お待たせしました。
本編47話です。
時間が空いてしまいましたが、それではどうぞ!
燈香を交えた練習を始めてから数日後。
学校で練習を重ねる千砂都に負けじと明くる日も明くる日も葉月家へお邪魔して、ダンスの精度を磨いていた。
燈香との初練習で柔軟性に難があると指摘を受けてからというもの、家に帰った際に柔軟体操を織り込んでストレッチを行うようにした結果、筋肉の使い方が調整しやすくなり、以前に比べて格段に疲れにくくなった。やはり独学で闇雲に練習するだけでなく知見のある人間に教えを乞うことも重要だと再認識した瞬間だった。
そんな中で恋さんの手拍子に合わせたダンス練習が今日も行われていた。
「……はぁっ……はぁっ……」
「はい、お疲れ様です。一旦休憩にしましょう」
曲の最後をポーズで締めたタイミングで恋さんから休憩を促される。暫しの休憩となったが、俺は足がパンパンに張っており、休憩に入った途端に地を這うように倒れこんでしまった。ここまで2時間ほどぶっ通しで練習に費やしていたこともあって疲労が尋常ではなかった。
「颯翔くん、お疲れさま! だいぶしんどそうだけどお水いる?」
「サンキュー燈香……。だけど悪い、今は呼吸を整えさせてくれ……」
燈香が横から水の入ったペットボトルを差し出してくれるが、それを受け取らずに俺は仰向けに寝転がり深呼吸をする。流石にこれまでで一番ハードな練習だったこともあり、練習終わりにすぐ水分を補給できるほどの余裕を持ち合わせていなかった。
「昨日よりも踊れるようにはなっておりますが、それでもまだ完璧には程遠いです。今のままでは嵐さんには勝てないでしょう」
「…………」
呼吸を整えながら恋さんの厳しい発言を受け止める。この程度で息を切らして倒れこんでいるようでは本番の緊張に耐えられずにスタミナ切れを起こすだろう。それでは千砂都に勝つどころか他の出場者にも負けてしまう。
「でも、柔軟をやってるおかげで二時間踊り続けることができるようになってるのはすごいことだよね?」
「はい、それは事実です。燈香さんが練習に参画して下さったお陰でスタミナ面については申し分ないレベルに上がっていると思います。ですのでこれからが次のステップですよ」
「あぁ。次はダンスの精度を上げる所に重きを置かないといけないんだもんな」
俺は身体を起き上がらせながら二人の会話に入り込む。大会に臨むための課題はクリアできつつある。残りはダンスのレベルに関してだが、ここからが本番と言っても過言ではない。
ダンスの精度を上げると言っても、それは一日二日でどうにかなる問題ではない。本番までに基本の振り付けをマスターすれば良いだけの問題ではなく、指先にまで行かせる意識を無意識に行えるようにしなければいけないのだ。
「本番までまだ時間はあるんだもん。3人で頑張れば絶対なんとかなるよ!」
「燈香さんの言う通りです。やると決めたからには私達も全力で支援いたしますから、力を合わせて頑張りましょう」
燈香のフォローに同意するように恋さんも笑みを浮かべる。そんな二人を見て、俺も益々のやる気に満ち溢れてくる感覚があった。
「そうだな、今更どうこう言っても仕方ねえ。やると決めたからには最後まで貫くのみだ」
「うん!」
俺がやる気を取り戻した様子を見て、恋さんは立ち上がり手を叩く。
「それでは休憩も終わりにします。これから続きをやっていきますよ!」
「あぁ!」
こうして、この日も恋さんの熱い指導の下で俺はダンス練習を繰り返すのだった。
「流石に今日はハードだったなぁ〜……」
その日の夜、練習を終えて燈香を駅まで送ることにした俺は明かりが少ない夜道を燈香と一緒に歩いていた。
筋肉を酷使した反動からか腕を思いっきり伸ばすと程よい気持ち良さが感じられると同時に筋肉痛特有の痛みが押し寄せてきた。
