ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜   作:明石雪路

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筆が遅くてすみません。あと書き足したくなって前の方の話に書き足すかも。ごめんなさい。


決戦前

 昼の三時。26層主街区ライロン

 

 

 僕が転移門を抜けると、石畳の街並みが視界に飛び込んできた。テーマは『中世都市』。ロンドンのような石と煉瓦と鉄で構築され、主街区以外は霧に包まれた層である。全体的に陰気な雰囲気であるが、マニアには「タイムスリップしたみたいだ!!」とタマラン層らしい。街中は当時のロンドンのような汚さはないが、ボスが毒攻撃を繰り返すナントカクイーンだった気がする。

 

 

 

 やけに入り組んだ街を駆け、アルゴに教わった住所のもとへ歩いていくと、古びたアパートの前に着いた。

 牛の鼻輪にも似た蝶番をガツガツとノック。

 

 

「ツクヨミ! 僕だ、ロードジャック! 体調はどう?」

 

 

 アインクラッドのドアや壁はノック音か大声でないと音を通さない。声を張って呼びかけ、応答を待つと、少しして軋んだ音を立ててドアが開いた。入れということだろう。

 

 

「お邪魔します」

 

 

 そのワンルームは妙に薄暗く、肌寒かった。家具はベッドと箪笥とランプ、暖炉。レイアウトは現代風だが、構築するものが昔のものという感じだ。

 

 

 ベッドのわきに体育座りしているツクヨミは装備をすべて解除し、薄手のワイシャツとズボンという随分と質素な格好をしていた。部屋のせいか肌が青白く見える。一緒に夕飯を食べたときや一緒に行動していた時はもっと血色はよかった気がする。

 

 

 陰気な雰囲気についていけなくなって僕が口を開いた。

 

 

「アー、暖炉つけていいかな? ちと寒くて」

 

 

 うなずいてくれたので、ストレージから野宿用の薪を使用。オレンジ色の炎が暖炉の中で立ち上がり、部屋に暖かい空気が流れた。

 

 

 

「体調はどう? いろいろあったし、疲れたろうと思ってさ」

 

 

 ツクヨミの隣に座る。

 

 

やがてポツポツと話し始めた。

 

 

「私、今まで負けたことも死にそうになったことなかったんです。ずっと自分の安全なラインを守りながらいつも誰かとレベリングしてて、そのままここまで来て。森でオレンジの人たちと戦った時もジャックさんがいたから死ぬなんて思わなかった。でも始めて勝てない相手に会ったんです。」

「カイサラか」

「……ジャックさんもやられて、少し怯えたのかもしれません。最後には体を切られ、き、きっ……死んでっ」

「落ち着け、大丈夫だ、大丈夫。君は今生きてるよ」

 

 

 右の鎖骨の辺りを押さえて息が荒くなるツクヨミの手を強く握りしめる。

 フルダイブ型VRゲームにある、身体欠損症だ。SAOというゲームでは部位の欠損は珍しいことじゃない。ガードしようとして腕が切れたり、集中攻撃によって体があり得ないほど抉れることもある。それらは大抵時間がたつか回復結晶によって治るのだが、その後しばらく失った感覚が続くことがあるのだ。無いのにあると感じる幻肢の逆バージョンのようなものである。あるべき場所にないのだから、落ち着かなくなるのは仕方のないことである。ましてやHPの損失が死を意味するこのゲームではなおさらだ。

 

 ならば体が切り落とされたツクヨミの恐怖はどれほどのものなのか。

 

 

「私、死にたくない……。もう戦いたくない、だってまだやりたいことだって……!」

 

 

 

 唐突に、ツクヨミは震える手で僕の両腕を掴み、頭を胸にうずめた。

 簡素な部屋を見れば、彼女がどれだけ強くなるために戦っていたのかわかる。高レベルにも関わらず装備以外に金がかかっている様子はない。レストランの食事で眠気を覚えるほど普段十分な食事をとらず、基本装備以外の私服の持ち合わせもない。私生活を殺してまで攻略に貢献してきた年頃の女の子が死の間際に後悔することをどうして責められるのか。

 

 

