お待たせしました。
本編44話です。
それではどうぞ!
葉月家での練習を終えたその日の夜。
三時間ほどぶっ通しで練習したのもあって今日はご飯とお風呂を済ませたらさっさと寝てしまいたい気分だった。
「おっ、おかえり颯翔。今日は遅かったな?」
家に帰ると凪がリビングでくつろいでいた。両親はまだ仕事で帰ってきておらず凪一人しかいなかった。
「ただいま。前に話してた友達の家で練習してたんだ」
「葉月恋ちゃん、だっけ? こんな時間に帰ってくるってことは相当良い練習になったみたいだな。飯はこれから作ってやるからちょっと待ってろ」
「あぁ」
凪はそう言って立ち上がり、キッチンへと歩き出す。
両親が仕事で家に帰ってくる時間が遅い都合上、普段は凪がご飯を作ってくれる。凪は俺が帰ってきたのを確認してから作るつもりだったようで、これから料理に手を付けるようだった。
俺も早くリビングでゆったりしようとさっさと荷物を自室へと置きに行く。
「そういえば、恋ちゃん家の練習はどうだった? やっぱり学校のそれとは違うのか?」
凪は夕飯を作りながら葉月家での練習について疑問をぶつけてくる。
「そうだな、周囲の目とかも気にならんし練習にすごく集中できる。それに、恋さんや家の人も手伝ってくれるっていうのもあって本当に至れり尽くせりってやつだ」
俺は恋さんの家で練習をさせてもらった時に抱いた率直な感想を話す。
「そうか。練習に熱中するのはいいけどあまり迷惑はかけないようにな?」
「分かってる。俺のわがままでやらせてもらってるんだ。自分でやれることをやるつもりだ。それはあの人らにも話してる」
「分かってるならいいさ」
練習場所を提供してくれたのは恋さんだが、練習にも毎度付き合わせてしまうのは俺も申し訳なさが芽生える。彼女らは気にしないとは思うが、俺自身が気にしてしまうので凪の言う通り己の練習で賄えるところは己の手で解決していきたい。
俺の言葉に凪も納得しているようで笑顔を見せながら料理を作る。そんな折、テーブルの上に置いてあった凪のスマホから音楽が聞こえてきた。
「ん? なにか聞こえる……けど……」
その音楽に妙な聞き覚えがあり、画面の方を見るとそこにはかのんと可可が映っていた。
「あぁ、かのんちゃん達がスクールアイドルをやってるって言ってただろ? この前の代々木フェスの模様が動画に上がってたから見てたんだ」
凪が見ていた動画、それは先日代々木スクールアイドルフェスの公式アカウントが投稿したものだった。凪はクーカーのパフォーマンスに興味が湧き動画を見ているようだ。
「改めて見るとかのんちゃんだいぶ成長してるな~。昔のあどけなさもなくなってよりきれいになったな」
「……まあそうだな」
かのんのことを懐かしく思う凪を見て、俺はいたたまれない気持ちになる。彼が願っていた俺たちの関係性はここまで様変わりしてしまったのだ。もう昔のようには戻れない。
その後悔が残っているはずなのにかのんのことを口にする姿を見て、それと同時に表現しがたい腹立たしさも芽生えていた。そんな俺の様子に気づかずに凪は言葉を続ける。
「かのんちゃんもそうだけど、千砂都ちゃんもすごいよな~。颯翔と同じようにダンスを練習してるって話だし、あの子らがいつの間にかそこまで逞しくなってて驚きだよ、本当に」
「……そうだな」
かのんのみならず千砂都のことも褒める姿に俺は顔をゆがませる。実際、彼女らは昔とは大きく違う。それを凪は素直につぶやいてるだけなのにどうしてこんなにもむしゃくしゃしてしまうのだろうか。
「いずれはお前と一緒にダンスを……」
「……もうやめろ!!」
これ以上、あいつらが褒められるところを聞きたくない。その一心で俺は思わず叫びをあげてしまう。
「颯翔?」
「……あいつらのことを話題に出すのはやめろ。無性に……腹が立っちまう」
成長している人間のことを良く言うことはなんらおかしいことではない。むしろ出来なかったことが出来るようになったのだから褒め称えて当然のことだ。だが、そんな当たり前のことでさえも、その相手があの二人と考えると俺は彼女らに対しての妬みを隠せなくなる。
