ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜   作:明石雪路

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聖者の資格

 応接室にて。

 テーブルを挟んで、軍のメンバー二人と僕、ネズハが対面していた。

 兜を外し、厳つい表情でこちらを見る、コーバッツ中佐が口を開いた。

 

「我々は貴様らに協力と提携を頼みたい。レプラコーン商会には定期的なアイテムや装備の提供とメンテ。ロードジャックにはドロップアイテムの提供だ」

「いくら出せる?」

 

 

ネズハより先に僕が答えた。

〈軍〉とは、第一層〈はじまりの街〉に拠点を構えるアインクラッド最大のギルドだ。『アイテムや情報の平等な分配』なんて優等生みたいな目標を掲げているが、実際はアイテムやコルを徴収している連中だ。なるほど、健気な部下からのお気持ちのおかげか目の前の二人は随分と艶のイイ甲冑を身につけている。

 

「この程度だ」

 

 

 差し出されたスクロールを広げ、ネズハと顔を寄せて数字を見る。

 ……これはジョークグッズが何かだろうか? ネズハも同じような事を思ったのか、気まずそうな顔をしている。嫌な顔をしないだけネズハの人の良さがうかがえる。

 言いよどむネズハに代わり、僕が口を開いた。

 

 

「五倍だせ」

「断る」

 

 

 きっぱりと断るコーバッツに、流石の僕も苛立った。

 

 

「僕もネズハ達レプラコーン商会も、慈善でこんなことしてるわけじゃ無いぞ。ネズハんとこは金を受け取らないと買い取りが出来なくなる。クエスト報酬品や素材を、ここや上の層のエギルさんの店で買い取って貰うことで生計立ててる奴がいるからな。傘下の生産職の連中に払わなきゃ成らない給料もある。僕だって……僕も……美味い飯を食いたい。」

「ほとんど言われちゃったけど、僕も同じ気持ちです。こんな内容を飲んだらウチは破産します。ここを必要をしてくれる人たちのためにも、この契約を受けるわけには生きません。お引き取りください。」

 

 

 僕らの話を聞いて、コーバッツのヘルメットの下から青筋が浮かび上がっているのが見えた。

 ナーヴギアは脳の動きから読み取った表情を少々オーバーに映し出すのだが、

 

 

「我々〈アインクラッド解放軍〉は諸君ら一般人のために戦っている!」

 

 

 イキナリ怒鳴りだしたコーバッツに関してはオーバーとかじゃ無いんだろうなと思った。

 隣に座る副官らしきプレイヤー――ツクヨミと言ったか――も、大声を出したコーバッツに驚いているようだ。

 

 

「諸君らが協力するのは当然の義務である!」

 

 

 ネズハは困った様子でこちらを見た。僕だって困っている。そろそろ夜の紳士向け予約制お食事処、〈アフロディーテ〉が開店してしまうからだ。CERO「B」に降り立った奇跡が……! 

邪念5割怒り5割で僕は立ち上がった。

 

 

「イイか。僕らはあんたらの助けが無くてもこれまで生きてきてレベリングもこなしてきて、市場だって作り上げた。多分僕の方があんたらよりレベル高いぞ。一度だってあんたらの助けを受けたことが無いのに、『テメエらのために戦うから物資を寄越せ』なんて言い分通るわけ無いだろうが! せめてどっかのイベントだのフィールドだののボスを倒してからそういうこと言えよ! この……バーカ!」

「き、貴様……!」

「待ってください!」

 

 今にも剣を抜きそうな勢いのコーバッツを制止したのは、今まで隣に座っていたもう一人の軍の人間、ツクヨミだった。少し高い声から女性だとわかる。

 

 

「中佐、落ち着いてください。リソースの限られたMMOで、平等にアイテムを分配することが難しいのはわかっているでしょう! こちらがお願いに来ているのだから、相手の言い分をある程度聞くのは当然です!」

 

 

 ツクヨミが言い切ると、コーバッツは言葉に詰まった。

 コーバッツを黙らせたツクヨミは、テーブルの上のスクロールをいじると、僕たちに差し出した。

 

 

「無礼をお詫びします。三倍なら出せます。これで定期的な武器のメンテと、強化をお願い出来ませんか?」

「……強化に使ういくつかの素材アイテムは値段にばらつきがあります。一部アイテムは別料金になります。あと、鍛冶師の人数も多くないので一般客への対処も含めると一度にメンテできる数も限られます。ソレで良ければ……」

