様子を見せない。大会まで3ヶ月の猶予はあれど、巷でレベルが高いと称されている大会に身体の事情で動けなかった俺が出場するというのだから信じて送り出すことができないようだ。

 

 恋さんがそう簡単に承諾するとは思ってはいなかったが、やはり一筋縄ではいかなそうだ。

 

「……恋さんの言わんとしてることも分かる。身体を治してすぐにやれることじゃないってことも、ハイレベルな大会に出場するってことも」

 

 俺はそう言いながら目を反らす。だが、すぐに据わった眼差しを恋さんへ向ける。

 

「だけどな、もう一度夢に手を伸ばせるチャンスが出てきたんだ。身体の不調を原因に伸ばせなかった俺のやりたい事が、掴めるかもしれないんだ。それを不意にしたくねぇ」

 

 俺は胸の前で握り拳を作りながら、恋さんに胸中を明かす。突然の怪我により忽然と消えてしまった夢への道。それが突然目の前で形成されようとしているのだ。その一歩を踏むタイミングを見誤りたくない。

 

「大丈夫、どうしてもきつそうであれば降りるつもりだ。そこは無理強いするつもりはない」

 

「…………」

 

「恋さん、頼むよ」

 

 そう言って俺は恋さんに頭を下げる。この大会に懸ける俺の想いはひとしきり話した。あとは恋さんがどのように感じ取ってくれたかを待つのみだ。

 

「……分かりました。それでは放課後に手続きを進めるので一緒に来てくださいね?」

 

 俺の懇願に恋さんは数刻も待たない内に返事を出してくれる。渋々承諾してくれたと思い、少し不安な感情が芽生える。

 

「恋さん……! いいのか?」

 

「いいもなにもそれが颯翔くんのやりたいことなのでしょう? ならば止める理由はありませんし、友人としてそれを応援するのみです」

 

 恋さんはそう言って笑顔を見せる。『友人』として語ってくれた言葉が凄く温かく、少しでも不安を抱いてしまった俺が馬鹿らしく思えてしまう。

 

 恋さんは、当人の想いを蔑ろにする行為は絶対にしない。むしろ少しでも高みへ登れるように手を差し伸べてくれるはずだ。友人として信頼していたはずの恋さんを少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしい。

 

「……ありがとう。恋さん」

 

「ただし、生半可な結果は出さないでくださいね? 颯翔くんの意志は尊重しますが、学校の尊厳もありますしやれるだけのことはやってください」

 

 恋さんはそう言って少しばかりの圧を掛けてくる。だが、本気で言ってる雰囲気は感じられないので彼女なりの冗談を言っているのだとすぐに理解する。

 

「わかってるさ。やるからには半端なもんは見せるつもりはねえよ」

 

「なら、楽しみにしてますね」

 

 冗談だと理解した俺は笑って答える。恋さんも自分の意図が伝わったようで笑顔を絶やさなかった。二人の時間を過ごしていると登校してきた燈香が教室へ入ってきた。

 

「颯翔くん、恋ちゃん、おはよう~!」

 

「おっ、燈香、おはよう。……恋さん、また放課後によろしくな」

 

「はい、わかりました」

 

 挨拶をしてくる燈香に返事をしつつ、彼女に聞こえない声量で恋さんへ声を掛ける。恋さんもすぐに内容を理解し二つ返事で了承してくれた。

 

「ん? 二人とも何かあったの?」

 

「いや、別に何もねえよ。それよりいつにも増して元気がいいけど何かあったのか?」

 

 あまり詮索されたくもないので、突拍子もなく話題をすり替える。燈香の持ち味でもある元気さについて話の重きを置いたら燈香も自分の話になったためかすぐに意識をそちらへ反らしてくれた。

 

「そんな大層なことじゃないけど、あの時二人と一緒に買ったペンダントを考えたらすごく嬉しくなっちゃって……」

 

「なんだかんだずっとその話をしてるよな」

 

 照れるような笑みを浮かべる燈香を見て、俺と恋さんも微笑みを見せる。この話は今日に限ったことではなく、ペンダントを買った翌日から二日連続でこの話を朝からしているのだ。

