ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜   作:明石雪路

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拮抗勝負

 

 

 

 

 

 

 大ぶりの投げナイフとハンマーで打ち出された盾がカイサラに襲い掛かる。

 

 

 カイサラはすかさず飛ぶ斬撃で迎え撃つ。衝撃波に弾かれたナイフは宙を舞って巨大樹の地面に刺さり、盾はツクヨミのもとに戻る。剣を振り切ったカイサラの頭部に急接近したジャックが回転しながら蹴りを放つ。頭を引いて紙一重に躱される。続けざまに打ち込まれた踵がガードされるやバック転して退避。カイサラからではなく、相棒のハンマーからだ。

 

 

「「スイッチ!!」」

 

 

ツクヨミが思い切りハンマーを振りかぶって飛び掛かる。雷のような濃いイエローのライトエフェクトを纏い、ツクヨミの闘志に呼応するかのように黒鎧の表面に青白いラインが光る。

 

 

受ければ即死。カイサラが素早くサイドステップで躱すと、いた場所にハンマーが振り下ろされた。

 

 

 音を超えて奔る衝撃波がカイサラの全身を叩く。性質的に打撃には強いはずの巨大樹がミシミシと悲鳴を上げ、足場が少し傾いた。

 

 

「恐るべき怪力だな」

「貴女に言われたくないです!」

「ナイスだツクヨミ!」

 

 

 姿勢を崩したカイサラにジャックが跳び蹴りを放つ。膝までメタルのブーツに覆われたジャックの蹴りは〈無刀流〉スキルの防御力が攻撃力にそのまま換算されるボーナスのおかげで両手槌もかくやという威力をもつが、薄刃の名剣〈ドールフル・ノクターン〉の腹をたわませて見事に受けられてしまった。

すかさず距離を置いたジャックに、カイサラは

 

 

「さすがの私も、お前たち二人を相手取るには骨が折れるな」

「へえ、じゃあどうする?」

「何もしない。すでに刻限だろう」

「は?」

 

 

 ガシャリと音を立ててツクヨミが膝をついた。全身に纏っていた黒鎧はひび割れのような線が走ったかと思うと、無数の小さなコウモリとなって霧散した。

 元の〈解放軍〉カラーの深緑の甲冑姿になったツクヨミは、必要以上に息を切らしている。

 

 

「ツクヨミ!」

「夜の主のための装備が、人の身に長く収まるはずもあるまい。おそらく反動で体が重く感じているのだろう」

 

 

 確かにツクヨミは先ほどまでタンクとは思えないほど素早い立ち回りをしていた。無重力で動いた後に元の重力に戻れば動けなくもなるか。

 

 

「そして」

 

 

 種子が脈動し、呼応して触手ならぬ触樹がツクヨミを拘束した。鎧のバフがないツクヨミでは破れない

 

 

 

「これで、後はお前だけだ」

「結局サシになるわけね…」

 

 

 ジャックはため息交じりに白い息を吐いた。地面から100メートル近く離れているからか。11月下旬ということもあってかなり空気は冷え込んでいた。

気温差に対して高い耐性をもつ〈ジャケット・オブ・トワイライト〉を纏うジャックですらかなり厳しい状況だというのに、薄手のワイシャツとパンツ姿のカイサラは特に堪えている様子はない。というかそもそもエルフなのにこんな何もない状況で呪いが発動していないのは謎だった。

 

 SAOの理外から外れたカイサラにそのような考察は意味があるとは思えなかったが、とりあえず尋ねてみる。

 

 

 

「アンタは随分と体調よさそうだな。エルフって木とか水がないと気分悪くなるんじゃなかった?」

「エルフなんて生き物は存在しない。私もエルフじゃない。意識すれば何も起こらん」

「マジか」

 

 

 ついに自身でロールすら書き換え始めたか。目の前の破壊者にもはや畏敬の念すら抱けてくる。

 

 

 

「それならアンタは今この世界で最も自由だ。復讐なんてしなくても好きなように生きれるんじゃないの?」

「これが私のしたいことだ」

「さいですか…」

「貴様はどう考えている」

「は?」

「この世界で二年過ごしたのだろう? 偽物の世界で生きて、どのように生きても元の世界に一切反映されない。何もかもがまやかしだ。この世界が気味の悪いものだと思わないのか?」

 

 

 彼女は自分がNPCであることに気が付いている。そして、血の通わないデータの塊であることを理解したことでアイデンティティを失っているのだ。だからこそこの世界で生きた記録があるにも関わらずこの世界を偽物だと言い切っている。

 

 

(いや、生きてきた記録がある分気持ち悪いか。どう見ても感じても本物なのに偽物だって頭が拒んでるんだから)

 

 

 そのような彼女に何と返すべきか。

 

「確かにこの世界じゃ何しても生身の体に変化はないけど…全部が無駄とは思わないよ。この世界で生きた二年は確実に生きてきた人生だ」

「そうか…やはり、私と貴様たちとは分かり合えないのだな。結局私は……ここから出られない人工物なのだ」

 

 

 ガチリと足が固定された。いつの間にか生えた触樹が両足に巻き付いている。

 

