お待たせしました。
本編41話です。
それではどうぞ!
要さんとのリハビリ生活を始めて、かれこれ1ヶ月が経った。
俺は身体を動かすたびに上がる悲鳴に耐えながら、身体づくりに勤しんでいた。内側を刺す痛みに負けじと練習を続けているおかげで体力が付いていく実感は出てきていた。日頃のジョギングでもペースが上がっていたり、知らぬ間に長い距離を走れるようになっていたりと始めたての頃よりも成果が容易に出ていた。
こうして自分の体力に自信が戻りつつある中で、俺は学校内のある場所に来ていた。
「ここ、一度使ってみたかったんだよな~」
そう言って、俺は教室の入り口で靴を脱いで室内で用意されている下駄箱へ収納する。俺がいる場所は部室棟の一階に設けられているダンススタジオ。以前に燈香と恋と学校探検をしたときに入った場所だ。床一帯がフローリングで壁全体には全身鏡が設置されており、ダンスの練習をするにはおあつらえ向きの場所なのだ。
「先生に使用許可は貰ったし、早速準備といきますか……」
そう言って、俺は制服を脱ぎ運動着姿になる。体力が戻りつつある今、次にやるべきはダンスをこなすための柔軟性の強化、そしてダンスを最後までやり切るための持久力。サボっていたことで鈍った身体を戻した次は筋肉周りをつけることだ。
「こういう場で練習するの、なんだか久しぶりだなぁ」
小学生のころ、ダンスを現役で練習していた際もこういったスタジオでコーチの指導を受けてダンスの技術を磨いていた。あの頃はコーチが伝えんとしていることも感覚ですぐに理解し、成果が如実に出てくることが分かりすごく楽しかった記憶がある。
「あの頃より体格は大きくなってるけど技術はまるで落ちてんだろうな」
そんな憧憬に浸りながら柔軟体操を行う。いきなりダンスで身体を動かすのは、体内が温まっていないこともあり非常に危険で怪我にもつながる恐れがある。もう二度と同じような光景を見ないためにも事前の準備を怠ることは絶対にしない。
柔軟を行う中で、俺は要さんに言われたことを思い出した。
『この1ヶ月で……君は十分に身体を動かせるようになった。もう……俺とのリハビリも……必要ない』
『明日から……ダンスの練習を始めても構わない。父も……了承済みだ』
『しかし……その中で忘れてはいけないことがある。それは……生じる痛みを……恐れないことだ』
『少しでも身体に……痛みを感じたら……君はすぐ身体を……労わろうとするだろう』
『その必要はない。君の症状は……筋肉や骨にあらず。過度な負荷を掛けなければ……痛みが伴ったとしても……大事には至らない』
『身体の痛みと……向き合うんだ。そして……己の身体の現状を……理解しろ』
『そうすれば……君はさらに上を目指せる。君の目指す理想へ……手を……伸ばすことができる』
『悲鳴に……負けるな。今の君なら……それが……できる』
「もう……身体を動かしても問題はない。ここからが……本番だな」
両手で頬を一発、パチンと叩く。相応の強さで叩いたこともあり、両頬が少し熱を帯びる。だが、これくらいの火照りが俺の気持ちを奮い立たせるには十分だった。
まずは簡単な足のステップ。足を左右を1ステップずつ動かしたり、その場でボックスを描くように歩くなど初歩的なところから始める。ここら辺は身体への負担もないため、容易にクリアできる。次に足の動きに加え手の動作も交える。左右反対の手足を背中側でタッチする練習や足と手を独立させて動かす練習もやってみる。
「……やっぱりブランクが大きいと上手く動けないもんだな」
その他にも過去に教えられた練習方法を実践するが、納得のいく動きがあまりできていない。3年という長い月日を経た影響で俺はダンスの感覚というものを完全に忘れているようだった。
「ひとまずは体幹とか基礎を固めていかないとなぁ……ん?」
改めて自分の手を付けるべき場所を見つめ直し、もう一度とりかかろうとした時、教室の入り口から視線を感じた。
「そこに誰かいるのか?」
俺の問いかけに返事が戻ってくることはない。だが、踵を返そうとする足音も聞こえないことから立ち去っていないということはわかる。無言の時間が続き埒が明かないと思った瞬間、扉付近で隠れていた人物が姿を現した。
「……こんにちは、颯翔くん」
それは先日、面と向かってダンス大会での宣戦を布告した幼馴染の千砂都だった。
「千砂都か、何か用か?」
「ここを利用しようと思ったんだけど先約があるって聞いてね。誰だろう〜って思って気になっちゃったの」
