お待たせしました。
本編40話です。
それではどうぞ!
リハビリ生活を始めて1週間。最初は不穏な空気が漂った中でのスタートだったが、公園内で偶然鉢合わせた燈香のおかげで多少のしんどさが出てきても不屈の心を持って練習に臨むことができた。
「身体の調子は……どうだ?」
「特に異常ないですよ。非常に良好に動けてるので、これくらいなら問題ないです」
ジョギング前のストレッチをしながら要さんは俺の体調を尋ねる。多少痛みは生じれども運動に支障をきたすほどのものではないため軽めのジャンプをして万全である様子を見せる。
「そうか……。なら、よかった」
軽快に動く俺を見て要さんはそう呟く。いつものようにぶっきらぼうだけれどもどこか安心しているような雰囲気を感じる。
「ここまで動けているのは……颯翔が努力している証拠だ。この調子で……続けていこう」
「……は、はい!」
要さんにしては珍しく口数が多いので一瞬驚いてしまったが、すぐに切り替えて大きく返事をする。俺の返事に満足した要さんはそのままジョギングの準備に入る。
「では、このまま公園内を30分走る。君のペースで……自由に走って構わない」
「はい、わかりました」
要さんの助言に胸が撫でおろされる感覚を覚えつつ、彼の背中を追いかけるように俺も走り出す。
(こんなに気にかけてくれるなんて珍しいけど……気のせいかな……?)
普段はその朴念仁な性格から多くは語ろうとしないことを理解していたし、練習メニューと一言声を掛けてくれる程度の会話だったのだが、今日は妙に俺の様子を窺っている。萼先生が要さんに何か言ったのだろうか?
そんなことを頭の片隅で考えながらジョギングを始めるのだった。
ジョギング中も要さんの様子はどこかおかしかった。
おかしいと言ってもどこか怪我をしていたり体調が悪そうな素振りをしているわけではない。ただ、妙に俺の事を気にかけているように感じる。普段ならジョギングの距離感も3歩先ほどを常にキープして走っている要さんだが、今日の練習は明らかに違った。
俺のペースが遅ければ分かりやすく速度を緩めて俺との距離を縮めようとしたり、ジョギング中は声を掛けることなどそうそうなかったのだが、今日はやけに話しかけてくる頻度が高い。
ぶっきらぼうな要さんからは想像がつかないほどに過保護になっているようなイメージがある。気にかけてくれることは嬉しいが、そこまでこちらへ詰め寄られると俺も戸惑う上に、走りに集中できなくなってしまう。
走りが終わった後も俺はベンチで腰を下ろすのだが、始めたての頃と同じように飲み物を奢ってくれるなど俺に対しての扱い方が変化しているのだ。ここまで扱い方に違いがあると俺の練習の仕方に問題があるのではないかと勘繰ってしまう。
「要さん、どうしたんですか?」
「ん? ……なんのことだ」
さすがに俺もこのままされるがままの状態になるのは非常に居心地が悪いので、思い切って聞いてみることにした。
「今日の要さん、どこか変ですよ。やけに俺の事を過保護にしてるというか……いつもの要さんらしくないです。何かあったんですか?」
俺の問いかけに要さんは少しはっとしたような表情を見せる。本人としても意識していたところはあったのだろう。
「……やはり、おかしいか」
「気にかけてくれるのはありがたいですけど、いつもと違いすぎて逆に集中できなくなっちゃうというか……」
俺は世話をしてもらっている身。専属サポーターである要さんにわがままを押し付けるつもりは毛頭ない。だが、こんな要さんは違和感しか覚えない。普段とはかけ離れている現状に不安さえ感じてしまう。
「そうか……」
「せっかくですし、話してみてもいいんじゃないですか? 俺でよければ聞きますし」
「……あまり格好が良いものではないが……」
「別にいいですよ。むしろ話してもらった方が俺もスッキリしますし」
要さんは俺の横に座って、自分用にと買っていたペットボトルを口に付ける。ひとしきり飲んだ後、要さんは意を決したように口を開いた。
「君の……友人についてだ」
