春。
多くの者が新天地に辿り着くこの季節、それはこの世界・この時代においても変わらない。
東京地区萩窪に校舎を構えるこの神庭女子藝術高校にも新しい顔ぶれがやって来る。
入学式が行われる講堂に向かう1年生たちを、遠く離れた場所から眺めていた私は思考を元に戻す。
隣に置いてあったケースからギターを取り出し、チューニングする。
私は周囲を見渡しギターを演奏し始める。
『♪ 〜〜♪ 〜〜〜〜♪ 〜〜〜っ♪ ♪♪』
6年前。
『ヒュージを1匹でも多く倒して人々の平和を守ってみせる』という志しを掲げ、お姉は夢だった音楽を捨ててエレンスゲ女学園に入学した。
そして、それからおよそ2年が経ったある日。
お姉は任務中に行方不明になった。
実家で暮らしていた私と祖父母はそう伝えられた。
当時お姉と同じレギオンに所属していて1番仲の良かった人によると、本当に忽然と姿を消したらしい。
その後も懸命な捜索が行われたが、他にも問題が発生したこともあり、徐々に捜索の規模を縮小し、私が中学生になる前には学園から殉死扱いの通達が来た。
私がお姉の後を継いでリリィになろうと思ったのはこの時だった。
『〜〜♪』
いや、受け継いだのはリリィとしての想いだけじゃ無い。
この音楽もだ。
だから、私は神庭にいる。
「ねぇねぇ、それって楽しいー?」
「えっ⁉︎」
周りに誰も居なかったはずが、突然声を掛けられ私は驚いた。
声の主は私の隣に座っている女の子。
制服の上にパーカーを羽織り、足元に目を向けるとローファーではなくスニーカーを履いている。
見ない顔なので、おそらく1年生だろう。
「楽しいかって、どういう意味?」
「ん〜。曲自体は明るめなのに、周りのマギの色が暗いのはなんでかなって」
「マギの…色…?」
「うん!」
あまりにも突拍子もない答えに私は黙り込む。
マギの色というのは普通は見えない筈だ。
だからと言って、この子が嘘を言っているようには見えない。
もし、今の私のマギの色が暗いとすると、それは…。
「ちょっと、灯莉!初対面の人、しかも先輩になんて絡み方してるのよ」
また1人見ない顔の子が小走りでやって来た。
あの子も1年生だろう。
『灯莉』と呼ばれた子は嬉しそうにツインテールの子に駆け寄って行く。
「おー、定盛☆」
「ひ・め・ひ・めよ!まったくもう…。
ごめんなさいこいつ人の話聞かない奴で……」
「いえ、大丈夫だけど」
ツインテールの彼女は礼儀正しく頭を下げてきた。
別に怒っているわけではないのだが、少し申し訳ないのでこちらも頭を下げる。
「私は器楽科2年の夜明 美加、よろしくね」
「あたしは声楽科1年の…さだもり…姫歌です!みんなからは『ひめひめ』って呼ばれています」
「まあ、ぼくは定盛☆って呼んでるけどね」
「あんたねえぇぇ!!」
2人は言い合いを始めたが、その様子はとても楽しそうだ。
やはり同級生同士だと遠慮なく言えるのだろう。
仲が良いんだなと思いながら眺めていると、姫歌ちゃんは私の手元に気付いたようで話しかけてくる。
「あれ?もしかしてギター弾いてました?」
「あぁ、聞こえちゃったかな。お姉から受け継いだ夢なんだ…」
「へぇ〜、そうなんですか〜」
自分の姉の話を他人にする日が来るとは思わなかったが、不思議と抵抗はなかった。
むしろ、誰かに知って欲しかったのかもとさえ思う。
ただ、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしくて頬を掻くと、今度は灯莉ちゃんが口を開く。
「お姉さんの話、もっと聞きたいな!」
「ちょっと、灯莉!!︎いい加減にしときないよね!?︎すみません、この子が変なこと言って……」
慌てる姫歌ちゃんを余所に、灯莉ちゃんは目を輝かせていた。
どうやら好奇心旺盛な子のようだ。
「うぅん、構わないよ。でも、2人とももうすぐ入学式だから、また今度会えた時にね」
そう言うと2人も気付いたらしく時計を見て驚く。
「わっ!本当だ!そろそろ行かないと!」
「じゃあ、バイバーイ!」
慌てて講堂に向かっていく2人を見送りつつ、私はふと呟いた。
「…マギの色が暗い……か…」
心当たりは勿論ある。
あの日、お姉がいなくなってから私は必死だったと思う。
お姉の代わりになろうと、リリィとして多くの人々を救おうと頑張った。
だけど、私が学園に入って間もなく、お姉のように多くのヒュージを倒すことは出来なくなった。
いや、それ以前に私にはリリィの才能がなかったのだ。
お姉と同じレアスキル・ルナティックトランサーを得た時は歓喜した。
けれど、私は戦いの中では足手まといになっていた。
結局、私にはお姉のような才能は何一つとしてなかった。
それでも、私はリリィになったんだ。
私がリリィになったのも、この音楽を続けたのも、お姉への贖罪だと思っている。
『♪♪♪♪ 〜♪♪♪♪♪』
だから、私はこの音楽を捨てない。
お姉から受け継いだ大事な物だから。
「さっきの2人、面白かったね」
「えっ?」
また後ろから声を掛けられる。
振り返るとそこに居たのはよく知った明るい髪の少女だった。
「フウ…。いつからいたの…?」
「ん〜、『楽しいかって?』あたりからだね」
最初からじゃん。
というツッコミはしないでおく。
神庭女子藝術高校・声楽科2年のフウこと、晴山 風子。
中等部の頃からの同級生だ。
「なんか悩んでる感じだったけど大丈夫?」
「悩みっていうほどじゃないよ」
「そう?なら良いんだけど」
そう言いつつも、フウは私の顔を覗き込んでくる。
「何かあったら相談してね」
その言葉に思わずドキッとする。
……どうしてこの子はこんなにも優しいのだろう……。
「うん、ありがとう」
「いえ、どういたしまして。そ・れ・よ・り、こんな所でサボってないで早く来なさい。この前の訓練でダメにしたミカのCHARMを受け取りに行かないと」
「あはは……。そうだね」
私は苦笑しつつ、ギターケースを背負い直すのであった。