千砂都はあっけらかんとして俺の質問に答える。ここの使用許可を貰おうとしていたということで、その目的について憶測を立てるのは難いことではない。
「ダンス大会の練習か?」
「そっ。颯翔くんなら何も言わなくてもわかるよね」
「そりゃあな」
ダンス大会まで2ヶ月にまで迫っている。普段からダンスを練習してる彼女がわざわざこのスタジオを利用しようとするのは相応の理由があるからと、すぐに察しはつく。
「……颯翔くんもダンスがやれるまでに回復したんだね」
「専属医師の熱いサポートもあってな」
千砂都も俺がここまで回復していると思っていなかったようで驚いた様子を見せる。俺は自慢げな表情で語るが、内心自分でも信じられない気持ちだった。
「言っただろ、お前と本気で勝負するんだって。その為なら俺はなんだってやってやるつもりだ」
「……私もウカウカしてられないな」
千砂都は笑みを浮かべながらそう呟く。不敵な笑みで語る彼女に何故か違和感を覚えていた。
「お前も使うなら代わるか? 俺は相応に使わせてもらったし」
「んーん、私はいいよ。今日は別のところで練習してくるから」
俺の提案に千砂都は断りの返事を出す。それと同時に千砂都は俺を不思議そうに見つめてきた。
「……颯翔くん、その首に掛けてるのって何?」
千砂都が見つめていたもの、それは首からぶら下げている三日月のペンダントだった。
「これか? クラスメイトの友達とお揃いで買ったんだ。仲良くなった三人でこれからも一緒にいれるようにってな」
「……そっか」
指二本で紐を持って三日月をまじまじと見つめながら語る俺に千砂都は明らかに元気がない返事をする。普段と全く異なる彼女の返事を訝しみ、彼女の顔を見つめるがそこには笑顔が残っていなかった。
「千砂都? どうかしたの──」
「颯翔くん」
途端に表情が変わった千砂都が心配になり声を掛けたが、すぐに言葉を被せられた。
「……今度の大会、私も颯翔くんの本気に応える」
「……!」
「だから、絶対にこっちまで上がってきてよね。私、待ってるから」
唐突に千砂都から宣戦布告され俺は目を見開く。普段の彼女からは想像できない言動に困惑したが、すぐに気を戻して千砂都の誘いに乗る。
「当然だ。お前との本気の勝負、自分から投げるつもりなんざさらさらねえよ」
「……そうだよね。颯翔くんはそうでなくちゃ」
勝気な表情で語る俺に千砂都も口元を緩める。そして、練習場を後にしようと踵を返した。
「じゃあ、私はこれで。……練習がんばってね」
彼女は微笑みながらそう言い残し、俺に手を振ってその場を後にした。
「あいつも相応の覚悟で来るなら……もっと練習しないとな」
千砂都が言う本気とは俺が想像とはかけ離れたものに思える。昔の彼女とは訳が違うのだ。思考が大きく変わってる彼女だからこそより考え方も一新されているだろう。
今の練習では彼女に勝つことは間違いない。何か新しい施策を考えなければいけない。
そんなことを考えていると、廊下を歩くローファーの音が辺りに反響していた。
「おや? 颯翔くん?」
「恋さん? どうしたんだ? こんなところに来るなんて珍しいじゃねえか」
練習場を訪ねてきたのは恋さんだった。まっすぐにこの教室へ入ってきた様子を見るに、見回りでここに来たわけではなさそうだ。
「ここのところ、ずっと学校の仕事をこなしておりましたので少し身体を動かしたくなりまして。颯翔くんはここで練習していたのですか?」
「あぁ、もうダンス練習を始めてもいいと
「そうですか……。大会に出場することを決意してから1ヶ月ですが、無事にここまで回復してよかったですね。安心しました」
俺の近況報告に恋さんも安心したように口元を緩める。ダンス大会に出て結果を残すと豪語した直後は恋さんも不安な様子を露わにしていたが、その言葉が現実味を帯びてきていることを感じているようだ。
「別に、これは俺一人の力じゃねえ。
「そういえば、燈香さんから話は伺いました。夢に向かって辛い道でも走ろうとする颯翔くんのことがとても素敵だとあの人はいつも口にしていましたから」
「燈香がそんなことを……」
俺のいないところで彼女がそんなことを口にしているとは思わず、少し恥ずかしくなる。俺は千砂都やかのんに追いつきたいがためにこの道を選んだだけなのだが、第三者の視点になれば話は別のようだ。
「でも、燈香さんの言う通りだと思います。颯翔くんの怪我はすぐに治るものではないと当時は皆さんが諦めていたことです。ですが、颯翔くんはそれで諦めるつもりもなく自分の価値を見出す方法を模索していました。その結果が今につながっていると考えると颯翔くんの行動は並大抵の覚悟ではできないと思います」
