ソードアート・オンライン〜アメイジング・フィスト〜 作:明石雪路
その部屋は真ん中は広々としているが、周りにはよくわからない物品が雑多に置かれていた。入って右端の武器作成用の炉とその周囲は小綺麗にしてあるが、他は全てゴミっぽい。
割れた試験管だの、ページの破けた本だのが適当に転がっている。
はい、現実逃避終了。
目の前には五人の敵。内一人はずば抜けて強敵。頬を液状オブジェクトが垂れる。
逃げるべきか? 否。ここは地下で、先ほどの穴に梯子は無かった。僕は身軽故にジャンプで上がれるだろうが、ツクヨミは多分無理だ。
ここは仕方ない。
(結晶を使おう。)
(あの、なんか色がくすんでいるんですけど)
僕が教会に入る前に言ったとおりにクリスタルを準備していたツクヨミは、少しばかりの焦りの表情を浮かべながら言った。
言われて手元を確認すると、鮮やかな青色の転移結晶は灰でも被ったかのように輝きを失っていた。
結晶無効化空間。稀に発生する、危険地帯の名称だ。全ての結晶が使用できなくなるので、回復もポーション頼みになる。
5対2。一人はダンチの戦闘力。結晶は使用不可。かなりのハードモード。
この厳しい状況でどう戦うべきか頭を回す前に、横に立つツクヨミが口を開いた。
「私が四人相手します。ジャックさんは真ん中の剣士を」
「何言ってる? 君はさっき二人に負けたんだぞ。むしろ逆だ、僕が四人相手する間に君は真ん中のヤツを頼む。一人からの攻撃なら耐えられるだろ。守り重視で良い、僕が加勢するまで……」
「1番強いのは真ん中の人です。私じゃ太刀打ちできない……。でも、他の人たちならなんとか出来ます。さっきはコテンパンにされたけど、今なら勝てる」
「それホントに言ってる? 何度も言うけど……あ」
ツクヨミが人差し指を立てたのでそちらを見ると、鉄仮面の剣士がこちらに長刀の切っ先を向けている。こちらってのは僕のことだ。体を左右に揺らすと、追いかけるように切っ先も左右に動いた。
「ご指名貰っちゃったよ……」
「じゃあ、よろしくお願いします。私は四人を」
ツクヨミが強ばった笑みから強がっているのがわかる。
女の子が強気なのにこちらが尻込みするわけに行かない。レベル的にもね。
「わかったよ。僕が真ん中、君は他。さあ行くぞ!」
僕とツクヨミは同時に駆けだした。
僕は最速で四人の真ん中を駆け抜け、長刀使いめがけて走る。
長刀の右から左への袈裟切りを半身で躱し、腕を絡め取るとそのまま部屋の奥に投げ飛ばした。
無刀流に投げや極めはないが、掴みは存在する。ソードスキル〈不撓〉。投げや相手の動きの拘束につなげることが出来る汎用ソードスキルである。投げや極めがないというか、固定されたスキルが存在しないだけだったな。
長刀使いは空中で身を翻して着地したためダメージは僅かな掴みダメを覗きほぼゼロ。だがこれでツクヨミ達と距離を置き、互いに専念できる状況に持ち込めた。とは言いつつツクヨミの方が心配で少し視線をやると、
「一人で来るとは舐めてんじゃねえk
湾刀使いは叫びながら襲いかかってきたものの、サイドスローで投げつけられた円盾を顔面に喰らって怯んだ。その隙にツクヨミは距離を詰め、つま先を狙ってハンマーを振り下ろす。地面がえぐれるほどの威力で以てつま先をブーツごと破壊、湾刀使いがうずくまったところに続けてアッパーをたたき込む。しばらく行動不能にしたところで、すぐに近くの片手剣士に向かっていく。
結構えげつない戦闘スタイル。というか、先ほどよりも戦えていることに驚いた。初手の盾投げは僕のチャクラムを真似しているのだろうか? 案外戦えていたので一安心。さっきの僕の戦い方を参考にしてすぐに物にしているという事実に内心驚くと同時に、こういう姿を見せられると先輩(?)として生半可な戦い方は出来ないという意地が沸いてくる。
「向こうが心配か」
金属エフェクトのかかった女性っぽい声で、長刀使いが尋ねてきた。アッシュグレーの長髪から耳が顔を出しており、エルフだということはわかるのだが、今は正体を推理している場合では無い。現在僕と彼女は間合いをとって睨み合う形になっている。というか、長刀を向けられているので僕が踏み込めないだけだ。無刀流の最大の弱点であるリーチ。それを見誤れば次の瞬間に僕はポリゴン片になっていることだろう。
「まあね。さっき負けてたし、女の子一人に男四人だよ? 心配にもなるさ」
半身に構えて、腰のチャクラムにバレないように手を伸ばす。無刀流の絶望的なリーチを補うための〈投剣〉スキルだ。
僕は素早くチャクラムを掴むと、姿勢を低くしてサイドスローでチャクラムを投げた。ソードスキル〈サブマリンスロー〉。チャクラムは青色のライトエフェクトを纏い、地面すれすれをポップして飛んでいく。
下から襲いかかるチャクラムは、打ち落とすのも難しいだろう。
長刀使いは、迫り来るチャクラムを刀で切り落とした。刀とチャクラムのインパクトの瞬間、ぎゃりぃぃぃぃぃぃん!! と甲高い金属サウンドが地下室を駆け巡る。斬り返されたチャクラムはあらぬ方向に飛んでいった。
刀を一度振らせた隙を狙い、間合いを一気に詰める。懐に飛び込み、動きを抑え、相手に何もさせないでそのままダウン。コレが無刀流の戦闘スタイルである。
長刀使いは刃を掴み、2Hブロックで巧みに僕の攻撃を捌いた。刃をガッツリ掴んでいる様だが、指とか切れないのか?
