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凪の見送りを受けて、俺は結ヶ丘高等学校までの道中を歩いていた。そこには昔過ごしていた名残が残っており、歩いている最中に小学生までの記憶が蘇ってきた。
いつもと変わらない舗装された道、当初から残っている家と新しく建築された家が入り混じる住宅街。
学校までの道中にある信号も緑から赤に切り替わる間隔は変わっていない。強いて言えば昔は走らなくちゃ間に合わなかった信号も走ることなく渡り切れるようになっているのは己が成長している証だろう。
「前に比べて、随分と賑やかになった印象が強いか」
小学生の頃は各地域毎に子供たちが集合し一緒に通うという登校形態であった為に、同世代の子供しか認識していなかった印象がある。
それと比べて、現在は誰かと一緒に登校するなんて事もなくむしろ社会人らしき人物や自分と同じような学生の姿で溢れかえっているので、ここまで違いが出てくるものなのかと内心驚いている自分がいる。
「……なんて今まで意識してなかっただけか」
子どもの頃は同世代の子と遊ぶことに夢中で周囲の環境の変化に対してそこまで興味を持ってなかった。そんな事を考えるよりも目の前で繰り広げられる遊びの方が自分の欲求を満たせると理解しているからだ。
しかし、そういった生き方を続けられるかと言われれば必ずしもイエスとは言えない。人間は好奇心というものに身を任せて、自分が経験しているちっぽけな世界より自分にとって未知の世界に対しても興味が湧いてしまうものだ。
それは年を重ねるごとに顕著に現れるのではないかと思う。現に今こうして小学生の頃から周囲の環境は著しく変化しており、それに対して機微に反応しているのがその証拠だと思う。
「……とは言っても、俺を取り巻く環境は変わっちまってるけどな……」
誰に話しかけられてるわけでもなくただひとりでにそう呟く。
当時は携帯電話を有していなかったために小学校の友人は転校をきっかけに関わりが無くなっている。
昔は友人もかなりいたという認識を持っていたが、現在はそうと呼べる人物はゼロに等しいだろう。過去の自分と比べて月とスッポンと表現できてしまうのが非常に切ない。過去の栄光に縋ることほど情けないものは無いが、今回ばかりはそれで虚勢を張りたくなってしまう。
そんな現実逃避な思考に陥っていると周囲に似た制服の学生が散見するようになっていた。とは言っても俺と同じ白基調の制服を着ている人物は少なく、大半が普通科の生徒であることが分かる。
「この中には音楽科に落選してその代わりに普通科で合格した人間もいるのか……」
音楽科の進学難易度は高い。通常の学科試験に加えて実技試験も突破しなくてはいけないのだ。その実技も聴音テストや声楽テストと正に音楽家志望に必須となる項目ばかりだ。
確か、声楽テストの時に面接官の重圧やその場の緊張から歌えずに不合格となった生徒もいたなんて噂も小耳に挟んだな。俺やその前後でやっていた人たちは全員平静を装って歌っていたので、やはりそういった本番に苦手な人物もいるらしい。
そういえば、あいつもあがり症で本番になると歌えなくていつもぐずっていたな。緊張している人に対しては『大丈夫!』なんて声を掛けるのに自分の事に関してはてんでだめで、見栄を張っていることがバレバレだった。
まさか、あいつもこの学校に、なんて夢物語は無いだろうな。第一、あいつとの関係は最悪と言っても過言ではないのだから。
転校前に告げられた『大嫌い』。それを思い出すだけであいつの事を思い出すのも苦痛になるし気分も悪くなってくる。
ならばいっその事、あいつも忘れてしまえば気が楽になるというものだ。ここで再会するなんて馬鹿なことが起こるはずがないのだから。
思い出したくもない昔馴染みの事を思い返していると、結ヶ丘高等学校の正門へとたどり着いた。学校内にある桜は新入生らの門出を祝っているように俺達の景色を彩らせていた。