 

「だって私にとっては誰かとお揃いをできたことが初めてだったからうれしいんだもん」

 

「そうなのですか? 燈香さんは人当たりが良いですから友好関係は広いかと思っていましたが……」

 

 燈香の意外な事情を知り恋さんは驚きの様子を見せる。俺も声に出してはいなかったが彼女の交友関係には少し興味があった。

 

「私……そんなに友達は多くないよ? むしろいなかったと言った方が……」

 

「えっ?」

 

 いなかったと過去の自分を憐れむように話す燈香に俺と恋さんは訝しむ。燈香ほど一緒にいて元気をもらえる人物はそうそういない。むしろ、こんな善人を放る当時の同級生らが異常としか思えない。

 

 一瞬で空気が冷たくなるのを察知した燈香はすぐに笑顔を作って話題を変えようとする。

 

「って、私の事はいいよ! それより二人とも今日って一緒に帰れないかな? 部活がお休みだからせっかくだし一緒にお出かけしたいなって思って……!」

 

「あぁ~……悪い、放課後は野暮用があるんだ」

 

「私もやることがあるので一緒に帰れないです……。すみません……」

 

 燈香の誘いに応えてあげたい気持ちでいっぱいなのだが、先ほど恋さんと用事を作ってしまった手前なので断りを入れることしかできない。

 

「そっか……、でも用事があるのはしょうがないよね! 大丈夫、また次で一緒に帰ろ?」

 

「あぁ、その時はまた声を掛けるさ」

 

 俺たちの都合が悪いことを残念がる燈香だが、引きずっていても仕方ないとすぐに気持ちを切り替える。今日は恋さんとの約束、それと要さんとのリハビリ生活が始まるからこれから先で時間を作ってあげる機会が減ってしまう。それでも、それ以外で燈香とも一緒にいれる時間を作らなければ、と密かに心に決めた俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは礼。ありがとうございました』

 

 その日の授業が終わり、担任の号令で教室内にいた生徒が各々自由行動に移る。

 

「じゃあ颯翔くん、恋ちゃん。また明日ね!」

 

「おう、お疲れ~」

 

「お疲れ様でした、燈香さん」

 

 身支度を済ませ教室を後にしようとする燈香へ手を振って見送る俺と恋さん。彼女の姿が見えなくなると俺も立ち上がり教室を後にする素振りを見せる。

 

「じゃあ恋さん、俺たちも行くか」

 

「はい、それでは行きましょう」

 

 恋さんも俺と同じタイミングで立ち上がっていたようで顔を合わせると自分も行けると合図を見せ、二人で教室から移動するのだった。

 

 俺たちが移動した先は生徒会室。この学校ではまだ生徒会が発足しているわけではないが神宮音楽学校の時の名残として生徒会室と銘打った教室はそのまま残っているのだ。そして、恋さんはそこを仕事の活動拠点としている。

 

「わざわざ時間を取らせて悪いな、恋さん」

 

「気にしないでください。嵐さんの申請の時にも協力していますし、二人で進めた方が早いと思ったので大丈夫です」

 

 恋さんがこの後学校の仕事をやるのか、家に帰ってまったりとするのかは知らないがそれでも俺のために時間を取らせたことに詫びに言葉を入れる。恋さんは首を横に振って気にしていない様子を見せ、千砂都の時の経験もあると頼もしい発言を残してくれた。

 

「こちらが申請の用紙となります。氏名や学校名、その他必要事項について書いてください」

 

「おう、わかった」

 

 恋さんが用意してくれた申請書を確認し、持参していたボールペンを持って内容を埋めていく。二人だけの生徒会室、俺のペンの音だけが響く中、恋さんは言葉を発さずに生徒会室に陳列していたファイルを持参する。自分だけが手持無沙汰になってしまうことが気になってしまうのか少しでも気がまぎれるようにしているのだろうか。

 

「……颯翔くん」

 

 そんなことを考えていると恋さんが突然口を開いて俺に質問してきた。彼女の呼びかけに筆を進めながら返事をする。

 

「んー?」

 

「……颯翔くんがダンス大会に出場しようとするのは嵐さんや澁谷さんが関係しているのですか?」

 

