ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜   作:明石雪路

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クライムレギオン

 切り落とされたツクヨミが地面に落ちた後のジャックの動きは俊敏だった。一度の踏み込みでツクヨミの元、カイサラの目の前へと跳んだ。剣を振り下ろされる前にツクヨミの上部を抱きかかえると、再び跳んで距離を置いた。

 どちらかというとスピード型のジャックは本来タンクのツクヨミを抱えることは出来ないが、体積が減っているためか難なく逃げることが出来た。その気味の悪い軽さがジャックの背筋を凍らせたが、的確な手つきでポーチから回復結晶を取り出した。

 ツクヨミのHPバーは通常よりも遅い速度で減少し、残り数ドットという所まで来ている。

 

 

 回復結晶の使い方は二通りだ。

1. 結晶をタップして出てきたメニューから『使用』を選ぶ。

2. 自分に使うときはそのまま、他人に使うときは相手に接触しながら『ヒール』と言う。

 

 

 

今回は②の方法だった。ツクヨミを抱きかかえながらジャックが「ヒール!!」と叫ぶと、回復結晶が消滅し、たちまちツクヨミのHPバーが全快、欠損していた下部も元に戻った。

 

 

 目の焦点は合っていないのは、死に直面したショックからだろうか。

 

 

「おい、大丈夫か。ツクヨミ!!」

「あ……。あっ、ああああああっ、来るな、来ないで!」

 

 

 大声で呼びかけるとツクヨミの意識は戻ったが、ジャックの事も認識できずにパニックを起こした。痙攣する手でジャックを何度か叩き、腕を押さえ込まれてやっと落ち着いた。

 

 

 

 体を切り落とされたのに回復が間に合った理由はわからないが、とにかく助かったのならば何でも良い。ツクヨミを抱きしめ、震えが収まるのを待った。大丈夫、体は消えていかない。生きている。

 

 

虚脱したツクヨミを座らせ、押し寄せる安堵感を押さえ込みながらジャックは立ち上がった。何故かカイサラは隙だらけの2人を襲うことは無かった。

 

 

 

「何で今、僕らを襲わなかった? 格好の的だったろう」

「もう、私が戦う必要がないからだ」

 

 

 カイサラはトーラス王の死骸の、太い腕に座っていた。

 カイサラの体力は既に全快近くまで回復している。さっきは七割無かったはずだ。どういう理屈なのか不明だが、シャーロット、ドラゴン、ツクヨミの3人が必死の戦闘で削ったHPはすべて帳消しになったと言うことだ。

 

 

 今すぐにでも逃げたいが、回廊結晶はもう無い。転移結晶は使用者一人しか跳ぶことは出来ない。ツクヨミの今の状態では転移できるかわからない。置いていくなど……決してあり得ない。

 

 

 

つまり、ダメージディーラー3人でも倒せなかった化け物をジャック1人で倒さなくてはならない。

 

 

 拳を構えようとした時、索敵スキルの自動探査アラートが叫びだした。

最悪だが……ここは地獄で無かったらしい。

 

 

 大量の足音が聞こえ、ボス部屋のドアの方を見る。現れたのは、

 

 

「姐さん! もう終わりましたか」

 

 

 ぞろぞろと20名近いプレイヤーが入ってきた。カーソルはオレンジとグリーンが大体同じ数、三名ほどレッドがいる。

 オレンジギルド〈クラッシャーズ〉だ。

 

 

「冗談じゃ無いぞ……」

 

 

 ジャックは掠れた声でこぼした。

 

 

 

 部屋に入ったクラッシャーズはカイサラの前に立ち、ジャックとツクヨミの二人を取り囲んだ。

 

 

「すげえな、あいつら姐さんの前でまだ生きてるよ」

「あの野郎グレード高そうな防具もってんな」

「分けるのはいつも通りダイスな、俺あのブーツ欲しいわ」

「女の子の方意識無いッぽいぞ」

「じゃあ後でマワすか。前に目の前で仲間殺された女みたいにさ」

「順番俺からな! あん時はリーダーが殺しちゃって順番来なかったから」

 

 

 

 口々に下卑た言葉を発する奴らの真ん中、レッドの男が前に出た。右手を挙げると、他のメンバーは押し黙る。ヤツがボスなのだろう。

 彼は後ろを振り向かず、カイサラに問うた。

 