「友人……燈香のことですか?」
俺の問いに要さんは首を縦に振る。要さんが俺の友人として話題に出すとなると直接顔を合わせている彼女しかいない。
「颯翔が……初めての練習を行った時、自分の中にある……不安な感情を……吐露してくれた……。颯翔の相談相手として……さっそく力になれるかもしれないと……思った」
要さんが話している内容、それは最初の練習で俺がこれから先の未来に不安を抱いていた時のことだ。自分の中の理想と現実がかみ合っていないことにショックを受けたため今でも鮮明に覚えている。
「だが、俺の言葉で……颯翔の気持ちが変わることはなかった。むしろ、不安な気持ちを助長させてしまっていたように思える……」
「それは……」
俺は要さんの自責にフォローの言葉を返すことができなかった。彼の言う通り、当時の俺は自分の立ち位置を分析する力もなかったし先行きが見えないことを危惧していた。
「でも、彼女が来て……君は大きく表情を変えた……。落胆している君の眼が……一気に輝きを取り戻した」
「………………」
「俺ができなかったことを……彼女は簡単にやってのけた。まだ……己の力不足を否めないと……痛感したんだ」
確かに燈香のエールを貰って、もう一度やってみようと思えるようになった。彼女は友人として俺がどんな思いで今までを生き、これからを生きようとしているのか理解している。だからこそ、燈香の言葉はより深く心に刺さり頑張ろうと思えたのだろう。
「一人の患者も……救えないようなら……医者としては……半人前だからな……」
「それで妙に気にかけてくれるようになったんですね」
俺が納得した様子を見せると要さんも静かに頷く。要さんもこうして専属で患者を見ることは初めてのようで彼自身も上手く付き合うために試行錯誤していたようだ。
「無理はしなくていいんですよ」
「…………」
「要さんは隣で寄り添ってくれるというよりは前に立って引っ張ってくれるような安心感があるんです。だから、心配してくれるのは嬉しいですが今までと同じように応援してもらえると俺も勇気を貰えます」
「前に……立って……」
要さんは無愛想に見えるけれども、一瞬だけ見せる優しい言葉や仕草によって活力を与えてくれる存在だと思う。要さんの性格上、これ以外では彼の適性に合わずせっかく人の為として行動しても水泡に帰してしまうだろう。
要さんの返事を待っていると、ゆっくりと口を開いた。
「……分かった。颯翔がそう言ってくれるなら……もう少し、俺なりにやってみようと思う」
「はい、要さんならきっと大丈夫です」
要さんが吹っ切れたようでほっと一息つく。それと同時にあることにも疑問を浮かべた。
「そういえば、要さんって凪とどうやって知り合ったんですか?」
「……俺と凪の……?」
そう言って要さんは疑問符を浮かべる。
「はい、凪の人となりが良いことは知ってますけど、珍しい組み合わせだなって思って……」
「そうだな……。せっかくだ、話すとしよう」
俺の疑問に要さんはすぐに納得した様子を見せ、凪との出会いについて話してくれることになった。
「あいつと初めて知り合ったのは……4年前のことだ」
4年前というと俺は小学6年生、凪が中学2年生の時だ。当時から凪はネットの世界にハマっており、PCゲームや動画サイトをよく漁っていた気がする。
「中学の頃から……俺は医師を志して……勉強していた。困っている人の……支えとなる父の姿は……とても眩しくて、俺の憧れだった」
「要さんは凪と同い年でしたよね? だから要さんも……」
俺の確認に要さんは頷いて肯定の意を示す。
「だが、勉強に明け暮れる毎日の中で……ふと、クラスメイト達の姿が……気になってしまった。俺が勉強している間に……彼らは……どんなことをしているのだろうと」
「塾に通ったりはしていなかったんですか?」
「あぁ。父の教えもあって……必要な教材は自分で用意していた。だから、学校が終われば……すぐに帰宅していた」
要さんの話を聞くに彼の家は自分の意思で行動することを重んじる家系のようだ。医師として豊富な知識を得るための勉強も萼先生に教わるなどして勉学に励んでいたようだ。