恋さんの言わんとしていることはわかる。身体を満足に動かせないと絶望していた中で見えた一縷の望み。それを掴み取るということは、これから先でこの道を選んだことを後悔してしまうほどの茨の道が待っているということだ。燈香や恋さんも言っているが、それは興味本位や中途半端な気持ちでやれることではない。この道を歩いた先が本当に明るいものかどうかまで見通すことはできない。先の見えない不安定な道を歩くよりかは足元がしっかりと確認できる安定した道を歩くことを人間は誰しもが望むだろう。
「……俺はそれだけ負けたくないってことだよ」
「わかっています。澁谷さん達がどんどんたくましくなっていることは私も感じています。私は……あまり良くは思っていませんが、幼馴染である颯翔くんとしては逸る気持ちが抑えきれないでしょう」
恋さんの言葉に俺は無言を貫く。彼女の言っていることは正しい。正しいからこそ無言で肯定を示したのだ。
「ですから、必要なことがあれば私にも言ってください。簡単な悩みでも打ち明けて下されば、そこから新たな道が拓けるはずです」
「恋さん……」
恋さんは自分の胸に手を当てて、もっと自分を頼ってほしいとそう懇願した。これまで燈香や要さん、萼先生に頼ってばかりで恋さんには何も相談できずにいた。いや、燈香の時もそうだったが、俺が自分から相談しようとしなかったのだ。友人として心配し、友人として応援してくれる彼女らにこれ以上弱いところを見せたくないと思う自分がいたのだ。恋さんもそれを薄々感じており、燈香だけが頼られていた話を聞いて、恋さんも悔しさを滲ませていたのだろう。
「そうだな、恋さんも力になるって言ってくれてるんだ。恋さんにも頼らねえといつか拗ねちまうもんな」
「す、拗ねるだなんて、私はそこまで子どもじゃありません!」
「そこで張り合おうとするところが余計に子どもっぽく見えるけどな」
「あ、貴方という人は……! 人が心配しているというのに……!!」
「……そうだよな」
「……えっ?」
自分の事をからかい始めたと思った途端、急に辛気臭くなる俺を見て、恋さんは感情の急激な変化に理解が追いついていなかった。
「恋さんも心配してくれてるのに、その気遣いを無かったことにしようとして……。これじゃあ、あの時と同じだな……」
「颯翔くん?」
突然郷愁に浸る俺を恋さんに心配そうに見つめる。俺は昔あった出来事を性懲りもなくもう一度やろうとしていたところだったのだ。同じ過ちを踏まないために、自分を律さなければいけない。
「いや、なんでもねぇ。それより、恋さんも協力してくれるっていうんなら一つ相談があるんだ」
「はい、なんでしょうか?」
やっと自分も力になれると恋さんは少し嬉しさを滲ませながら俺が打ち明けるのを待つ。早速頼られると思ったのか、彼女の後ろでしっぽがぶんぶん振られているような感覚を覚える。
「俺とダンスの基礎練習に付き合ってくれないか?」
「ダンスの練習……ですか?」
疑問を浮かべる恋さんに俺は続けざまに詳細を説明する。
「さっきまで、今までに習ったダンスや振り付けの基礎を練習してたんだけど、どうにも上手くいかなくてな。もしかしたら体幹が弱いんじゃねえかなって思ってるんだ」
先ほどの一人練習の際に感じた上手く踊れない感覚。ダンス時のバランス感覚が衰えていた実感があったことから体幹が当時に比べ弱くなっているのだと考えた。
「そこで、もし恋さんさえよければ練習に付き合ってほしい。恋さんはフィギュアスケートを習っていたし、そこら辺は俺よりも精通してるだろうから」
以前に学校探検を燈香と3人でやった時、燈香と彼女はフィギュアスケートやバレエを習っていたと話していた。体幹の必要性は段違いだろうし、ブランクが大きい俺にとっては彼女らから教えを乞うのが一番手っ取り早くて価値のあるものになると踏んだのだ。
「そういうことですか。でしたら私にできることを精一杯努めさせていただきます」
事情を理解した恋さんはすぐに了承の返事をしてくれた。俺一人では心もとないと思っていたので恋さんが手を貸してくれれば百人力だ。
「では、今日から始めますか?」
「おう。恋さんの力、早速頼りにさせてくれ」
「はい、わかりました。それでは着替えてきますので少しお待ちください」
恋さんはそう言い残し、練習着に着替えようと練習場を去っていった。
彼女との初めての共同練習。俺は期待に胸を膨らませながら彼女が到着するのを待つのだった。
貴方は独りじゃない。