新焼UNDEAD   作:カチカチチーズ

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空に思う

 

 

 

 微かに小鳥の鳴き声が耳に届く。

 ここ数十年では到底、生の音声として聴いてこなかった、前世では当たり前すぎて特に気にしたこともなかったソレに意識が浮上していく。

 ゆったりと開いた目に薄らとした明かりが飛び込んでくるのを思わずもう一度瞼を閉じてしまうがすぐに閉じた瞼を開きながら、俺は起き上がる。

 眠気を拭いながら、周囲を見回して

 

「ああ……そういえば、そうだったな」

 

 そこにあるのはリアルでの俺の寝室でもなければ、前世での部屋でもない。昨晩に割り当てられた聖王国の城壁もとい要塞線内にある一室。

 防衛の関係上、聖王国側の壁に作られた窓を見れば、まだ外は白んではいるがそれでも暗い方ではあるが、リアルのクソみたいな環境を知る身からすればそんなモノは関係ない。

 寝台というには簡素、あくまでこの要塞線で兵士たちが仮眠する為に使っている部屋の中でもそれなりに上の人間が使うだろう個室のモノである以上、、リアルのベッドと比べようもないがそもそもそこまで寝具類を気にしたこともない身としては正直、寝られるなら何でもいい。それに、

 

「眠気だの疲労だのは、人化を解除すれば関係ないからな」

 

 右手に填めていた人化の指輪を一度外せば、即座に熱が躰の内から湧き始め窶れた亡者の肌から火の粉が弾け始めたのを確認してから、もう一度指輪を填め直す。そうすれば、指輪を外すまであった寝起きの倦怠感や身体の凝りと呼べばいいかそういった疲労感がきれいさっぱり消え失せる。

 アンデッドの種族としての特性を利用した裏技のようなものだ。死者であるが故に空腹感も無ければ、睡眠欲求も無く、当然疲労感もありはしない。

 一度、人化を解除して異形種を挟んでから再び人化を行う事でそういったモノを引き継がないようにする。

 

「……感覚はクソみたいなもんだが」

 

 人間を辞めた。

 そういう事は最初から想定はしていた事だが、実際になって理論上できることをやってみれば、何とも言えない気分になる。なにせ、つい一瞬前まで感じていたモノが次の瞬間には最初からなかったように掻き消えるのだ。普通ならばそんなオンオフの切り替えじみたようにどうにかなるもではないものが、出来てしまう。

 気分は最悪だ。

 

 だから、そんな気分をどうにかする為に部屋を出ていき、許可を受けた範囲内で要塞線を歩いていく。道中、誰か兵士の一人に会うということなく俺は要塞線の屋上、つまりは城壁上へと出ていく。

 やはり、まだ地平線の彼方が白んできたばかりというのもあってか高所故に吹いてくる風はどこか肌寒い。昨日装備していたハベルから、黒金糸へと着替えたがあくまで外装だけ整えた何枚も何枚も型落ちしているソレではこういった自然的な寒暖まで対応していないのだろうローブの隙間から冷気が滑り込んで少し肌寒い。

 やや離れたところで城壁上から丘陵地帯の監視を行っている兵士らと視線が合い、軽く会釈をすれば慌てたように礼が返ってくるのを視界の端に収めながら俺は丘陵地帯側の鋸壁から丘陵地帯を、昨日俺が戦っていた戦場だった場所を見下ろしながら、昨日の出来事を思い返していく。

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 豪王バザーの死。

 それは攻めてきていた亜人たち、迎え撃っていた聖王国の兵士たち、両陣営に決して小さくない影響を与えていた。

 いきなり、戦場に現れた正体不明の騎士によってバザーは打ち倒された、という事実は兵士らに少なくない動揺を与えた。豪王の一撃を何度も何度も正面から受け止めた上で打ち負かすという明らかに強者という他ない、それこそ御伽話の英雄でもなければやらないだろう勝ち方。仲間内でそれを行ったのならば素直に勝利を確信して一気に攻めていくことだっただろう。しかし、実際はその正体不明の騎士が今度は自分たちにその刃を向けるのではないかという一抹の不安があった。

 だが、それもパベルの戦場に響き渡らんばかりの叫び声によって払拭、とまではいかずとも兵士らは目の前の亜人たちを打ち払う事に集中したことで自分たちの王ないし頭目を失って烏合の衆と化した亜人たちはその戦線を見る見るうちに瓦解させていき、気が付けば豪王バザー率いる大侵攻は聖王国の勝利で終わりを告げた。

 そんな結果を足元で動けなくなっていたオルランドにポーションを使用しながら見ていたネームレスは少なくとも乱入という形ではあるが聖王国へとある程度の恩を売ることは出来たろう、と打算的に考えていた。

 その後は、ほとんどとんとん拍子とでも言えばいいのか。

 万が一、敗走していった亜人たちが戻ってきた時の為に一部の兵士らが警戒網を敷く中で行われた戦線の後始末を余所にネームレスはこの要塞を任されているパベルとポーションで回復させたとはいえ死にかけたオルランドによって要塞内へと入り軽い尋問を受け、待っている間に考えたバックストーリーを答えることになり無事に一晩の宿を手にする事に成功している。

 

・遺跡での探索中に転移系の罠が起動し、それによって亜人犇めく丘陵地帯にいた。

・長期での探索を予定していた為、食事はあったがもうすぐで貯蓄が尽きる。

・聖王国などについての知識はない。

 

 主として、ネームレスが伝えたのはこれら三点。無論、一つ目に対しては懐疑的な視線を向けられはしたがそれに対してはネームレスが話したユグドラシル、その九つの世界の内ナザリック地下大墳墓が存在していた勝手知ったると言うには、まだまだ未知が残っていただろうヘルヘイムを話に挙げつつ、ユグドラシル産であるがほとんどゴミアイテムとしか言いようのないマジックアイテムを出したことで無事信じてもらう事にネームレスは成功した。

 もちろん、バザーを打ち倒し結果的に聖王国を守ることに協力したという点を加味した結果であるのには違いないのだが。

 

 

 

「────いささか、荒唐無稽だとは思ったんだがな」

 

 

 そこまで、昨日の記憶を思い返したネームレスは自分の用意したバックストーリーを事実とはいえ荒唐無稽であると呆れ苦笑を浮かべていれば

 

「ずいぶんと早いが疲れは取れただろうか、アッシュ殿」

 

 そんな気遣う声が背後からかけられる。気配感知の特殊技術によってその存在を察知していたネームレスもとい、アッシュは驚くことなくそちらへと振り返りながら先ほどまでの呆れ交じりの苦笑を取り払う。

 

「ああ、どうもバラハ殿。疲れは……まあ、ぼちぼちと言ったところで」

 

 できうる限り、不愛想さを消しながらそう返す。

 いまだ、胸中にはリアルで起きた事が影を引いているがそれをわざわざ人前に出すなどという失礼なことはしない。

 このまま聖王国を拠点とするのか、それとも外に出ていき別の国に行くのか、それともナザリックへと向かうのかはまだ未定ではあるがそれでも少しの間、顏を合わせる相手なのだから、尚更だろう。

 他愛もない会話をしながら、この世界でのこれからのことについてアッシュは思考を巡らせ始めていた。

 

 

 

 

 

─────・

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