 恋さんの口から千砂都とかのんの名前で出てきて俺は思わずペンを止める。しかし、彼女の顔を見ることができず用紙を凝視したまま固まっていた。

 

「……どうしてそう思う?」

 

「以前の颯翔くんならば、自分の好きなダンスであっても自分の身体面を優先して出場することを断っていたはずです。それが嵐さんの参加が分かってから、すぐに状況が一変した。あの人が颯翔くんに何らかの影響を及ぼしていることはわかります」

 

 自分に目が向かないことを察した恋さんは気にすることなく、そう考えるに至った要因を話し始める。確かに恋さんからしてみれば、俺が今回のような強行手段を取ることが未だに不思議で、まだ違和感を拭えていないだろう。普段は理知的に行動していた───と自分で考えている───俺が突然利己的になってしまったのだ。先ほどは了承をしたとは言え、やはり明確に理由を知りたい様子だ。

 

「それに、この前スクールアイドルとして立っていた澁谷さんも貴方達のお知り合いなのでしょう? それにも()てられて今に至っているのではないかと……」

 

 入学初日のかのんとのやり取り、千砂都との関係性、それらを鑑みて恋さんは自分の中で憶測を立てて俺に話してくれる。正直、ここまで当てられるとは思わず俺もつい息がこぼれる。

 

「ほんと……恋さんって人の事をよく見てるよな」

 

「少なくとも今の颯翔くんのことはほかの誰よりも見ている自信はありますよ?」

 

「それ、男が聞いたら惚れるやつだぞ?」

 

「颯翔くんにしか話していませんので問題ございません」

 

「俺が惚れるっていう選択肢は?」

 

「それこそないですね」

 

「はっ、即答かよ」

 

 突然の告白に照れ隠しの意も込めていつもの茶々入れを試みたが恋さんも俺の相手に慣れてきたからか同じように冗談を交えて返す。堅物だと思っていた恋さんがここまで適応していることに内心驚く。

 

「実際、その通りだよ。俺はあいつらに感化されてこの大会に参加を決めた。あいつらに……負けたくないってな」

 

「どうしてそのように思うのですか?」

 

 恋さんの質問に、俺はペンを机に置いて身体を伸ばしながら説明を入れる。

 

「……あいつらが、俺の知らない間に遠くまで行ってるように思えて自分が不甲斐なく見えたんだ」

 

「…………」

 

「俺はあいつらと幼馴染で、小さいころはいつも一緒だった。俺の前をかのんが走り、千砂都は俺とかのんの後ろをついてくる、そんな関係性だった」

 

 淡々とかのんたちとの関係について恋さんに話し始める。思えば他人にこうして過去の事を話すのは初めてかもしれない。

 

「かのんは子供のころの出来事が原因で未だに治っていないあがり症。そして、千砂都は人見知りでいつも俺たちの陰に隠れてた。あいつらの今を見ると到底この話が嘘に思えるだろ?」

 

「確かに、今の澁谷さんや嵐さんからは想像がつきませんね」

 

 俺の話を聞いて、恋さんはその通りと相槌を打つ。

 

「そのギャップが俺にとって大きなショックだったんだ」

 

「ショック……?」

 

「俺はあいつらと一緒に遊んでた時にある事故で怪我を負って、今も悩まされてる腰痛を抱えることになった。幼いころからダンスが好きだった俺はそれができなくなって途方に暮れていたんだ。これから先、何を目標に頑張っていけばいいんだろってな……」

 

 俺はそう言って天井を仰ぐ。千砂都と一緒にいるときに負った怪我や叩きつけられたような痛みが今になっても思い出される。

 

「自分の将来を憂いながらこの学校に来て、あいつらの変わった姿を見たときにびっくりした。かのんたちとは中学の頃は転校で離ればなれになっていたんだが、小学生の時に見てきたあいつらとはまるで違った」

 

 今でもあいつらとこの学校で初めて会った時の衝撃を覚えている。他者を想うかのんの正義感は相変わらずだが、それに加えて千砂都が明るい性格になっていることも未だに慣れない自分がいる。

 