「……僕もそれなりのドロップ品や〈魔剣〉の類いは渡せないよ。エギルさんやリズベットのところに回す約束してるから。余った奴ならいいけどさ」

「NPC産やプレイヤーメイドでなければ構いません。では、ソレでお願いします。」

「ま、待て!」

 

 

 決まりかけた交渉に口を挟んだのはコーバッツだった。

 

「その額は予算を明らかに超えているだろう!」

「大丈夫です、足りない分は私が稼ぎますから」

 

 ツクヨミがそう言うと、コーバッツはだまり、それきり何も言わなくなった。

 その後はネズハが詳しい書類を渡すということでお開きとなった。

 

 

「さっきはすみません、本当は僕がちゃんと言えれば良かったんですけど。」

「良いよ別に。結構本心だったし。開店当初から通ってる身としてはあんまり舐められたこと言われてたらムカッとしちゃってね」

 

 

 交渉の後、工房の掃除を手伝いながら僕は言った。

 三つの溶鉱炉が並ぶ工房は、レプラコーン商会の核だ。隠しステータスとして工房が清潔だと強化成功率や武器作成で当たりが出る確率がちょっぴり上がるらしい。

 キラリン☆と埃が百パーセント取り除かれたエフェクトを確認してから、僕は店を出た。

 

 

 

 22時 

 

 

 

 とっくに紳士のお店の予約は過ぎ、やっとこさ取れた早い予約はお釈迦になった。

 ぼんやりする頭で適当な居酒屋で済ませるか……等と考えていると、後ろから声をかけられた。

 

「あの!」

「はい?」

 

 振り返ると、そこには先ほどの来客、ツクヨミが立っていた。

 フルプレートの鎧をガチャガチャ鳴らしてこちらに近づくと、ぺこりと頭を下げた。

 

「あの、先ほどはコーバッツが無礼な態度を取ってすみませんでした」

「え、ああ。もういいよ、解決した話だし」

「でも、協力が当たり前なんて強制するような言い方……」

「まあ、全員が協力してアインクラッド解放に努めるってのは結構理にかなってると思うよ。普通の人ならね。ただ、この世界で強い奴って根っこはコアなゲーマー…負けず嫌いだから、ただでリソースを配るってのは難しい話だな、僕含めて」

 

 

 

 

 

 

 

 ここで僕は、とある店の事を思い出した。目の前の女性重戦士と一緒なら行けるのでは……おっと、紳士向けのお店じゃ無いよ。

 

 

 

「申し訳ないと思うなら、少し飯に付き合ってくれない? 奢るからさ」

 

 

 

 

 僕がツクヨミを誘って向かった先は、54層主街区のとあるレストランだった。

 

 

 

「あの、ここカップルしか居ないんですけど……」

「ここカップル限定のレストランでね。僕一度も食べたこと無いんだ」

 

 

 飯のチャンス(+女性と食事)と考えて誘ったが、コレはセクハラに当たるのだろうか。などと今更ながら考えたが、ツクヨミは物珍しいものを見るような様子でキョロキョロ首を振っている。セーフである。

 前から目をつけていたメニューを素早くNPCウェイトレスに注文して、奥の席にツクヨミを案内すると、彼女はやはりガチャガチャ鎧をならして座った。

 

 

「あの、鎧脱がないの?」

「こういった場所に合う服を持って無くて……」

「マジ?」

「鎧の他には初期装備のシャツとズボンが何着か……」

 

 

 中学生みたいなラインナップだな。これが年頃の淑女なのか? しかし、シャツとズボンという質素な格好はあまりにも浮きすぎる。

 

 

「じゃあ、僕の余ってる服あげるよ」

「えっ、良いですよ勿体ない!!」

 

 

 左手を操作してウィンドウを開く。ストレージからワイシャツと赤茶色のカーディガンを取り出した。自分用の服であったが、SAOと言うゲームではサイズが合わずに着られないということは起こらない。

 ツクヨミはぶんぶん手と頭を振って遠慮していたが、「まあまあ、まあまあ」と言い続けると観念して受け取った。

 

 

 

 目の前でそれらを着たツクヨミは、ハッキリ言って可愛かった。バイザーのある兜を外すと、肩をくすぐるくらいの茶髪がふわりと垂れ、愛嬌のある素顔が露わになった。

 正直言って結構ドキドキしている。

 

 

「あとこういった飲食店に来るのも滅多に無くて……。外食するのも久々です」

「軍って給料出ないの?」

「あるんですけど、ほとんど下層の人たちの炊き出しとかに使ってしまって」

「それって……」

 

 

 なんだこの聖人君子。プライベート削って待機組の面倒見てるのか。

 

