ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜 作:明石雪路
原作にちゃんとした描写があったら教えていただけると嬉しいです。
数十分前。〈ウォルプータグランドカジノ〉、支配人室。
「外が騒がしいようだけど」
蝋燭の明かりのみによって照らされた薄暗い室内で、声がした。支配人ニルーニル。見た目は12歳ほどの少女であるが、実際は300年近くウォルプータグランドカジノを守ってきた〈夜の民〉……吸血鬼である。
少女の声でありながら落ち着いた物腰というアンバランスさであるが、その佇まいは支配人にはぴったりである。
「何事でしょうか」
ポットにお湯を注いでいたメイド、テオが顔を上げた。よくあるメイドの格好の上を黒光りするブレストアーマーやスカートの上に金属プレート等の防具で固めた、戦闘メイドである。左腰にはエストック(刺突に特化した細剣)が吊ってある。
ブーツまでガチガチの重装備でありながら金属音一つ立てない所作で紅茶を入れると、ニルーニルの脇の小テーブルにお茶菓子のクッキーと合わせて置いた。
「私が様子を見てきましょう」
ドアのほうに歩いて行くと、コンコンと二回ドアが叩かれた。
誰かいる。
「どなた?」
キオがエストックの柄に手をかけ、もう片方の手は慎重にドアノブに触れる。
次の瞬間、ドアが爆音と共に吹き飛んだ。
「!!」
「ぐあッ!?」
ニルーニルも思わず立ち上がる。
飛んだドアに弾かれたキオは受け身をとって着地。エストックを抜き放ち、ドアの向こうの襲撃者に突きつける。
ガチ、ガチ、と重たい金属質の足音を立てて部屋に入ってきたのは、一人の剣士だった。肌にピタリと張り付くようなパンツとワイシャツ。シャツの上からコートを羽織り、深く被ったフードの中は鉄仮面が着けてある。右手に握られているのは一振りの長刀。柄の部分は包帯を巻いており、鍔は無い。
「何者だ、貴様ッ!!」
キオが飛び出し、エストックにライトエフェクトを纏わせる。高周波の振動音とともに放たれた三連突きソードスキル〈トライアンギュラー〉。
「な……!」
キオの攻撃は悪くは無かったはずだ。剣速も正確さもNPCの中で上位……プレイヤーの攻略組にも引けを取らない一撃だったことだろう。だが剣士は体捌きのみで難なく躱すと、三撃目を左手で掴んだ。
エストックの刃を掴んだまま足を払い、転んだところでエストックを取り上げ、持ち替え、キオの右手に突き立てた。
刃を半分近くまで差し込んでキオを封じ込めた剣士は、剣士は部屋の真ん中まで歩くと、ニルーニルの前10メートルほどの位置で立ち止まった。
フードをとり仮面を外し、面が露わになる。
その顔を見ると、ニルーニルは苦虫を噛みつぶしたような顔で睨んだ。
「まさか
「初めてお目にかかります、ミス・ニルーニル。私は
カイサラは、侮蔑の言葉に眉一つ動かさずに毅然と返した。
「何か用? 賭に負けたからって八つ当たりは御免蒙るわ」
「用事は一つ。商品として展示されていた〈ドールフル・ノクターン〉……。あのオリジナルを頂きたい」
その言葉を聞いて、ニルーニルの表情は硬くなった。
ドールフル・ノクターンとは、昔のウォルプータグランドカジノの一等景品だ。チップ十万枚、一千万コルもの価値を持つ片手直剣である。
攻略組トップクラスの実力を持つキリトがカジノでチップを集めて交換し、七層ボス攻略に多大な貢献をしたことはアインクラッド新聞の回想コーナーで掲載されたことがある。
7層攻略後はその剣のもつ大きすぎるメリットとデメリット、ニルーニルに考慮してカジノに返還された。
現在もキリトが使った〈ドールフル・ノクターン〉は商品としてカジノに展示されている。しかし、剣の持つ[HP自動回復][毒無効][全攻撃クリティカル]は75層まで攻略された現在では力不足と言っても良い。自動回復はスキルにあるし微量、毒無効はポーションで耐性を付けられるうえに、上層のレベル5毒には対応できない。クリティカルボーナスは元の剣の威力が下層の武器と言うことで低すぎて意味が無い。経験値ドレインのデメリットもあって今ではコレクション要素が売りの一品となっている
