お待たせしました。
本編39話です。
それではどうぞ!
「恋さん、待たせて悪い。書き終えたから確認してくれ」
俺の過去について粛々と語りながらもなんとか東京ハイスクールダンス大会の申請書を書き終え、恋さんに書類を引き渡す。
恋さんも書類の中身に一通り目を通し、記載漏れや誤記がないかを確認する。
「……はい、問題ございません。こちらは私の方で大会運営へ届けておきますから、先に帰って頂いてかまいませんよ」
「いいのか? 俺の事情なのに……」
「言ったでしょう? 私にできることはなんでも力を貸すと。その代わりにしっかりと身体の快復に努めてくださいね?」
俺が出場すると志願したことなのに恋さん頼りにしてしまうことに引け目を感じていると恋さんは笑顔で気に留めない様子を見せる。その上で身体の安静をするように釘を刺されてしまっては何も言い返せない。
「あぁ、これから先生の所へ行ってくるから着実に調子を取り戻していくさ。じゃあ、お先にな」
「はい、お疲れ様でした。また明日」
恋さんに別れの挨拶をして、彼女もまた手を振って俺の姿を見送ってくれた。
結高を出て数十分、俺は要さんとの待ち合わせ場所として指定された代々木公園の一角に来ていた。軽装で来るようにと連絡をもらっていたので制服の下にダンス練習などで使える運動着を着用しているが、何をやるのかは本人からは何も聞かされていない。
代々木公園に来て要さんを探しているとすぐにそれに近しい人の姿が見つかった。春真っ只中ということもあり、水色のTシャツに運動用の短パンと傍から見ればスポーツマンと言われても遜色ない姿で立っていた。
「要さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「あぁ。これから……よろしく頼む」
要さんに一礼すると彼も軽い会釈で返してくれる。早速リハビリを始めるわけなのだが、どうしてこの場所に練習着で来ることにしたのか真意がわからず、まずはそちらの確認から行うことにした。
「要さん、最初に聞きたいんですが……どうして練習着で? リハビリは病院でやるものではないんですか?」
「うちの病院は……そこまで大きくない。スペースも限られているから……おいそれと使用は……できない。それに君は……病院の施設を……利用する必要はない」
「利用する必要がない……?」
「君の治療は……病院でやる必要性が……ない。身体をしっかりと……動かすことが……君には最適だ……」
淡々とした口調で要さんは説明を入れてくれる。病院の施設は骨折をした人など看護師らの協力が必要な上で治療を行う人に向けて用意をしているようで、俺のような自分で快復に努めることができる人物は病院にかかりつけになる必要はないとのことだ。
「なるほど……。では、ここでやるのも柔軟やストレッチを主としている、ということでいいんですか?」
「そういう……ことだ」
要さんの説明に俺も納得がいく。これから病院にかかりきりになると思っていたので、少しばかり堅苦しい生活が続くと身構えていた。その必要もないことを知り俺は内心安堵する。
「では……早速始めていこう……」
こうして、俺と要さんによる二人三脚のトレーニングが始まった。
ストレッチをやるというのは普通の高校生らからすれば造作もないこと。むしろ身体への刺激が足りず物足りなささえ覚えるだろう。運動を始める前の準備としてやっておいて損はないことだが、それでも、もっと面白いことをしたい、早く運動をしたいと無意識のうちに願ってしまうものだ。
しかし、今の俺にはこの準備運動でさえもしんどく感じる。身体を動かした際に腰のあたりから発生する神経痛。当然、今まではこの傷を放置していたも同然だから痛みに意識が行ってしまい、集中できなくなるのも無理はない。だが、痛みと戦いながら身体を慣らすということが予想よりもしんどいという事実に愕然としており俺はこれからの練習に一抹の不安を覚えていた。これでダンスをやらなければいけないのか、この状態で千砂都と戦わなければいけないのかと。
