ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜   作:明石雪路

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月の出

 

 昔から、「気の利く子だね」とよく言われてきた。

 人が困るんじゃないかと無意識に考えていて、いつも誰かのために何かしていた。

 どんなに痛くても騒がず、悲しくても駄々をこねなかった。

 誰も手を上げないからずっと委員長をやってきたし、クラスの打ち上げの幹事や教室の金魚の餌やりは自分の役目。道に迷っている人には話しかけずにはいられなかった。

 

 

 押し付けられてきたとかではなく、すべて自分の意思だ。どういうわけかわからなかったが、誰かのために何かしたくてたまらなかった。そして「ありがとう」といわれるたび、自分の心の中で何かが満たされる感じがしてとてつもなくうれしくなった。

 

 

 見かねた友人は「アンタはいつか悪いヤツに利用されるんじゃないか」と掃除を手伝いながら忠告してくれたが、それでも私は誰かを助け続けた。

 

 

 そう考えてみれば、物心ついて初めてわがままを言ったのは親にナーヴギアをおねだりした時かもしれない。

 

 そのせいでデスゲームに囚われたが、それでも私の生き方は変わらなかった。

 

 

 この世界に不慣れなプレイヤーを集めて、できるだけ安全にレベルを上げられるように……この世界で生きていけるように努力した。

 

 

 自分が強ければ彼らも死なないと思ったので、寝ないでずっとレベリングした。コルも素材もすべて装備の強化に当てた。不思議と辛くはなく、仲間のレベルが上がってお礼を言われるたびに疲れが吹き飛んだものだ。

 

 

 私が設立したギルド〈月を見る会〉の戦闘力が軍の人間に見込まれてスカウトされても変わらなかった。

 

 

 教官として新人のプレイヤーにモンスターとの戦い方を教える傍ら、攻略部門の人間から白い目で見られながら貰った食材アイテムを部下たちと一緒に〈はじまりの街〉で配給した。

 

 

 

 そうしてひたすら教育と配給、レベリングをこなしていたらいつの間にか軍で二番目、攻略組の中でもそれなりに強くなっていた。

 

 

 そうして軍の中でも立場がちょっぴり認められた頃、ロードジャックに出会った。

 

 

 装備のグレードや卸している素材の質や量から見るに実力はかなりあるはず……なのに、自分のやりたいように生きている彼は私にとって新鮮だった。

 そして試行錯誤しながら進めるクエストも、初めての対人戦も――――PK相手だったが、楽しかった。

 

 

 

 正直、誰かのためにしてきた今までよりも。

 

 

 

 

 ガーディアンズが戦闘を始めるほとんど同時刻。

 22層ツクヨミの自宅にて。

 

 

「ねえ、貴女いつまで寝ている気?」

 

 

 ペチペチと頬を叩く感触を受けてツクヨミが目を覚ますと、眼前の鼻の当たりそうな距離に絶世の美少女がいた。体を乗り出して覗き込んでいるのだ。

 

 

「わ!!!」

「おっと」

 

 

 少女は跳ね起きるツクヨミの頭をひょいと避けて木製の丸椅子に腰かけた。

 ツクヨミは寝ぼけた頭のメモリから最新のデータを引っ張り出し、何とか思い出して口を開く。

 

 

「ニルーニル、さん?」

「正解」

 

 

 足を組んで座る彼女はウォルプータのカジノの支配人、ニルーニルだった。部屋を見回すと呆れたように口を開いた。

 

 

「それにしても随分と殺風景な部屋に住んでるのね。インテリアがハンマーと盾って……」

「まあ…。あの、なんでウチが分かったんですか? 何しに来たんですか?」

 

 

 無性に恥ずかしくなったツクヨミは話をそらした。ニルーニルが部屋の壁に掛けてあった丸い盾を指さすと、盾の裏から極めて小さなコウモリが必死に羽を動かして出てきた。

 

 

「私のコウモリに追わせてたの。だから現状は全部把握してるわ」

「……」

「行かなくていいの?」

「……」

「死ぬのが怖いの?」

「……………それだけじゃないです」

 

ツクヨミは歯切れ悪そうに答えた。

 

「ふむ」

「私、体を切り落とされた時、人助けしかしてなかったことを後悔したんです。もっとやりたいことがあったのにって。それで気づいたんです。ああ、私って心の底から人助けしたいと思ってなかったんだって。偽善者だったんだって……」

 

 

自嘲気味に笑うツクヨミを見て、ニルーニルは一瞬だけ呆れた表情をしたがすぐに微笑んだ。

 

 

「貴女は自分のことをそう卑下してるかもしれない。でも、助けられた人間にとって貴女はかけがえのない人間のはずよ」

 

 ニルーニルはテーブルの手紙を取ると、ツクヨミに手渡した。

 

 

 その手紙はジャックからのものだった。

 

 

 

手紙には、『巻き込んでごめん』だの、『最初のお誘いの仕方は最悪だった』だの謝罪が多く書かれていた。

 

 

だが、最後には

『シュマルゴアの時も、地下室の時も、ボス部屋の時も、助けてくれてありがとう。

今度は僕が君を助ける番だ』

 

 

 デジタルデータの体にないはずの心臓が、速く脈動するのを感じる。

 

 

「……私が今まで人助けしてきたことに意味ってあったんですね」

「勿論よ。でも今現在、貴女に助けられた人たちは死に直面しているわ。そして貴女の仲間はそれを阻止せんと戦っている」

「……」

「貴女が積み重ねてきたもの。助けた人たち。そして、貴女のこれからの人生を、あのブリキ人形に奪われてもいいの?」

「……」

 

 

 

 

 

 ツクヨミの中で、もう結論は出ていた。

 

 

「これ使う?」

 

 

 ニルーニルはハンマーを差し出した。

 

 ツクヨミは、それを掴む。大きなトンカチの形をしたハンマー〈ライトニング・ブレイバー〉。

 

 

 ずっしりと重い。初めてフィールドに出たときに掴んだメイスと同じ手ごたえがした。

 

 

 初めてのメイスをずっと使い続けてきた。ハイランクのインゴットが手に入ったら溶かして混ぜてメイスを作った。ドロップ武器もインゴットにし、合わせて使い続けた。

 いわばこれは、ツクヨミのSAOでの生きた証だ。積み重ねてきた歴史だ。

 

 

 

 

「往きます」

「そういうと思ったわ」

 

 

 ニルーニルの足もとの影からズズ、と人影が立ち上がった。否、それは甲冑だ。

 

 

 

 頭部からつま先まで、面あてから鎧布まで真夜中の色に染め上げられた黒鎧。

 

 

 ツクヨミはその装備が最高級品であることを一瞬で理解した。

 

「安心なさい、〈ドールフル・ノクターン〉みたいな力を奪う効果はないから」

「すごい……。あの、どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

 

 おずおずと尋ねると、ニルーニルはキョトンとしてから

 

 

「だって、私も助けてもらったからね」

 

 

 パチリとウインクして答えた。




お読みいただきありがとうございました。
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