アンティリーネの背後に顕現した黄金の時計盤。
それを認識したネームレスはその兜の下で眼を見開き、しばし呆けていた。
ネームレスは、番外席次について知っていることはあまりにも少ない。薄れていく前世の記憶も、仮に十全だとして今とほとんど変わらない。
そんな思い出せる記憶を頼りに知らない部分を補完し、不測の事態も対応できるように────
「〈
アンティリーネがそう宣言すると共に、カチリ、と音が響く。
彼女の背後の時計盤が時を刻み始めたのだ。
それを認識した瞬間、ネームレスは自身が呆けていることに気が付き舌を打って即座に動き始めた。
思考を回しながら、ネームレスは両手持ちからの構えを取って距離を詰める。
────
〈
発動しただけでは意味がない。
問題なのはその後に発動された即死効果を持っている特殊技能ないし魔法に即死無効化能力貫通を付与するという事。当然、ネームレスの本来の種族であるアンデッドであろうともこれを使われれば、種族特性による即死無効も意味を成さない。
もちろん、その対処法も知っている。
だが、知っているから余裕である、というわけではない。
────
時計盤が進んでいく。
絶対にソレに対面することはない、とは考えてはなかった。
それでもモモンガと対峙する、そうなった時には準備もするし心構えもする。
だからこそ、ネームレスはこの瞬間に思考を廻す廻していく。
────
「悪いが、笑えないな」
「────へぇ、知ってるのね」
ロングソードが振るわれる。焦りを胸中で圧殺しながら、ネームレスは確実にアンティリーネを仕留めにかかる。
ネームレスも〈The goal of all life is death〉が十二秒を経過する前に使用者が死ぬと十二秒経過後に発動する即死効果がなくなるのか、までは知らない。
そもそも発動したら再発動に100時間必要とするモノであり、習得できる職業を修める条件もかなり難しいものである為に、対策調査もそこまで重要にしてこなかった────
「(その弊害、か……だが)」
────
先ほど以上に攻め立てていくネームレスに対して、アンティリーネは回避と防御に専念していた。
アンティリーネも十二秒経過前に死んだ時、どうなるのかを知らない以上は仕留められるわけにはいかない為だったが、彼の溢した言葉と今この状況から目の前の騎士がこの特殊技能を知っていて且つ途中で死ねば効果は消失するのだ、と判断したというのもあるが。
もちろん後者は完全に勘違いなのだが、互いにどうなるか分からない以上は片方は攻めるしかなく、片方は回避と防御に専念するしかない。
武技による回避、防御を連続で行う事で連撃を確実に凌いでいくが同時に脳が酷使されていく。
────
「(────あと、半分!)」
「チッ」
六度目の音が響いた瞬間、ネームレスの一撃が柄に勢いよく叩き込まれる。
それを好機と見たか、アンティリーネはその勢いを受け入れまるで吹き飛ぶ様に後方へと跳ぶ。
距離を大きく開かれた事にネームレスは兜の下で苦々しい表情を浮かべ────七秒、残り五秒しかない事実にネームレスはロングソードの柄から片手を外し、虚空へと手を伸ばす。
ネームレスの持つ〈The goal of all life is death〉への対策の一つをする為に、万が一を考えて比較的すぐに引っ張ってこれるアイテムを。
「〈剛腕剛撃〉〈双空斬〉!!」
「ッ!」
────
その腕を狙って放たれた斬撃に、取り出したアイテムが弾かれる。
それが何であるか、などアンティリーネは知らない。
少なくともネームレスが〈The goal of all life is death〉について知っている、というのなら何らかの対策を知っている、とアンティリーネは考えてほとんど反射的な行動だった。
アハッ、と上手くいったことに笑い声をあげたアンティリーネはやはりすぐに対応できるように構えながら背後の時計盤の音へと耳を傾ける。
音が響く。残り、三秒────
「────」
ネームレスが止まる。腕も剣先も下げた。
効果を知っている。そしてそれをどうにかする方法も知っている。で、あれば、どうにかできないと判断すれば諦める。
アンティリーネから見て、ネームレスはそういう判断をしたのだ、と見て取れた。
「……あっけない、終わり、ね」
