お待たせしました。
本編8話です。
よろしくお願いします。
かのんと仲違いして彼女の視界から消えるために校舎の陰へ隠れた俺は校舎の壁に寄りかかり、深いため息をついていた。
「……はぁっ……」
何故にこうなってしまったのか、自分でも分からない。かのんから嫌いと告げられてから彼女のことを心底嫌悪していると自覚していたつもりだった。だが、いざ彼女への想いをぶつけた時、僅かながらに胸の奥が痛む感覚がしたのだ。
「本気であいつの事を毛嫌いしていたはずなのにな……」
自分がどうしてここまで感傷的になっているのか分からない。だが、口に出してしまった事による後悔が残っているのは事実だ。
一人で自責の念に駆られていると声を掛けてくる人物がいた。
「……彼女と何かあったのですか?」
「おわぁ!? なんだ、葉月さんか……」
遠くを眺めながら黄昏ていたら、突然横から葉月さんが呼びかけてきて思わず距離を開けてしまった。無警戒だった俺も悪いけど、流石にこっちへ戻って来てるとは思わなかった。
「すみません、彼女が湊月さんの事をはーくんと呼んでいたことが気になってしまって、盗み聞くようなことをしてしまいました」
「えっ……。ということはさっきのやり取りも……?」
俺の問いに葉月さんは無言でコクリと頷いてみせる。どうやらかのんとのいざこざについて一部始終を盗聴されていたみたいだ。
でも、聴かれてしまったものをどうすることも出来ないので、俺は髪を掻きながら腹を括る様子を見せる。
「まぁ……その……あれだ。葉月さんがスクールアイドルと確執があるのと同じもんだよ」
「えっ!? 別に私はそのような事は……!」
「あるでしょ? じゃないと、スクールアイドル同好会の発足にあそこまで批判することもないと思うけど」
「……それは……」
葉月さんも半ば強引に話を進めていた自覚があるようで、俺の正論にぐうの音も出ないようだ。しかし、俺は彼女の過去について詮索する気は毛頭なかった。
「……なぁ、この話はここまでにしようよ? 葉月さんが自分の過去を知られたくないのと同じように俺だって自分の過去を話したくないんだ」
「……そうですね。ここは私たちだけの秘密という事で不問にしておきましょう」
俺からの提案に葉月さんも頷いて賛同の意を示す。すると、俺はあることを思いついた。
「それと、葉月さん。これからはもう少しフランクに話さない? 図らずともお互いの秘密に触れてしまったけど、逆にそれはお互いの事を知るきっかけにもなったんだし、俺はそうしたいと思うんだけど、どうかな?」
俺は葉月さんの固い口調を崩すように提案する。というのも俺自身彼女の真面目な性格に感化されて口調が固くなってしまうのだ。自分がもう少しラフに話したいという願望もありつい彼女へそんな提言をしてみたが果たしてどうなのだろうか。
「そうしたいのは山々なんですが、私もこれが板についてしまっていると言いますか……中々改善するのは難しいと思います。ですが、気の置けない関係に少し近づけたような気がするのは私も感じています」
葉月さんは相変わらず固い口調で話しているが、それでも彼女の雰囲気は少し柔らかくなっているように感じる。
「ですので、私もそれなりの誠意を見せる必要があると思いますので、親しみを込めて
湊月さんと呼んでいた彼女が誠意を見せるとして呼び方を少し変えてくれた。そこまで真剣に考えずともいいと思うが、呼び方が他人行儀なそれから進展しているように感じて、俺は少し嬉しくなる。
「ふっ、好きに呼んでいいよ。じゃあ、俺も……恋さんって呼んでいいか? いきなり名前で呼ぶのは馴れ馴れしいかもだけど……」
