人類最後のマスターが車椅子だったら   作:三和

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「ちょっと…何なのよあのジジイ…何回ぶん殴っても起き上がって来るんだけど…」

 

「あー…やっぱり?」

 

ジャンヌが来て一時間程…漸く客並みが途切れ出し、一息吐いた辺りで浴衣姿のジャンヌがやって来た。…浴衣着たら大丈夫かなって思ったけど…結局付きまとわれたみたいだね…

 

「ごめんね?」

 

「……何でアンタが謝るのよ。」

 

「いや、ほら…一応私…ここの従業員だから…」

 

「客同士の揉め事に、アンタが謝るのは筋違いでしょうが。」

 

「痛っ…何するの!?」

 

ジャンヌにいきなりデコピンされて、思わず抗議の声を上げる……いや、結構痛かったから…つい…

 

「そんなので一々騒がないの……ところで、ちょっと良いかしら…?」

 

「もう…で、何?」

 

ジャンヌが屈んでこっちに顔を近付けて来る…

 

『あのジジイ、もしかして何だけど…』

 

口元を手で押え、小声で話し掛けて来たジャンヌに習って私も一応小声で返す事にする……まぁそんな事しなくても、今日ここに来てる他のお客さんは全員…正体には、多分気付いてると思う…

 

『あー…やっぱり分かる?』

 

『まぁ…何となくだけど…』

 

そう、その人(?)はギリシャ神話を少しでも齧った人なら誰でも知ってる…とにかく節操が無い事で有名なあの神様…そして…奥さんの方も超が付くほど有名…その嫉妬深さは、世界崩壊の引き金にすらなり得る…

 

『本物?』

 

『さすがに本体じゃなくて、分霊みたいな物らしいけどね…一応、そう。』

 

『……本当に殴って良かったの?』

 

『私も一回言い寄られたけど…奥さんが止めてくれてさ…その時奥さんからは『徹底的に抵抗して良い』って言われたんだよね…』

 

『確か…嫁の方は旦那が好きになった女にも危害を加える、って奴じゃなかった?』

 

『……多少は丸くなってるとかなんじゃないかな…少なくとも、私は特に報復された事は無いよ。ただ…誘いに乗った時は、どうなるか分からないけど…』

 

少なくとも辟易してる、って苦情が入った事は有るけど…私の知る限り、お客さんの中で誘いに乗った人(じゃないけど)が居ると言う話は聞いた事が無い。

 

ジャンヌが私から離れて行く…

 

「何で出禁にならないのか不思議ね…常連なんでしょ?」

 

「私、ここ来てからまだそんなに経ってないけど…結構頻繁に来てるよ。」

 

改めて考えたら、週一位の間隔で来てる様な気もする…もちろん奥さん同伴で……何でそれで他の女性に言い寄れるのか、分からないけど…

 

「一応、簡単に出禁にも出来無いみたい…何か決定的な問題を起こしたら…別なんだろうけど。」

 

と言うか、単に浮気性ってだけなら他にも色々居るせいか…常連さんは皆慣れちゃってる節は有る…

 

「結構面倒なのが来るのね…同情するわ。」

 

そう言うジャンヌの顔は真面目で、私を馬鹿にしてる様子は無い…本気でそう思ってるんだろうね…

 

「初日からもう…色々ショックの連続だったからね、さすがに慣れたよ…あ、ところでジャンヌ?」

 

「何よ?」

 

「一応その…元のジャンヌ・ダルクが信奉してた筈の神様の方は、今まで来た事無いけど「向こうから手を出して来ない限り、何もしやしないわよ」なら、良かった…」

 

「……アンタに迷惑掛かるんなら、やらないわよ…」

 

「え?」

 

「何も。ところで…ここって旅館なんでしょ?何か無いの?」

 

「何かって?」

 

「だからその…観光地とか…」

 

「あー…多分、無いんじゃないかな…」

 

少なくとも紅ちゃんからそんな話は聞いた覚えが無い…

 

「え?本当に何も無いの?」

 

「ここって要は…英霊とか、神様がお忍びで来る様な旅館だしね…」

 

まぁ紅ちゃんの言葉で言うならここは迷ひ家…要は迷った人の終着地点…もっと簡単に言えば迷ったりして行き場を失った物が最後に辿り着く場…多分、天国や地獄みたいな…そう言う場所。

 

「早い話が、静かな憩いの場って事…だから、そう言う華やかな物は無い。」

 

お年寄りが健康ランドとかに来るのと同じ感覚が一番近いかな…

 

「……来たの、早まったかしらね…」

 

そう言えば…

 

「そもそもの疑問なんだけど、どうしてジャンヌはここに来たの?ここの事…知らなかったんでしょ?」

 

エミヤさんはここについて、カルデアでなのか、他の何処かかは知らないけど…ある程度情報を得た上で休暇としてここに来ている…要は知っててこの場所を訪れている…でもジャンヌは、ここの事をまるで把握してる様子が無かった…

 

「?…そう言えば、何でかしら…」

 

「ジャンヌ、最後に覚えてる記憶は?」

 

「そうね…あの辛気臭い所、カルデアから出てった所までは覚えてるわね…」

 

……辛気臭い、って辺りに引っかかる物を感じたけど…今は良いか。

 

「じゃ、もしかして…その直後にここに来たって事?」

 

「そうなるのかしらね…」

 

私に似てる…主に気付いたらここに居たって辺りが…

 

「でも…アンタに指摘されるまで、旅館に来たって気にはなってたのよね…」

 

つまり、ここが旅館なのは来た時には分かってて…泊まる事にも特に疑問を感じたりはしなかったと…私の場合はここが何処かも分からなかったんだけど、この違いは何…?

 

「そう言えば…アンタは結局、何でこんな所で働いてるの?」

 

「私?初めはお客さんとして来たけど…お金持ってないしさ、なら…せめてお世話になる分、働けないかって…」

 

巌窟王さんが絡む辺りの話はここでは伏せる事にする…ややこしいからね…

 

「ちょっと待ちなさい…お金?」

 

「うん、だってここ…旅館だから。」

 

それを聞いたジャンヌが浴衣の上に羽織っていた自分のコートのポケットを探る(いや、そう言えば何で羽織ってるの?)…やがて、手が止まった…

 

「無いわね…」

 

「持ち物、何も無いの?」

 

「ええ…お金は元より何一つ、ね…」

 

「……私から紅ちゃんに「その紅ちゃんとかってのがここの主な訳?」うん、そうだよ。」

 

「なら、自分で頼むわよ…アンタは仕事してなさい…で、そいつはどんな姿してるの?」

 

私は紅ちゃんの容姿を伝える…

 

「了解、早速行ってくるわ。」

 

そうしてスタスタと廊下の奥に向かって歩いて行く……カルデアに居た時もそうしてくれたら楽だったのに…何てのは、さすがに贅沢な悩みかな…

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