火は陰り、王たちに玉座なし
継ぎ火が絶えるとき、鐘が響き渡り
古い薪の王たちが、棺より呼び起こされるだろう
「嬉しいよ。俺の見た限り、貴公はそういう男だ。存分に侵入し、奪いたまえよ」
「……おお、お聞き入れありがとうございます。この死に損ないに、最後の役目をお与えくださって……」
「……ああ、貴方は強い人だ。ただ一人で、使命に向かっている。そして、私も、そうあろうと思います。貴方の旅に、火の導きのあらんことを……」
「ですがまだ、もう少しだけお待ちください……闇の雫が垂れ落ちる、ほんの少しの間です」
「……ああ、貴公、迷っているのだろう?だが、道に迷う者は、道をゆく者に他ならぬ。それは貴公が、英雄であるという証だ」
「……貴公、既に王なのだろう?」
「玉座を捨てた王たちを探し、取り戻す。その為に、私をお使いください」
「暗い穴を穿たれた、我らの亡者の王だ。
貴公がそうである限り、我らロンドール、貴公に従い尽くすだろう
勿論、私も貴公のものだ……」
世界が反転していく。
否、、まるで世界が、視界が、自分自身すらも内側からひっくり返っていくような感覚に陥っていく。視界に広がるのは先ほどまでの毒沼などではなく、ましてやリアルの自室でもない。
どこまでも広がるなだらかな丘陵地帯。
どれだけ、丹念に膨大なリソースを使って作成されたとしても僅かに感じるポリゴンやデータの感覚などどこにもない、土の香りが草の香りが存在する正真正銘の本物。『ユグドラシル』のモノでもなければ、リアルのモノでもない、完全無欠な異世界の光景がそこにはあった。
リアルに生きていたプレイヤーたちではすぐには感じ取れない、懐かしき自然とも言える感覚をネームレスは感じ取りながら、自身が『オーバーロード』同様に異世界へと足を踏み入れた事を理解し、
「ああ、そうか……」
しかし、その第一声は冷めていた。
まるで他人事の様にすら思える反応の薄さ。きっと、数週間前の彼ならば感じていたはずの熱量はどこにもない。
この世界に来た以上、『ユグドラシル』ではフレーバーテキストやスキルでしかなかったものが現実に実際に反映される。ネームレスはソレを知っている、自分がアンデッドの一種であるが故に精神の強制的な鎮静化が働くことを理解している。
だがしかし、今彼はその特性が反映される程の感情の高ぶりすらなかった。
憧れの異世界転移。
多くの人間が夢に抱いてきたことが現実となっているのにも関わらず、彼自身そうなることを目的にしていたにも関わらず、彼の心は凪のままと言ってもよかった。
「本当にこっちに来たのか……」
きっと数週間前までならば、これからの事に期待し喜びを露わにしていたに違いない。
テンションを上げて、ロールプレイの一つでもしていたのだろう。
だが、今の彼にはそんな心境はどこにもなかった。
「……ああ、まあ、どうするか」
だが、どれほど冷めてしまったとしても、こうして来てしまったのならば仕方がない。
躰の内より鎧の外へと零れ吹く火の粉を軽く握り潰しながら、ネームレスは自分の内側から少しずつ変わっていく感覚を、熱を感じながら、自分の指に装備している指輪の内の一つ───リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外して、アイテムボックスより取り出したシンプルな指輪に付け替えたと思えば、一瞬にしてその身にまとっていた、焼け爛れた騎士鎧から正しく巌という言葉がふさわしい超重量の騎士鎧へと着替えて見せた。
それに伴って、三メートル近くはあった体躯も一般的な、というにはしっかりとした高身長のソレではあるが、常人よりの身長へと変化していた。そんな自分の体の具合を確かめる様に手首を回しながら何度か掌を握っては開いてを繰り返し
「ファーナムでもいいが、こっちでも問題ないな」
捻じれた剣をしまい、斧槍を取り出し背負って周囲を見回したかと思えば、ネームレスはそのまま歩き始めた。
目的地を決めた様子などなく、あるのは漠然とした勘だけ。
「さて、それで、ここはどこなのか…」
ここは異世界。