 

「姐さん。ヤツらはオレらで始末して良いんで?」

「私たちにこれ以上逆らわないようになるのなら」

「了解。お前ら、取ってきたヤツ渡しとけ」

 

 

 

 そう指示されて部下の一人がカイサラに何かを手渡した。ジャックの位置からは何か見えない。

 

 

 探りを隠すようにクラッシャーズの面々が立ち塞がった。

 

 

「おっと、お前らはここで終わりだよ」

「さあ、パーティですよ皆さん」

「ヒヒヒ」

 

 

 

 二十名近いオレンジギルドのメンバー達が武器を抜く。リーダーの男は片手斧をもてあそびながら歩み寄った。大柄な体躯、肘や膝には凹凸の多い金属系防具で固め、趣味の悪いファー付きマントを纏った山賊の様な男である。

 

 

 

「というわけだから、ここで殺すよ。アイテムを全部吐き出すなら楽に殺す。抵抗するならお前もそっちの女もオモチャにする。選べ」

 

 

 

 …………………………。

 

 

 

 

 絶望的だった。敵は23名。少し見えるレッドは対人戦に長けている可能性もある。レベルはジャックの方が高いだろうが、多勢に無勢だ。仮に彼らを全員始末したとしても、奥には三人でも倒せなかったカイサラがいる。

 

 

 勝ち目などあるわけが無い。勝ち目など……。

 

 

 

 

 ロードジャックは深く息を吐いた。

半身になって腰を落とし、拳を握る。

リーダーの男をにらみつけた。

 

 

 

「……バカめ」

 

 

 リーダーの男は軽蔑するように吐き捨てた。

 

 

「やれェェッッ!!!」

 

 

 

 号令で、一斉に犯罪者が駆けだした。

 

 

 

 

 

 ジャックは、文字通り一番槍の短槍使いの顔面めがけて飛び膝蹴り〈飛燕〉をたたき込んだ。短槍使いは顔面陥没、頭部に大ダメージによって〈脳震盪〉状態に陥った。

 

 

 両サイドから挟み込むように駆けるプレイヤーにはジャケット裏に仕込んだ手裏剣を掴んで投擲。投剣ソードスキル〈マルチショット〉。複数の投剣を同時に投げる技である。

 

 

 胸や腕にレベル4の麻痺毒を付与させた手裏剣を受け、二人がダウン。残り20名。

 

 正面から重装甲の槍使いの突進ソードスキルが迫る。

 ガントレットの防御力を信じて槍を掴んでガード。

 踏ん張ったブーツでガリガリと地面を削りながら5メートル押し込まれるもガード成功。すかさずスキルディレイ中の槍使いのプレートシールドに拳を密着させる。ジャックは一瞬だけ全霊の力を拳に込めて発動させた。

 防具による防御を無視してダメージを通す〈穢土八景〉。衝撃は全身を駆け巡る。

 

 全身を痙攣させながら槍使いが倒れたところで、ツクヨミの方からソードスキル特有の高周波の音が聞こえた。

 嫌な汗が噴き出してそちらを見ると、三人のオレンジプレイヤーがツクヨミに群がっていた。茫然自失のツクヨミは抵抗も出来ずされるがままになっている。

 

 

「さっさと防具剥いじまえよ」

「待てって、鎧が重くて腕を動かせねんだ」

「とりあえず右腕以外は切り落とそう。確か腕防具と足防具はストレージに入れて時間経てば奪えるよな?」

 

 

 あるはずの無い血液が沸騰する感覚。ジャックは落ちていた短槍を拾い上げ、渾身の力を込めて投げつけた。投剣スキル最上位スキル〈ブラスト・オーダー〉。一定以上の重さのものを投げるときに発動できる、最高火力の投剣スキル。

 

 

 光の槍とも言える速度で放たれた短槍はツクヨミに群がる三人の腕や腹を抉り貫き、壁に刃の半ばまで刺さって止まった。

 

 

 

 大ダメージに呻く犯罪者達を蹴散らしてツクヨミに駆け寄る。HPバーは僅かながら削れていたが、すぐに回復した。どうやらツクヨミの戦闘時回復スキルの回復量より多くダメージを与えることは出来なかったらしい。

 

 

