吹き荒ぶ風、奏でる音   作:M-SYA

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大変長らくお待たせしました。

本編46話です。

それではどうぞ!




千砂都の違和感

 

「悪い二人とも、遅くなった」

 

 かのんとの突発密会を終えた俺は学校を後にして恋さんの家へと向かった。サヤさんに家の中へ入れてもらい、練習部屋に到着すると既に練習着へ着替え終えていた恋さんと燈香がストレッチをしながら待っていた。

 

「あっ……颯翔くん、お疲れ様です」

 

 俺が部屋に入ると恋さんは考え事をする素振りを見せていたが、すぐになんでもない様子を見せる。一方、燈香はむすっとしながらこちらへ返事をしてくれる。

 

「もう〜遅いよ颯翔くん〜! 準備は出来てるから早く始めようよ〜!」

 

 恋さんの声に元気がない事を感じ取るが彼女に声を掛ける隙も与えないように燈香が矢継ぎ早に言葉を被せてくる。燈香としても、折角こうして一緒に練習できる日が作れたのに当の本人が遅れてしまうのは文句の一つや二つ出てきてもおかしくない。

 

「分かってるよ。すぐに準備してくるから待ってろ」

 

 恋さんの様子も気になるが、今は準備を済ませることが第一のため、俺はひとまず練習着に着替えるべく部屋を一時的に離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習着に着替え終えた俺は、早速恋さん達と合流した。そして、今の俺の練習状況を説明して、現在はダンスをやる前の準備体操並びに体力トレーニングをやってるところだ。

 

「颯翔くん、手先が落ちてますよ! 最後まで気を緩めずに!」

 

「お、おう!」

 

 平衡感覚の底上げとして実施している片足立ち。足一本で身体を支えなければいけない都合上、どうしても足に集中力がいってしまいその他の部位の姿勢が甘くなってしまう。

 

 そういった甘さを恋さんは遠慮なく指摘してくれる。一人で練習してるとどうしても自分に甘くなる節が出てきてしまうため、恋さんが見てくれることは本当に助かっている。

 

「颯翔くん、がんばって!」

 

 恋さんの檄が飛ぶ中、俺と同じようにトレーニングに参加している燈香がエールを飛ばしてくれる。

 

 燈香はダンスを嗜んでいたこともあり、体幹の良さが姿勢に顕著に表れていた。片足立ちを俺よりも長く続けているが芯がぶれることがない。それどころかこちらを見て笑顔を向けて話ができるほどに余裕を持っている。体力や筋力に関しては負けることはないと思っているが、バランスの良さは彼女に負けてしまうだろう。

 

「……燈香に負けてると思うと悔しくなってくるな……」

 

「えっ!? それって私、馬鹿にされてる!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「颯翔くん、今のステップは遅れてましたよ!」

 

「……マジかよ」

 

 体力トレーニングを終えた俺はダンス練習に入り、手拍子でタイミングを取る恋さんから先ほどと同じように叱責を受けていた。自分では上手く踊れていると思っていても恋さんの目には綺麗のそれには見えないようだ。ひとまずやれるところまでと思い、ダンスを続けていると燈香が待ったを入れてきた。

 

「二人とも、ストップ! ……颯翔くん、疲れてきてない?」

 

「えっ? 疲れなんて……」

 

 ない、と言い切りたかったが俺の身体は正直なようで既に息が上がっていた。練習を始めて30分ほどなのに肩で息をするにはあまりにも時間が早すぎる。

 

「……これまでの練習の疲労が溜まってるのか……?」

 

「過度な負担を与えているつもりはなかったのですが……」

 

 恋さんもこれまでの練習メニューを振り返って修正しなければいけないかと頭を悩ませる仕草を見せるが、燈香はそれは違うと頭を横に振る。

 

「颯翔くん、前屈を一回やってみて?」

 

「お、おう……?」

 

 突然、燈香から前屈をやるよう促され、俺はその場で座り込み前屈の姿勢に入る。そして、前屈を始めた瞬間、恋さんは燈香が言わんとしていた事を理解したようだった。

 

「これは……颯翔くんは身体が硬いのですね?」

 

「うん、さっきのダンスの動きに違和感があったんだ。動きは良いんだけど安定性に欠けるというか……一つ一つの動作に身体全部が持っていかれてるというか……」

 

「もしかして柔軟性の事か?」

 

 俺の姿を見て、恋さんと燈香が何を言わんとしているのかが理解できた気がする。前屈を行った姿を見ると、俺は足のつま先に指が辛うじて届いている程度でありダンスが日課だった昔と比べて柔軟性が格段に落ちている。