事前知識を有しているとしても、それは全てではなく、当然のことだがまったく未知の場所である可能性もあるのだがしかし、特に気にする事もなくネームレスは歩いていく。
─────
怒声が周囲一帯に響き渡っていく。
悲鳴が上がっていく、絶叫が広がっていく。
多くの人間が、多くの亜人が、その命を奪い散らし投げ捨ててゆく。
木々や丘が続いている大規模な丘陵地帯に突如として、それらが消失した広大な平地とそんな平地に聳え立つのはどこまでも続く壁。延べ100キロを超える距離を有する南北に伸びた巨大な城壁は正しくその両側の生存圏を分かつ為の国境線だ。
だが、そんなモノをいちいち護る理由などどこにもない。
そんな、国境線など知ったことではない。
城壁の向こう側にある獲物たちの放牧場を目指して、彼らは垂涎のままに疾駆する。
丘陵地帯より向かってくるのは多種多様な亜人種。
二足歩行の鼠、と言えば可愛らしいものだ。だがしかし、その実態は下手をすれば巨漢ほどもあるような体躯に鋼の様な硬さを有する体毛を生やしておきながら、その動きに柔軟さを感じさせられる鼠の亜人、
まるで毛が長い山羊をそのまま直立歩行にさせたかのような外見をした、亜人種であり名を呼んで字の如し、
そんな山羊人を主として組まれた数百を軽く超える軍勢はこの数年間、城壁が完成してから行われてきた亜人種の侵攻の中で初めての大攻勢と言えるだろう。丘陵内での争いに敗れた部族が押し出されてやってきた、などという話ではない。少なくとも中心となっているのは山羊人の部族であるが、軍勢に紛れている他種の亜人らの姿を見れば間違いなく、あぶれてきた亜人らを軍勢に取り込んでその規模を増大化させたモノであるのは違いなく、そして彼らは決して敗れた部族ではない。
なぜならば─────
「豪王……ッ!!」
城壁を怒号を上げながら駆ける兵士らの中で、その表情を苦渋に歪ませながら怒りを吐き捨てる様にそう言葉をこぼす男がいた。
細身の男だ。しかし、それは頼り無さなどのような細さではない、一言で言えばそれは鋼の細さだ。鍛えに鍛えて無駄なモノを削ぎ落しに削ぎ落して求められるように作りあげたというべき見本系の細さ。
暗殺者かそれとも殺人鬼か、そう思わせる様な凶悪な細く鋭い目の男。
この城壁に集まる兵士たちのトップである兵士長。既に半ば太陽が沈み始めている夕闇の中で魔法の微光を漂わせている見事な作りの大弓に同じく微光を放つ矢を番えて彼の夜闇ですらも見透かす鷹の目のまま、亜人の軍勢の中で見つけた存在へと狙いをつける。
迫りくる軍勢の中、その中でもかなり前線にて疾駆するソレは軍勢の主となる彼ら同様に山羊人であった。だが、その存在感が違う。
一回り大きな体躯に、銀色の体毛と捻じ曲がった角。
黄金と宝石によって装飾された角飾りをその両角に付け、亀甲紋様の緑色のチェストプレートを身に纏った上に赤茶の毛皮を加工しただろうマントを羽織った姿。
その左手に握るのは大粒の黄色の宝石が特徴的なラージシールド、右手に持つ薄い黄色の刃を有するバスタードブレード。
どの山羊人よりも存在感を有するソレは、王だ。
山羊人たちの王にして、この丘陵地帯有数の戦士。
夕闇の空を魔力の微光を尾に切り裂きながら放たれた矢は、この夕闇の中であろうとも寸分違わずソレの眉間へと吸い込まれるように迫り、
「ちぃッ………!!やはり、難しいかっ!!」
眉間に突き刺さるよりも先に軽く振るった首、その双角の片方が矢を弾き折って見せた。
そして、兵士長───パベル・バラハは自身の背筋に冷たいものが這ったのを感じた。
放った矢を弾いたと同時に見上げたソレとパベルは視線がかち合ってしまったのだ。鷹の目の持ち主であるパベルだからこそ、常人では到底見えないこの距離でありながら見えてしまった。
ニタァッ─────
人外、山羊人の王たる怪物が、その瞳を細め、その口角を吊り上げ、その山羊の口とは思えぬ程に牙をぎらつかせながら、その表情を歪めて嗤っているのを。
山羊人の豪王、武器砕きのバザーが、嗤った。
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