「聡明なニルーニル殿が客引きのためとはいえ、英雄ファルハリの剣を賭けの商品にするわけがないでしょう」
「買い被りよ。私は貴女の思うほど賢くない。このカジノを維持するためなら先祖の剣くらい質に入れるわ」
「その言葉が真か否か、これからわかるでしょう」
長刀を持ち上げると、切っ先を拘束されているキオに向けた。
「これから貴女の従者を刻んでいく。好きなときに剣を寄越してください」
「ニルーニル様、此奴の言うことを聞かないで!」
深く突き刺さったエストックを引き抜こうともがきながらキオは叫んだ。
「私なら大丈夫です、絶対に言うことを聞いてはいけません」
荒れた呼吸を整えながら、笑みを作ってキオは言った。
「ありがとう、キオ。でも私、大切なメイドを傷つけられて笑って許せるほど人が出来てないのよ」
ニルーニルはそういって、手をガッと空につきだした。
ヒィィィィィン……ヒィィィィィン……と振動音が聞こえ始め、そして。
ズガァァァァァァァァァン!! と。
部屋の奥のクローゼットを突き破り、一振りの直剣が飛び出した。
ニルーニルは手元へ飛び込んだ剣を掴むと、勢いそのまま横薙ぎに振るった。
明らかにリーチが足りていないが、悪寒を感じてカイサラは飛び上がった。直後にズバン! と背後から炸裂音。見れば壁や家具などのカイサラの背後にあった物全てに斬撃痕が出来ている。
射程距離のある斬撃? 剣技によるものか、剣そのものの性能なのか。どちらにせよ恐るべき威力だ。
ニルーニルは刃が白銀から黒に染まった直剣を構えている。
「さすがの名剣ですね。やはりここに来て正解だった」
「どうかしらね。ここが墓標になるかもしれないわよ」
「感謝します、ニルーニル様」
いつの間にかキオも拘束から外れ、ニルーニルの脇に立っている。右手には丸い穴。
なるほど、先の斬撃でエストックの柄を切り落としていたらしい。そして上に手を抜いて脱出したということか。
「キオは下がってなさい。アイツはこれまであった剣士の中でも上位の腕前よ」
「しかし……!」
「大丈夫よ。私、強いから」
ニルーニルは真の〈ドールフル・ノクターン〉を構えて、言った。
「貴女、私が太陽に怯えて薄暗い部屋で世話されて生きてる深窓のお嬢様だなんて思ってないわよね?」
「違うのですか?」
「私はね、自分のせいで誰かに死線を彷徨わせるような……そういう、ヒロイックな立場にいるのは辞めたの。2年近く前から、私が何を続けてきたか知ってる?」
「いえ」
「竜狩り」
そのとき、カイサラは見た。目の前でニルーニルが消えゆくのを。
「こっちよ」
「!」
ニルーニルのからかうような声が反響して聞こえる。
カイサラは感覚を研ぎ澄まして周囲を警戒するが、どこにいるのかわからない。
ヒィン、と空を切る音がしたときには遅かった。右肩にソードスキル〈スラント〉をたたき込まれる。カイサラは全身を走る衝撃に思わず膝をつく。
「あら、貴女の体って随分と面白い作りなのね」
切れたシャツの下から覗くメタリックな肌を見て、ニルーニルは物珍しそうな顔をする。
「もしかして、『エルフは生木が近くに無いと動けない』って呪いも解かれたのかしら?」
「どうでしょうね。貴女の銀への耐性のようなものですから」
カイサラはコートの裏に隠し持っていた銀のナイフを素早く抜き取ると、弾丸の速度でニルーニルの胸に突き立てた。
〈夜の民〉、吸血鬼はあらゆる毒に耐性をもつが、銀と日光には弱い。日光を浴びれば身体能力は低下し、銀が体内に入れば死に至る。体を鍛えても心臓を貫かれれば死ぬように、それは生物として克服できないものだ。
いくら竜を狩り戦いの腕を高めたとしてもどうにもならない。
銀のナイフは致命傷となるはずだった。
だが、カイサラは一つ見誤っていた。ニルーニルを、吸血鬼という生物を。
