お待たせしました。
本編42話です。
それではどうぞ!
恋さんとの練習を始めて、一週間が経過した。彼女の指導のお陰で今までブランクのあった基礎について現役時代のものへ着実に戻りつつあった。
彼女の指導は、最初は俺の身体の調子を窺いながらのものだったが、すぐに俺が動けると認識すると練習メニューは一気に変貌した。序盤にアイソレーションで身体の部位毎に細かく動かす練習でダンスの基礎を確認していたが、それなりにダンスを踊れると理解したら、次には体力や筋力の強化として筋力トレーニングに移っていた。体幹を鍛えるための練習も片足立ちポーズをほぼ休憩なしで30分行うなど、ハードなものに変わっていった。
だが、厳しくあたってくる恋さんに対して俺は不快感を露わにすることはなかった。むしろ、彼女も本気で俺の練習に付き合ってくれていることがわかり、闘志は燃え上がる一方だったのだ。
そして、それと同時に学校の環境も変化が訪れる。日中の気温が高まっている状況の中、学校では衣替えが始まっていたのだ。俺も暑くなってきたこの環境に適応する為に夏服へと替えてきた。音楽科の白を基調とした制服はその色彩も相まって夏でも涼しさを感じられて普通科の制服よりかは気持ち的にも幾分か暑さが和らぐ気がする。
「颯翔くん、今日もスタジオで練習しますか?」
授業が終わった後、恋さんは真っ先にこちらへ顔を向け放課後の予定を確認してくる。
「あぁ、そのつもりだ。今日も付き合ってくれるのか?」
「はい、今日は仕事が無いので普段より長く練習にお付き合いできると思います」
俺の問いに恋さんは笑顔で答える。いつもは学校の仕事をこなしてから練習についてくれたので、今日はいつもより濃い練習ができるとわかり、心を躍らせる。そんな中、俺たちの会話に燈香が興味を示す。
「颯翔くん、恋ちゃん、二人で何か練習してるの?」
「夏にある大会に向けて、恋さんが練習に付き合ってくれてるんだ。恋さんはフィギュアスケートの経験があるしダンスの基礎はそっちと通ずるものはあるだろうから少し前に声を掛けたんだ」
「確かに、恋ちゃんもフィギュアスケートを習ってたんだもんね。なら力になること間違い無しだね」
そう言って羨望のような眼差しを恋さんへ向ける燈香。彼女の話を聞いた時、俺はあることを思いついた。
「そうだ、時間が合えば燈香も付き合ってくれないか?」
「えっ、私も?」
突然、練習への参加を勧められて困惑する燈香。無論、俺の好みだけで彼女を付き合わせるわけではない。
「燈香もダンスを習ってたって言ってただろ? 経験のある人は何人いても良いだろうし、燈香も力になってくれるなら凄く頼もしいなって思ってな」
燈香は以前に習い事としてダンスも嗜んでいたと話していた。ダンスを習っていたといっても恋さんや俺とどの程度毛色が異なるものかは分からない。それでもダンスの本筋については同じ道を歩いているはずだ。彼女の力も俺の手助けになることは間違いないと思う。
しかし、彼女には彼女の都合もある。吹奏楽部の練習もあるから、もし参加するにしても毎日は出来ないだろう。そこまでの無理強いはしたくないので、燈香がなんと言うかで次の動きを決めようと思う。
「そうだね……部活もあるから参加する時間とかも厳しいと思うな……」
「……そりゃそうだよな」
バツの悪そうな表情をする燈香を見て、俺は苦い表情をする。予想できていたこととは言え、断られるのは少し寂しい気持ちを覚える。
だが、そんな中で燈香は表情はころっと切り替わった。
「でも、参加が遅れてもいいんだったら私も一緒にやりたいかな!」
「えっ?」
勧誘が完全に失敗したものだと思い、練習の事へ思考を切り替えようとした矢先に燈香が参加の意欲を見せてきたので、思わず上ずった声が出てしまった。
「だ、大丈夫なのか? 吹奏楽もこれから忙しくなってくるだろ?」
「うん、正直に言って毎日の参加は無理だと思うけど、それでも私にできることだったら喜んで力を貸してあげたいな」
「何もそこまでしなくても……」
「私は、颯翔くんが本気でダンス大会に臨もうとしていることを知ってる。颯翔くんが勝っても負けても『やってよかった』って思えるように……後悔してほしくないから」
ただでさえ忙しくなるであろう燈香に無理はさせたくない思いから、警鐘の意も込めて声を掛けるが燈香は有無を言わさずに自分の想いを吐露する。普段は穏やかに微笑んでいる燈香がいつにもなく真剣な表情だった。
「燈香……」
「もちろん、私も無理をするつもりはないよ。私のできる範囲で颯翔くんの力になってあげたいから」
「あぁ、あくまでも自分のことを優先で動いてくれていいから。来れそうな時は連絡してもらってもいいか?」
「うん、わかった! それじゃあ、時間もきてるし私は部活に行くね。二人とも頑張ってね!」
「あぁ、ありがとうな燈香。そっちも練習、頑張れよ」
燈香は手を振りながら俺たちに別れを告げる。応援してくれる彼女のためにも、自分にできることを精一杯努めなければ、そう心で強く思うのだった。
「颯翔くん、私たちも行きましょう。他の方々が先に押さえてしまうかもしれませんので」
「そうだな」
先日の千砂都みたいに練習場の争奪戦に負けてしまう可能性も無きにしも非ずなので、善は急げと俺は恋さんとさっさと教室を出るのだった。