「でも、周囲の人間が言う……遊びに行く……それがどういうものなのか知らなかった。少しばかりの興味も抱いたが……この性格だ。友人と呼べる人物はいなかった」
確かに要さんは無愛想に接するというのもあって初めてで親睦を深めようと画策する人は少ないだろう。ましてやクラスメイトなど顔は知ってるけど喋ったことがない顔見知りと呼ばれる人物ならなおさら興味を抱こうとしないと思う。
「受験までの辛抱でも……一時的に勉強への疲れを感じてしまった時……俺は何をすればいいのかわからなかった。ずっと一人でいたからな」
「要さん……」
「ふとスマートフォンでSNSを使っていた時……凪と思わしきアカウントを見つけた。その時、あいつは配信用アプリで……雑談をしていたんだ」
凪は当時からネットに精通していたこともあり、配信活動もこじんまりとやっていた。あいつの行動力の高さには頭も上がらない。
「その雑談では……凪は話し相手を募集していたから……俺は突如として……凪の雑談に上がってしまった」
「えっ、初見の人といきなり喋ったんですか!?」
あまりにも道場破りな行動に驚きを隠せない。要さんもそれを自覚しているのか少し恥ずかしそうに目を逸らす。
「あの時は……精神的にも気が当てられていたと思う。おまけに、この話し方だ……。聞いていた人も困惑していただろう」
「そう……ですよね……」
「だが、凪は俺を追い返そうとしなかった。それどころか……俺のことを知ろうと……たくさん質問してくれた……」
そう言って要さんは居心地の良さそうに声色が変わる。
要さんも言っている通り凪はこういう性格だ。元々が人懐っこい性格であるしその時にできた縁を何よりも大事にする節がある。
「あの時、俺は初めて……人から興味を抱かれた。そして俺自身も……仲良くなりたいと……真に思える人物に出会えた」
「凪は……話すことが好きですからね」
「あぁ。それからは個別で通話アプリのアカウントを交換して……俺が抱えてる悩みについても……吐露するにまで至った」
要さんが告白した悩み、凪がそれに対して何と返したのか想像するのは難くない。
「あいつは……勉強がしんどいなら腹を括って離れればいい。そして、俺が遊び方を教えてやると……言ってくれた」
「やっぱり……」
「このような悩みは……同情されるのが関の山だと思っていた。だが凪は……俺の手を引っ張って……新しい世界へ連れて行ってくれた」
凪の人当たりの良い性格は本当に羨ましい。凪のあの性格のおかげで俺も救われたし、こうして同じように救われている人間もいる。あいつがいなかった時が今となっては考えられない。
「だが、今になってわかる。凪は正義感だけで……俺に手を差し伸べたわけではなく……君がいたから……助けてくれたのだと思う」
「俺がいたから……?」
「道半ばで……夢を諦めざるを得なくなった……颯翔のような存在を……二度と見たくないから……手を出してくれたのだろう」
要さんの説明に納得がいくように数回頷く。当時の要さんも一歩間違えれば医者への道が閉ざされて、路頭を迷うことになっていたかもしれない。
「確かに……言われてみるとそうかもしれないですね」
「真相は……本人にしか……わからない。だが、俺は凪から受けた恩を……全力を持って君に返す。もう一度……夢を追いかけられるように」
要さんはこちらを見つめてそう語りかける。はっきりとした物言いで語る彼の目は芯の強さが窺えた。
「要さん……ありがとうございます。俺もやれるだけのことをやってみます」
要さんの発言に頼もしさを覚え、改めて大船に乗ったつもりで彼についていこうと決意する。
「……話しすぎたな。そろそろ……続きを始めよう」
「はい!」
ベンチから立ち上がる要さんに続いて俺も練習再開の意を示す。
要さんと凪、二人の関係性を改めて再認識でき、凪の人当たりの良さと要さんの信念の強さがより身に染みるのだった。
受けた恩は返す。友人の弟ならば、なおのこと。