 

「うん、ダンスに限った話じゃないけど、スポーツをやる上で身体の柔軟性を上げるのはすごく大事なんだよ。無駄な筋肉を使う必要がなくなるから疲れにくくなるんだ~」

 

 燈香は実際に自分の柔軟性を見せながら解説してくれる。今までは体力が落ちていることを問題視しており体力の増強に重点を置いて練習を行っていた。そのため、柔軟の大切さが頭から抜けていたのだ。ダンススクールに通っていた時に柔軟も大事な要素だとコーチから教えられていたのにそれを忘れてしまっているとはなんとも情けない。

 

「颯翔くんなら柔軟に関しては問題ないかと思って、私も確認を怠っておりました。燈香さん、ご指摘ありがとうございます」

 

「恋ちゃんは気にしなくていいよ~! だって颯翔くんがこうしてダンス練習を再開するって決めてから考えることも多かったでしょ? 最初の内から課題が全部浮き彫りになるなんて難しいことだと思うから、そこは私も頑張ってカバーするよ♪」

 

 燈香の言う通り、俺がダンス復帰を決意してからというもの、大会への参加に向けて課題を整理してきた。その中でも大きく頭を悩ませていたものが俺の身体的事情だった。ダンス自体を再開できるかが問題視されていたこともあり、リソースがそちらに割かれていたのだ。

 

 だが、逆に言えばこのタイミングでやっとダンスのクオリティを上げることに注力することが出来るようになったとも言える。自身の課題である身体面の改善と練習場所の確保が完了したことにより大会に向けた本格的な練習をスタートさせることが出来るようになったのだ。

 

「悪いな燈香。やっぱり燈香が参加してくれてよかったよ。恋さんとじゃあ気づけなかったこともあるから、指摘してもらえると本当に助かる」

 

「えへへっ、私も颯翔くんには全力で頑張ってもらいたいもん。そのためだったら出来ることはなんでもするよ!」

 

 三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、燈香も交えることでこれからやらなければならない課題について容易に洗い出すことが可能になった。この二人といればどんなことで成し遂げられそうな安心感が俺の中に芽生えていた。

 

「そろそろ練習を始めて時間も経ちます。一旦、休憩を入れましょうか」

 

「は~い!」

 

 葉月家を訪ねてから既に2時間は経過している。体幹トレーニングやダンス練習で疲労は蓄積しているため、この後の練習に備えて休憩を挟むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燈香が手洗いに行っている間、俺は持参したスポーツドリンクを飲んで休息を取っていた。休みながら考えていたこと、それは凪やクラスメイト達が話していたかのんと千砂都について。

 

 昔、俺はかのんと一緒に音楽とダンスを極めようと意気込んで練習していた。そして、千砂都はそれを横で応援するという構図ができていた。しかし、とある事件をきっかけにその構図は大きく原形を崩していった。気づけば、かのんの横にはダンスを練習していた千砂都が立っており、俺は蚊帳の外に追いやられていたのだ。その結果、俺という一人の人間が世界から突っぱねられたような孤独感を味わうことになった。

 

 その結果、凪に冷たく当たってしまったり、クラスメイトらの会話に不快感を覚えてしまうなど、相手を不愉快にしてしまうような状況を作ってしまっていた。同じ轍を踏まないためにこの大会で結果を出す必要がある。いや、出さなければいけないのだ。俺がまだ腐った人間ではないことを証明するために。

 

「……颯翔くん」

 

 部屋の一点をぼーっと見つめながら考えていると、恋さんが声を掛けてきた。何か考え事をしていたのかどこか声が不安気だった。

 

「どうしたんだ?」

 

「一つ、お聞きしたいことがあるのですが……」

 

 恋さんはそう言って、どこかバツが悪い顔をする。俺は状況が分からずただ彼女の言葉を待っているが、恋さんはすぐに一呼吸おいて続きを話す。

 

「嵐さんと……何かありましたか?」

 

 恋さんが聞いてきたこと、それは千砂都についてだった。まさか、かのんと同じ質問をされるとは思わず、運命の悪戯か、と俺らしからぬことを考えてしまった。

 

「恋さんまで……そんなにあいつの様子がおかしいのか?」

 

「私まで……というと他にも同じようなことを? もしかして……」

 

「あぁ、澁谷が同じことを俺に聞いていた。見るからに不機嫌そうな表情をしてな」

 

 今日、ここへ来る前にあった出来事。あいつも千砂都が何か抱え込んでる様子が見られるということから俺に問い詰めてきたのだ。

 