「でも、颯翔くんってば気が付いたらどんどん上手くなってるから横で見てて凄く楽しいよ?」
「そうか? 自分では中々分からねえけど、燈香が言うならそうなんだろうな」
練習を終えてからも笑顔が途絶えることがない燈香。そんな彼女から賞賛の言葉を貰えると疲れ切った身体も少しは元気を取り戻せるというものだ。
「だけど、これじゃあまだ足りない。これだとまだ……千砂都には敵わない……」
燈香に励まされて嬉しさがこみ上げる一方で、ライバルである千砂都との立ち位置が変わっていないであろう事実に頭を悩ませる。彼女とのスタートラインの違いはあまりに大きいのだ。
「……ねぇ、颯翔くんはどうして千砂都ちゃんとの勝負にこだわるの?」
「え?」
燈香は笑顔ながらも困り眉を作って質問をしてくる。彼女の様子を見るに今の問いが聞いてもいい内容なのか、内心迷っていたのかもしれない。
「颯翔くんが自分の夢を叶えるためにダンス大会に出場するのは分かってる。だけど、颯翔くんが千砂都ちゃんにどうしてそこまでこだわるのかが分からないんだ」
「あ~……それもそうだなぁ……」
燈香は、俺と千砂都が幼馴染であることは知っているが俺たち二人がこの勝負に掛けてる想いは知らない。いや、知ったところで何も変わらないと思って話していなかった。これは俺たちのエゴのぶつかり合いなのだ。
「……子供の喧嘩だよ……」
「えっ? それってどういうこと?」
「これは俺たちが意地を張ってるだけなんだ。お互いに譲れないものがあるから……守りたいプライドがあるから……二人してヤケになってるんだ」
俺は自虐気味に語りながら、燈香へ苦笑を向ける。高校生にもなって意固地になってる様は、側から見ても冷静になった自分が見ても、とても子供っぽく見える。
「どうして……? 二人は幼馴染で……この前ライブを見に行った時も凄く仲が良さそうにしてたのに……」
「……それもあの時の怪我が原因なんだよな」
「颯翔くん……?」
一人でぶつくさ呟きながら歩みを止める俺に燈香は首を傾げる。
「俺とあいつがムキになってるのは、俺が元々負ってた怪我が発端なんだ」
「それって、颯翔くんの足の……」
燈香はそう言って、俺と出会った頃から異状を知らせていた箇所である足を凝視する。
だが、ここから先の話はただの自分語りになるし時間も遅い。これ以上燈香を遅くまで付き合わせるのは申し訳が立たない。そう思って俺は唐突に話を切り上げようとする。
「でも、こんな話を聞いても燈香には何も得は無いし、やっぱり聞かなかったことで──」
「聴かせて? 颯翔くん」
燈香は両手で俺の右手を握り、俺の話を遮った。突然の彼女の行動に驚きはしたものの、俺はなおその提案を拒もうとする。
「燈香? でも……」
「……私は颯翔くんの想いを知らない。颯翔くんがどんな覚悟で大会に出ようとしているのかを知らない。ただ自分がこれまで出来なかったことに挑戦しようとしているだけだと思ってた」
燈香は自分に言い聞かせるような口調で語り始める。そして、彼女の小さくそれでいて細くしなやかな手が握る力を強める。
「でも、今の話を聞く感じだとそうじゃない。このままだと、私は間違った認識のまま颯翔くんの練習に付き合うことになると思う」
「それは……」
「そんなの……いやだ……。今の私にとって、大切な友達である颯翔くんの夢が私の夢の一端でもあるの。だから、颯翔くんが嫌じゃなければ聴かせてほしいな」
「燈香……」
彼女がここまで我を通そうとするのは初めてだ。今までは俺のことを第一に考えて、自分を抑えているような素振りがあった。
いや、これも俺のことを考えての行動だろう。燈香自身が認識している覚悟の差はいずれ練習の熱量にも響いてくる。それこそ先ほどの「これでは千砂都に勝てない」と言った時みたいに何が俺を突き動かしているのかを知らないから困惑してしまうだろう。
