お待たせしました。
本編5話です。
よろしくお願いします。
「このような形で結ヶ丘高等学校の第一回生として皆さんをお迎えできたことを心より嬉しく思います。新入生の皆さんには……」
予想だにしない人物達の姿を目撃してしまう珍事に見舞われた登校初日。早速、結ヶ丘高等学校の理事長から祝辞を頂いていた。
本来であれば、学校のお偉いさんから直々に頂ける言葉をその胸に噛み締めるように聞かなければいけないのだが、そんな中も俺は先ほど遭遇した人物の事を考えてしまっていた。
(あれは本当に俺の幼馴染の嵐 千砂都だったのか……?)
先ほど廊下を通り過ぎる時に見えた千砂都らしき生徒。身体的特徴は非常に酷似しており、外見だけであればその通りだと言える。しかし、性格が以前の彼女とは全く異なるものだったのが非常に気持ち悪く思えてしまう。
(……でも、今ここで考えても仕方ないか)
もう少し先ほどの少女の事について言及したかったが、今はそんな事を考える時間ではない。理事長からの大変ありがたい言葉を肝に銘じる時なのだ。
だが、理事長の言葉に少し違和感を覚える瞬間もある。『この地に根付く音楽の歴史を、特に音楽科の生徒は引き継いで大きく羽ばたいてほしい』なんて音楽科が華であることを強調されたら、普通科の生徒から反感を抱きかねないのではないだろうか。
まあ体育館で用意されている椅子も音楽科生徒用のものが前に並べられているのに対して普通科生徒のものが後ろにされている時点でその優遇されっぷりは嫌というほど伝わってくるが。
そんな悠長な事を考えていたら理事長の祝辞が終わっていて理事長が降壇していた。しまった、話の大半を聞いていなかった気がする。
「理事長、ありがとうございました。続きまして生徒代表挨拶。生徒代表、
「はい!」
俺の前の方から大きな声で返事をする女子生徒がいた。
葉月さんと呼ばれた生徒は綺麗な黒髪をポニーテールで纏めており堂々としている姿は同級生とは思えない威厳を放っていた。
そんな彼女は登壇後、こちらへ振り向き一礼すると演台のマイクの前へと立つ。
「皆さん、初めまして。結ヶ丘高等学校音楽科M1-Aの葉月恋です。この度は
うーん、堅いなぁ。こういった生徒が代表として挨拶をするというのは至極当然のことではあるのだが、言葉が凄く律儀だ。おまけに自分の事を『わたくし』と呼ぶとは、もしかしてお偉いさんの娘という所か。
「私はこの学校をこの町で一番の高校にしたいと考えております。その為に私は勉強はもちろんですが、礼儀や行動に関しても他の生徒の模範となれるようにたゆまぬ努力を続けたいと思っております」
この町で一番の高校にしたい。いきなりスケールの大きい目標を公言し周囲ではどよめきが起きていた。そうなるのも無理はないだろう。入学したてでまだ将来の目標なんて雑把にしか考えられていない年頃だろうにこの葉月さんはそれを既に持っているのだ。しかも、人によっては夢物語だとも揶揄しそうな内容を堂々と宣言しているあたり彼女は俺達と生きてる世界が違うのかもしれない。
「勿論これは私自身の目標ですので、皆さんに押し付けるようなつもりはありません。ですが、私と同じように何か大きな目標を持って学校生活に臨むことが折角の高校生活を無駄にせずに有意義に過ごすきっかけになるのではと私は思います」
葉月さんの演説に俺はいつの間にか興味を示していた。自分の価値観を押し付けるようなことはせずに自分の目標であることを強調した上で誰かの道標となれるように学校生活を楽しむためのアドバイスを授けてくれる。そんな事を言ってくれる葉月さんは指導者となるに相応しい人物なのではないかと思わざるを得なかった。
「無論、今の時点で夢を持てというわけではありません。この学校生活がより充実したものとなるように自分のやりたい事をこれから見つけていきましょう。こうして巡り会えた皆さんです。この出会いが皆さんに大きな一歩を踏み出させてくれるはずです。私も皆さんの夢を応援したいと思っております。最後には『よかった』と言えるような素敵な学校生活にいたしましょう!」
真剣だった面持ちが笑顔となっており、最後の言葉を言い切ると力強く一礼した。他の生徒に自分の考えを強要せず、歩み寄ろうとするその精神に感服し自然と拍手が出ていた。
その音に呼応するように至る所から拍手が起きて葉月さんの演説が素晴らしかったものだと示しているようだった。
入学式が終わった後、自教室に戻り各生徒の自己紹介が始まっていた。
「初めまして、湊月 颯翔と言います。元々、歌やダンスが好きでそれを上達させたいと思い、ここに入学しました。今は腰を痛めていてダンスはおろかスポーツも満足にやることが出来ないですが、それでも自分にやれる範囲で努力していきたいと考えています。こんな自分ですが、どうぞよろしくお願いします」
