ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜 作:明石雪路
レドレス城。
アインクラッド8層にある、比較的大きめの古城である。周囲を囲む深い空堀と五角形型の城壁が特徴的である。すでに打ち捨てられた廃城のはずだが現在、堀には水が満たされていた。
そして、屋上庭園には細身の人間が何かに座っている。おそらくあれがカイサラ。
「あれは予想通りだな。」
ジャックは双眼鏡をしまった。
ガーディアンズは城の近く、城より少し高い丘の上にいた。
「忍者たち、例の裏口は使えるか?」
「問題はござらん。しかし、出口がかなり狭い地下室故戦闘になると不味いでござる」
「拙者たちは戦闘はからきしでありますれば」
「君らよくここまで生きてこれたよホントに…」
ジャックが呆れながら必要な装備を取り出しては装備していた。
ジャケットの裏に棒手裏剣を大量に仕込み、袖のポケットにも差し込んでいく。
腰にチャクラムを釣り、〈クイックチェンジ〉スキルの予備武器スロットにも片端からセット。
ジャックは無手という一番の軽装であるが故にメンバーで一番の武装を施した。
各メンバーも装備を整え…、
「作戦通りに行こう。全員どのルートを使うか覚えてる?」
声を潜めてジャックが問うと、全員がうなずいた。ジャックもうなずく。
「作戦開始だ」
アルゴと風魔忍軍が消えた。
「ハイドしたのか?」
『足速いねえ(@_@;)』
ドラゴンは大層驚いた様子でテキストを打った。
「ゴメン、早すぎタ」
近くの木の葉を揺らしてアルゴが戻ってきた。
そしてアルゴとドラゴンは目に見える速さで所定の位置に向かった。
残ったのはジャックとシャーロットだ。
「さて、僕らも行くか」
「ああ、頼む」
シャーロットが少し森のほうまで進んで距離を取り、ジャックは崖の淵に背を向けて立つ。
そして、疾走。シャーロットが全速力で駆け、腰を低く構えたジャックの重ねた両手の上に乗ると、隻腕の侍は天高く飛び上がった。
蒼色の剣士は城壁上の通路に音もなく着地すると、間髪入れずに走り出した。
城の方から剣戟音、爆発音、鐘の音と叫ぶ声が聞こえた。
忍者たちの陽動が始まったのだろう。
「それじゃ、僕も行くか」
ジャックは伸縮性の高いロープを取り出し、近くの木に結び付けた。
「待ちやがれええええええ!!」
堀の水の上を走って侵入した〈風魔忍軍〉のイスケは城の城壁上、外周付近で見張っていた〈クラッシャーズ〉の面々が追いかけてくるように加減して走っていた。
「うーん、みんな遅くて困るでござる」
スーパーボールのように壁や天井を跳ね回りながら見張りにちょっかいをかけて誘導していく。振り切ってはならず、できるだけ多くの敵を引き連れ、回廊結晶で転送しなければならない。今後ろに付いてくるのは5人。転送するにはまだ少ない。
「骨の折れる作業でござるなあ全く…」
嘯きながら城壁上を走っていると、城壁内の五角形の城、屋根の上に一人見えた。奴も引き連れようと目に入った敵の後頭部にクナイを投げつけると、すんでのところでガードされた。
そしてグリンと首を捻ってイスケを見たそいつのカーソルは
「やっと見つけた。まずは一人目だね」
「しまった、赤に手ェだしちゃったでござる…」
事前に決めていた作戦では、レッドカーソルの殺人者にはジャック、シャーロット、ドラゴンの誰か若しくは複数名で対処すると打合せしていた。なぜなら、〈クラッシャーズ〉のレッドは他メンバーと比較して戦闘力が高いうえに…
「おっ、侵入者じゃんw」
「等しく分けるべきだ、我らで」
「……新しく来ちゃった…でござるな…」
三人組で行動するからだ。イスケは汗を滲ませながら呟いた。
本気を出せば逃げ切ることは容易い。しかし、ここで纏まった犯罪者たちと他のメンバーがかち合ったら犠牲者が出ることは明白だ。
後ろからも敵は迫っている。全員をギリギリひきつけながら戦うか?