凪は何もおかしなことは言っていない。むしろおかしなことをしているのは俺のほうだ。人の努力を素直に認められない天邪鬼。頭では理解しても身体が拒否反応を起こす。どうしてこんなことになっているのか自分でもわからない。
俺の様子を察した凪は笑顔を控え、真面目な顔で詫びを入れてきた。
「そうだな。悪い、お前の気持ちを考えられてなかった」
「いや……俺も突然怒鳴って悪かった」
詫びを入れてくれた凪に対して俺も気まずさから目を逸らしてしまう。その後、凪はかのんたちから話題を切り替え、普段の学校生活や世間話に明け暮れながら二人分の食事を用意してくれたのだった。
食事中も彼女らに抱いているこの苦しさがなんなのか考えたが一向に答えは出なかった。それどころか胸苦しさを覚え、考えることすらもしんどくなっていた。今の彼女らと俺の立場は雲泥の差であることはわかっていることだが、それを素直に認められず虚しさだけが心の中を支配していた。
翌日、少々寝付けは悪かったもののいつも通りの時間に起床し、学校へ登校できた。
「おはよう~」
教室で談話している生徒らへ挨拶をすると、それに合わせてクラスメイトらも返事をしてくれる。
「おはよう〜湊月くん」
「何か見てるのか?」
クラスメイトのスマホで動画が流れているようだったので、どんなものを見ているのか聞こうとしたが、その動画や音声に聞き覚えしかなかった。
昨日の凪の件といい、どうしてここまで連鎖的に俺を翻弄しようとするのか理解に苦しむ。
「スクールアイドルの映像だよ! 一ヶ月前?に普通科の子がスクールアイドルの大会に出場したって話を聞いてその動画を見てたんだ~!」
「このクーカーって二人組、すごくかわいいんだよ! ダンスも歌も上手くて思わず何回も見ちゃうんだ~!」
「そ、そうか……」
昨日、まったく同じやり取りを繰り広げたからか返事がおざなりになってしまう。だが、彼女らは気に留める様子もなくそこに映ってない別の人物の話題も口にする。
「そういえば、この子たちって音楽科の嵐さんに練習を教わってたよね? あの子と仲良いのかな?」
「幼馴染だって確か友達が言ってたよ?
二人揃って。この子らはあいつらが幼馴染ということを知ってるだけだ。俺もあいつらと同じ関係であることは知らない。それをわかっているのに彼女らの言葉にとてつもない疎外感を受けてしまったのは何故だろう。
クラスメイトらは素直に感銘を受けた結果、このような発言をしているため彼女らに非はないのだ。そうであるのに昨日と同じように俺の心には黒い靄がかかり荒む予兆を見せていた。
「……なんであいつらだけ……」
「ん? 湊月くん、どうかしたの?」
腕を震わせながら小声で呟いたが、彼女らの耳には届いておらず俺の様子に違和感を覚える様子を見せる。
「お二人とも、動画を視聴するのは構いませんが音量調整だけは気をつけて下さいね? 他の皆さんのご迷惑とならないように」
突然、入室してきた恋さんがクラスメイトらにスマホの使い方について注意喚起を行う。その声に俺も我に返り平静を取り戻す。
「あっ、忠告してくれてありがと、葉月さん! 大丈夫、ちゃんと周りには気をつけるから!」
「はい、それならばよろしいです」
忠告をすんなり受け入れてくれる少女らに恋さんは笑顔を見せる。指導する際にも相手に不快感を与えないように飴と鞭を上手に使い分けてるところを見ると、先生からも信頼が厚い理由がよく分かる。
「颯翔くん、他の生徒の通行に支障が出ますから行きますよ?」
「……あぁ」
恋さんに言われるがまま自分の席へ移動する。まさか昨日から今日にかけて連続でかのん達の話題が出ると思わず、酷い取り乱し方をしてしまった。恋さんはそんな俺の様子を見て声を掛けたのだろうか。
つい恋さんの事を見つめていると俺の視線に気づいた恋さんは訝し気にこちらを見つめ返す。
「どうかしたのですか?」
「いや、余計な気を遣わせちゃったなって思って」