 僕が甘かった。僕がこのクエストの危険性を警戒していれば、ツクヨミをここまで追い詰めることはなかったはずだ。彼女の強さに甘えた結果、ツクヨミはトラウマを負った。

 

 

「今君がつらい思いをしているのは僕のせいだ、ごめん」

「………」

「僕は君の強さに甘えていたんだな」

 

 

 ツクヨミは何も答えない。

 

 

「正直に言うと、僕が今回ここに来たのは命が助かったことを少し祝おうと思ったからなんだ。前に組んでた人たちは死んじゃったからさ」

「……」

 

 

 ツクヨミは何も答えない。

 

 

「〈N商事ゲーム部〉ってギルドでね、リアルじゃみんな同じ会社の同期らしくて。ソロ攻略で苦戦してた僕を拾ってくれたんだ。レベルは彼らのほうが圧倒的に高かったのに、僕に合わせて狩場を変えて、戦い方とかいろいろ教えてくれた。

 でも最前線の迷宮区攻略中にみんな死んだ。僕だけが助かった…いや、助けられたんだ。僕より強い彼らは僕を生かしていなくなった。正直僕より彼らのほうがずっと強かったから、なんで僕だけ生きているのかわからなかった。ずっと考えて考えて、それで……その……あー……」

 

 

 やはり恥ずかしい。べつにいまわざわざ言わなくてもいいんじゃないか? でも死ぬ可能性も踏まえると言っておくべきな気がする。

 

 

「それは君が……」

 

 

 ツクヨミは何も答えない。……てか動いてなくね?

 

 

「あの、ツクヨミ?」

 

 

 ツクヨミが再び気を失っていることに気が付いた。

 

 

「うっそ、マジかよ?」

 

 

 おそらく、朝から密な戦闘を繰り返し休む間もなく動き続けて溜まった心労がまだ癒えていなかったのだろう。初めて会った時も気を失っていたこともあり、彼女のフルダイブ型ゲームでの癖のようなものかもしれない。

 

 

 顔面が燃えるかと思った。

 

 

「じゃあさっきの全部独り言か……」

 

 

 途端にこっぱずかしくなった。さっきまでの発言全部カットしてほしい。

 

 

 

 ……でもやっぱり知っておいてほしい気もする……。

 

 

 結局ツクヨミをベッドに寝かせ、机に置手紙をおいて家を出た。

 

 

「それじゃあ行くよ。僕らの勝利を祈っておいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 物資を調達して店に戻ると時刻は六時を回ったころだった。「ただいま」見ると奥の四人席にドラゴンが寝転がっていた。顔はかなり美人なだけに態度のだらしなさが際立っている。

 

 

 忍者達とシャル、アルゴは隣の四人席でトランプで大富豪をしていた。

 

 

「準備は出来てるヨ。あとはオマエラだけダ」

 

 

 アルゴがダイヤの7を出してシャルにカードを渡して上がり。ニッチな地元ルールがアリらしい。

 大貧民になったシャルは僕を見たが、ひとりで戻ってきたことで何か察したような顔をした。

 

 

「来ないって?」

「疲れてるんだ、仕方ない」

「しかし、それじゃあ作戦に穴が出るのでござらんか?」

 

 

 コタローが不安げにいうが、そんなことは些細なことだ。

 

 

「僕がツクヨミの代わりに立つ。これで問題ないな」

 

 

 僕はつい先ほど調達した薬液瓶を十数本カウンターに置いた。燃えるように煌めくオレンジの液体がチャプンと揺れた。

 

 

「今夜0時に作戦決行だ」

 

 

 

 

 

 カン、カンと金属を金属で叩く音が作業場に響く。現在レイジャーの所属する〈クラッシャーズ〉は、8層の古城、〈レドレス城〉に居を構えており、鍛冶師レイジャーはカイサラの右腕を叩いて修復作業を行っていた。右腕の耐久値が限界ぎりぎりまで失われていたからだ。話によれば、自分たちが受注しているクエスト〈鋼鉄の失楽園〉と対となる〈希望の一滴〉を受けているパーティメンバーにやられたらしい。

 

 