燈香は燈香なりに自分がやれることを探しているのだ。その一つに俺のルーツを探るというのことも入っているのだろう。せっかく燈香がこうして俺のことを気にかけてくれているのだ。その想いを無碍にすることは出来ない。
「……は、颯翔くん……?」
そう答えを出すと俺はそっと彼女の手を握り返す。突然の握り返しに燈香は少し紅潮する。
「……分かった。燈香がそこまで言うなら、教えてやるよ。あんまり面白い話じゃないけどな」
「んーん、全然大丈夫! それならどこかへ移動する?」
「あ〜そうだな。立ち話もなんだし、近くのベンチに行くか」
駅に向かう途中に公園があるので、そこへ向かうことで燈香と合意し、街灯と月明かりで照らされている道を二人で歩いていくのだった。
「ほらよ、いつものレモンで良いよな?」
「うん、ありがとう。ごめんね、わざわざお金を出してもらっちゃって……」
ベンチに腰掛けている燈香に近くの自販機で買った飲み物を渡す。彼女には俺の事で多くの時間を使ってもらっている。これくらいの奢りでは足りないくらいだろう。
「気にしなくていいさ。燈香には世話になってるからな。これくらいしか出来ないけど、少しは礼をさせてくれ」
「ふふっ、じゃあ頂くね?」
俺に断りを入れると燈香はペットボトルの蓋を開けて口の中にドリンクを流し込む。彼女に続くように俺も自分用に買った水を飲んでいく。練習してから時間はだいぶ経っているが、それでも熱帯夜になりつつあるこの時期ではただの水でさえもより美味しく感じる。
「……それで俺とあいつについてだけど……どこから話すかな……」
燈香が知りたいのは俺が怪我を負った真相。そして、千砂都といがみ合うことになった理由。その為には少し前から話を展開する必要があった。
「俺があいつと知り合ったのは小学校の頃、昔の千砂都は今じゃ考えられないくらいに引っ込み思案だったんだ」
「あ、あんなに明るい子が引っ込み思案だったの……!?」
俺の話に燈香は予想通りの反応をする。あれだけ元気ですぐに友達を作れる人物が昔は気弱な女の子だったなんて到底信じることができないだろう。
「あぁ。俺がもう一人の幼馴染と遊んでた時もあいつは一人で公園で遊んでたからな。それから千砂都と出会ったんだ」
昔話をしながら、俺も当時の記憶を掘り起こす。あの時はとても充実した時間だったからいくらでも思い出を振り返ることができる。
「三人で公園で遊ぶようになって仲を深めていった時、俺と幼馴染はその当時からダンスや音楽に興味を持ってた」
「えっ、颯翔くんって小学生の頃からダンスを嗜んでたの!?」
「まぁ、そういう反応するよな。これでも習い事としてダンスを学んでたから地元ではちゃんと成績を収めてたんだぜ?」
燈香の反応が面白く、つい一笑を挟む。かのんの音楽を誰よりも近くで支えると決めて勉強したダンスはちゃんと実を結んで今にまでつながっている。子供のお遊びで終わらずに現在まで続いている様が改めて不思議な縁だと思う。
「そっか……さすが颯翔くんだね。その頃からちゃんとやりたいことが決まってたんだ」
「その時の俺は、幼馴染を近くで支えたいって思ってたんだ。そいつはギターを趣味で弾いてた。昔はそいつが曲を奏でて、俺と千砂都が歌うなんて事を……よくやってた」
「……凄く楽しそうだね……」
子供と言えども当時の青春を謳歌していた俺たちの話を聞いて燈香は羨ましそうにぽつりと呟いた。
「あぁ。その時は楽しかった。あの日が来るまではな……」
「あっ…………」
俺のトーンが暗くなるのを察して燈香はいよいよ本題が来ると思って不安げな表情を浮かべる。燈香にとっては聞いてて楽しくない、俺にとっては話しても気持ちが和らぐことがない、お互いに心が痛くなる地獄のような時間が訪れようとしていた。
「それは、俺と千砂都が二人だけで遊んでた時に起きた出来事だ」
過去を振り返っても、返ってくるのは虚しさだけ。