「そうですか……」

 

 ため息を吐きながらそうぼやく俺を見て、恋さんは目線を落としながら呟く。

 

「……それって恋さんも気にするほどなのか?」

 

「えっ?」

 

「確かに恋さんは周りの人間のことをよく見てるし、気に掛けてくれてる。だけど、そんな恋さんまで考え込んじまう内容なんてかなり面倒な事だと思うが?」

 

 恋さんは他人に優しい。自分のことを律している姿勢は言わずもがなだが、それを他人に強要せずその人の良さをしっかりと尊重して手を差し伸べてくれる。悩みでさえも恋さんに話してしまえば解決の糸口に繋がる手掛かりを見つけてくれると思えるのだ。だが、そんな恋さんの心につけ込んで悪巧みを考える人間も少なからずいるはず。千砂都はそんなタイプではないと思うが、世の中には人の善意を自分勝手な欲望に利用する鼻持ちならない人間もいるのだ。

 

 そんな不穏なことを考えていると恋さんは軽く吹き出すように笑顔をこぼす。

 

「安心して下さい。私は別に嵐さんからやましい頼まれごとをされたわけではございません。ただ……少し前に見たあの人に……どうしても納得できないことがありまして……」

 

「……なんだそれは」

 

 口を噤む恋さんに続きを話すように促す。恋さんは軽く息を吐いて本題を話し始める。

 

「……嵐さんが退()()()を所有していたんです」

 

「……はっ?」

 

 恋さんの言っていることが理解できず、顔を顰めながら問い返してしまう。だが、恋さんは俺の反応を予想していたのか神妙な表情を変えずに話を続ける。

 

「先日、私も颯翔くんとの練習に備えるためにダンス場を借りようとしていたのですが、練習場には嵐さんが先に入っていたのです」

 

「……あいつも大会に向けて、だな?」

 

「はい。嵐さんは先生にも教えを乞うて、大会に向けて準備をしているようでした」

 

 どうやら千砂都は千砂都で大会に備え、学校の先生に力を借りているようだ。実際、結高の音楽科の教師は音楽学校を通った人が多く、歌に楽器、ダンスに演劇と幅広いジャンルの音楽に力を注ぐことができる。俺は元々がダンスをするための基礎が出来上がっておらず、こうした練習を始められるまでに時間をどの程度要すのか見積れなかった。そのタイミングで恋さんから葉月家での練習を提案してもらったために今の状況となっている。

 

 千砂都は俺よりも一歩のみならず二歩、三歩、いや、もっと先を歩いているはず。ダンス経験者だった俺にあそこまでの啖呵を切れるということは彼女の実力は相当なものに仕上がっているはず。それであれば経験豊富で数多の大会に出て場数を踏んでいるであろう教師に教えを乞うことは千砂都にとっては一番の近道だ。

 

「私は先生が練習場を後にした姿を拝見してから室内に入ったので、そこには嵐さんしかいませんでした。颯翔くんとの勝負に全力を注ぐために、と彼女も気合が入っているようでした」

 

「…………」

 

「練習場に入って、嵐さんが休憩中なこともあって、少しの時間だけ談笑をしていたのですが、彼女が鞄から新しいタオルを出そうとした時に鞄を落としてしまって……その時に見てしまったのです。『退学届』と書かれた用紙を……」

 

「……そうか」

 

「見たのも一瞬のことでしたので、すぐに嵐さんは用紙をしまってしまいました。私もその場では見ていないなんてはぐらかしてしまったので、そこで話は終了してしまったのですが……」

 

 怪訝な表情を浮かべながら語る恋さん。これでこの話が全部作り話でしたなんて言われたら、今すぐにでも彼女は女優を目指すべきだ。だが、恋さんが頭を悩ませる様子を見るにこの話は真実と見える。彼女は他人の評価を下げるような発言や噂は流さないだろう。

 

 だが、それでも一つ不可解なことがある。以前に千砂都は俺の意志を継いでかのんの横に立つと意気込んでいた。だが、俺に負けたと仮定して、その悔しさや屈辱のみで退学にまで思考が及んでしまうのだろうか。千砂都にとって、かのんは初めてできた友達であり、大切な幼馴染だ。そんなかのんを置いてこの学校を離れるなんてことがあいつに出来るのだろうか。

 

(俺に負けた場合を考えて……かのんの事を……捨てるというのか……?)

