お待たせしました。
本編49話です。
それではどうぞ!
「そっか……、それで颯翔くんは……」
俺が足を怪我する原因となった出来事を話し終え、俺と燈香はベンチに座ったまま黄昏ていた。
「あぁ。泣いてる子どもを助けようと粋がって……無理をした結果、大怪我を負う羽目になった馬鹿な男だ」
「それでも、颯翔くんはその男の子を見捨てておけなかったんでしょ?」
「……だからと言って、それで助けに行った人物が怪我をしたら元も子もない。俺は、その少年だけじゃなく一緒にいた千砂都も泣かせる羽目になった」
燈香がフォローしてくれるも、それは全く意を持たない。
無理を背負うことは決して悪いことではない。自分の将来のために夜更かししてでも勉強をする、近づいてくる大会に向けて練習時間を増やす。それは少なからず自分の身体へ負荷が掛かるがそれ以上の対価が還元されるのだ。
だが、今回はリスクに対する対価があまりに少ない。子どもの形見を守ることと自分の命、どちらを大切にするべきか天秤に掛ければすぐに理解できるのだ。俺はそれらに加えて少年や千砂都に良い所を見せたいという欲求を満たしたいが為にリスクを背負ったのだ。
「素直に千砂都の忠告を聞けば、こんな苦しい思いをしなくてよかったんだ。千砂都はその件もあって、俺の意志を継ぐなんて言ってる。あいつが俺のために……自分を犠牲にするなんてこと……させたくない」
千砂都がこうなってしまった原因は俺にあることは間違いない。かのんの隣で俺の代わりに支えると言っているのも、俺がダンスを出来なくなったからなのだ。俺が自分の我儘を貫いたが為に千砂都は責任を感じて、このようなことを言っているのだ。
「……颯翔くんも千砂都ちゃんも……優しいね」
「……一体、どこを見てそんなことが言えるんだ」
燈香が優しい声で慰めてくれるが、彼女の真意が分からず俺は握り拳を強くして、燈香の言葉に異を唱えようとする。俺の怒気がこもった声に臆さず燈香はこちらを見つめて言葉を続ける。
「だって、今の二人は当時のお互いを想って、大会で結果を示そうとしてるんでしょ? 千砂都ちゃんは颯翔くんがダンスを始めようとした想いを守ろうと、颯翔くんは諦めざるを得なかった夢を背負おうとする千砂都ちゃんを守ろうとしてる。それってお互いのことを真に想ってないと出来ないことだよ」
「……別に俺は……そんなこと……」
燈香からの返答は正論だと思う。俺が本気で千砂都の事を考えていなければ、彼女がやろうとしていることに付け入ろうとせずに放任していればよかったのだ。千砂都がやろうとしていることは単なる彼女の我儘であり、俺が干渉する必要はまるでないのだ。
「現に颯翔くんは千砂都ちゃんには自分の夢を追いかけてほしいと思ってるんでしょ? 颯翔くんに縛られない、千砂都ちゃんが真に望む夢を」
「………………」
「本当に、千砂都ちゃんが羨ましいよ。ここまで自分のことを考えてくれる人なんてそうそういないんだから」
燈香はそう言ってベンチの背もたれに身を預けて真っ暗な空を眺める。
「当時の颯翔くんの行動は、結果だけ見れば正しくなかったのかもしれない。でも、颯翔くん自身の心に従った行動ならばそれは少なくとも間違ったものではないと私は思うな」
「燈香……」
「自分が下した決断を反省することは凄く大切。だけど、その時の自分を否定することは、当時の自分の想いを殺すことになるからやっちゃいけないと思うんだ」
俺の握り拳に手を乗せて、燈香は暖かい言葉を送ってくれる。彼女の手の温もりにより、強く握っていた拳も少し綻びを見せた。
「話してくれてありがとね。おかげで私も颯翔くんが大会に掛ける想いを知ることができて、より力が入りそうだよ」
「……俺こそ、こんな喧嘩話を聞かせてごめんな。それと……当時の俺のことを庇ってくれてありがとう」
「別に私は庇うつもりなんてないよ? 危険なことをしたって事実は変わりないから、それはしっかり反省してもらわないといけないことだから」
「……ははっ、これは手厳しいな」
燈香の優しい叱責に口元が緩む。彼女がここまで俺に対して遠慮なく物申すことは初めてであり、俺にとっては凄く新鮮なことだった。