 

「ヤバッ」

「シャア!!」

 

 

 ガクンと姿勢が崩れた、自ら生み出したチャンスをカイサラが逃すはずもない。

 

 

 ソードスキル不使用での連撃。ジャックは足を畳み、両腕で頭を覆って限界まで姿勢を低めた。限界まで刃に対する表面積を小さくすることでダメージを押さえる無刀流の防御テクである。

 

 

「私の世界はここだけだ」

「!」

 

 

 首根っこを掴まれ、無理やり立たされる。

 ダメージこそないものの、脊椎を折られたら大ダメージになってしまう。カイサラの右足を踏み抜き、続けて脛、膝、腿を蹴りつける。足へのダメージ蓄積によってバランスを崩した拍子に拘束が解かれ、ひと飛びで間合いの外にでる。

 

 

「この世界で培われた縁も思い出も、持ち越せる場所がない。共有できる相手もいない。」

「……フォールンエルフの仲間とかいるんじゃないのか」

「彼らも偽物だ。……否、全部が本物で、全部が決められたとおりに動く人形だ。お前たちプレイヤーが依頼を受けるたびに全く同じ私たちが生まれる……そして、決められたとおりに負けていって……。

 こんな無意味な……バカな話があるか!!!」

 

 

 突如として激昂したカイサラが、陥没する程地面を踏み込んで突進した。

  

 

 

 裂帛の上段切りを両腕をクロスして防御。斬られることはなったが勢いを殺し切れず腕が頭部に直撃。赤いダメージエフェクトがパッと飛び散り膝をつく。

 

 

「だから私はすべてのプレイヤーを殺す。泡沫の様に消え続ける私や同胞が、ここにいると知らしめる、命を駆けて証明するッ!!」

 

 

 

 雄たけびを上げて振り下ろされる片手剣。命を危機を朦朧とする意識が察知した。瞬間、雷でも落ちたかのようにジャックは覚醒した。

 

 

 両手にライトエフェクトを煌めかせると片手剣を弾き、脇腹、頭部の順に連続して殴りつけた。

 〈ドールフル・ノクターン〉はカイサラの手を離れ、明後日の方向に飛んでいく。

 三発目に顎を打ち抜かれたカイサラは、勢いそのままに倒れた。

 

「……僕も、ここが地獄だと思う時があったよ」

 

 

 片膝をついて、ジャックが立ち上がる。

 

 

「こんな偽物の……自分の体ですらポリゴン出来た世界で生きるのなんて無意味だと思ったよ。

でも、分かったことがある。この世界でもあっちの世界でも、生きようとする僕は本物だ。学校がつまらなくて家族とも何も話さなくて嫌気がさしてた時も、この世界で愛する仲間を得て楽しかった時も失って悲しかった時も、今のアインクラッドを守りたい気持ちも全部本物だった。

きっと、どんな場所でも……その時そう思っている自分も気持ちも、絶対に存在してる本物で現実なんだ。」

「……詭弁だ。現実を持つ貴様だからそんな言葉を吐ける」

「いや、同じだよ。アンタもこの世界がゲームだとわかったときから、アンタの現実は始まっていたんだ!

 答えてみろよ、今アンタは何がしたい!?」

 

 

「私は……」

 

 

 自分のしたいこと。最も心が躍ったこと。最も胸が震えるような生を実感したこと。

 

 

 今自分は何を考えてる?

 

 

 体を起こし、立ち上がる。目の前には煤や泥で汚れた戦士が一人。初めて教会の地下室と、二層の守護獣の部屋で二度戦った。そういえば一回目は自分が撤退し、二回目は奴が撤退したのだったか。

 違う。二回目はいつでも殺せた。自分が逃がしたのだ。……何のために?

 そもそも二回目は自分が勝ったのではない。協力していたプレイヤーに戦わせただけだ。

 

 

 では、今なら正真正銘の決着がつくのか。

 

 

 それは、それはなんて……

 

 

「戦おう」

 

 素敵なことだろうか。

 

 頬を紅潮させ、瞳をきらきらさせていった。こみ上げる勝利への欲と戦いへの歓喜が止まらず、思わず口角が吊り上がる。今の自分の全霊をかけて目の前の戦士を叩き潰したい。この城の行く末などどうだっていい。命を懸けて剣と拳を交えたい。こんなものは邪魔だ。特殊能力の一つ、種子をちぎって捨てた。

 

 

「私が求めるのは、貴様との完全なる決着だ」

 

 

 先ほどまで纏っていた空気とは違う。明らかに彼女の中で何かが変わっているのをジャックは感じ取った。紅潮した顔をみて思わずどきりとしてしまった。SAOのシナリオから離脱し、独自の価値観を抱き成長したAIだからこそできる表情なのか。

 

 

 シンギュラリティに到達し、一個人として生まれ変わった彼女の羽化の瞬間を目の前で見ることが出来るなんて。

 

 

「じゃあ、最期まで踊ろうか」

 

 

 ジャックは拳を握った。

 

 

 夜が明けるまで、あと少し。

 

 

 




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