 口を開き駆けたところで注文していた食事が到着した。

 ハムの盛り付け、エビっぽい甲殻類のロースト、目麗しい彩りのマリネ。

 

 目を輝かせて料理を見つめるツクヨミを止めるのもアレなので、話は食べ終わってからすることにした。

 

 

 集中して料理を丁寧な所作でがっつくツクヨミを尻目に、僕もフォークに手を伸ばす。

 なるほど、こりゃがっつきたくもなる。

 

 ツクヨミがあんまり美味しそうに食べるので、いくつかのメニューはもう一皿ずつ注文した。

 

 それらを全て食べ終えデザートを待つ間、ツクヨミは赤面して俯いていた。

 

「す、すみません。おごりとはいえこんなに……」

「いやあ、良い食べっぷりだったから。勝手に僕が増やしただけだから気にしないで」

 

 

 ネズハからお金貰ってなかったらヤバかった、と内心冷や汗をかきつつ僕は答えた。

 

 

「それで、給料は炊き出しに使うって言ってたけど」

「は、はい。待機組のほとんどは圏内のクエストを細々とこなしてその日をしのいでいて。ソレだと一日に黒パンを一つ二つくらいしか食べられないんです。クエストの数も限られているし、一日何も食べられない人もいる。だから私と何人かの非戦闘員は時々一層の広場でご飯を作っているんです。食材系の素材は余るので。お金は、そのとき手伝ってくれる人たちにあげてます。」

「……あなた普段何してんの?」

「朝6時からパーティ組んでレベリングして、13時頃に休憩して、またレベリング。休憩してから夜2時くらいまで他のメンバーとレベル上げして、って感じです。毎日」

 

 

 そういってツクヨミはテへへと笑った。

 

「あ、デザート来ましたよ」

 

 NPCウェイトレスが皿を下げ、代わりに僕たちの前にイチゴのタルトが置かれた。

 

 

 正直、僕はツクヨミの事が異常だと思った。私生活を殺してまで他の人間に尽くすと言うことが理解できない。僕の場合は雑魚モンスター狩りは自分のためで、商会に売りに来るのもあまった素材が勿体ないから中下層に回しているだけだ。対価は受け取っている。

 だが、この女の子は違う。時間のほとんど全てを他のプレイヤーに尽くしている。年頃の女の子が服も持たず、たいした食事もせずにひたすら戦い続けている。

タルトを食べるたびに頬を押さえて嬉しそうに笑う女の子の中身が、僕はどうしても理解できず、少しだけ、ほんの少しだけ心の奥が痛んだ。

 

 

「今日はありがとうございました!」

 

 

 店先にて。

 初対面の時と随分と雰囲気の変わったツクヨミは、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「どういたしまして。こちらこそ、付き合ってくれてありがとう。他にも限定されている店があるんだけど、また誘っても良いか?」

「もちろんです! 今フレンド申請送りますね」

 

 

 フレンド登録を終えると、ツクヨミは先ほどの甲冑姿に戻った。店では装備していなかったが、メイン武器は片手メイスだった。大きな金槌と言ったデザインのメイスを腰につり、左手には上半身を覆えるほどの円盾。頭をすっぽりと覆うメット。面あてをガシャンと上げて素顔をだしてツクヨミは言った。

 

 

 

「それじゃあ、私これから迷宮区に潜るので」

「え? いまから?」

「秘密なんですけど、今度軍だけで迷宮区を攻略する計画があるんです。私分隊長でタンクなので、みんなより強くならないと……」

 

 

 そう言ってツクヨミは歩き出し……、ガシャーンと金属音を立てて倒れた。

 

 

「おい! 大丈夫かよ」

 

 

 僕は慌ててて駆けよって仰向けにする。兜のバイザーを跳ね上げると、「すひゅるー……」と寝息を立てていた。

 

 

「なんで?」

 

 

 おなかいっぱいになって眠くなったとか? いやいや実際の体に食べ物が入ったわけではないのに、いやでも「おなかいっぱいになった」気分で眠くなるのは果たしてあり得るのか……。

 人体の不思議と鎧姿で眠る女性の処遇について悩んでいると、ヒュポッとメッセージアナウンスが鳴った。送り主はなじみの情報屋、内容は『新クエスト発見。協力頼まれたし。』

 

 

「どーすんだよこれ……」

 

 

 とりあえずこの子を送るか? 家知らんし。軍の本部に連れて行けば良いのか? そうすると仕事終わりに飲んで酔い潰れた人を会社に送る様なもんか、いやそれはちょっと。

 

 

 そして導き出された解決策は、

 

 

 

『家で待っててくれ。あと、来客が一人居る』

 

 




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