ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜 作:明石雪路
踏み込んだのは同時だった。
ドラゴンの両手剣とカイサラの長刀がぶつかり合い、ボス部屋に衝撃が走る。
高速でぶつかり合う一剣一刀が二人の間で剣戟を散らし、線香花火のように弾け続ける。
ソードスキルはお互いに使わなかった。その後の1秒もないクールタイムが命取りになるからだ。
カイサラの驚異的な手数は人外の領域だが、恐るべきはタンク型でありながら猛攻を全て捌く剣捌きである。
速さと切れ味が取り柄の刀と、平均サイズよりも大きいドラゴンの両手剣が互角に打ち合えるのには訳がある。
ドラゴンの両手剣〈ジャイアントカリブス〉は頑丈さと火力が高い代わりに桁外れの重量を持ち、ステータスのほとんどをSTR値に振り切ったドラゴンくらいしか振れないピーキーな武器である。
そんな鉄塊ともいえる両手剣の強化を、ドラゴンは〈速度〉に多く振り分けた。
速度は剣速を司るパラメータであり、上げると剣速が上昇する。この数値を上げることで一撃を重視する両手剣でも、数が強みの細剣や短剣ともタメを張れるようになる。だが基本的に連続技の少ない両手剣は一撃を重視すべき武器故に〈速度〉を上げることは無い。これは〈ジャイアントカリブス〉とドラゴンのステータスが揃ってこそ出来るキャラビルドと言えるだろう。
このキャラビルドの欠点はドラゴン本人の敏捷値は攻略組のタンク達と比べても著しく低いので、基本的にカウンター型、後の先を取ることしか出来ないことである。
だからこそ、ドラゴンは焦っていた。
(受けた感じ刀がそれほど重いと思えない。シャル並みに速いくせに私と正面から打ち合えるなんて!)
先ほど説明したように、〈ジャイアントカリブス〉はアインクラッド有数の超重量武器である。それを高速で振り回せば、引っかけるだけで車に轢かれる以上の衝撃を伴うはずなのだ。しかしカイサラはいなす様に刃を交わしている。高い技術と、パワーあっての芸当である。
重量級の両手剣を片手の軽量の刀で打ち合えること。
振り上げた剣に乗っていたとは言え5メートル近く跳び上がれること。
つまりタンク以上の筋力値とフェンサー以上の敏捷値を兼ね備えたスーパーソルジャーという訳だ。
攻略組最強と言われる〈黒の剣士〉だってバランス寄りのパワー型で、敏捷はそこまで高くないと言うのに!
拮抗していた両者の剣戟は少しずつほつれ始め、戦闘は一方的な展開を見せ始めていた。
カイサラが頭部を狙って刀を振るったかと思いきや、回転しながらそのまま足首を刈り取らんと刃が地面スレスレを奔る。ドラゴンは柄で頭部を守り、少し下げて剣先で足下をカバー。体の全面に構えた剣の側面でカイサラにタックルをかます。
ドラゴンが左下から繰り出そうと下に向けた剣先をカイサラが踏みつけ、首を狙って一閃。が、ドラゴンが思い切り剣を上に振り上げたことで攻撃が逸れる。天高く放り上げられたカイサラはトーラス王の死体の上に着地した。
ズキリと耳に痛みが走る。どうやら先ほどの一撃を躱し損ねていたらしい。右耳と周囲の肌や髪が無くなった代わりに、ツルリとした断面の手触りがある。もう少し頭部の中心に近かったら脳みそ欠損判定でダメージは大きくなっていただろう。
これがリアルだったら……脳みそが溢れ始めていたかも。
カイサラは死体を一瞥すると、口を開いた。
「貴様はあの格闘家の仲間か」
ジャックのことだろうか? 黙って首を縦に振る。
「やはりな……。ハンマーの女といい、どうも一筋縄ではいかないらしい」
(ハンマー……。ツッキーのことかな)
「私の目的は一つ。この牛が持っていた王冠に宝石が付いていたはずだ。それを寄越せ」
ドラゴンの嫌な予想が当たって、心の中で舌打ちした。
先ほど拾った宝石。アレがどうしてストレージに格納できないのか。それはあの宝石を守るイベントミッションだからだ。
おかげで腰のポーチに放り込むことしか出来なかったため、このままだと強奪される可能性がある。
殺してから装備を漁るなんて事も、あり得る。
なんと返事をすべきか考えを巡らせ始めて――――〈音〉が聞こえた。
ドラゴンはシステム的聾唖である。アバターが発声機能を持っていないのだ。町中のNPCにはメッセージボードを見せるだけで意思疎通をとっていた。このような戦闘イベントの場合はいつもシャルに任せるか黙って斬るか逃げていた。
SAOのNPCは基本的に日本語で話すが、独自の文化を築いているのかはたまたそういう設定なのか、所々プレイヤーの言葉を理解できない部分がある。例えば方言やスラングは理解していないらしく、教えることで記憶されていく仕組みになっている。
ではカイサラはこのアクションの意味を理解できていたのだろうか。
ドラゴンが笑顔で突き立てた中指の意味を。