 ツクヨミを壁際に座らせホッと息を吐くのもつかの間、猛烈な勢いで縦回転する片手斧がジャックの頭を擦過した。ズガン!! と音を立ててこちらも壁に突き刺さる。フランキスカだ。

投剣スキル用の武器はいくつか存在する。ジャックの愛用するチャクラムや棒手裏剣も投剣武器の一種である。その中でも最も重いのがフランキスカと呼ばれる片刃の斧である。

 

 

 

 投げたのはリーダーの男だった。精度は低いがかなりの威力。続けて斧が投擲され、両腕のガントレットで弾いた。攻撃は意外に重くヒヤリとさせる力だが、防御できないレベルでは無い。〈雷鳴〉で一気に距離を縮めて沈めてやる。

 

 

 

 そう考えてツクヨミの元から駆け出し……その戦略はすぐにゴミ箱にたたき込むこととなる。

 音も無く近寄った二人の短剣、曲刀使いに突進系ソードスキルによって襲撃を受けた。HPはほとんど減らなかったが、膝裏に刃を突き立てられて思わず膝をつく。

 

 

(ボスが囮だったのか!)

 

 

 動きが鈍った隙を狙って一気に犯罪者プレイヤーが襲いかかった。槍や両手武器等の長物使いが揃って囲んで振り下ろしていく。

 

 

 

 

「あれで終わりだな」

 

 

 

 リーダーの男は孤軍奮闘していたジャックが武器やオレンジプレイヤーに囲まれて見えなくなったのを見て超然と呟いた。

 彼にとっては珍しくない事だった。強盗PKをする際、これまでにも何回か自分より強いプレイヤーはいた。一度、調子に乗ってタイマンを張って負けたのは恥ずべき事件だった。結局彼を殺しかけたそいつも部下に一斉に襲わせたら5分も経たずに殺された。卑怯者だとか言っていたが、下手に演出なんてせずに囲んで叩いて潰すのが合理的だと彼はそのとき確信した。

 

 

 

 今回も同じだと思っていた。体術スキルしか使わないバカなんて、今まで通り囲んで叩けば死ぬに違いないと。

 

 

 だから、カイサラの頭部めがけて先ほど投げた手斧が飛んできたのを見て驚きを隠せなかった。

 

 

 

「何!?」

「貴様、アレで本当に始末できるのか?」

 

 

 左手で斧を掴み、握り壊したカイサラが尋ねた。哀れむような声色に、こめかみに青筋が立つ。

 何故あの人数差でケリが付かないのか? なぜ体術スキルのみで戦えているのか? あの男は一体何なのか? 湧き上がる疑問にリーダーの男は苛立ちを隠せなかった。

 

 

 黒山では相変わらずジャックを取り囲んで逃がしていないようだが、頻繁に吹っ飛ばされたプレイヤーが回復行動を取っているのが目に付いた。

 急所を突かれたのか、倒れて呻いている者もいる。

 

 

 

 人と人の隙間から一瞬見えたジャックの目には光が宿っていた。リーダーの男が一度だけ見たことある目だった。絶対に助からないはずなのに、決して消えない希望の焔。あのとき自分との決闘を受け、自分を打ち負かした細剣使いの目。

 

 

 

 目障りな光にわなわなと体が震え、手斧を持つ手が異常なほど力んでいた。

 

 

「これを使え」

 

 

 そういってカイサラは一つの長槍を彼に向けた。槍と呼ぶには先端の三角旗が邪魔だが、穂先や石突、その他の装飾や質感からその長槍はかなりのレアアイテムであることが見て取れる。

 

 

 リーダーの男は奪い取るようにソレを受け取ると、戦場に赴いた。

 

 

 

 

 膝をついたジャックに怒濤の攻撃が押し寄せるが、彼は焦ることは無かった。一斉に振り下ろされる武器をブレイクダンスの様に蹴りを繰り出す〈畝傍大蛇〉によってはじき返した。〈転倒(タンブル)転倒〉状態では立ち上がることは出来ないが、腕で支えるならば問題無い。攻略組でも最上位クラスのブーツはオレンジプレイヤーの刃をガッチリと受け止め、弾く。背後から斬りかかる敵に肘をたたき込みながら全方向の攻撃を捌いていく。

 

 

 

