お待たせしました。
本編43話です。
本編に入る前に、33話「3人のお揃い」にて挿絵を追加しております。
颯翔くん、燈香ちゃんのアクセサリー屋での一幕を描いておりますので、是非読んでみて下さい。
それでは本編をどうぞ!
「颯翔くん、どうぞお入りください」
「あ、あぁ……」
外を歩いていた際に眺めていた大豪邸が恋さんの家だった事実を受け入れられないまま、俺は恋さんに言われるがまま家の中へと案内される。
「おかえりなさいませ、恋お嬢様」
「ただいま戻りました、サヤさん」
エントランスへ入ると、数秒も経たない内に廊下から一人の女性が姿を見せた。その言動と服装から彼女と恋さんの関係性が瞬時に理解できた。
「メイド……!?」
「紹介します、颯翔くん。この方はサヤさんと言って、この家で私のお世話をしていただいております」
「初めまして、サヤと申します。いつもお嬢様がお世話になっております」
紹介を受けたサヤさんは自分のメイド服の裾を上げる。テレビで見たことのある主人と使用人という主従関係を間近で見られるとは思わなかったので、非常に新鮮な気分だった。
「はじめまして、湊月 颯翔と言います。こちらもいつも恋さんにはお世話になってます」
「存じ上げております。貴方様のお話はお嬢様から伺っております、颯翔様」
恋さんのみならず俺までも様付けされており非常にこそばゆい感覚だった。
「……あの、様付けは恥ずかしいのでやめてもらえないですか……?」
「恋様の大切なご友人です。私なりの誠意で呼ばせて頂きたいと思ったのですが、お気に召さなかったでしょうか?」
気恥ずかしさに苛まれながら俺はサヤさんに控えてもらうように懇願してみるが、彼女も彼女で恋さんの友人としてぞんざいな対応をしてはならないと心に決めているからか、首を縦に振らなかった。
「別に俺は丁重に扱われる人物じゃないので、普通に呼んでもらっていいですよ」
「左様でございますか……。申し訳ございませんが、この話し方が私の本分ゆえ、お許しいただけると幸いでございます」
「颯翔くん、サヤさんはこういった方なので、あまり気にしないでください」
「……まぁ、どうこう言っても仕方ねえか」
サヤさんと恋さんから諭され、ここまで言われてしまってはいくら抵抗しても水掛け論にしかならないため、俺が素直に折れることにする。俺が納得する様子を見て恋さんも少し安堵の様子が見えた。
「ありがとうございます、颯翔くん。サヤさん、先日お話しした通り、颯翔くんが有意義に練習ができるようにあの場所を使いたいと思います」
「承知しております。既に部屋の清掃は済ませ、必要な環境はご用意しております」
「流石はサヤさんですね」
笑顔で自分の仕事が完遂している旨を報告するサヤさん。彼女の用意周到ぶりに満足した恋さんはすぐにこちらへ振り向いた。
「では颯翔くん。目的の場所へご案内いたします」
「おう、よろしく頼む」
俺の返事に頷き、恋さんはエントランスから目的の場所へ抜けるために廊下へ入っていった。俺も彼女の後をついていくが、サヤさんは会釈をして俺たち二人を見送ってくれるのだった。
家の中は豪邸と呼ぶに相応しい装飾や造りをしていた。廊下は絨毯が一面に広がっており、絨毯を踏んだ時の柔らかい音が聞いてて気持ちが良い。また照明も廊下はシーリングライトが備わっており廊下全体がより広々と演出されている。先ほどのエントランスではシャンデリアが設置されていたので、各部屋や廊下の設計にもかなりの工数を割いてるように見えた。
壁には偉人の写真やどこかの有名な画家が描いたのか風景画も飾られており、まさに豪華絢爛という言葉が相応しい。だが、あまりに豪華な造りなので逆にどこか落ち着かない感覚もある。
「恋さんの家って結構裕福なところなんだな」
「昔はそうだったかと思いますが、今はそんなことはありません。この家の姿だけが残ってしまっているだけで、中身はからっきしです」
この家に恋さんの家族の他に使用人がサヤさんしかいないとなると、現状がどれだけ廃れているのかを想像するのはそう難いことではない。無論、繁栄していた時期の様子を知る由もないため想像の域は超えない。それでもこの静寂があまりにも虚しく、このまま永遠に続いてしまうのではないかと錯覚してしまいそうになる。
「そういえば、ここには恋さんとサヤさんだけなのか? 家族は……?」
「……今は、両親2人とも遠いところにいます。ですので、この家にいるのは私とサヤさんの2人だけです」
2人とも遠いところにいる。それがどのような意味を持っているのか明確に答えを見つけたわけではないが、彼女の沈んだ声のトーンを聞くにあまり聞いてて心地が良いものではないことが分かる。
「……そうか。遠くで……頑張ってるんだな」
彼女に余計な気を遣わせまいと言葉を選んだが、少し無理があったかもしれない。
「……はい。私も負けていられません」