カイサラが謎のジェスチャーに首をかしげると同時に、三層への螺旋階段の入り口からシャーロットが金糸雀色のライトエフェクトを纏って斬りかかった。
シャーロットがメッセージをやり取りしているとき、左上のパーティメンバーの一人のHPが減った。ドラゴンだとわかったその瞬間、シャーロットは全身が沸騰するような感覚を覚え、気がついたら走り出していた。
視認できないほどのスピードで階段を落ちるように駆け、扉を蹴破って突入。瞬時に状況を把握し、謎の剣士に斬りかかった。
高周波のサウンドエフェクトを鳴らしながら放つのはカタナ5連続ソードスキル〈雷電〉。雷を描くように斬撃を放つ上位ソードスキルである。裂帛の雄叫びと共に刀を振るう。
あまりの速さに5度の攻撃音が一度に繋がって聞こえた。
シャーロットのステータスはドラゴンと正反対である。スピード主体の剣士。使用する刀〈夢幻泡影〉の特性を活かすための構成である。この刀は軽く、切れ味と速さ、攻撃力が高い代わりに『正しく振らねば折れる』という脆弱性を持っている。適当に斬っていたらすぐに折れる。銘の表すとおり、儚い刃が特徴的な武器である。
この刀の強化は正確さと切れ味に振ってある。刀の耐久値が尽きる前に高速で、高威力を、大量にたたき込んでねじ伏せるためだ。回避と隙狩りを繰り返してダメージレースに勝つ。これがシャーロットの基本戦術である。
そして今の不意打ちも、全てが完璧だった。
頭、背骨、腰、膝裏、ふくらはぎと背面の主要な弱点を一瞬で切りつけた。大ダメージは避けられない。
そのはずだった。
カイサラはこれまで戦ってきたプレイヤーやNPCと圧倒的に違っていた。
それは、彼女が改造人間だということ。
カイサラは背中に稲妻模様のダメージエフェクトを刻みながら吹っ飛ばされ……なかった。少しよろけた程度でHPバーは一割も減っていない。頭部は左腕で防いでいた。
「な、に?」
あり得ないものを見て、覇気の無い声がこぼれた。〈夢幻泡影〉の切れ味の高さは、上層のモンスターの防具をたやすく切断するほど高いはずなのだ。
刀を振り抜いた姿勢で呆然とするシャーロットに、カイサラは振り向きざま長刀を振るった。
素早く後ろに飛んで回避。しかしカイサラの追撃は止まらない。猛攻を必死に捌くも、シャーロットは後ろの壁まで追い込まれていく。耐久力の無いシャーロットは、一撃でも喰らえば致命傷となり得る。
ヒットアンドアウェイが基本戦術のシャーロットは打ち合いを得意としていない。『躱して斬る』ことが出来ず、カイサラのマークを外せず、いなすことでしか攻撃に対処できない今は危機的状況だった。
必死の抵抗もむなしくシャーロットは〈夢幻泡影〉を弾き飛ばされ、右の太ももを正確に長刀で貫かれた。
ジクジクと不快な痺れが足から伝わり、シャーロットは顔をしかめた。そんな痛みよりも強敵の目の前で動けない方が問題だった。
「隻腕のまま、良くここまで戦った。賞賛に値する」
「そいつは……ッどうも。苦労することも多くてね……」
そして動きを封じたカイサラは斬りかかろうと近づいていたドラゴンに腰の片手剣を抜いて突きつけた。
「動くな、この男を殺されたくなければ……」
「私たちで斬る」
カイサラが言い終える前に、ドラゴンは〈ジャイアントカリブス〉を振りおろしていた。
それだけでは無い。シャーロットも〈クイックチェンジ〉によってストレージから新しく用意した刀〈夕凪・真打〉を抜刀。
二人の闘志は、足を貫かれようと、頭部を裂かれようと折れることは無かった。
「度し難いな」
カイサラは眼帯を外し、その下から赤い光が放たれた。〈ドールフル・ノクターン〉を振るった。
「本当にッ、こっちであってるんですかッ?」
「シャル達のHPバーがゴリゴリ減ったんだぞ。カイサラは絶対にあいつらのいた2層に逃げたに決まってる!! どうやったかは知らないけどな!!」
僕とツクヨミは、三層主街区から馬で三層の入り口に向かっていた。二層から二層の迷宮区への道のりよりも、この道の方が障害物は緩やかだからである。高価な転移結晶を使ってしまったが、二人が殺されるよりはるかにマシだ。
パーティメンバーのHPをチェック。ドラゴンはイエローだが、シャルはもうすぐレッドに入りそうだ。一刻の猶予も無い。
三層入り口に到着。7層でHPが減ったのを確認してから5分ほどだ。馬を降り、階段を駆け落ちる。そしてボス部屋の扉を開けたとき。
動かなくなったシャルを庇う満身創痍のドラゴンの目の前で、左腕の甲に黄色の宝石を嵌め込むカイサラの姿があった。
彼女は僕らを確認すると、
「また会ったな。到着は少し遅かったようだが、貴様も戦うか? まだ時間はある」
パチパチと、左手に雷光を纏いながらそう言った。
お読みいただきありがとうございます。
トーラス王の宝石についてはSAOプログレッシブ一巻参照。