正門には結ヶ丘高等学校と書かれた表札と第一回入学式と書かれた立て看板が置かれており、多くの生徒が正門をくぐっていた。
俺は少しばかり緊張がやってきたからか深呼吸を一度して、気持ちを落ち着かせる。ここで突っ立っていても仕方ないので他の生徒に倣って校舎内へと入っていく。
校舎内に入るとひときわ生徒たちが集まっている場所があった。それは各学科ごとのクラス名簿であり、各々自分がどの教室に行くのかを確認するために名前を探しているようだった。
「音楽科……
俺の前で名簿と睨めっこしていた生徒が立ち去っているのを見て、今度は自分の番、として名簿を見つめる。
苗字が湊月なので下から探すのが早い。その結果もあり、自分の名前を見つけるのは容易い事だった。
「M1-Aか。ここに居座っても仕方ないし、さっさと移動するか」
他にどんな生徒がいるかも気になったが、後ろで生徒が詰まっているようだったのですぐに退散した方が吉だと足早にその場を去る。
自分の教室へ入り、自席へと荷物を置いて一息つく。ここに来るまでずっと気が張っていたので、少し肩が凝る感覚があった。
教室へは既に半数以上の生徒が入室しており、入学式が始まるまでの待ち時間を談笑して楽しんでいるようだった。入学初日で早速友達が出来るなんて凄いコミュニケーション能力だ。
自席に座り、窓の外を見つめると、そこには未だ多くの生徒が滞在していた。
友人と思わしき人物と会話している者、新しい制服と学校の記念として写真撮影を行っている者、種々折々だった。
「……っ!? ……あいつ……マジかよ……」
そんな中、目を疑う人物の姿を見てしまい、思わず驚愕した。
「かのん……何であいつがここに……」
それは幼馴染である
茶色の長髪と癖のある前髪、幼馴染のそれと特徴が同じであるため間違えるはずがない。強いて言えばヘッドフォンを首に掛けていることくらいか。
「……ということは千砂都も……?」
かのんがここに居るという事は同じ幼馴染である千砂都も同じようにこの学校にいる可能性が高い。そう思い、彼女の周囲を見渡すがそれらしき姿は見当たらない。別の学校にいる可能性もあるが、そんなはずがないと虫の知らせが告げている。
「かのんは普通科……ってことはあいつも普通科にいるのか……」
俺は絶対に避けたかった事象を避けられそうでひとまず安堵していた。もし音楽科だったとなれば嫌でもその姿を認識し合い生活する羽目になるのだからお互いに居心地の良い学校生活ではなくなる。
少なくともかのんとは関わる機会は少なそうなのでお互いに平和な時間を過ごすことが出来そうだ。
「……そうなんだー! 私もダンスやってるからこれから一緒に頑張ろうね?」
校舎の外から視線を外し、教室内に響いてくる女子生徒の声を聞いて廊下の方に目を向ける。
そこには早速仲良くなったであろう女子二人が誰かと話しているようだった。
「あっ、私向こうの教室だからあっちに行くね? それじゃあ、うぃっすー!」
「じゃあね
「……嵐……?」
聞き覚えのある単語を耳にし教室の入り口にいる女子二人を見るが、俺の知ってる千砂都と同じ特徴ではない。
代わりに教室の窓に映る陰で誰かが移動している姿が確認できたので、教室の後ろ側にある扉の窓へ目を向けると、そこには紛れもない幼馴染の姿があった。
白い髪を両サイドでお団子に結わえ赤い瞳。中々聞かない苗字であるところからも推測してあれが嵐 千砂都で間違っていないと思う。だが、俺には彼女が嵐 千砂都だと確信が持てない理由があった。
「……あんなに快活な性格だったか……?」
小学生の頃の千砂都はとにかく人見知りで自分から友達を作りに行くことだと到底出来なかった。いつも俺やかのんが一緒にいて彼女と遊んでいたのだ。そんな彼女が、先ほどのように知らない人間とすぐに友達になれる程の明るい性格ではないと分かっているからこそ、俺は彼女を自分が知ってる嵐 千砂都だと言い切れなかったのだ。
兎にも角にもこの高校生活、そう安心して過ごすことが出来なさそうだと俺の心に暗雲が立ち込めるのだった。
再会した少年少女にやってくる花風