 最前線の鉱山で採取した金属〈シルバブラッド・インゴット〉から作ったメタルのボディがたった数回の戦闘でここまでやられるとは、レイジャーは驚きを隠せなかった。カイサラのボディは攻略組のタンクの全身装備を10着は作れるほどの量を3か月かけて集めて制作した傑作である。おまけに変な機能のために僻地のマイナーインゴットまで集める羽目になり、〈クラッシャーズ〉全員がへとへとになりながら素材集めに奔走した。

 どっかの洞窟じゃデカい蛇と戦い、リーダーは丸呑みされて大騒ぎだった。

 やっとHPを全て削り切って、ポリゴン片からリーダーが頭から落っこちて助かったときは大笑いしたものだ。

 

 

(あの時が一番楽しかったな……)

 

 

 レイジャーはそんなことを考えながら槌をふるう。

 思い出して少し笑うと、「どうかしたか?」と階段の上の方から声をかけられて槌を振るう手を止めた。

 階段からおりてきたのは、クエスト依頼者のフォールンエルフのカイサラだった。アッシュブロンドのロングヘアに左目が隠れており、くたびれたコートにくすんだワイシャツにも関わらずミステリアスな雰囲気を纏っている。現在右腕は木製の代わりの義手を装着しているが、そちらのほうが勝手がよさそうだ。

 

 

「あ、いや、少し昔のことを思い出しまして……タハハ」

「ほう?」

 

 

 レイジャーは話を切るつもりだったが、カイサラは続きを待つように近くの椅子に腰かけた。

 

 

 レイジャーはこのNPCが苦手だった。美人だが厳しそうな雰囲気が苦手だし、めちゃ強いので返答をミスったら殺されるかもなんて考えてしまうし、そもそも人間じゃない。

 

 

「別に人が聞いて楽しい話じゃないんですけどね……」

 

 

 そういってハンマーを振るってはぐらかそうと思ったが、運の悪いことにちょうど右腕を叩き終わり、炉にくべるタイミングになってしまった。火花が弾けながら腕がゆっくりと赤熱するのを待つ間は絶好の会話ポイントだ。仕方ない。

 

 

 レイジャーは、

 

 

「三か月くらい前にギルドのみんなで狩りに行きまして……その時にリーダーが蛇に食われたことを思い出して笑ってしまったんです」

「ふ、あの男が蛇にか。それは見てみたかったな」

 

 

 レイジャーは苦笑したことに驚いてカイサラを見た。木の右手を口に当てて小さく笑っている。あまりにリアルな仕草に思わず息をのむ。

 

 

 目線が合いそうになって慌てて目をそらす。

 

「他にはあるか?」

「はい?」

「他に面白かった話とやらはあるか?」

「えっと……」

 

 

 〈シルバブラッド・インゴット〉製の武器は火が通るのに時間がかかる。仕方がないのでもう少し話すことにした。

 

 

 武器をモンスターに奪われてみんなで探し回った話。

 初めてイベントボスを倒したとき。

 宝箱だと思ったらモンスターだった話。

 近所の裏山でカブトムシを取ろうとしたらハチが集まって必死に逃げた話。

 祖父と一緒に50センチの魚を釣ったこと。

 

 

 とっくに炉の中の腕は十分に熱せられていたが、夢中になって話していた。カイサラはレイジャーの話を静かに聞いていた。気づかぬうちにレイジャーはリアルの話までしていた。向こうのことを思い出しているうち、自然と涙が零れてきた。帰りたい。もどって、母の手料理を食べたい。今度話しかけようと思っていたあの女子はもう進学してしまっただろう。どうしようもない悲しみがこみあげてきて、いつしか城所玲人は嗚咽をこぼして泣いていた。

 

 

 カイサラは泣き出した鍛冶師を静かにみていた。その隻眼はどこか憐れむような、うらやむようでもあった。

 

 

「お前にとって………ニホンとソードアートオンライン、どちらが現実だった?」

「……………え?」

 

 

 

 一瞬、レイジャーは何を言われたのかわからなかった。

 

 

「いや、なんでもない。話してくれて感謝する。また来よう。」

 

 

 カイサラはそれだけ言って作業場を後にした。

 

 

 レイジャーは茫然としていたが、涙をふくと腕を炉から取り出した。

 

 

 作業場に金属音がなり始めた。

 

 

 アインクラッド崩壊まで、あと六時間。

 




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