「でも、確かに燈香の言う通りだ。あれは俺が犯した罪であり、これからも背負わないといけないこと。だからこそ、その贖罪として千砂都を俺から解放しないといけないんだ」
俺は燈香の手をそっと振り解いてベンチから立ち上がる。立ち上がった先に見上げた空では漆黒の中で燦々と輝きを放つ満月が浮かんでいた。
美しく照らされている月を数刻見つめた後に、燈香へと振り返り手を差し出す。
「俺の我儘を叶えるために、これからも付き合ってくれるか……?」
「もちろん! 私だって颯翔くんの友達だもん!」
俺の問いに二つ返事で賛同してくれる燈香。俺の手を握り返すと同時に立ち上がり横に並び立ってくれる。
「千砂都ちゃんと仲直りして、もう一人の子も含めてまた3人で笑い合えるようになれるといいね」
「……あぁ、そうだな」
俺と千砂都が仲直りできた先を想像する燈香の横で、俺は目を細めながら頷く。
彼女に話していない部分で仲違いしていることを隠しながら。
(それが叶うことは……絶対にないだろうがな……)
燈香に昔話をしてから翌日、今日も変わらず葉月家で練習を続けていた。
「お疲れ様です。今から休憩にしますね」
「……おう、分かった」
昨日と変わらない厳しい練習ではあったが、心持ちが変わったからか疲労の度合いが明らかに違う。息は上がっているがそれでもまだやれる気概が残っている。すぐにでも練習を再開して至らなかったポイントの改善に動きたかった。
俺の変化は恋さんにも分かるようで、昨日と様子が違う事をすぐに感づいていた。
「颯翔くん、今日はすごく調子が良さそうですね。何か良いことでもありましたか?」
「まあな、大会に向けてより本気になれるきっかけが出来たってところだ」
「颯翔くん、お疲れさま! さっきの練習で気になるところがあったんだけど……」
恋さんに事の顛末を話そうとした矢先、燈香がこちらへ駆け寄って、通し練習で見つけたミスを指摘しに来る。燈香も昨日の件もあってか積極性が増してるように感じる。
「燈香さん、これから休憩に入ります。改善点は後ほどでも……」
「いや、話だけでも聞かせてくれ。練習を続けるわけじゃないんだ、これくらいはいいだろ?」
「……分かりました。では私も聞かせて下さい。この後の練習に活かしたいと思いますから」
「分かった! さっきのところでね……」
そうして燈香から幾つか気になる点を指摘してもらう。話を聞きながら恋さんも相槌を打っており自分の中で考えていた構想と合致するところがあった様子だった。
「確かに、燈香さんが仰ることは私も感じておりました。次の練習ではそこを意識してやってみましょう」
「分かった。俺も気を付けるよ」
話が終わり、各自用意していたペットボトルで水分を補給する。その最中でも恋さんは先ほどの燈香について言及する。
「そういえば、燈香さんも颯翔くんへしっかりと指摘するようになりましたね。普段はフォローに回ることが多かったと思いますが、なにかあったのですか?」
「実は颯翔くんの昔話を聴かせてもらってね、それで私も私に出来ることをしっかりやろうって思ったんだ」
燈香は昨日の練習後にした話を恋さんへ伝える。大会に出る目的については恋さんも知っているため、特に驚きを見せる様子はなかった。
「燈香さんも聞いたのですね」
「私も……ってことは恋ちゃんも既に聞いてたの?」
「はい。と言っても大会に出る目的までしか私は聞いておりませんが」
燈香から問い返された恋さんは間髪をいれずに答える。だが、自分が知ってる情報が燈香よりも少ないことを察したのかこちらへ意地悪な笑みを浮かべながらそう呟く。
「あ~、確かに恋さんにはそこまで話してなかったもんな」
「ふふっ、それはまた別のタイミングで聞かせていただくことにします」
「なんか含みのある言い方だけど……でも、ちゃんと大会までには話すさ」
「はい、お待ちしていますね?」
恋さんにはいつも助けられている。彼女も元々の燈香と同じように俺がここまで本気に理由を正確には知らないのだ。こうして力を貸してくれる恋さんにも事情は話しておかないといつか疎外感を与えてしまうかもしれない。手を差し伸べてくれるからこそ俺も節度を持って相手をしなければいけないと改めて肝に銘じる。
