お待たせしました。
本編48話です。
今年一年も多くの方に読んでいただき、ありがとうございました。
これからもご愛読のほど、お願いいたします。
それではどうぞ!
燈香へ話すことにした出来事、それは千砂都と初めて出会ってから2年ほどが経過した時のことだ。
千砂都は俺たちとの時間を長く過ごしたおかげもあってか出会った頃の内気な性格は少し鳴りを潜めており、かのんの明るさに影響されて快活な様子が窺えるようになった。
「あ〜あ、今日はかのんちゃんがいないの寂しいね……」
「店番をしなくちゃいけないって言ってたし、家のことは仕方ないよ」
とある日、今日も学校終わりで荷物を片付けてから三人で遊ぶ約束をしていたのだが、かのんは家の事情により来れなくなった。澁谷家はこの頃から喫茶店を営んでおり、家の手伝いもするようにと親から言いつけられたのだ。家を訪ねた俺たちに事情を話す母親の後ろで、かのんがむすっと頬を膨らませて拗ねていたのは今でもよく覚えている。
そんなわけで今日は二人で遊ぶことにしようと公園へ向かっている最中だった。
「でも、はやとくんとこうして二人で遊ぶのは意外と初めて?」
「あー……言われてみれば確かにそうだな?」
千砂都に言われて、これまでの記憶を掘り返すが俺たちの横にはいつもかのんがいた。だから二人だけで遊ぶことは基本なかったのだ。そう思うと、この時間はとても貴重と言える。
「今日はうるさいのがいないからゆっくり遊べそうだな!」
「かのんちゃんのことをそう言っちゃだめだよ〜」
普段はかのんが先陣を切って遊ぶ内容を提案してきた。だが、それはどれも走り回って遊ぶものが多く、活発で元気っ子なかのんにはお似合いだが、あまり運動が得意ではなかった千砂都にとっては少しきつい所もあった。
「それにしてもちーちゃん、ずいぶんと変わったよね」
「え?」
「初めて会った時は凄くおとなしかったのに、今では自分から率先して動くようにもなってるじゃん? なんか……すごいなって思って」
かのんや俺の後ろをただ付いてきていた少女が今では休みの時間でもクラスメイトと頑張って打ち解けようとしている姿を見たことがある。引っ込み思案だった千砂都では考えられない行動を見れることが多くなって、つい親心を抱くようにしみじみと感じていたのだ。
「えへへ。でも、こんなわたしを生意気に思う子もいるけどね……」
少し自虐気味になる千砂都。彼女の言う通り今の千砂都を快く思わない人間もいる。それこそ昔の彼女を除け者にしていた女子は、日の目を浴びない根暗な少女がクラス内でも人気の高いかのんとつるむようになり調子に乗っていると思っている。俺やかのんがいるため、千砂都に陰口を叩くことはないが、それでも俺やかのんに聞こえるようにそんな発言をしている姿もあった。
それは直接耳にせずとも千砂都の目にも留まっている。彼女は元々いじめられっ子だった事もあり周囲の目に敏感だ。誰の目が自分に向いているのかすぐに判別できるようで、そういった侮蔑の目もすぐに感じ取れるのだ。
「そんなもんは言わせとけばいいんだよ。もしあいつらが何かしようとしてるなら俺が守ってやる! かのんに比べれば……頼りないだろうけど、でもちーちゃんをバカにするやつはぜったい許さねえ!」
最初に千砂都と出会った時も、いじめられていた彼女を真っ先に助けたのはかのんだ。俺はいじめを救ったことによる報復が怖いタイプであり、自分から誰かを助けようとすることができなかった。だからこそ、自分の正義感に従って行動するかのんは女子ながらにかっこよく思えて、俺の憧れでもあった。
「んーん! わたしにとっては、はやとくんもかのんちゃんと同じくらいすごく頼りになるもん! だから、そう言ってくれて本当にうれしい……!」
俺の情けない発言も千砂都にとっては些事だ。千砂都から見れば、先頭に立ってくれるかのんも横で支えてくれる俺も等しくかっこよく映っていたのだろう。
正面から屈託のない笑顔を向けられ、心臓が跳ね上がるような感覚を覚える。
「な……あ、当たり前だ! 俺とちーちゃんは友達なんだからな! 友達のことは何があっても助けるもんだろ!」
「あっはは! うん、これからも頼りにしてるね?」