「勘違いしないで下さい。これから登校してくる生徒がたくさん入室してくるのです。扉の前で屯されてしまっては邪魔になってしまいますから退いていただく必要があったまでです」
恋さんは強い口調で語るが表情は厳格なそれではない。恋さんが述べた内容も彼女らに声を掛けた理由の一つだろう。だが、それだけのために彼女たちへ声を掛けるのだろうか。生徒らの事をよく見ている恋さんだが、迷惑を被るほどの音量ではなかったため普通ならば目を瞑るはずだ。
「まあ、貴方が貸しだと思うのであれば、そのように捉えて頂いて構いません。いずれ飲み物でも買っていただければ良しとします」
「いや、あんたはそんなことを要求するほど狡い人間でもないだろう……」
余計にはぐらかされてしまい、これ以上追求しようにも恋さんは簡単には答えようとしないだろう。どうにか手を打てないものかと考えたが、その思考を邪魔するように燈香の声が響いた。
「おはよう、颯翔くん、恋ちゃん!」
「おはようございます、燈香さん」
「二人して椅子に座らずにどうしたの? 何かお話でもしてたの?」
「いえ、そういうわけではございません。ただ今日も練習を頑張りましょうと話していただけですので」
「恋さん、それは……」
それは違うと言おうとしたが、俺の言葉を遮断するように朝会の予鈴が鳴り始めた。
「さあ、チャイムも鳴りましたし席に戻りますよ?」
「お、おい恋さん!」
恋さんは一言言い残すと俺の発言を待たずに自席へ着く。普段の彼女に似つかわしくない強引さに思わずため息が出てしまう。
「はぁっ……一体何がしたいんだか……」
「颯翔くん大丈夫? 恋ちゃんと何かあったの?」
今までに見ないやり取りをする俺たちを見て、燈香は不思議そうにこちらを見つめる。彼女にまで余計な心配は掛けさせたくないため、笑顔を作ってなんともない様子を見せる。
「いや、なんでもないさ。ここ最近ずっと練習に付き合ってもらってるから恋さんも疲れてるのかもしれんな」
「そっか、恋ちゃんもあれからずっと付き合ってるんだね! 颯翔くんも調子は大丈夫そう?」
「あぁ。恋さんのおかげで大会に向けて良い練習ができてるよ」
「ふふっ、それならよかった~!」
恋さんとの練習が上手くいってることを知り、燈香は安心するように微笑む。そして、何かを思い出したかのように燈香は言葉を続ける。
「あっ、そういえば今日も練習ってする? 私、今日は部活がお休みだから練習に参加したいなって思って!」
「本当か! 今日も練習をやる予定だったからぜひ来てくれ」
ダンスの経験がある燈香がついにこちらの練習に参加してくれる。基礎体力が備わっており、いよいよダンス練習に注力しようとしていた矢先だからタイミングとしても非常に申し分なかった。
「うん! 楽しみにしてるね♪」
「あぁ。それと恋さんにも声を掛けないとな。今はあの人の家で練習させてもらってるから、燈香も一緒に参加することを話しておかないと」
恋さんの家を訪問する人物が増えるため、彼女へ話を先に通しておけばサヤさんが戸惑うこともないだろう。
だが、練習場が学校ではないことに燈香は疑問を浮かべる。
「えっ? 今って恋ちゃんの家で練習してるの?」
「あぁ。あいつの家でダンスの練習ができるって前に話をしてただろ? だから、恋さんに頼んで練習場として使わせてもらえるようにしたんだ」
「あっ、確かにそう言ってたね! 恋ちゃんの家がどんな所なのか楽しみだな〜!」
「期待してろよ。目の前に出たら腰を抜かすから」
「流石にそこまではいかないんじゃない?」
俺の忠告を燈香は冗談として受け取る。だが、彼女も恋さんの家事情を知らないからあっけらかんとしてられるのだ。この後の燈香の反応を楽しみにするとしよう。
「まあ、あとのお楽しみだ。じゃあ、早速恋さんのところに行くか」
「うん! あっ、恋ちゃ〜ん!」
俺の提案に納得した燈香は我先にと恋さんの元へ駆けだしていく。放課後の練習が賑やかになることを楽しみにしながら、俺は二人の元へ歩いていくのだった。
遠く離れる3人、近く寄り添う3人