 

 こんなことを考えてしまう俺自身も自分が馬鹿なことを言ってる自覚はある。あいつは俺やかのんと出会って自分の居場所を見つけられた。だからこそ、そんな居場所を易々と捨て去ることなんてできないはずだ。考えたくはないが、俺の知らない間に千砂都は友人も呆気なく切り捨てられる薄情な人間に成り代わっていたのだろうか。

 

「……ごめんなさい。今の颯翔くんにこんな話をしてはいけないことはわかっています。ですが、あまりにも唐突な出来事で……この学校で一生懸命頑張っておられたあの人があんな物を持っていることは只事じゃないと思いましたので……」

 

 恋さんはバツが悪い顔をして頭を下げる。彼女が謝ってしまう気持ちも分かる。今の俺と千砂都は頂点を争う敵同士。だが、恋さんからすれば俺たちは敵同士である前に幼馴染なのだ。敵同士と考えていても、幼馴染の異常な姿を聞いてしまえば練習に支障をきたしてしまうだろう。

 

「別に気にすんな。恋さんは優しいからな。あいつの様子を見て、居ても立っても居られなくなったんだろ?」

 

「……そうですが、それを颯翔くんに話すのは……!」

 

「安心しろ。俺が千砂都の事情を知ったからと言って、練習を疎かにするつもりはないさ」

 

「えっ……?」

 

「千砂都がどういった経緯でその結論に至ったのかは知る由もねぇ。だが、それはあいつ自身が自分に課した試練のようなものだろ? あいつが自分で決めたことに俺が口を挟む気はないし、そんな余地もない」

 

「確かにそうですが──」

 

「それに」

 

 尚も反論しようとする恋さんに俺は先ほどよりも声を大きくして彼女の言葉に被せる。

 

「言っただろ。俺はあいつと本気の勝負をすると。もし俺があいつの事情を知って練習をサボった、なんて知ったらどうする? あいつは、自分と真剣勝負をすると語った俺を裏切り者として軽蔑するだろうさ」

 

「…………っ」

 

「それと同時に俺が千砂都の心境に同情してわざと手を抜いたんじゃないか、なんて考えたりもするかもしれん。そんな八百長にも近い形で掴み取った勝利を……あいつは素直に喜ぶと思うか?」

 

「それは……」

 

 俺の言い分に恋さんは言い返すことが出来ずに言葉を失う。俺と千砂都は雌雄を決するべく今回の大会に向けて力をつけてきた。俺たちの事情を理解している恋さんが、図らずとも八百長試合に加担していたとなれば、恋さんはきっと二人の大事な勝負に水を差してしまったとして、ずっと後悔してしまうだろう。

 

「心配してくれてありがとうな、恋さん。だけど、俺はこの勝負であいつと真剣に向き合うつもりだ。そして、それはあいつも同じこと。本気でぶつかる相手にはこっちも相応の覚悟でいかないと、それは本気の相手に対する無礼だ」

 

 優勝という栄光を掴みたい人間ならば、対戦相手が勝手に弱くなってくれれば苦しい戦いをしなくて済むから有難いと思うだろう。しかし、俺たちは違う。自分の全てをぶつけて、自分の力を相手に証明したいのだ。俺たちの戦いの中にダンス大会というイベントがあるだけの話だ。千砂都と本気でぶつかれれば大会の決勝であろうが、初戦であろうが俺達には関係ない。

 

「分かりました。私も無礼を申し上げてすみませんでした。颯翔くんを少しでも不安にさせてしまったことを反省するために、私もより一層練習へ向き合いたいと思います」

 

「それはありがたいけど、穏便に頼むな……?」

 

 恋さんのスパルタが今よりも加速すると俺の身体がどうなってしまうのか考えたくなくなってしまうが、彼女が迷いながら練習に付き合うよりかは遥かにマシだ。

 

「お待たせ~! うん? 二人ともどうかしたの?」

 

 お手洗いを済ませた燈香はいつもの朗らかな笑顔で練習場に入ってくるが、俺たちの様子がどこか違うように感じたのか疑問を浮かべる。

 

「いや、なんでもねえよ。さぁ、練習を続けるぞ!」

 

「……はい!」

 

 燈香が帰ってきて幾分か空気が明るくなったのを感じた俺は気持ちを切り替えようと手を叩いて再開の合図を出す。

 

 千砂都が何故退学届を持参していたのか。そして、その真意は何なのか。千砂都に対して浮かんだ訝しさは片付いたわけではないが、練習の障害とならないように俺はそんな疑問を頭の片隅に追いやることにした。

 

 






こちらも本気にならなければ、無作法というもの。



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