「お、おうよ! ほら、さっさと行こうぜ!」
頼りにされる、という世の男子が一度は言われたい言葉を貰い、いつにも増して威勢が良くなる俺はこの場に立ってることに恥ずかしさを覚え、公園への歩行を早める。そんな俺の後ろを千砂都はにっこり笑って付いてくるのだった。
「じゃあ、公園に着いたし何で遊ぶ?」
先ほどのやり取りから数分経過した後に、いつも遊んでる公園へ到着した。ここに到着したら、まずはかのんが開口一番に鬼ごっこを始めようと言い始めるのだが、今日は当人が不在。千砂都に何で遊びたいか聞き出そうとすると、彼女は突然ポケットの中を探り始めた。
「ちーちゃん?」
「えっとね……今日は……これで遊びたい……!」
「これは……風船?」
千砂都がポケットから取り出したのは赤とピンクの風船だった。封から取り出したばかりなのかサイズがかなり小さく、折れ目などもついていない新品だった。
「かのんちゃんもいればよかったんだけど、せっかくだからはやとくんと一緒に風船で遊びたい……! だめ……かな……?」
風船で遊んだのは幼稚園の時以来だ。小学生に上がって風船遊びをすることが子供っぽくて恥ずかしさを覚えてしまっていたからだ。でも、千砂都が提案してくれた遊びに対して断る理由が見つからなかった。
「へへっ、ちーちゃんが提案してくれたんだ。反対するわけねえじゃんか」
「……!! ありがとう、はやとくん!」
俺の返事に華が咲いたような笑顔を見せる千砂都。早速、二人で風船を遊ぶための準備に入るのだった。
「ふっーーー! ふっーーー!」
「ふ、ふっ〜〜〜……! ふっ〜〜〜……!」
二人で風船を膨らませる作業に入り、俺は順調に風船のサイズを大きくすることに成功する。しかし、千砂都の方はあまり大きくならずに風船は小さいまま呼吸で踊っているのみだった。
「ちーちゃん、むずかしい?」
「うん、がんばってるんだけど……。ふ、ふっ〜〜〜……!」
顔一個分くらいの大きさに出来上がった俺の風船は、せっかく注入した空気が漏れないようにしっかりと口を結んで栓をする。手際良くやる俺の横で千砂都が苦戦しており、先ほどから状況が進展していない。
「まあ、これもコツがいるからなぁ〜……。ちーちゃんこれ持ってて? それ、ちょっと貸してよ」
「あっ、はやとくん……」
俺は自分が作った風船を千砂都へ預け、彼女から風船を譲り受けると、風船が膨らみやすくなるように口の部分を引っ張り風船を伸縮させる。そして、先ほどまで千砂都が付けていた注入口に口を加えて思いっきり息を注入する。
「わぁっ……! すごい!」
みるみる大きくなる風船に千砂都はぱぁっと表情を明るくさせる。千砂都の笑顔を見て、少し顔が赤くなる感覚を覚えたがその隙がとんだミスを引き起こす。
「……あっ!! やばっ!!」
風船から意識が逸れてしまった為に風船が手からすっぽ抜けてしまい、せっかく注入した労力も虚しく風船が情けない音を上げながら宙を舞ってしまう。
「あー、風船が!」
二人で上空に飛ぶ風船をただ眺めることしかできず、風船が中に入った空気を出し切ると、風に煽られながら静かに砂上へと落ちていった。ぱたっと静かな音を立てながら地に着いた風船を見て、情けなさと同時におかしさが込み上げてきた。
「……ぷっ」
「……ぷははは!!」
しょげた女の子に良いところを見せようとした男の子が情けない姿を見せたからか、空気が抜けていく風船の
「なんかおかしくて笑えてきたな」
「うん、どうしてだろうね……!」
「風船も砂で汚れちゃったし、ちょっと洗ってくるよ。ちーちゃんはそれ持ってて!」
小さく萎んだ風船をそのままにしておくわけにはいかない。俺は自分で大きくした風船を千砂都に預け、近くの水道まで汚れた風船を洗いにいった。
「ふぅー! ふーっ! …………よし、これでいいだろ!」
綺麗に洗った風船をもう一度膨らませ、今度は離したりしないように注入口をしっかりと塞いで口を結ぶ。最初に作ったものと同じようにまん丸な風船が出来上がった。
「わぁっ……!! ありがとうはやとくん!」
「へへっ、別にこんなの軽いもんだよ」
「……さっき飛ばしちゃったけどね?」