 始まって10分ほどしか経っていないだろうが、ジャックはこの戦闘が永久に感じられた。何度殴り、蹴り飛ばし、刃を受け流しても終わらない。考えてみればオレンジ共はスイッチを続けているので、彼らの回復アイテムが尽きるまで終わるはずがないのだ。

 

 

 ジャックはこのオレンジ達を監獄ゾーンに送るつもりでいた。先ほど使った回廊結晶がその役目を果たすはずだった。(パーティにオレンジ以上がいないグリーンカーソルは送られてもすぐに解放される)

 だが一つしかなかった回廊結晶を使い切った今、この状況を打開するには全員を同時に〈麻痺(パラライズ)〉か〈脳震盪(コンカッション)〉状態にするしかない。

 

 

 

(過去一ヤバいかも)

「クソッタレが……」

 

 

 

 ジャックを無視してツクヨミに近づく影があったので、チャクラムを投げる。ヤツの足に命中したチャクラムは武器の性質上手元に戻るはずだが、間に片手剣士が割って入ったため返ってこなかった。

 

 

 チャクラムに気を取られて一瞬テンポが遅れ、その隙を突かれた。メイスで顔面を殴打されたジャックは地面を転がった。先ほどよりも重い強烈な一撃だった。

 

 

 

 転がったジャックは、ボス部屋の床の色が変わっていることに気がついた。ボス部屋全てでは無い。自分たちがいる辺りだけだ。

 両腕を掴まれ、頭を垂れる様に拘束される。

 

 

 

 ジャックの眼前に、リーダーの男が立った。手には片手斧では無く、真っ白なポールが握られている。突き立てたポールの中心から薄緑色の円が広がっているのがわかる。

 周りの犯罪者達のHPバーの横に、いくつかのバフアイコンが転倒しているのが見えた。

 

 

 拘束されて尚もにらみつけるジャックにリーダーの男が話しかけた。

 

 

「まさに手負いの猪って感じだな」

「あんたは、なんであの女に味方してんだ」

「なんだ、まだ知らねえのか。そりゃあ……」

 

 

 

「私が話そう」

 

 

 そういってカイサラは立ち上がり、カチ、カチとブーツを鳴らしてジャックの元へ近づいていった。

 

 

 先の戦闘でズタズタになったコートは脱がれ、ワイシャツとピタリとしたパンツ姿になっている。右腰に長刀を納め、背中には〈ドールフル・ノクターン〉が吊ってある。

 

 

 

「ここまで気概のある戦士は滅多にいない。その技量と闘志に敬意を表し、最期に我々の目的を伝えようと思う」

 

 

 

 左手には先ほど奪ったトーラス王の黄色いジェムの他に半透明、クルミの様な種子と水色の真珠が取り付けられていた。眼帯は再び装着され、赤い左目は隠されている。

 

 

「我々の目的は一つ。それは

 

 

 

 

 

 二層、森の奥の教会にて

 

 

 アルゴは一人残って羊皮紙の解読作業を続けていた。

 

 

「オイオイ、これってメチャヤバいんじゃア……」

 

 

 

 レポートを解読していたアルゴは、情報が解明されるにつれて手先が冷たくなっていくのを感じた。この情報を知るのが圧倒的に遅い。今こうしてやっと理解している時点で後手も後手、手遅れであることがわかる。

 

 

『人体の金属義肢装着について。各物質、人種の組み合わせの最適解』

『天誅の守護獣の生態、特性。体内で生成される固有の道具の詳細』

『アインクラッドの〈浮遊城〉としての必要基盤』

 

 

 一つ目はカイサラを差す物だろう。彼女を倒す弱点がわかるかもしれないが、メインはこれでは無い。残りの二つのタイトルと内容は関連性の無い物となっていた。だが、『カイサラという改造人間』と、『10層までの各迷宮区のボスの討伐』という懸念材料によってアルゴは一つの仮説にたどり着いていた。

 

 

「い、いやいや……。アレはアインクラッド新聞でも〈面白考察要素〉として扱われていたはずダロ……。』

 

 

 解読書に従ってタイトル部分をまっさらな羊皮紙に書き起こしていく。

そして、

 

 

 

『アインクラッドを墜落させる3つの仮説。実現性の考察と必要な手順』

 

 

 レポートを全て解読し、理解してしまったアルゴは教会を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「我々の目的は一つ。この鋼鉄の浮遊城、アインクラッドを墜落させることだ」

 




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