「その時に思ったんだ。あいつらは時の流れとともに心身共に大きく成長している。それに比べて俺は、あの時から何一つ変わっていなかったって……」

 

「…………」

 

「知らぬ間に自分と違う土俵に立っていることが俺にとって何よりショックで、何も変わっていない自分に途轍もなく腹が立ったんだ」

 

 怪我を負って自由に行動できなくなった俺に「何も変わっていないなんてことはない」と言って励ます人間は少なくないだろう。それこそ今は俺の話を真剣に聞いている恋さんやこの場にいない燈香はそう言って同情してくれると思う。だが、隣の芝生が青く見えることと同じように大きな変化を見せているあいつらの姿がとても眩しく、とても直視することができなかった。

 

「でも、そんな昔の俺とおさらばしたい。いつまでも自分の不幸を憐れんでいては本当の幸せは訪れない。この悔しい気持ちをバネにして挑戦していきたいんだ」

 

 俺は机の上で両手を握り、恋さんをまっすぐに見つめながら胸中を語る。恋さんは笑顔も悲しい表情も見せずただ無言でこちらを見返していた。

 

「……長く話して悪かった。とにかく、俺は動かずにいる俺のままでいたくない。俺なりにやれることを見つけていきたい、その一心でこの大会に参加を決めたんだ」

 

 こうして長い自分語りは終わった。

 

 俺が話している最中、一切の言葉を発さなかった恋さん。それは俺の話を真剣に聞いているからか、聞くことに飽きて他所事を考えていたからなのかはわからない。だが、学校の仕事を挟みながら聞いている様子はなかったので前者だったと予想する。

 

 彼女の反応を待っていると徐に恋さんは口を開いた。

 

「颯翔くんの想いはわかりました。この大会に懸ける想いも澁谷さん達との関係性についても」

 

「恋さん……」

 

「これを聞いた上で私は凄く安心しました」

 

「はっ?」

 

 安心するという、先ほどの話と毛色の違う感想をぶつけられ思わず変な声が出てしまう。だが、同じようにそれを恋さんも自覚しているようですぐに補足を入れてくれる。

 

「颯翔くんのことをけなしているわけではありません。颯翔くんの口からそのような弱音が聞けたことで、貴方の事をより深く知ることができました」

 

「……確かにこうして昔のことを話したことはなかったもんな」

 

 これまでもお互いの過去について詮索しようとしなかった。相手の逆鱗に触れる恐れがあったし、この居心地の良さを壊したくなかったからだ。

 

「はい。それにこうして貴方の想いを知り、私は友人として私にできる精一杯の応援を貴方へかけてあげたい気持ちでいっぱいです」

 

「恋さん……」

 

「自分の信念に、忠実に生きる。今の颯翔くんはすごくかっこいいです」

 

 すごくかっこいい。唐突にそう褒められ俺は少しばかり顔が熱くなるのを感じる。恋さんがそのようにストレートに自分の想いを告白することは今までなかったのに、突然の言動にドキドキが止まらない。

 

「……なんか、すっげえ恥ずかしいけど……あ、ありがとう」

 

「ふふっ、久しぶりに颯翔くんが照れる姿を見られて嬉しいです」

 

「あ、あんたなぁ~!?」

 

 すぐにおちょくる様子を見せ、声を上げて恋さんへ必死にかみつく。だが、まったく気に留めない恋さんの様子に末恐ろしさを覚えてしまう。

 

「それはさておいても、私にできることがあれば遠慮なく言ってください。力になれるならばなんでもいたします」

 

「……あぁ。その時は頼りにさせてもらうよ」

 

 そう言って俺は笑みをこぼす。恋さんも先ほどまでの真剣な面持ちが嘘のように砕けた笑いを見せてくれる。

 

「さっ、長話をしてしまいました。早く申請書を書き進めていきましょう」

 

「おうよ、早速リハビリに遅れるなんてことしたくねえからな」

 

 恋さんに促され俺は止まっていた用紙への記入を進める。

 

 彼女に話してよかった。そう思いながら俺は嬉々としてペンを走らせるのだった。

 

 






周囲の変化、それは自分の変化のトリガー


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