「はぁ……」
柔軟の最中、俺はベンチに腰を下ろしてはらしくないため息をついていた。自分でやると決めた以上、半端な姿を見せるつもりはないと腹を括っていた。しかし、今の自分の立ち位置があまりにも低いことを自覚してしまい、軽く眩暈を起こしてしまうほどだった。
「……大丈夫か」
ベンチで項垂れる俺に要さんは自動販売機で買った水を差し出してくれる。要さんからの好意を受け取ると彼もまた自分が飲むためのペットボトルの蓋を開けて、口の中を潤し始めた。
「正直、想像していたよりもしんどいなって思って。今までサボっていたツケが回ってきたから、いつしかここまで軟弱になってしまった自分が情けなく感じまして……」
「……今まで、身体を労わることを……優先してたんだ。最初は……こうなるのも……無理はない」
「それは……そうなんですが……」
要さんはまだ始めたてだから、として気にすることはないと励ましてくれる。要さんなりの優しい言葉に頭が上がらないが、それでもすんなりその言葉を受け取れない自分もいる。
彼は教育等の中でも様々な人を見てきたから、こういった言葉をかけてくれるのだろうが俺としては初の出来事だ。地道に付き合わなければいけないのも分かるが、この痛みに耐えながらダンスを覚え、ハイレベルな大会に出場するというのは至難の業だ。自分の考えの甘さが出てしまったと後悔さえ覚えてしまう。
「あれ? 颯翔くん?」
要さんとの間で暫し沈黙が続いていると、俺を見つけ声を掛ける人物が現れた。それは用事があるとして放課後の誘いを断ってしまった少女。
「燈香? こんな所でどうしたんだ?」
「あれから一人で原宿の街に繰り出してたんだ。でも、やっぱりどこか寂しくなっちゃって……少し気分転換をしようと思ってこの公園に来たの」
放課後の部活が休みということでせっかくのオフを俺や恋さんと楽しみたかった燈香。誘いを断られたもののそのまま一人でお出かけに明け暮れていたようだ。
「颯翔くんはどうしてここに? それにお隣の方は……?」
燈香は俺の質問に答えると次は自分の番、とここにいる理由について問いかけてきた。
「あぁ、この人は未守 要さん。専属で見てくれることになった……謂わば未来のお医者様ってところだ」
「未来の……お医者様……?」
専属で見る医者ということで、状況が理解できていない燈香。そんな彼女を横目に要さんは彼女の紹介を俺に促す。
「颯翔くん……。彼女は?」
「紹介します。この子は日向 燈香。同じ学校のクラスメイトで、俺の数少ない友人です」
「ひ、日向 燈香です! よろしくお願いします!」
「……未守 要だ。……よろしく」
俺からの紹介を受け、燈香は端的に自己紹介を済ませる。要さんも彼女の一礼に合わせて言葉少なに返事をする。
「颯翔くん、未来のお医者さんってどういうこと? それに……専属って……」
「まぁ、そこから説明が必要だよな……」
致し方なしと思い、俺は要さんと練習することになった背景を燈香は説明する。
「……そっか。そういうことだったんだね」
俺は燈香に今回の経緯を話した。事の発端となった俺の怪我のこと、そして今夏にあるダンス大会に出場すること、その為に要さんと二人三脚のリハビリを行うこと。
俺が話している中、燈香はうんうんと頷くのみで言葉を挟むことはなかった。元々、身体が悪いことは把握してくれているが、大会のことについては燈香自身も思うところがあったのかただ聴いててくれた。
「……俺は自分の夢にもう一度手を伸ばすチャンスを見つけられた。もう夢を見るだけで終わりたくないんだ。夢は……掴み取る為に見るものだから」
「颯翔くん……」