「そういえば、大会で使用する楽曲はもう決めてるの?」
「いや、まだ決めてない。というよりもまだ決められない、の方が正しいか」
「どういうこと?」
俺の言葉の真意を問うように燈香は素朴な疑問をぶつける。
「近い内に運営から大会で使用する楽曲のテーマが与えられるんだ。そのテーマに合うように俺たちの手で自分らしさを表現できる楽曲を探して大会で披露するんだ」
このダンス大会へ出場するにあたって俺は事前に過去の大会模様を調べていた。どのような傾向があるのか、そこから推定される翌年のテーマは何かなど少しでも有利に戦えるように下調べをしていたのだ。
「過去にはBPM200以上、とかアイドルグループの楽曲を一人で、とか色々とあったみたいなんだ」
「へぇ〜、じゃあせっかく十八番とか用意してもそれがテーマにあってなかったらダメなんだね……」
「何をやるかわからない以上、今はダンスの基礎力をあげることが最善の選択、ということですね?」
「そういうことだ。でも、大会ごとにテーマが180度変わることもあるからどんなテーマが突きつけられるのか、少し怖いんだよな」
前年にはレトロソングというテーマで来ても、翌年には過去5年までのアニメソングといったように真逆のテーマを出されることもしばしばあるようで、そのテーマに沿えるレベルで披露できるかという運要素も秘めているのだ。
「ですが、今はただ待つしかありません。私たちは私たちがやれることを精一杯やるのみです」
「そうだね! 大会に出るためにまずは根本からレベルを上げていかないとだもんね!」
少し臆する様子を見せた俺に恋さんは檄を飛ばす。その言葉に追随するように燈香も一層の気合いを見せる。二人の熱意を見て、俺もウカウカしていられないと気持ちを引き締める。
「だな。よし、練習再開だ! もう一度頭から頼むぜ!」
俺の掛け声に力強く頷いてみせる二人。こうしてこの日も、日が暮れるまで練習は続き葉月家は喧騒が響いていた。
翌日、学校で午前中の授業を終え昼休憩を迎えようとしていた。
「颯翔くん、一緒にお昼食べよ!」
「おう、いいぜ。恋さんも食べるよな?」
「はい、ご一緒させていただきます」
燈香と恋さんは俺の提案に同意すると机の上に出していた教科書を鞄へとしまい、事前に用意しているお弁当を取り出す。俺の弁当は親が仕事へ行く前に作ってくれるのだが二人は自作しているのだろうか。
「わぁ〜颯翔くんのお弁当のハンバーグ、美味しそう〜! すごく形が綺麗でなんだか羨ましいな〜」
「そんなこと言うけど、燈香の卵焼きとか旨そうじゃんか」
羨ましそうにこちらの弁当を見つめる燈香に対抗して俺も彼女の弁当を眺める。唐揚げや野菜など栄養のバランスを考えたメニューで並んでおり、思わず唾を飲み込んでしまう。その中でも卵焼きは海苔を挟んだ綺麗に渦巻きを象っており、特に食欲をそそっていた。
「お二人のお弁当、今日も変わらず美味しそうですね。自分で作っているのですか?」
「俺は親が作ってくれてる。前にも話したけど料理はてんでダメだからな〜」
二人には以前に聞かせたが、俺は包丁を握らせれば指を切りそうになり、混ぜ物を担当すればシンクが汚れ、洗い物を任せれば皿を割りかける始末だ。そんな子供に親は料理の手伝いをさせようとはあまり思わないだろう。それもあって、俺自身も料理に苦手意識を持っているから、改善しようという気にならないのだ。
「私は自分で作ってるよ〜。お母さんに教えてもらって最近はちょっとずつ自分で作ってるんだ〜!」
「えっ、これ全部を自分で作ってるのか!?」
過去に聞いた話だとお菓子を作れるくらいと話していたが、自分で弁当を作るくらいにまで料理を練習していたのだろうか。
「全部は流石にまだだよ〜。この中だと卵焼きは自作にして、それ以外は冷凍食品を使ってるんだ〜。盛り付けも自分なりに考えてやってるんだけどなかなか難しいんだよね」
「確かに、今は冷凍食品も充実してるらしいし時短も兼ねて活用できるものは活用するのが良いんじゃね?」