葉月さんが湊月くんと呼んでくれたお返しとして、俺も恋さんと呼ぶことに問題が無いか確認する。入学初日でそこまで親密な関係にもなっていないのに名前で呼ぶなんて恐れ多い気がするが、葉月ちゃんや恋ちゃんなんて呼ぶのはそっちの方が図々しい気がするのでこの呼び方が安泰だと感じた。
だが、異性からいきなり下の名前で呼ばれるのも抵抗がある人がいると思うので葉月さんの様子を伺うが、彼女は嫌な顔を見せることなく久々に笑顔を向けてくれた。
「ふふっ。はい、私は構いませんよ。これからもどうぞ仲良くしていただけると嬉しいです。よろしくお願いしますね、湊月くん」
たった一言で恋さんは了承し笑顔で手を差し伸べてくる。呆気なく了承されたことに俺は拍子抜けし、つい失笑してしまう。だが、入学して早々に気の置けない人物が出来たことに俺は安心する。
「あっはは、なんだか気を張りすぎてたこっちが情けねえな。こちらこそよろしくな、恋さん」
そう言って、俺は差し出された手を握り返し握手する。
良い雰囲気のまま、今日一日を終えられそうになったが、恋さんはとあることを思い出した。
「では、教室の方へ向かいましょうか。先生が私を呼んでいたんですよね?」
「えっ」
かのん達から遠ざけるために放った嘘を思い出し、恋さんは手を離して教室へ向かおうとする。だが、実際はそんな事実など一切ないためどう弁解しようか思考を巡らす。
「どうしたのですか? 何か不都合でも?」
「あぁー……あれは……嘘と言いますか……」
「……湊月くん」
「は、はい!」
変に話を拗らせる方が面倒になりかねないと思い、素直に嘘だったと自白する。だが、恋さんは笑顔ではなくなっており真顔でこちらの名前を呼ぶ。
唐突に名前を呼ばれ、思わず姿勢を正しながら元気に返事をしてしまう。
「……薄々そんな予感はしました」
「……へっ?」
恋さん直々のお説教が始まるかと思いきや、意外な発言に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「先生から呼ばれたと言っていたのに貴方は全く教室へ連れて行かそうとしないじゃないですか。ですので、そういった事だったのかと……」
「……あれっ、俺もしかして……鎌かけられた?」
俺の予想に正解と示すようにコクリと頷いてみせる恋さん。この人、バカ真面目かと思いきやかなりの策士か。
「恋さん、流石に酷くね!? だったらそんな事言わなくてもいいじゃねえか!?」
「み、湊月くんが余計なお節介を働かせようとするからこうなったんです! まずは自分の事を反省してください!」
俺の必死の反論に自分も同罪だと恋さんは少し声を荒げて反撃してくる。
だが、すぐにお互いの間に沈黙が訪れ、流れるような空気の変わりように思わず二人して笑いが込み上げてしまった。
「……ぷっ、あっはは! なんだか馬鹿らしく思えてきた」
「……ぷっ、ふっふふ。奇遇ですね、私も同じことを考えてました」
ひとしきり笑ったので軽く息を吐くと気持ちが落ち着いてきたのが分かる。
「なんか、恋さんのお陰でここでの生活が楽しくなりそうだわ」
「私もそんな予感がしてます」
お嬢様のように手を前で合わせている恋さんもそう同意して微笑んでくる。彼女の純真な笑顔に少し照れが出てきてしまい、思わず目を反らす。
「その……改めてこれからもよろしくな?」
「こちらこそ改めてよろしくお願いします、湊月くん」
思わずもう一度挨拶を交わしてしまうが、恋さんはバカにする様子もなく頷いて返事をしてくれる。
かのんや千砂都と思しき人物と出会ってしまいこの先どうなってしまうのかと肝を冷やしていたが、恋さんという最初の友人を見つける事が出来て気分が高揚してしまう。
そんな俺達の関係を祝すように桜の花びらも優しく俺達の頬を撫でるのだった。
この地で巡り会った二人の縁、それは縄よりも固し。