確かに殺す、と言った。言ったが結局のところどれほど強かろうと、自分を上回ろうと、アンティリーネが生まれ持っていた異能、そしてそれによって引き出された《カロンの導き》のかつての所有者であるスルシャーナの特殊技能、これを使ってしまえば誰も勝てない。
その事実を再確認してしまったアンティリーネは自分の肩から力が抜けていくのを感じていた。
これは落胆だ。
心のどこかでもしかしたら、という気持ちがなかったと言えば嘘になる。
そんなアンティリーネの胸中など知らぬとばかりに響く、無慈悲に背後の時計盤が最後の、十二秒を知らせる音が。
同時に〈
「え?」
アンティリーネの目前。
そこに立つ者はいない。
当然だ、
関係ない。この〈The goal of all life is death〉の前では意味がない。
確殺の技。
抵抗不可能な絶対の死を与える技。
未だ一度も破られたことのない無敵の技。
アンティリーネが、彼女が使える切り札に枚の内の一枚。
そう、
「どこに、行ったの?」
否、死ぬだけだ。消滅するなら分かる。だが、アンティリーネの目前にいた彼はその姿を忽然と消していた。
いない。
どこにもいない。
今まで一度たりとも起きた事のない、見た事のない、異常事態にアンティリーネは困惑する。
灰になるだとか、光になるだとか、土に還るだとか、そういう光景は見ていない。
「転移魔法?違う、魔法にしたって、そんな感じじゃ、え?」
分からない。分からない。分からない。
先ほどまでの戦士然とした空気は消え、アンティリーネは警戒しながらも周囲を見渡す。
どこにも彼の姿はない。
理解できない、と周囲を何度も何度も見て────
「よぉ」
気が付けばそんな声が、やけにこの丘陵地帯に響いた。
熱がこぼれる。
声の方へと、視線を向ければ先ほどまでいた場所にそのまま彼の姿があった。
彼の姿はやはり数秒前までと変わらないどこにでもいるような騎士姿。
五体満足、ふらついているわけでもない。
まるで先の死すら何でもないかのような佇まい。
二度目の困惑に包まれるアンティリーネを知ってか知らずか、彼は肩を竦めながら話し始めた。
「〈The goal of all life is death〉ご明察の通り、俺はソレを知っている。身内にソレを使える奴がいてな……効果も知っているし、対処の方法も」
アンティリーネにとって驚愕するべき情報がなんてことないかのように出てきたのに彼女は目を見開くが、彼の話は止まらない。
「対処法、十二秒の猶予内に蘇生アイテムないし蘇生魔法の類を自身に使用する、っていうのがある。さっき、お前に弾き飛ばされたのは前者だ」
当のアンティリーネも、彼女が使える事を知る法国の一握りの人間も当たり前だが、知らない事実が当たり前の様につらつらと並べられていくが、アンティリーネはこうして目の前で彼が生きている理由とは少し違う、そう感じて思わず疑問を口にしていた。
「どうして、生きてるの?あなたが蘇生魔法を使えとは思えない……私と違って、神官じゃ、ない、でしょ?」
言外に蘇生魔法は使えないだろう?という言葉に彼はやはり肩を竦めて────
その身体から火の粉が弾けたのをアンティリーネは見た。
「ああ。だいたい残り、三秒から二秒か。そこで俺が使えるある
彼の右腕に火が灯る。
魔法で火を出した、ではない。
燃え始めている、突如として彼の右腕が発火して、燃え始めているのだ。
アンティリーネはもう何度になるのかも分からない驚愕をするが、当の本人である彼は自分の腕が、そのまま延焼し身体にまで火が回り始めているのも気にする素振りも見せずに言葉を連ねていく。
「ああ、安心しろ。俺のこれも次に使うのにそれなりに時間がかかる。そっちのソレと同じように、だ」
手元のロングソードが虚空に消え、その代わりに彼のすぐ目の前の地面に一振りの剣が突き立てられた。
それは剣として異形だった。
刀身が捻られ螺旋を成した剣。消えたロングソードに比べて、大剣に分類されるだろうほどのサイズ。
燃え盛る炎が彼の全身を包み込むが、やはり気にする様子はなく燃えるままにその手を目の前の異形の剣へと伸ばして
「────〈人化の指輪〉を解除、〈炎焦のオーラ〉発動」
そんな呟きがアンティリーネの耳に届いた。
同時に突き立てられた剣が引き抜かれ、炎を振り払う様に剣が横一文字に振るわれた。
