ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜 作:明石雪路
「さて」
カイサラが言った。その声はどこか楽しげでもあった。
「ガーディアンズとやらは半壊状態。残るは貴様だけだ」
「どうかな、隠れてるだけで一気にアンタにとびかかる準備の最中かもしれないぜ」
「それはない。この眼で見たからな」
断言するカイサラの右目は赤く燃えるように輝いている。縦長の瞳孔と深紅の虹彩。
「火竜アギエラの眼だな。アルゴの資料で見た」
「ご明察。かの竜に睨まれたものは恐怖によって体を動かすことが出来なくなる。その威光は死してなお健在ということだ。」
カイサラは薄く笑いながら右目の辺りをなでる。
ぼろぼろのワイシャツとズボンにブーツ。首から下はメタルのボディ。左手には不揃いな宝石や種子等イベントアイテムたちが取り付けられている。右目には人間にもエルフにもありえない竜の瞳。青紫の左目と紅のオッドアイ。
異形の徒といっても過言ではないその姿は、どうしようもない歪さを孕んでいる。
アルゴのレポートによれば、カイサラはエルフとして確固たるプライドを持っていたはずだ。それをどういう経緯があればエルフとしての肉体を捨て、あまつさえ笑いながら敵と対峙できるのだ?
「なんでだ? なんでそこまでしてアインクラッドを落とそうとする? ここはアンタらの故郷でもあるはずだ」
「………そういえば私はそういう設定だったな。呪いをかけられた我々エルフが再び恩寵を得るために人族最大の魔法を消し去る…。ハッ」
「待て、何を言ってる? 設定だって?」
「私が絵物語のくだらん魔王(負け役)だと気がついたのがそんなにおかしな事か?」
なんで彼女がメタ発言をするのだ?
そして……なんでここでメタ発言が出てくるのだ?
普通のゲームでNPCがどうこう言うのとは訳が違う。
ジャックがナーヴギアを被る前、SAO特集の雑誌で穴が開くほど見た記事に書いてあった。
SAOというゲームにおいて、店や街のNPCは一定のルーチンプログラムに基づいて行動するようになっている。
だが一部NPC……ストーリークエストなどに関わるNPCはAIが搭載され、根幹のプログラムに応じた行動を守りつつもある程度自由に動くようにされている。そのプログラムが『自分はとあるゲームのNPCだ』と気づくことなど決してあり得ないはずだ。
「一年と半年前、我々レトレシアンはとある剣士に負けた。計画のすべてを打ち壊され、敬愛する将軍や仲間たちが死に、私も瀕死の重傷を負って川に落ちた。だが、私を引き揚げた人族……プレイヤーがいた。彼は身動き一つとれない私にあらゆることを教えた。この世界はゲームであり、私たちはそんな紛い物の世界に住む人形でしかないこともな」
「だから…壊すのか? 無意味だと思ったから、全部ひっくり返すって?」
「そうだ。貴様たちはこの世界でなく二ホン国に本物の体があり、この世界で死ねば向こうでも死ぬのだろう? 今こちらにいる6000人の二ホン人が死ねば、向こうの世界に傷跡を……私が生きた跡を残せるのではないか?」
このNPC……否、シンギュラリティの限界点を超えたカイサラという思考体は、ストーリーとかイベントとかそんなチンケな型に収まった行動倫理ではなく、大量虐殺を目的として動いていたのだ。ジャックは脳をハンマーで殴られたような衝撃に襲われた。
「そんなくだらない八つ当たりのために、アンタは体を捨てたのか? 今までのアイデンティティを捨ててまで!」
「では貴様は保っていられるのか? 自分の記憶も目的も………過去も未来も誰かが作り与えたものだと知ってそれでも自分でいられるのか?」
「……………」
「別に理解を求めているわけではない。これはただの礼儀に過ぎん。私と最後に相対した戦士に対するな」
「……………アインクラッドは落とさせない。アンタを倒し、ボスを倒し、僕たちは絶対に生きて帰る!!」
「それでいい、それがいい。それでこそ最期の敵対者だ!!」
天蓋から遅れて落ちてきた黒いキューブがカイサラとジャックから少し離れた場所に脇に落下した。
砂埃が舞、お互いに姿を確認できなくなる。
ジャックはすぐさま索敵スキルを発動、赤い人型のエネミー色を逃がさんと視界にとらえる。
だが、あちらはすでに動いていた。確認したときにはすでに三メートル先で片手剣を振りかぶっている。
ジャックは右拳を腰だめに構え、ライトエフェクトを纏わせる。体術単発ソードスキル〈閃打〉。
最弱最速のソードスキルによって加速したジャックの拳と剛力で振るわれたカイサラの名剣が激突。
大気が炸裂し、両者激しくノックバック。同じタイミングで復帰すると、やはり同時に踏み込んだ。カイサラの上段切りを半身で躱し、そのまま体を捻って肘で打つ。頭部にクリーンヒットし、カイサラはたたらを踏む。
追撃のチャンス。さらに一歩踏み込む。
だが、それはすでに読まれていた。
ズドン!!とジャックを胸を貫く感覚。カイサラの左腕の黄色い宝石が光っている。雷撃の槍だ。全身に泡立つような感覚が走り、二歩目が止まる。
だが、唯一生身であり頭部にクリティカルを食らったカイサラを捉えないわけにはいかない。しびれる全身に命令を下し、ソードスキルの構えを取る。
「ッラアアアアアアアア!!!」
無刀流突進系ソードスキル〈雷鳴〉
拳を突き出し腰の高さで繰り出す打ち込みは二本目の雷撃を突き破りながら猛進し、カイサラの腹に深々と突き刺さった。
「グッ………」
クリティカル。特有の快音を響かせてボディに拳を叩きこんだジャックだが、カイサラに襟首をつかまれて投げ飛ばされた。地面を転がりHPをわずかに減らしたが、右手には確かな感覚があった。
そしてカイサラは。
「な、に?」
超力のドラゴンや神速のシャーロットにすら傷を与えることが出来なかった自分の体がピシリとヒビ割れたのがわかった。
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