「先生、部室棟のダンススタジオの使用許可申請書です。確認をお願いします」
職員室で練習場の使用許可を貰おうと必要事項を記載した書類を教師へ提出しようとしていた。
しかし、いつもは喜んで受け取ってくれる先生が今日は気まずそうな表情を浮かべていた。
「うーん、受理したいのは山々だけどダメだねぇ……」
「えっ……どうしてですか?」
「湊月くん達の前に既に利用申請を出した子がいるから……」
先生は受け取れない理由について教えてくれる。先に申請を出した子、それが誰のことなのか想像するのは容易だった。恋さんもすぐに理解したようで確認するように俺に耳打ちしてくる。
「……もしかして嵐さんのことでしょうか……?」
「……おそらくそうだろうな」
俺たちがこそこそ話をしてる中、先生は俺たちに構わず話を続けた。
「もし湊月くん達が良いなら、先に申請を出した子に申し入れをして使わせてもらう手もあるよ。それならもう一度ここに来る必要もないし」
早速、恋さんが懸念していた事態に遭遇してしまった。千砂都が以前に練習場を利用しようとした時には俺が先約だったからよかったものの、今日は教室で少し長く喋ってしまっていた。それが災いし申請書を出すのが遅れ、彼女に先手を打たれてしまった。
この事態で誰の責任かなどを追及するつもりは毛頭ない。兎にも角にも別の手段を考えなければいけないのだが、俺はそちらに頭を悩ませる。俺はその他の練習場所を知ってるわけでもない。おまけに利用するにしても使用料がかかるのだ。今後も同じような場面に直面した時に毎度お金をかけてスタジオを借りるのも有効的な手段ではないため気休めにしかならない。
公園でやろうにもあまり大きな音量で音を流すこともできないし、自分のフォームを確認しながら練習ができない。ビデオ録画を用いた確認はできるが、それも時間がかかってしまう。可能な限り練習に時間を割きたいのだ。
宣戦布告した相手と同じ場で練習するのもおかしな話だが背に腹は変えられない以上、先生の案を呑もうかと思った時、恋さんが口を開いた。
「……わかりました。では今回は取り下げさせて頂きます」
「れ、恋さん?」
恋さんが俺への相談もなしに申請を撤回する発言をし、俺は困惑の声を漏らす。先生は俺の様子を一瞥しながらも恋さんへ視線を戻し、再度撤回の旨を確認する。
「本当に良いのか?」
「はい。他の練習場所についても当てがありますので、そちらへ行ってまいります」
自分の発言に二言は無いと恋さんは言い切ってみせる。
「颯翔くんも、それで良いですか?」
「えっ? あ、あぁ……」
恋さんの当てがどこにあるのかは分からないが、俺には別案が浮かんでない以上、今は彼女の考えに縋るしかなかった。
「颯翔くん、突然あのようなことを言ってしまいすみませんでした」
職員室から退室し、俺たちは学校の外を歩いていた。
「いや、俺も案が出てこなかったから大丈夫さ。でも、当てがあるって……一体どこにあるんだ?」
恋さんをフォローしつつ、俺は彼女の言葉の真意を確認する。当てがあると言っても今後も継続的に利用できるかなど不安な要素も少なからずある。
「ここから少し歩いた先にありますが、特に心配する必要はございません。そこから予定がバッティングすることもないですし、練習時間を十二分に設けることができます」
「それって恋さんのツテか? ありがたいけど使わせてもらうなら費用とか考えなくちゃいけないんじゃないのか?」
「そちらも問題ございません。金銭面で特に気にする必要もないですから。詳しいことはそちらで説明します」
俺の心配を恋さんは一蹴する。そこまではっきりと言い切るのも逆に裏があるように感じるが、詳しい話は後々聞かせてもらえるということなので今はただ付いていくことにした。
恋さんと二人で歩いていると横に豪邸が見えてきた。あまり人の家をまじまじと見つめたことはないが、こういった大豪邸を持っている人間はどのような家系なのか気になってしまう時がある。テレビでは医者の子どもだとか経営者の子息だからとして大豪邸で裕福に暮らす模様が映されるが、こんな大きなところで住んでいても周囲の目が気になってしまうものではないのか。いや、逆にそれほどの財力を有していること暗に周囲へ主張しているのかもしれない。
豪邸を見ながら、そんな下らないことを考えていると恋さんは突然その家の門扉前で立ち止まった。そして、無言で豪邸を見据えていた。
「恋さん? なんでこんなところで立ち止まって……」
「颯翔くん、到着しました」
「……はっ?」
唐突に目的地に着いたことを報告する恋さんに素っ頓狂な声が出てしまう俺。着いたといっても目の前にあるのは明らかに周囲の家とスケールが違う大豪邸のみ。だが、その豪邸を無言で見つめる恋さんを見て、俺はとある仮説が浮かび上がってしまった。そして、その答えを確認しようとした瞬間、恋さんは俺の方へ振り向いた。
「ここが……私の……葉月家の家であり……今後の練習場所です」
「……えぇぇぇぇーーーーー!?」
はっきりと言い切った恋さんに俺は衝撃のあまり、大きな声を辺り一帯に響かせることしかできなかった。
誰の邪魔も入らない場所へ、貴方をご招待。