恋さんは俺の配慮を汲み取ったからか分からないが笑顔をこちらへ向け、自身の決意を口にした。人のために力を注いだ親のように自分も責務を全うしなければと改めて自分を律しているようだった。
恋さんと話していると目的の場所は辿り着いた。
「どうぞ、お入りください」
恋さんに案内されるがまま部屋の中は入ると、そこには結高の練習スタジオと似たような光景が広がっていた。全面フローリングの床に、壁に埋め込まれた補助バー。広さは結高のものと変わらないが、鏡が壁前面に取り付いているため360度どこからでも自分の振りを確認できるようになっている。また、部屋全体に音を響かせるためのスピーカーやピアノも用意してあることから音響に関しては結高のものより優れている点と言えるだろう。
豪勢な用意に俺は感嘆の声を漏らす。
「これはまた随分と盛大に準備してくれたんだな」
「現状では宝の持ち腐れとなっておりましたから、是非この場所をお使い下さい。颯翔くんの時間の許す限りここで練習に充てて頂いて構いません」
「それだと、毎度ここに邪魔しに来ることになるけど必ず恋さんに声をかけた方がいいよな?」
「私がいればそれで良いですが、もし声を掛けられなかったら直接ここへ訪ねて頂ければサヤさんが対応しますので問題ございません。練習中に何かあればサヤさんに申し付けていただければよろしいので」
練習環境の提供だけでなく、困りごとについても協力してくれるということで至れり尽くせりな待遇に些か申し訳ない気持ちが出てきた。
「ほんと、何から何まで助けてくれてありがとうな。ここまでしてもらったけど、俺はどうやって返していけば……」
「気になさる必要はございません。颯翔くんに使わせることが今は最上だと判断したまでです」
「そうは言うけどもなぁ……」
こういった恩恵は受けるだけではなくしっかりと相応の返還もしないと相手に対して無礼だ。だが、恋さんへ返せることが特に見つからず、俺は顔を歪ませる。貸しを作ったままにしておくのは俺のプライドが許さない。親しき仲にも礼儀あり。お互いに悔いを残さないようにしなければ。
「颯翔くんがそこまで言うのでしたら、一つだけ望みをお話しします」
「お、おう」
そう語る恋さんに俺は少しばかり委縮してしまう。恋さんのことだからそこまでスケールの大きな条件を提示するとは思わないが、改まって言うものだから冷や汗をかきそうだった。
「……次の大会、必ず優勝を掴み取ってください。颯翔くんが満足するパフォーマンスを絶対に完成させてください」
「次の大会で、優勝……」
「私が願っていること、それは颯翔くんに悔いが残らないようにすることです。貴方自身が『やってよかった』と思えるように成果を見せて下さい。貴方の真っ直ぐな笑顔が見られれば、私にとってはそれが最上の喜びです」
恋さんがここまで協力的に動いてくれた理由、それは俺が身を削る思いで練習に励む理由を知っているから。かのんや千砂都に置いてかれたままでいたくないという俺の野心を理解しているからだ。だからこそ俺が納得する練習ができるように恋さんも手を貸してくれた。
見返りは求めず、ただ俺が笑ってくれればいい。人の想いを大切にする恋さんらしい考え方だった。
「わかった。恋さんがここまで手を貸してくれたんだ。絶対にあいつに勝って、大会で優勝してみせる!」
「はい、その意気です。それでは私も着替えてきますので、颯翔くんも準備をしておいて下さい」
恋さんはそう告げて、練習場から去っていった。彼女が来た時にはすぐに練習を始められるように俺も支度も進めるのだった。
「はい、ラストはそこでターン!」
手拍子と共に飛ばされる恋さんの凛とした声に呼応するように俺はダンスで決めポーズをとる。
一通りのダンスを踊り終え、俺は熱くなる身体を冷ますように服で体を仰ぐ。相応のペースで踊っていたため、汗で服が体に張り付いていた。汗が身体を滴りながら俺は地面に座り込んで水を体内に流し込む。
「ふぅ……足がいてぇなぁ……」
先ほど踊った曲は大会で使うものではない。大会用の課題曲については別途アナウンスをされるので、今日はダンス初心者の練習用で必ず使われる定番曲を用いて、通しでダンスを踊り切れるか確認することにしたのだ。
体力は普段からやってるランニングや筋トレのお陰で現役の頃に戻りつつあったので、あとはダンスの精度上げることに重きを置くことにしている。恋さんも初めての通しだからということで甘やかすつもりもなく、少しでもキレが悪い箇所が出てくればすぐに檄が飛んでくる。少しの油断も許さない恋さんのストイックな姿勢が凄く頼もしく、ダンスにもより集中することができた。
今はその反動が来て、足が棒になってしまっている状態だった。
「お疲れ様でした。初めての通しにしては上々だったと思いますよ」
「本当か? まだまだ足りてねぇところもたくさんあるかと思ったけど……」
「そこは否定できません。ですが、ひとまずは踊り切ることができたんです。身体づくりを始めていたころから比較しても1ヶ月でここまで力が付いていることもすごいことですよ」
