ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜   作:明石雪路

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紙一重

絶対無敵のボディに亀裂が走る。

 

 

 ここにきて初めてのダメージの兆し。カイサラのHPバーを見ると、明確に1割近く削れている。

 

 

「やっとイイのが入ったな……!」

「ダメージの蓄積によるものか……」

 

 

 カイサラは一瞬戸惑ったものの、すぐに冷静さを取り戻していた。

 だが、ジャックは確信していた。今確実に流れがこちらに来ている。

 

 

 黒剣の突きを右腕のガントレットで流しながら脛にローキックを放つ。

 攻撃を食らったカイサラの右足が軋んだ。

 

 

 姿勢を崩した隙を突き、ジャックは続けてソードスキルを放つ。直上に蹴り上げる〈噴炎〉は名剣〈ドールフル・ノクターン〉を吹っ飛ばし、カイサラのはるか後方に回転しながら突き立てた。

 

 

 これらの攻撃でカイサラの表情に困惑の色が陰る。

 

 

「……違う。ダメージの蓄積だけではない。明確に貴様の四肢に何かがある!!」

「アンタに言って伝わるかわからないけれどね……。僕のソードスキル〈無刀流〉は特別なダメージ計算式が採用されている。なんせリーチはないし、重さもないから普通の打ち合いには負けるし、耐久値が無くなると装備どころか腕が砕けるし結構欠点多いんだ。その代わりに……」

 

 

 ジャックは拳を握る。フロントランナーの中でも装備しているものはほとんどいない超硬度のガントレットが月明りに照らされた。

 

 

「僕の拳や足の防御力、耐久力がそのまま攻撃力に反映される。手足の装備品が堅ければ堅いほど拳の威力に比例する。それこそアンタの体を割るくらいにな」

「なるほどな。貴様との接近戦は自身が砕ける覚悟をしなくてはならないということか」

 

 

 

 カイサラは嬉しそうに笑う。

 

 

「見直したか?」

「前から貴様を認めているよ。そして、そちらの方が面白い」

 

 

 

 気が付けば、カイサラの左腕の種子が光っている。

 

(ヤb

 

 不味いと思うことこそが遅かった。

 

 視点が縦に回転した。右足に巻き付いた木の根はジャックを逆さに放り投げた。

宙を舞うジャックに向かって左手が向けられる。光っているのは黄色の宝石。

 

 

刹那、雷の槍がジャックを背中から貫いた。ガントレットとブーツによって手足の防御力、対属性値は桁違いであるものの、動きやすさを重視して胴や頭部は布装備……軽装である。それが仇になった。

 

一割削れたHPバーの上にデバフアイコンが灯る。

〈麻痺〉の1歩手前、〈痺れ〉状態になったジャックが地面を転がった。〈痺れ〉状態になると全身の力が一瞬抜け、手に持っているものを取り落とすトラブルが発生するが、無刀流故にジャックに害はない。

 

 

 

だがつかの間、嫌な予感がして上手く動かない全身に無理やり命令を送り転がると、先程までいた場所にカイサラが地面を踏み砕いていた。

 

 

 

 流れが変わってきている。

ジャックは腰のポーチから筒状のアイテムを取り出した。煙幕だ。一度距離をおいて仕切りなおそうという魂胆なのだが……。

 

 

「悪いが、このままいかせてもらう」

 

 

 金属の腕がこちらに伸びてくる。格闘に持ち込むつもりか。

 

 

 

 迫りくる右拳を捌こうとした刹那、拳が開かれた。防御の左腕を掴まれる。眼前でカイサラが不敵に笑った。

 

 

 

 

 ガードを無理やり解かれたと思ったら鼻に衝撃。ヘッドバットを叩きこまれたのだ。

 さらに後方に揺れる頭を掴まれ、お辞儀するように引っ張られる。迫りくる膝を躱せない。

 

 

 三度膝を顔面に叩きこまれ、ジャックは数歩たたらを踏む。HP2割減少。

いくらパワーがあると言えども、ソードスキルやジャックの〈無刀流〉のようなダメージボーナスのない素手での攻撃、ダメージは大したことは無い。しかし顔面は〈脳震盪〉デバフの発生確率ややペインアブソーバの高い部位である。思考がバラけるには申し分無かった。

 

 

 一矢報いんと右拳を握り、放つ。だがソードスキルをイメージできていなかったからかライトエフェクトは灯らなかった。難なく左手で掴まれる。もう一度放った左拳も同様だった。

 

 

 両腕を万力で拘束され、ジャックは身動きが取れなくなる。

 

 

「貴様の無刀流は見事だが……破壊力を持つのは技を繰り出す時だけだろう。技を出す前なら簡単に組み伏せられる」

 

 

両腕が動かない。なんて馬鹿力してるんだ。

 

加えて右足を踏み抜かれ、掴まれた両腕で万歳しながら片膝を着く姿勢になる。

 

 

「よくやった。尊敬するよ、ロードジャック」

 

 

赤い眼と目が合う。パシンと神経が切られたように体が動かなくなる。赤き竜の威嚇だ。

拘束を解かれた両腕がだらりと垂れる。

 

 

「まるでこの時間がずっと続けばいいと思うほどだった。だから、残念だ」

 

カイサラが手を伸ばすと、〈ドールフル・ノクターン〉を持った根っこが恭しく手元に伸びてきた。

それをつかみ、振り上げる。

 

 

宿敵が自分の首を落とそうとしているのに、体は一切動かない。

諦めた訳では無い。脳みそは焼け付くほどに回転し、現状打開の策を探っている。

だが、それだけだ。考えるだけで実行できない。

 

 

「最期に残す言葉はあるか」

 

 

最期なわけあるか、クソッタレ。歯を食いしばって睨みつける。

ジャックの鬼気迫る眼光を受け、カイサラは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

今すぐコイツをぶっ飛ばさないといけないのに、逆らうように身体は動かない。動け。動け。動けよ!

祈るように、怒るようにアバターに命令を送り続ける。脳がスパークするほど強く!

 

 

「う、うあああああ……!」

 

カイサラが剣を振り下ろしかけたその時だった。

ピクリと。指先が動いた。決壊したように肘、肩、全身がわずかながらも動き始める。

HPバーの上、〈威嚇〉アイコンが激しく明滅する。

 

 

「これは……」

 

 

 カイサラは振り下ろしかけた剣を止めた。

 

 

その瞬間を逃さなかったのは偶然なのか。ジャックが足掻いたからこそ間に合ったのか。

突如上から飛来した大型の円盾がカイサラの〈ドールフル・ノクターン〉をはじき飛ばした。

 

 

 

「何?!」

 

 

円盾は玉座の間の壁を跳ね周り、崩れた城の天蓋の上、月明りの背中に浴びた持ち主の左手に戻る。

 

そしてその持ち主は、飛び降りた。

 

 

「あいつは……」

 

 

 

 その姿を捉え、ジャックは興奮を抑えることが出来なかった。

ジャックのそばに右手にハンマー、左手に円盾を持った黒鎧の騎士が着地し、砂埃が舞う。立ち上がった騎士の兜の面あてが上がり、面貌があらわになる。

 

 

 ツクヨミはゆっくりとジャックを見た。

 

 




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