「な、あれは俺が悪いわけじゃねえし! 風船が俺の手から滑ったんだよ!」
「ふふっ、そういうことにしておくね?」
「そ、そんな目で見んなよ〜!」
千砂都から軽口を叩かれると思わず、ついトンデモ理論で言い返してしまったが千砂都は暖かい目を向けながらこちらを見てくるため、ムキになってる自分が情けなく見えてしまう。
「あっ! ねえはやとくん、その風船も貸して?」
「えっ? お、おう」
千砂都から脈絡もなく風船を要求され、その意図を理解し得ぬまま風船を明け渡す。彼女は俺から受け取ると風船に向かってキュッキュッと何かを書き出した。
「?? 何を書いてんだ? ちーちゃん」
「……よしっ。はい、これ!」
千砂都が見せてきたもの、それは風船に書かれた俺らしき少年の似顔絵だった。
「これ……もしかして、俺?」
「うん! もう片方には私の顔を描いてみたんだ! これで二人でお揃いにできるなって思って」
赤い風船には俺の似顔絵、ピンクの風船には千砂都の似顔絵が描かれており、とても仲睦まじそうに笑い合っていた。
「べ、別に俺なんかにあげなくてもかのんにすればいいだろ?」
「もちろんかのんちゃんにもちゃんと作ってあげるよ? でも、まずははやとくんに!」
「な、なんでだよ……?」
改まってプレゼントを貰えることが恥ずかしくなり、途端に天邪鬼が働いてしまい中々受け取らない俺に千砂都はめげる様子を全く見せない。それどころかむしろ微笑んでいた。
「だって私のことをいつも助けてくれるはやとくんが……すごくかっこよくて大好きだから!」
かっこよくて大好き。それが友達としての意味合いなのか異性としてのそれかは分からない。だが、俺の心臓の鼓動を早めるには十分すぎる言葉だった。
「……おう、そっか……」
「だから、これからもわたしとずっと仲良くしてくれるとうれしい……!」
空返事になる俺を他所に笑顔でそう語る千砂都。この際、彼女が笑顔になるなら俺が恥をかいてもいいかと思い始めた。
「へっ、当たり前だろ。俺たちはこれからもずっと一緒だ! ……俺だってちーちゃんのことが……」
『うぇぇ〜〜ん!!』
千砂都にばかり言わせてしまうのも癪だからお返しの言葉を送ろうとした矢先、突如公園内に泣き声が響いた。自分たちの世界に浸っているわけにもいかず、すぐに周囲へ目を光らせる。
「なんだ!?」
「こどもが泣いてるのかな……?」
「……あっ! あの子……」
千砂都が困惑してる中で、俺は泣き声の正体を見つける。公園の入り口付近で俺たちよりも小さな年端もいかない少年が立ってわんわんと泣いていた。放っておくわけにもいかないので、俺と千砂都は少年に近づいて泣いてる原因を聞き出す。
「どうした? 何かあったのか?」
「ひぐっ……風船が……飛んでいっちゃって……」
「風船? ……あっ、あそこにあるやつか……」
少年が無くしたと嘆いてる風船、それは近くにそびえ立つ木の枝に引っかかっていた。その木は2メートルを超える高さであり、このような子供が取りに行くのはあまりにも危険だ。
「この高さ……取りに行ったとして、もし落ちたら大怪我を負っちまう。いったん父さんか母さんに呼んでもらった方がいいんじゃないか?」
「でも、もし風が吹いて風船が動いちゃったらあの風船が割れちゃうのも遅くないんじゃ……?」
「えっ……そ、そんなのやだぁ……! あれはあの子からもらった大切な形見なんだもん……!!」
引っかかってる風船が自然現象に誘発されて割れてしまうのも時間の問題と千砂都は危惧したが、悪い予感を察知した少年はそんな光景は見たくないと反発してくる。
「形見?」
「……少し前に仲良くしてた子が転校しちゃったんだ……。その時に二人で作った風船を交換しあったの……。僕たちが仲良くなれたのもそれがあったから……」
どうやら、この少年は友達が家庭の事情でここを離れることになってしまったために、二人をつなぐきっかけとなった風船を友好の証として作ったようだ。だからこそ、あの風船はただのおもちゃではなくこの子にとっては何物にも代えがたい絆の証なのだ。
この少年の事情を聴いて、俺は内心迷っていた。
「………………」
「はやとくん? ……もしかして……!?」
俺の様子がおかしいことをいち早く察した千砂都。