たったそれだけ、それだけの動作をして、彼の全身を包む炎が消え去り────そこに人はいなかった。
先ほどまで着ていた騎士鎧とは異なる意匠の鎧は炎で焼け爛れ歪み、その兜はその後頭部に異形の王冠を戴き、全身からは火の粉を弾けさせている。
成人男性としてやや大柄な騎士らしい身体つきだった外見も、今では巨大。三メートルはあるだろう小さな巨人と言える体躯と変わっており、その身から放つ熱を帯びた威圧感はアンティリーネに目の前の彼が人間ではないことを突き付けていた。
アンティリーネが知る由もないが、神器級装備《火継ぎ》と呼ばれるソレは先ほどまで装備していた騎士鎧と比べるべくもない装備であり、ネームレスの主要装備である。
「続きだ」
異形の騎士兜、そのスリットから赤黒い眼光を滾らせながら、ネームレスはその手に握る《火継ぎの大剣》を改めてアンティリーネへと向ける。
有無を言わせぬソレに、アンティリーネはぶわり、そんな音が聴こえてきそうな勢いで汗が噴き出してきたのを感じ取っていて、だがその兜の下で浮かぶ表情は笑みだった。
虚勢ではない。
自分の中で火の粉が弾ける様な音が響いたのを聴いた、どこかで大鐘楼の音が響いたのを聴いた。
絶死の技を乗り越えられた、その事実がアンティリーネの諦観を焼き尽くしていく。
「アハッ────」
蕩けた笑い声が、ネームレスの耳に届く。
それを聴いたのと、彼の左手が動くのはほぼ同時だった。
「〈
彼の左手、そこに握られたタリスマンが、豪雷を迸らせる。いくつもの雷が生じては束ねられ、投槍の構えと共に放たれた。
アンティリーネがつい一瞬前までいた地面を豪雷が焼き焦がしたのを尻目にアンティリーネは駆ける。避けれたのはほとんど偶然だ。
もしも当たっていたら、なんてことは考えない。
彼女は駆ける。
一息でネームレスとの距離を詰めた彼女は全身に感じる熱に一瞬で喉が渇くのを感じつつも自分が身に纏っている神の鎧がそれ以上の熱の影響を受けない様に防いでくれているのを悟り、ネームレスの正面ではなく地面を蹴り翻弄する様に動きまわる。
だが、既にネームレスの鎧は先の鎧よりも性能は上がっている。
今更、防御姿勢を取る必要もない。
「どうした、様子見か?」
「ぅぐぅぎぃ……!!」
動き回るアンティリーネへと無造作に振るわれた大剣、《カロンの導き》の刃がそれを受け止めるが武器を通じて彼女に襲い掛かった衝撃、重さは先のロングソードの比ではない。
「(お、重すぎる……!!さっきまでとは、何もかも違いすぎる!?これが本気ってこと!?)」
驚愕ばかりだが、変わらずその表情は笑みのまま。
角度を付けて受け止める事で衝撃を完全に受け止めたわけでもないのに、アンティリーネの足元が沈む。
しかし、受け止めれていた時間もすぐに終わり跳ねあがった膂力がそのまま彼女を弾き、僅かながらの距離を作るがそれも払い振った剣先をそのまま戻す様に突きが迫る。
弾かれた勢いか、僅かに身体がブレた事で突きがアンティリーネの鎧の肩を掠める程度で済んだ。
「っあ!!おっも!!」
「もう疲れたのか?動けよ」
悪態を吐きながら大きく横に跳んだアンティリーネがいた場所を剣が叩き付けられる。
地面が焼き切られ、土の焼け焦げる臭いが鼻につく。
振り下ろした時点でネームレスの視線は避けたアンティリーネを捉え続けており、叩き付けた刀身でそのまま地面を削るようにアンティリーネへと振り上げる。
距離は近づいていない、だが代わりと言わんばかりに巻き上げられた地面が火を内に秘めながら襲い掛かる。火を内包した土の塊はすさまじい勢いでアンティリーネへと迫っていく
「っ、邪魔!」
回避着地の瞬間を狙って放たれたソレを《カロンの導き》で両断すれば、その衝撃をきっかけにしてか土塊の内側の火が炸裂する。
ネームレス自身から感じる炎ほど熱くはないが、それでも鎧がなければ火傷ではすまなかっただろう熱に襲われながらも体勢を立て直して動く。
足を止めてはいられない。
大きくなったから、動きが鈍くなった。否、大きくなった以上その歩幅も広がり、一気に距離は詰められるし足を止めたところに先ほどの雷が放たれるだろう。
「(さっきの雷は魔法だろうけど、十中八九、彼が使ったんじゃなくてマジックアイテムの類!私の
「……ふむ(恐らくまだ手札がある。こっちも一枚切ってはいるが、あっちを使う必要はなさそうだが……さて)」