だが、イスケが答えをはじき出す前に解決策が現れた。
イスケたちがいる吹き抜けの廊下、その向かいの屋根からシャーロットが駆け跳んできたからだ。
イスケと三人組の真ん中に立つようにシャーロットが腰を落として居合の構えをとる。
「ここは私が引き受ける。君は役割を果たせ」
「かたじけない!」
イスケが駆けだすと、三人組の一人の短剣使いが投擲用ピックを放った。あまりにさりげなく無駄のない所作ゆえにイスケは気が付くことはなかったが、シャーロットが刀の一振りで切り落とされた。
「やるねえ」
「大したことではない」
シャーロットは刀を仕舞い、再び居合の構えをとる。
「副リーダ―! オレらも手伝いますか?!」
「結構、我らのみで十分だ」
イスケと、彼に引き付けられたモブはそのまま追走劇に戻った。
城の屋根の上、シャーロットの前にレッドカーソルの三人組が対峙する。
「お前、腕は?」
「外道どもには片手で十分だ」
「馬鹿が」
シャーロットの踏み込みが合図となって、四人がいま衝突した。
地下通路を通ったアルゴ・ドラゴン班は地下の倉庫の床から出た。二人の目的は城のどこかに設置したであろう掘削機の破壊だ。
アルゴの誘導に従いながら目的のマシンのもとへ向かう。
「多分、マシンは聖堂の丁度真下、玉座にあるはずダ」
アルゴの推測に親指を立てて答える。
忍者たちのおかげか、見張りに鉢合わせることなく城の中を移動できる。
かなり複雑な迷路だったが、アルゴの正確な誘導によって玉座にたどり着いた。
推測通り、椅子の後ろにアンテナのようなものがそびえ立つ木製のオブジェクトがあった。あれが〈掘削機〉なのだろう。
複雑に木の骨子が絡みあい、水がスライムの様に纏わりつき、その水の肉と呼ぶべき伝導体はパチパチと電流が流れている。
骨に囲まれて金色に輝いているのがキューブか。充電中といったところか?
「あれダ」
『私がぶっ壊してやんよ』
ドラゴンが玉座に踏み込むと、奥からクマの様な偉丈夫がのっそりと現れた。オレンジギルド〈クラッシャーズ〉のリーダーだ。
着こんだ毛皮のマントも相まってますます野性味あふれる姿である。マントの下に見える金属製装甲の重厚感は高いSTR値を持つことを表している。
「普通、いるだろ。こういう大事な場所に番人がな」
かなりくたびれた声をしているが、眼光は殺意を持って煌めいている。片手にすでに握られている抜き身の片手斧が戦闘意思を明確に示している。
やるしかないんだろうな。
ドラゴンが身の丈ほどもある両手剣を背中から抜いて構えた。
「何故…、お前たちは諦めないんだ?」
不意に、斧使いが問うた。
ドラゴンは話すことが出来ない。口を開けて少し考え…剣を床にぶっ刺してから口を指さし、両手で×を作った。この状況でジェスチャーでコミュニケーションをとるシュールな光景にアルゴは困惑し、両者に視線を往復させた。
「口がきけないのか? このゲームのバグか? 猶更なんで…この世界を守ろうとするんだ、お前にとっては地獄だろ?」
ドラゴンの様を見て、斧使いは困惑しながら言った。その面相にはどこか救いを求めるような縋るような感情がわずかに見て取れた。
「目の前の相手には文章をフリックして送信できる」
アルゴから小声で教えてもらったドラゴンは一瞬で打ち込むとそのメッセージを送信した。
『愛のため』
その言葉から斧使いは何を感じたのか。能面のようにのっぺりとした表情で、斧使いは言った。
「じゃあ、死ねや」
豪! と投げられた手斧が開戦を示した。
そして。
屋上庭園にて。
その庭園は幾星霜を経たのか、くたびれたような寂しい場所になっていた。もしもこの城が全盛期だったころは一面に花畑が広がっていたに違いない。
現在は月明りに照らされ、荒廃した花壇が昼のように明るく照らされている。
真ん中で交差するように十字に広がる道の端で、カイサラは歪な木の根に座っていた。
傍らには〈ドールフル・ノクターン〉を立てかけ手持無沙汰に両手を掴んでは離す。
下の層から怒声が聞こえ、屋上庭園より高さの低い城壁のほうを見ると何やら侵入者が犯罪者たちと戦っているようである。
そしてタイミングを合わせるかのように森の方からビュン、と空気を切る音が聞こえた。
何かが飛来しているのだ。
そしてその影はカイサラの立つ通路の向かいの端に三点着地した。
それは、つい半日前に殺したはずの男だった。
「来たか」
「来たぜ」
ロードジャックは再びカイサラと対峙した。
この鋼鉄の城を舞台にしたソードアート・オンラインというゲームで、無手で戦う男性プレイヤーと、自ら体を作り替え、この世界を壊さんとする女性NPC。
あまりに特異な二つのアバターは相まみえることとなり、
「また殺されに来たのか」
「ンなわけないでしょ、お前をぶっ飛ばすって言ったから…それを果たしに来た。踊ろうぜ」
カイサラは立てかけていた剣を掴み、巻いていた包帯を取った。ジャックも歩きながらオレンジ色の薬瓶を飲み干し捨てた。
ステータスアップポーション〈鬼神酒〉。STR値、AGI値、共に上昇。
徒歩、早歩き、ジョギング、疾走と加速していった二人の戦士は真ん中で拳と剣を激突させた。
アインクラッドが終わるのか否か。この結末は今夜決まる。
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