俺が自己紹介を済ませると全員からささやかな拍手が送られてきた。クラスには男子が俺しかいない状況だがそれでも臆せずに堂々としている様子を見て目を合わせた人の大半が笑顔だった。
それに先に自分が腰を痛めていることを宣言しておくことで、周囲の人間も俺に対して少しは気を遣ってくれるようになるだろう。さすが、我ながら策士だな。
「はい、湊月くんありがとう。それでは次、葉月さん」
「はい」
次の自己紹介は先ほど生徒代表で挨拶をした葉月さんだった。彼女は俺の席の隣であり、結わえられたポニーテールをしならせながら立ち上がった。にしても本当に姿勢が良いなこの人は。
「皆さん、先ほども壇上で挨拶させていただきましたが葉月 恋と申します。幼い頃よりピアノやフィギュアスケートを嗜んでおりましてこの学校でもそれを活かして皆さんと一緒に日々成長していきたいと思っております。堅物と呼ばれることが多い私ですが、是非仲良くしていただけると嬉しいです」
生徒全員と目を合わせるように身体ごと振り向いて話す葉月さん。落ち着いた雰囲気も合わせて印象が凄く良い。クラスメイトらも同じことを抱いたようで、笑顔で彼女へ拍手を送っていた。
見るからに才色兼備、加えてピアノとフィギュアスケートをやっているということなので、かなりのお嬢様であることが窺える。身体の線が細いから、そういった所作も凄く映えそうだからいつか見てみたい。
「はい、葉月さんありがとう。次は……」
一通りクラス全員の自己紹介が終わり、担任からの連絡事項展開があった後にホームルームが終了した。クラスメイトは気になった生徒同士で会話に華を咲かせていた。外でも早速部活勧誘の為に帰宅する生徒へ声を掛けている者もいた。
俺は特に入ろうとする部活もなかったのでそのまま帰路に着こうかと荷物を纏めていたが、ある人物に呼び止められた。
「あの……湊月さん、でしたよね?」
帰宅準備に入っていた所で葉月さんが声を掛けてきた。意外な人物に声を掛けられお互いに座ったままの状態で会話を続ける。
「そうですよ、葉月さん。式での挨拶やさっきの自己紹介、良かったですよ」
「ふふっ、なんだか照れくさいですね。ありがとうございます」
先ほどの挨拶について改めて称賛を送ると葉月さんは照れを隠すように顔を静かに掻く仕草を見せた。挨拶の時といい、自己紹介の時といい、キリッとした姿が凛々しくてかっこよく思えたが今は年相応の反応を見せてきて、この人と一緒に居ることは飽きがこなさそうだ。
「……して俺に何かご用でした?」
「あっ、特別な用事があったわけではないですが、こうして席も隣でしたので今後もお世話になるかと思って挨拶をさせて頂きたいなと思いまして」
葉月さんは本当に律儀な人だ。普通であれば、喋るきっかけが発生した時に声を掛け合うくらいの筈だろうがまさか自分から積極的にやってくるとは。
「あっはは、そんなに堅苦しくしなくてもいいのに。まあでも、わざわざ丁寧にありがとうございます」
「いえっ、これが私なりの挨拶ですので。それよりも腰を悪くされていると仰ってましたけど、部活はどうされるのかは決まってるんですか?」
「いや、正直何も考えてないですね。走るのもそんなに出来る訳じゃないので文化系でゆったりとしようかな、なんて思ってるくらいですよ」
体育会系の部活に入りたいのが俺も望んでることだが、身体の不調を考えたらどうにもそれは叶えられそうにない。少し走っただけでも背中に電流が走ったような痛みがやってきてすぐに走れなくなるくらいだからな。
「そうですか……。日常生活では特に支障はなさそうですか?」
「普通に歩くと階段を昇り降りするくらいなら問題ないですね。にしても、どうしてそれを?」
突然俺の身体の事について質問してきたことに疑問を抱いたが、余計に心配をさせているのだろうか。
「ふ、不快に思ってしまったのならすみません。私もダンスを嗜んでいたのでどれ程のものかいずれ見てみたかったなと思ってつい……」
「あっ、そういうことですか。別に良いですよ、気にしてませんから」
気にしてない、と口にしたことで葉月さんは安心したような表情を見せる。きっとこの人は他人の事をよく気に掛けてしまう性格なんだろう。優しい態度を取ってくれる姿は俺も嫌いじゃないし、むしろもっと仲良くなりたい気まである。
「今はもう長いことやってないですけど、いずれは見せられるように俺も頑張るんでその時はまた声を掛けさせて下さい」
「……ふふっ、はい、わかりました。その時はよろしくお願いしますね」
建前なのか本音なのか。言葉の真意は分からないが、葉月さんがここまで所望してくれるのだ。
俺ももう少し努力してみよう、と心の中で誓うのだった。
凛々しき少女に吹く風は穏風だった。