母親の買い物に付き添った時に聞いたことだが、今や冷凍食品も進化を遂げている。電子レンジで温めるだけで飲食店で食べられる料理ほどにクオリティが上がっているらしい。俺の弁当にも少なからず冷凍食品は含まれているが、冷凍食品のそれとは思えないほどに味が良く母親が作ったものと勘違いしてしまうこともしばしばだ。
「恋さんのところってどうなんだ?」
「私はサヤさんに作っていただいていました。私が勉学に励めるように、と炊事に関してはお任せしていたので私も料理はあまり……」
「確かにサヤさんが専属で担当してくれるって考えるとついつい甘えちゃうよね……!」
恋さんにも同じような質問を投げると少々気まずい表情を浮かべながら恋さんは返事をする。燈香が自炊している中でサヤさんに頼りっきりにしている自分が少しいたたまれない気持ちになっているのだろう。
「俺だってできないからそこまで気にする必要はないと思うが、そんなにか?」
「颯翔くんは男の子だからいいけど、女の子は料理ができるかどうかも今後のポイントになってくるの! ……だからと言ってモテるためにやってるかと言われたらそうじゃないけど……」
「他の皆さんも雑談で料理の事をお話ししていることもありますし、そういった関心が私には無かったので少々レベルの差を感じています……」
燈香や恋さんの言う通り、女子であれば料理ができるイメージがある。男子は料理をやるイメージが付かないため、今後のステータスとしては必要に思えないように感じていた。そもそも俺は才能が無いため料理には手を付けていないが、それでも将来的には必須になることは間違いないだろう。
「こういうのってやれるタイミングで練習してみるしかないよな~。俺も才能が無いからで手を付けないっていうのも問題だろうし……」
「あっ! それなら今度私と一緒に作ってみる?」
「燈香さんと?」
「そう! 料理って一人でやろうとすると何から手を付ければいいか分からないし、その行程の意味を理解できないとなかなか身に付かないと思うの。だから私が横で教えながら料理をやればちょっとずつ楽しさが分かってくるようになると思うんだ!」
燈香の言うことは一理ある。俺も何か作ろうと思ったとして、何から始めればいいのかが分からなくなる。食材の手を付ける順番も不安になるため、その行動に自信が持てなくなるのだ。そういった不明点を燈香に教えてもらいながらやれば成長の一端になるかもしれない。
「確かに燈香に付いてもらえば作法も少しはマシになるか……」
「私としてもそれは願ってもないことですが……」
「うん、ならまた時間を作ってそういった場を用意してみようよ! それこそ恋ちゃんのお家なら料理のエキスパートとしてサヤさんもいるから講師を頼めるだろうし、サヤさんがいてくれたらすごく心強いよ!」
「そうですね、サヤさんにもそういった場を準備頂けるか帰宅したら相談してみますね」
恋さんの返答に笑顔を向ける燈香。これはダンス練習とは関係ないことだが、ダンスに根を詰めすぎてもパフォーマンスに悪影響を与えるだけだ。それならば一つの息抜きとして考えればこれもまた一興というものだろう。
そんなことを考えていると恋さんのスマホが何かの着信音を発した。
「……何でしょうか? 少し失礼しますね」
俺たちに一言断りを入れて、恋さんはスマホに届いたメールを確認する。恋さんが集中している間、燈香と話でもしていようかと思った矢先に恋さんが少し声を荒げた。
「えっ……!」
「恋さんどうした?」
「実は……ダンス大会での楽曲テーマが発表されたのですが……」
「おっ、ついに!? 一体どんなテーマなの?」
燈香と俺は前のめり気味に恋さんへ近づくが彼女の表情が浮かないものなのが気になる。
「それが……”1年以内に発表されたアイドルソング”というものです」
「1年以内に発表された……アイドルソング……?」
あまり触れたことのないジャンルに挑戦しなければいけない予感を覚え、俺は一抹の不安を感じるのだった。
俺にも、あの子にもある。
心に秘めた負けられない想いが。