動き続けるアンティリーネを視線で追いながら、左手に握る《太陽のタリスマン》を遊ばせる。ホーリーシンボルが特徴的なタリスマンは第9位階魔法〈
当然、アンティリーネの予想通り、二発目を撃つには時間が長すぎる。この戦い中に二発目は来ることはない。
故にこのまま持っている必要はない、無いが────
「(馬鹿正直に仕舞う必要もないな)疾ッ────」
「ッ、舐めないでちょうだい!」
地面を蹴り付け大きく跳び上がる。前方へ、その体躯を活かしてのそれは即座にアンティリーネとの間にある距離を詰めてその剣先を彼女の胴体へと突き立てる。
その思った以上の俊敏さに目を見張りながらもアンティリーネは武技による回避を行いながらも、その刃でネームレスの胴体を何度か切りつけていく。
しかし、武器の性能はともかくアンティリーネ自身の性能が足りない。火花を散らしながらも、その体幹は一切ブレる事無くネームレスの剣を持つ手に力が入った。
その僅かな変化を兜の下で目まぐるしくネームレスを観察していた彼女の視線が捉えた。
「(追撃?派生?どっち!?いや、それよりも回避を────違うッ!?)」
「〈
どう動くのか、見極めようとしていたアンティリーネは〈可能性超知覚〉によって研ぎ澄ました第六感が彼女が考えたモノがどちらも違うと警告を発したのと、ネームレスがソレを発したのはほぼ同時だった。
突き立てられた剣────《火継ぎの大剣》、その螺旋の刀身に火が灯った。
奇しくもそれは先ほどネームレスの身を包んだ火の様で……しかし、その速度は先の比にならない。
爆発的に刀身に火が灯り、否、そもそも灯っているのではなくその刀身の内側にあった火が漏れ出てきていて、火が弾けた。
ネームレス自身も巻き込むほどの規模で、《火継ぎの大剣》から漏れ出た火が大爆発を引き起こす。
周囲の地面ごと焼き焦がし、爆心地以外の地面に燃やしながらその範囲を広げていく火。
例えこの戦いが終わった後でも、燻ぶり続け、広がり続けるだろう火はネームレスの象徴でもあるダークリングの様にこのアベリオン丘陵地帯に刻まれた。
そんな爆心地の周囲へと逃走した蛇身人らを狩ってきた輪の騎士たちが集まり始めているのを尻目に爆心地、深くすり鉢状に抉れ吹き飛んだ底には二つの人影。
片や純白と金の鎧の表面を煤汚れで薄暗く染めながら、戦鎌を杖代わりにして何とかその場に立ちつつも肩で息をするアンティリーネ。
片や剣を地面に突き立て、鎧から、身体から、剣から火を吹きだしながら仁王立ちして眼下のアンティリーネを見下ろすネームレス。
「────そう言えば、見覚えがある。昔、ユグドラシルにいた頃に見かけたな……特徴的な名前だったのをよく覚えている」
火が漏れる。
赤黒い火が眼光の代わりに兜のスリットからアンティリーネ、彼女の身に着けている鎧を見つめながら記憶を思い返す。
脳裏に過るのはユグドラシル時代に見かけた事のあるプレイヤーの姿。
彼の友人であり敬意を払うべきギルドメンバー、ワールド・チャンピオンの先達であるたっち・みーの様に純白の鎧を着たプレイヤー。今、アンティリーネが着ている鎧と差異はあるがほとんど同じ外見のソレを着たプレイヤー。
「同じタンクだった。確か、名前は、『ねこにゃん』……フルネームは憶えてないが、そうか、彼は人間種のプレイヤーだったのか」
「ぷれ、いやー……?」
「…………ああ、そう言えば、そうだったな。改めて名乗ろうか」
《火継ぎの大剣》を首元に突き付けながらネームレスは二度目となる名乗りを上げる。
「ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのメンバー、火の無い灰、ネームレス。お前たちの神と同じプレイヤーだよ」
ネームレスの言葉に、アンティリーネが息も絶え絶えになりながらも出会って一番の驚愕を感じたのを察したネームレスは剣を振り上げる。
「よろしく頼む。そして、さようなら。お前のソウルは俺のモノだ────《
振り下ろされた斬撃。
それはギロチンの様に容易くアンティリーネの首を落とした。
彼女が最後に何か口を開いた気もするが、それを聴く前に彼女は命を落とした。
─────・
やっぱりのびのび書くと楽しいですね
ただ、あくまでこれはifの話。実際にこうなるとは限らない……
ネームレス
通称:焼死体野郎。ダクソ風マジックアイテムでたーのしー!してる