初めての通し練習にて、持久力と集中力が長続きしない、疲労でキレが落ちていったなどブランクを感じさせる欠点がいくつも見つかった。だが、恋さんはその事実を受け止めつつも、ダンス大会出場を志した当時と比較して、その成長ぶりを褒めてくれた。
「確かにあの頃と比べて、明らかにこれまでの自分と違うことが分かる。それに通しでやって欠点も見つかったしな」
「はい、それも少しずつ詰めていきましょう。時間はまだまだありますから」
次の練習内容の方向性が決まったところで、練習場の扉が開く音がした。そこにはサヤさんがお盆を持って立っていた。
「失礼いたします。差し入れをご用意いたしましたので、お二人でお召し上がりください」
「まあ、ありがとうございます、サヤさん。颯翔くん、時間もキリが良いので一度休憩を挟みましょう」
恋さんの指示に俺は頷いて返事をする。そして、サヤさんが用意してくれたお茶菓子を頂くために一時休息へと入るのだった。
「ダンスレッスンで身体も火照っているかと思います。食べやすいようにゼリーをご用意いたしました。颯翔様のお口に合えばよろしいのですが……」
「そんな、作って頂けるだけで嬉しいです。いただきます」
ゼリーはその性質上、水分が大半を占めている。ダンスで体内の水分が汗となって外へと出ていった今、ゼリーを食べられるというのは小腹を満たすという点でも、水分補給という点でも非常に効果的なのだ。
サヤさんが用意したお盆から半透明のカップを受け取り、スプーンでカップ内に収められているゼリーを掬う。少し振動を与えただけでもぷるんとしたゼリーの軟らかさが目に見えて非常に食欲をそそる。
目の前のゼリーに齧り付きたい衝動が抑えられず、俺は勢いそのままにゼリーを頬張る。口の中でフルーツの酸味とゼリーの優しい口当たりも合わさって文句の付けどころのない美味しさだった。
「う、うまい……!」
「サヤさん、このゼリーとても美味しいです!」
「お二人にそう言って頂けて嬉しい限りです」
恋さんも舌鼓を打ち、俺たちの満足した様子を見てサヤさんは安心したように微笑を浮かべる。
「そういえば、サヤさんはここで世話人になってからどれくらい経ってるんです?」
「そうですね……恋様が産まれた頃よりここにおりますのでかれこれ15年はおりますね」
「結構長い間、ここで働いてるんですね……?」
恋さんとの距離感やその落ち着いた雰囲気を見れば、ここにいる期間はそう短いものではないと想像がつく。だが、恋さんが産まれた頃から仕えているというのは驚きだ。
「両親が忙しくて私が家で一人だった時もサヤさんが一緒にいて下さいましたから寂しさもなくなっておりましたからね。それこそ、サヤさんといないと落ち着かなくなってしまうほどに当たり前となっていましたから」
「……じゃあ、恋さんがお転婆だった頃とか恥ずかしい話とかも全部知ってるってことか」
「貴方は何を期待しているのですか?」
幼少時代の恋さんの垢抜けた話を聞けるかと思って、そんな事を口にしたが恋さんは何を言ってるのか分からないと言わんばかりにジト目でこちらを睨みつけてくる。
「ふっ、そうですね。昔のお嬢様のあんな姿やこんな姿をたくさん知ってますよ?」
「サヤさんも口車に乗せられて余計なことを言わないでください!」
俺たちのやり取りを見てサヤさんは小さく吹き出し、こちらのノリに合わせてくれた。サヤさんが乗っかるとは思わず、恋さんも珍しく慌てふためく様子を露わにする。
「……今は寂しくなってしまいましたが、それでも葉月家の発展やお嬢様の成長を間近で見守ることができて私はこの上ない喜びを感じています」
「サヤさん……」
サヤさんの表情、それは昔はよかったなどと言って現状の生活に不服を感じているといったものではない。時が進むにつれて変化していくものこそあれど、その紆余曲折がサヤさんにとっては大切な思い出となっているのだろう。
「……と昔話に花を咲かせている場合ではございませんね。今は颯翔様の大事な練習のお時間、私も精一杯お手伝いはさせて頂きますので、これからも何卒よろしくお願いします」
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします。サヤさん」
今は暫しの休憩時間。練習のためにここに来たことを再認識し、サヤさんは時間を取らせてしまったことを詫びつつ、これからの援助も辞さないことを教えてくれた。また一人、近くで支えてくれる存在を知ることができて、俺は練習に対しての熱意がより高まりつつあった。
「それでは練習を再開しましょう。先ほどのように頭から踊っていただきますので気を緩めずに頑張りましょう」
「あぁ、やってやるさ!」
恋さんの鼓舞に合わせて、胸の前で握り拳を作る。
新たな環境での練習ともあって抱いていた一抹の不安も、気がつけば胸の中からすっと消えているのだった。
人の想い、時は経てども腐ることなし