カイサラは違和感を覚えた。ナイフから肉を貫いた感覚が伝わらない。これは。
「なるほど、これが夜の民か……」
「そういえばキオ以外に見せるのは初めてね、この術は」
ニルーニルの胸部、銀のナイフの周りを小さなコウモリが飛んでいた。胸部はナイフを避けるように穴が空いている。
カイサラは臆せず長刀で脇腹から肩まで切り上げるも、上と下で分かたれたニル/ーニルの断面はコウモリ化するのみで、出血すらしていない。
そしてニルーニルの全身は、剣でさえもコウモリの集合体となり、カイサラに襲いかかった。
銀のナイフと長刀で迎撃するも、ギャリギャリと体中を刻むような衝撃がカイサラを襲う。
人間態に戻ったニルーニルには髪が一房落ちた以外は傷一つついていない。
対してカイサラは全身に切り傷が刻まれている。生身であったらズタボロになっていたことだろう。
「まさか体のほとんどを金属に置き換えているなんてね。こっちが痛くなっちゃうわ」
「こちらにも込み入った事情がありますので」
「詳しいことは牢屋で聞くわ。とりあえずこれは没収ね」
攻撃の拍子に銀のナイフを奪ったニルーニルは、ソードスキル〈バーチカル〉でもってナイフを真っ二つに破壊した。
「どうする? まだやる?」
「もちろん」
直後、カイサラが踏み込んで剣戟が幕を開けた。苦戦を強いられているのはカイサラだ。もしも会心の一撃を自在に繰り出す剣ならば、受ければ武器破壊、義手でもただでは済まないため躱すしかないからだ。
おまけに攻撃はコウモリ化によって無効。普通に考えてカイサラに勝ち目はない。
ニルーニルの攻撃を躱し続けたが、コウモリ化した体の一部による不意打ちを足に受け、カイサラは二度目のダウンを取られてしまう。
この絶好のチャンスをニルーニルが失うはずも無い。
〈ドールフル・ノクターン〉が高周波の振動音を嘶かせ、ソードスキル〈ホリゾンタル・スクエア〉を発動させる。
たとえメタルの体を持ってしても、重傷は免れないだろう。
だが、カイサラは人間では無い。9層で黒の剣士に負けたときから。全身を金属に置き換え始めたときから。とっくにエルフという生物の範疇を超えている。
カイサラは眼帯を外した。
キオは見た。カイサラの眼帯の下から覗いた瞳から放たれた赤い光を。
キン、というガラスを割ったような音がして、ニルーニルは剣を落として動かなくなった。
「に、ニルーニル様」
キオの体も動かなくなっていた。傷が痛むから、ではない。まるで麻痺毒でも喰らったように、ピクリとも動かない。声を出すのも精一杯な状態で、主の名を呼ぶ。
ニルーニルもまた、動けなくなっていた。色白の肌であったが、今は血管が見えるほど青ざめている。バランスを保てなくなって床に倒れてしまう。
「危うく死ぬところだったが、なんとかなったな……」
カイサラは立ち上がってコートを払い長刀を納めると、床に落ちた〈ドールフル・ノクターン〉を拾った。刃の色は黒から白に変わっている。コートのポケットから包帯を取り出し、剣に巻き付ける。
「今……、何をしたの……? まさか……!」
「年長者には敬意を払うべきなのでしょうが……言う義理はありません。ここで終わりを見届けるが良い」
それとも、と付け加えて落ちた銀のナイフの破片を拾い上げた。
「ここで殺しておくべきでしょうか?」
カイサラは一歩ずつニルーニルに近づいていく。キオは全身に力を込めて動こうとするがピクリとも動けない。主の危険を眺めていることしか出来ないでいる。
「やめろォォォォォォォォ!!」
動けない。脳みそは全力で四肢に命令を下しているはずなのに、糸が切れているかのようだ。
銀の刃が振り上げられる。ニルーニルは目を瞑った。
だが、ニルーニルに刃が突き立てられることはなかった。
飛来した盾がカイサラの腕を弾き、刃を明後日の方向に飛ばしたからだ。
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