ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜 作:明石雪路
僕の中では50層のテーマは「からくり」です。エリュシデータとか歯車っぽいのついてたし
50層迷宮区。アインクラッド25層と並んで凶悪と言われるほどの難易度を持っていた。アインクラッドの半分まで来たということでプレイヤー全体の士気と攻略参加者の数が最も高く、だからこそ被害人数が一番増えたフロアである。
ボスは確か古代の戦闘機械とかいう設定だった気がする。全身装甲に覆われていて、前面に耕運機みたいな刃物が付いていた。
そんな地獄の様な迷宮区のボス部屋に俺はいた。
目の前で人が死んでいく。タンクの一人がボスに襲われ、ポリゴン片となって消えた。あの人はオレにスイッチのタイミングや戦闘での立ち回りを教えてくれた人だ。
突然横から突き飛ばされて、地面に転がった。突き飛ばしたのは僕に短剣の扱い方を教えてくれた人。彼は目の前で、50層のフロアボスの攻撃によってアバターを斬り砕かれて死んだ。
なぜ自分がこの場所にいるのか、一瞬疑問に思ったがすぐに理解した。
そうか。これは昔の記憶だ。オレがギルド〈N商事ゲーム部〉に所属していたときの。6人の社会人のサークルメンバーで構成されたそのギルドは、当時高校二年生でソロプレーヤーだった俺に親切にしてくれ、いろんな事を教えてくれた。
戦闘での立ち回り。武器の取り扱い。美味しい料理屋。隠れた遊び場……。
リーダーはよく俺に言っていた。『年上はいろんなことを知っている。だから、未熟な年下を正しく導く義務がある。尊敬する上司がよく言っていてね。良い言葉だから僕たちもそれをポリシーにしているんだ』
現実では仕事は出来るが自己中な父親と、金を使って男と遊び歩く母親を持つオレにとって、リーダーは初めて自分を一人の人間として見てくれる存在だった。
そしてその仲間たちも、オレをまるで弟のようにかわいがってくれた。
オレは初めて人との関係に温かさを感じた。
いつ死ぬかもわからない世界で怯え居場所もわからずに短剣を振っていた俺は、彼らのおかげでここでの生活が楽しくなったのだ。腕前に自信が付き、攻略組参入も夢じゃない場所まできた。アインクラッドで……いや、人生でも最高の時間だった。
でも、ああ。最悪だ。
彼らを思い出すと言うことは、彼らとの『終わり』も思い出すと言うことだ。
アインクラッド50層のボス部屋は、〈ゲーム部〉が俺を除いて全員死んだ場所でもある。
あのときの俺たちは攻略組が3日かけても見つけられなかったボス部屋の探索を続けていた。なんの変哲もない小部屋に入ると不審な隠し扉があった。俺たちは一瞬盛り上がり、マッピングした後一度引き返そうとした。
だが、そこで部屋が動き出し、なすすべもなくボス部屋に運ばれた。その小部屋に入った時点で結晶が使えないことに気が付くべきだったが……手遅れだった。
足がすくんで動けないオレを庇って、6人の内二人が死んだ。3人は必死に隊列を組んで戦ったが、抗戦むなしく全員死んだ。その間も彼らが死んだ後も俺は必死に逃げ続けていた。
躱していく際に一つしかもっていない結晶を落としたが、それどころではなかった。
最後に残ったリーダーは部屋のギミックを解き明かし、鍵を解除して俺だけ逃がしてくれた。追い出される様に外に転がり出た俺の目の前で、ドアが閉まりだした。
生きろよ
リーダーはそう言ってドアの向こうに消えた。
ドアが閉まり、オレは一人になった。
後で分かったことだが、50層は壁や石像のギミックを解き明かしながら進んでいく造りになっていたらしい。
オレ達は運が悪いことに、最短ルートを見つけてしまったのだ。
一人になったオレは、結晶を失ったので歩いて戻るほかなくなった。
最悪なことに最短ルートは部屋の変動によってなくなっていたからだ。
ひたすら〈隠蔽〉スキルを使って戦闘を最小限に抑えながら出口に向かった。2,3匹が群れているときは遠回りしてでも戦闘を避けた。道中で短剣が折れたときは〈体術〉スキルのみで戦うしかなくなったので、一匹しかいなくても不意打ちができなければソイツが移動するまで隠れ続けた。
迷宮区から出るのに、1週間かかった。
久方ぶりにデジタルデータの太陽を拝んだが、何も感じなかった。
その足で50層攻略本部に出向きマッピングデータを提出した。あの迷宮区は複数のパターンで変形するギミックがあるため、最短ルートの提出は大変喜ばれた。
ギルドで借りていた宿屋に戻り、一人しかいない部屋で泣いた。何度見てもパーティーメンバーのHPバーは消滅している。ギルドメンバーリストも、みんなの名前がグレーに褪せている。