「……あれはこの子にとってとても大切なもの。それが失くなるかもしれないのに目の前で見てるだけなんて、俺にはできないや」
「でも、この高さは危ないよ! はやとくんが怪我しちゃうよ!」
「危ないのはわかってる! でも、この状況だったらかのんだって同じことを言うはずだよ。目の前で困ってる人がいるのに見過ごすなんてこと……あいつにはできないだろ?」
「それは……」
もしかのんがその場面に出くわしたら彼女がどんな行動を起こすのか。想像するのは難くなく千砂都もすぐに理解して口を噤む。だが、尚も言おうとする千砂都に俺は彼女の手を握りながら自分の風船を預ける。
「俺は大丈夫。もし危なければすぐに戻ってくるよ。ただ、やれるところまでは挑戦させてよ?」
「はやとくん……」
「俺だってかのんの背中を見てきた。あいつの勇気を見てきたんだ。俺にだって……やれるはずなんだ」
千砂都を諭している最中、一瞬だけ手が震える感覚を覚えたが千砂都を不安にさせまいと手に力を込めて自分の中にある恐怖をごまかす。
千砂都からの返事を待たずに俺は風船が掛かっている木を凝視する。普段見てる分にはその高さを意識していなかったものの改めて注目すると思わず息を呑んでしまう。だが、この恐怖心に呑まれているわけにもいかず、俺は勇気を振り絞って登り始める。
(落ち着け……焦ることはないんだ……。一歩ずつ……)
緊張に苛まれながらも逃げてはいけないと勇気を振り絞る。つま先だけでも足を乗せられるスペースを見つけながら少しずつ登っていき、いともたやすく枝分かれが激しいポイントにまでたどり着く。
一度下を見てしまうと、血の気が引いてしまう感覚が出てしまうので決して下は見ない。千砂都の心配そうに見つめる表情へ大したことはないと言わんばかりに表情で返事をしたいが、今それをやろうとすると引きつった顔を見せてしまうのがオチだ。
「よしっ……あとはあの枝先へ向かうだけだ……」
樹幹へたどり着き、一息つく。残りは風船が引っかかっている枝部へ向かうのみ。存外苦戦することが無かったため、俺の心にも少し余裕が出てくる。これであの先端で留まっている風船を確保できればミッションは成功。千砂都にもまた一つ頼れる姿を見せられると思うとさらに力が湧いてくる。
呼吸を整えて挑戦を開始する。一歩進めるごとに枝の振動を直に感じ、一瞬歩行を躊躇してしまうが枝の主幹が折れる予兆はないため、構わずに歩みを再開する。
先端へ進むごとに振動と同時に幹が音を立てているのが分かり、危険度が上がっていることがよく伝わってくる。でも、大きな衝撃を与えているわけではないため、未だ枝が折れる様子は見えない。
「あともう少しだ……!!」
風船が目と鼻の先まで近づいており、これ以上は先端へ近づくのは危険と判断し、風船の先につながっている紐を指で捉えるように試みる。だが、微妙に距離が足りず指1本分届かない。
「くそっ……、もうちょいだってのに……!」
近くに分かれている枝にも手を置いて、さらに手を伸ばそうと挑む。逸る気持ちともどかしさに襲われながらも少しずつ風船に近づいていく指。
一瞬だけ力を入れて身体を前のめりに突き出し、ついに紐へ指が引っかかる。
「よしっ!! これでいけ────」
これでいけた。そう確信した瞬間、俺は木に乗っている感覚がなくなった。
(……えっ?)
風船を捉えた瞬間に俺は空中に浮いており、ただただ重力に従って地面へ落下しているのだった。
「はやとくん!!!!」
自分が落ちていることを自覚したのも時すでに遅し。どこかに捕まることも出来ず、落下へ身を任せることしかできなかった。
そして、何にも抗えないまま、俺は無情に地面へ身体を打ち付けたのだった。
「はやとくん……!? はやとくん!! はやとくーーん!!!!」
「ぁ……ぁっ……」
身体全体に押し寄せる痛み。心配する千砂都に返事をしたいが、言葉が思うように出てこない。身体も動かそうと試みるが痛みのあまり、充電が切れたロボットみたいに横たわることしかできない。
千砂都の悲痛な叫び声が響く中、途轍もない激痛に襲われてながら俺は意識を失うのだった。
俺はただ、胸を張れる男でありたかった。