彼らを見た時、大した興味の一つも湧きはしなかった。
確かに原作知識という半ば憶えていない記憶と〈ユグドラシル〉での知識を思い返して、彼らが亜人種の一種であるのを思い出したが、それだけであった。
転生して数十年、細かい部分であったり正確な時系列を憶えていないが、それでも山羊人という亜人種やそれ以外の多様な亜人種がいる様な場所がどのような地域なのかは憶えていた。
「聖王国だったか」
視界の先に映る、平原地帯を横断する様に視界の端から端まで伸びる巨大な城壁に今の今まで歩いてきた丘陵地帯、そして亜人種。
それらから、視界いっぱいに広がっている城壁の向こう側に聖王国が存在するの間違いないだろう。
そして、一つあるとすれば。
「侵攻というやつか」
今、目の前で繰り広げられている山羊人やそのほかの様々な亜人種の群れというべきか、それとも軍勢というべきか、とにかくそんな多くの亜人たちが城壁へと攻め立て、壁外で恐らく聖王国の人間であろう兵士たちが亜人たちと戦っているのが見える。
だが、ただの侵攻というには亜人たちの勢いが強い。
「王、ないし力ある亜人にでも率いられているのか……ン?」
軽く兜の下の顎の位置を直しながら、そんな事を呟いていればふとこちらへ向けられている視線を感じてそちらへと視線を向ければ、
そこにいた。
城壁の上、数十人の弓兵たちが並んで眼下の亜人たちへと矢を射かけている中に一人、こちらを見ている男の姿が。距離と高さも相まって外見等の詳細まではわからないが少なくとも他の弓兵らとは違うそんな弓兵。
「原作知識がしっかりと憶えられていたのなら、分かったかもしれないが────」
もしかすれば原作の登場人物だったかもしれない、それか描写されなかった存在かもしれない。そこまで、考えて
「一先ずは人がいる場所へ行くしかないな」
一番近くにいた亜人を斧槍で切り殺す。
肉を断ち切る感覚、刃に血が付着し僅かに重くなる感覚、命を奪う感覚。当たり前のように今世で感じた事の無い感覚。
だが、知っている。
不死人としての俺が、亡者を、同類を、怪物を、神を、竜を殺してきた時と何ら変わらない感覚。異形化したのもあるのだろう、そこになんら忌避感など感じることはなかった。
本当に、
「よかったよ」
「───なんだ、こいつは!?」
「アルブルが殺された!?敵だ!」
「殺せ!殺せ!」
周囲の亜人たちが口々に叫びたて、その手に持つ武器や爪などを振りかぶっていくのを視界に収めながら、俺は血が付着したグンダの斧槍を払い付着した血ごと近くの亜人の胴を割る。
「ソウルを寄越せ、火に焚べろ────」
大した理由などない。
ただ、これからの事を考えて、円滑に事を運ぶために、今は目の前の亜人たちを殺す。
─────
甲高い金属の破砕音が周囲に響き渡る。
そのすぐ後に重いモノが地面を吹き飛び跳ねる様な音をたて、吹き飛んで行ったモノを豪王はその緑の目を細めながら愉快そうな表情を浮かべて睨め付ける。
吹き飛んで行ったのは、当然豪王と戦っていたオルランドだ。
その手に先ほどまで握っていた手斧は無残にも砕かれており、ダメージを受けたのはオルランドであることから彼の特殊技術が発動したのではなく、豪王によって武器破壊されたのは明白であった。
「カヒュッ、……ぺっ」
オルランドは手斧だったものを投げ捨てながら、血混じりの空気を吐いたと思えば口元を拭いなんとか立ち上がる。その姿はボロボロの一言に尽きる。
砕けた武器の破片で傷ついたのだろう肌が露出している顏は小さな切り傷でどこもかしこも出血しており、身に着けている魔獣の皮を幾重も重ねた重装革鎧も基本的に防御や回避に努めていたとしても豪王の振るうグレートソードを掠めていたのか、既に半分近くが破損している。そして、既に骨も何本か折れている。
襤褸雑巾というにはまだ及ばないがしかし、充分に重傷だ。
そんな姿を下卑たモノとは言えないがしかし、それでも嘲笑するような表情を向けながら
「これで、最後の一本だ。次のモノを破壊した時がお前の死だ人間」
「ハッ!だとしても、この最後のでお前を仕留めりゃいいんだよッ!」
豪王の言葉に全身に走る痛みを気力で抑え込みながら、オルランドは最後の一振りである伐採用の大振りの鉈を手にしながら、豪王へと挑発で返す。
事実、何度かオルランドの特殊技術は発動しており、豪王の姿も戦闘開始時と比べれば確かに手傷を負っている。
身に着けている亀の甲羅模様のブレストプレートも傷が目立っており、左手に持っていたラージシールドも大きく傷ついている。そして、その額からは大量の血が流れている。
無論、人間とは異なる亜人種。
この程度の出血量ではまだまだ到底倒れるには足りないだろう。
だが、それでももしかすれば、という一縷の希望を抱きながらオルランドは鉈を構える。
「(長くはもたねえ。本気で、これが最後の一撃だと決めていかねぇと間違いなく死ぬのは俺だ)────行くぞ、オラァッッ!!!」
ここで勝つために、オルランドは叫びながら地面を蹴りつけ豪王へと突貫する。間違いなく最後の、そして全力の一撃。それを前にして豪王はその手のラージシールドで受け止めるわけでなく、それを離してグレートソードを両手持ちに切り替える。
相手の心を折った上で勝利をするというのならば、それは間違いなく豪王が取るであろう選択。
それにオルランドは内心で笑みさえ浮かべる。
「〈疾風加速〉!〈肉体向上〉!ッぐぅ!!……〈剛撃〉ィィイイッッ!!!」
複数、それも重傷ながら三種もの武技を同時に発動させたことによる負荷がオルランドの肉体を襲うが、彼はそれを無理矢理に抑え込みながら豪王へと一撃を放つ。仮にグレートソードで受け止められたとしても、この一撃を特殊技術を発動させることでオルランド生涯最強の一撃へと変える。そのまま桁違いの威力でもって豪王の武器ごと致命傷を与える。
無論、豪王もそんなオルランドの狙いは分かっている。
故に豪王の狙いは、オルランドが特殊技術を発動するよりも先にその鉈を破壊すること。
「〈素気梱封〉!〈武装破壊〉!!」
「オオォォォオオオオッッッ!!!」
豪王が武技を発動し、そのグレートソードを振るう。
両者の武技がぶつかった瞬間、今まで以上の破砕音が響き渡った。
「コフッ」
豪王の口元から血が噴き出た。
オルランドは歯噛みし、豪王は笑みを浮かべた。
この程度ではない。
オルランドは自分の特殊技術の発動が間に合わなかったことを悟り、豪王は自身の武技によって武器破壊をしたことを確信した。
砕けた最後の武器、もはや回避もままならぬ身体、オルランドは舌打ちながら再びその手のグレートソードを振り上げる豪王の姿を見ながら悪態をついて自らの死を受け入れた。
刹那、豪王の脳裏に音が響いた。
それにより豪王は一瞬、白痴になった。
だが、それも刹那の出来事。
しかし、気が付けば目の前にオルランド以外の人間がいた。
殺してきたのだろう。多くの亜人たちを。
同胞の血臭を漂わせる長い斧槍を携えた騎士。
まるで岩そのものを削り出してきたのではないか、と思わせる様な岩の如き騎士鎧に身を包む騎士。
「貴公が、将か。悪いが殺す」
王狩りの不死が、豪王の目の前に姿を晒した。
鐘の音が聴こえる
─────・