手に力を込めながら語る俺に燈香はどこか寂しげな表情で見つめてくる。だが、そんな燈香を置いて、俺はふと手の力を抜く。
「……なんてキザなことを言ってるけど、さっきまで落ち込んでたんだ。身体の中を刺す痛みに耐えながら快復に努めて……あまつさえ本番までにダンスを仕上げなくちゃいけない。それがこの3ヶ月でやり切れるのかを改めて考えて足が動かなくなっちまってたんだ」
俺はそう言って自虐的に笑みをこぼす。凪や要さん、恋さんに熱意を見せたはいいものの、予想以上の過酷さが待ち受けていることにショックを受け、あまりにも先を見据えられていない自分の不甲斐なさが情けなく思えたのだ。
「……それでも、夢に向かって歩こうと決めた颯翔くんはかっこいいと思うな」
「燈香?」
励ましの言葉を送ってくれる燈香の顔は慈愛の目をしていた。
「だって、せっかく追いかけてた夢を断念しなくちゃいけなくなるなんて、私じゃ立ち直ることはできないよ。これから起こるであろう不安なことを先に考えちゃって足が竦んじゃうと思うから……」
「…………」
「でも、颯翔くんはそんな不安を抱く前に自分のやりたいって気持ちを信じたんだもん。それって未来を掴む為に一番大事なことだと思うんだ。とにもかくにも、まずは
「不安を抱く前に……まずは一歩を……」
燈香の言葉を自分の胸に落とし込む。新しいことを始める上で高低差に関わらず壁が立ちはだかるのは必然だ。先にそびえ立つ障害に畏怖し何らかの対策を講じるか、そもそもその道を歩くことをやめようとする人もいるだろう。
しかし、そんな中で自分の信念を貫いて行動している俺の姿を燈香は純粋に尊重してくれたのだ。それは向こう見ずで行動していた自分を励ますのに十分すぎる言葉だった。
「もちろん、颯翔くんはこれから先もいろんな辛いことや心が折れそうなことに見舞われると思う。そんな時は私も力になるから! ん-ん、私だけじゃない。恋ちゃんも颯翔くんが少しでも颯翔くんの理想とする道へ歩くために協力するから、その時は私たちにも頼ってほしいな」
「燈香……」
「だって……私たち、友達なんだもん」
燈香は祈るように手を合わせながら俺に語りかける。夢を追いかけることを一人で背負うことはない。困った時は友達である自分たちも頼ればいい。彼女の言葉は重りとなっていた心の枷を容易に外してくれた。瞳孔を強めに開いて彼女を凝視していたが、それも笑顔を見せると同時に力が抜けていった。
「そうだな……。俺は独りで挑むわけじゃねえ。要さんや恋さん、それに燈香もいてくれてるんだもんな。みんながいてくれれば何も怖いことはねぇ」
そう言って俺は不意にベンチから立ち上がる。そして、燈香へ感謝の想いを伝える。
「ありがとう、燈香。俺、もっと頑張る。それで必ず大会で結果を残してやる」
「……! うん! 応援してるよ、颯翔くん!」
迷いが吹っ切れた様子の俺を見て、燈香も笑顔が出てくる。二人で笑い合っている中、要さんは無言で俺たちを見つめるのみだった。
「……大丈夫そうだな。次は……ジョギングだ。急ぐことはない。颯翔くんのペースで……走ればいい」
「わかりました。俺はもう大丈夫です」
次の練習メニューに有無を言わずに了承すると要さんもコクリと頷く。そして、飲み終わった自分のと一緒に俺のペットボトルも持ってくれた。
「俺は……ペットボトルを処分してから……合流する。先に……走っててくれ」
「はい、ではお先に行ってます」
要さんの気遣いに感謝し、俺は早速走り始めようと公園内へ駆けようとした。
「颯翔くん! 練習、頑張ってね~!」
「……あぁ!」
燈香も激励の言葉を受け、俺は手を上げて彼女に返事をする。
気持ちの不安定さから幸先の悪いスタートを切ってしまったが、燈香のお陰でこの後に臨んだジョギングは最高に気持ち良く、走っている中で感じる風は俺の心に清々しさを宿してくれるのだった。
貴方が夢を追うなら、私はそれを見守る。