みんないなくなった。そう考えると涙が止まらなかった。
3日間宿に引きこもった。初めのころはナーヴギアが空腹を感知して余計な痛みを腹部で発生させたが、放っておいたら痛みは消えた。目を開けても瞑っても仲間の死に顔が出てきて、疲弊していた。
3度目の朝、外が騒がしくなって外を見ると、50層攻略を祝うパレードが開かれていた。
ボス戦闘に参加していたプレイヤー達が凱旋している。
オレはわずかながら希望を抱いた。もしかしたら仲間は生きていてボスと戦い続けていて、このパレードで帰ってくるのではないか。
「僕たちがあれくらいで死ぬもんか」
そういいながら仲間たちが人込みから出てくるのではないかと。
一瞬悔しさを感じるだろうが、すぐにうれしさで胸がいっぱいになるはずだ。
オレは居てもったってもいられなくなって外に飛び出した。
人込みをかき分けながら人々の顔を確認する。違う。違う。違う。
仲間を探しながら歩き回る中、一段と人が集まった箇所があった。
広場の真ん中で質問攻めにあう黒い外套の剣士の、周囲の反応に対して悲しそうな顔をしていったのを妙に鮮明に覚えている。
日が暮れ、パレードが終わり、人がほとんどいなくなった広場に一人取り残された。
何かが決壊したオレは、迷宮区に駆けた。短剣と体術スキルでひたすら無謀な戦闘を行った。自分が強ければみんな死ななかったという強迫観念と、みんなに会いたいという自殺願望、そしてリーダーの遺言はぐちゃぐちゃに絡み合い、オレを戦い続ける幽鬼とさせた。
しばらくして〈無刀流〉が解放された。武器の耐久値が落ちていたので、体一つで戦えるのはちょうどよかった。
そして、おr…
「ジャック! 早く起きろッ」
シャーロットに頬を高速でビンタされて僕は目を覚ました。場所は黒鉄球監獄エリア前のちょっとした広場。目を覚ました後もべちべち叩くので止めるのに少し苦労した。
僕は監獄エリア前のベンチに寝かされていた僕は体を起こし、二人並んで監獄エリア前のベンチに腰掛けた。時刻は12時を少し過ぎたあたり。一時間は気を失っていたようだ。
「あれからどうなった、ツクヨミは?」
「ツクヨミさんはまだ疲労が残ってたから、ドラゴンが家まで送っていった。イベントクエに関しては進展があったぞ。まずい方向にな」
そういってシャーロットは写真クリスタルによる写真をいくつかと、羊皮紙を解読したアルゴの考察をまとめたレポートをこちらに寄越した。
写真には討伐されたボスの死骸数枚と、クラッシャーズとカイサラがとある城に入っていく様が、レポートはカイサラがアインクラッドを落とすという計画が現実味を帯びるには十分な考察がなされていた。
「今はアルゴさんと風魔忍軍の二人が君の店を拠点に物資の調達を始めてる。私もこれから合流する予定だ。君も来い」
シャルに言われて、ずくりと胃が重たくなった。
ツクヨミの切り落とされる光景がフラッシュバックし、〈N商事ゲーム部〉が全滅した光景を彷彿とさせる。出来立てのトラウマもどきが心臓の辺りをかきむしって気分が悪い。
抑えるように右手を胸に当てる。
行きたくない。また戦っても負けるかもしれない。今度はみんな死ぬかもしれない。
僕らは結構頑張ったんじゃないだろうか。というか頑張った。みんな死にかけながら十分戦ったはずだ。イベントはもう最後のフェーズまで進んでいると思う。場所もアルゴがみつけるだろう。そのデータを血盟騎士団か聖竜連合あたりに渡せば、あとは彼らがなんとかしてくれるんじゃないか?
「わかった」
僕らは頑張らなくていい。
「一度集まって情報を整理したい。僕の店に集まろう」
行くな。
「ツクヨミはまだ具合が悪いんだよな、一度店で情報の整理と作戦を整えてから僕が会いに行こう」
やめろ!!
「それは無理だな」
ぼそりと僕がつぶやくと、シャルが怪訝そうな顔をした。
「どうかしたか?」
あー…事情を言うか。ここでさんざん指示出して『無理だ』は情緒が不安定すぎるな。
「正直、理性はやめろって言ってるんだ。だってホラ、僕は瞬殺されてツクヨミも危うく死にかけた。シャルたちもコテンパンにされたろ?」
「耳が痛いな」
シャルは苦笑した。
「でもな、心はやれっていうんだ。アインクラッドにとらわれた残り六千人のためにもね。まあ僕はそれだけじゃなくて恩人の遺志ってのもあるんだけど」
「つまり?」
「僕らでカイサラもクラッシャーズもぶちのめしてうまい酒を飲もうってこと」
僕が拳を作って掲げると、シャルも拳を掲げて打ち付けた。
お読みいただきありがとうございました。