何合目かのパンチを弾かれ、間合いを取られた。刃を手放し、後ろに引き絞られる。このままではソードスキルを打ち込まれてしまう。
賭けだ畜生ッ。
刀の揺れと足の動きに集中。動きから突きが来ると予測し、クロスカウンターの要領で貫手を繰り出した。一歩間違えれば大ダメージだが、賭けに勝てたようだ。刀をかいくぐり、鋭く固めた手刀が赤色のライトエフェクトを煌めかせる。ソードスキル〈灼禍炎槍〉。貫通力の高い上位ソードスキルである。
プレートアーマーをもぶち抜く貫手は、すんでの所で鉄仮面によってガードされた。頬を抉るように命中し、仮面が剥ぎ取られる。
仮面の下から美しいエルフの面貌が一瞬露わになった。垂れたアッシュグレーの長髪の隙間から顔の半分を覆う火傷跡が見える。
「どうしたの? その火傷」
「少し前に炎の精の寵愛を受けてな。彼は嫉妬深くてかなわない」
「そういうヤツとは別れた方が良いよ。女性に怪我させるなんて最低だ」
「お前が人のことを言えるのか?」
呆れたように言うと、長刀使いはトントン、と鎖骨の辺りを叩いた。
「は?」
僕の体の該当部位を見ると、出血するようなライトエフェクトが鎖骨から真下へ伸びた一筋のラインからゆっくりと流れている。HPバーは1割減少。クロスカウンターの際に少し切られたらしい。それにしてもソードスキル無しでこれか……。
「いつの間に……」
「武器を持たずに係ってくる人間はお前が初めてだ」
感心した様子で話しているが、こっちはそれどころでは無い。結晶無効化空間だってのに、通常攻撃で1割持って行くヤツとタイマンなんて絶対張りたくない。
向こうのHPは0.5パーセントほどしか削られてないし。
「もう来ないのか? 私から行くぞ」
あっちはやる気満々だ。青紫色の瞳で射貫かれ、プレッシャーが増す。
そのときだった。
一触即発の空気の中、情けない声と共にプレイヤーが一人、長刀使いの方に吹っ飛んできた。
長刀使いは片手でプレイヤーを受け止めると衝撃を弱めて脇に落とした。
先ほどの襲撃者の一人、槍使いだ。土手っ腹と頬に真っ赤な四角いダメージエフェクトを残してピクピクと手足を痙攣させる彼のHPはもうすぐレッドゾーンまで減っている。
「ジャックさん!」
人間砲弾を撃った張本人、戦闘を終えたツクヨミが駆け寄ってきた。
「マジで勝ったのか!」
「ええ、なんとか。ひたすら先手を取ったら意外とイケました」
向こうの方を見ると、左手と足を部位破壊されたプレイヤーが数人呻きながら転がっている。アレでは移動もアイテムウィンドウを開くことも出来ないだろう。傍らにはへし折られた武器もチラホラ。
PK集団とやり合って日が浅いどころか1日目だってのに、なんという成長率か。考えてみればシュマルゴア戦だって一人でタゲ取りとタメージ稼ぎをこなしていたし、マジで戦闘センスがずば抜けているようだ。
「マジで驚いてるよ。君すごいな」
「え、アレが最善かと……」
エグい光景を指摘されたと思ったのか、ツクヨミが慌てて弁明した。
確かに無力化としてはベストなのだが、コレがVRMMOじゃなければ凄惨すぎる光景だ。
呻く四人と僕らを見て、長刀使いは刀を納めた。
「なんとも、お前達と戦うにはすこし早すぎたか」
「どうかな。僕らとしては今すぐ決着つけたいものだけどね」
「止めておこう。ここは我らの負けだ。引かせて貰う」
ヒュオ、と小さな竜巻が長刀使いとPK集団4人の足下に発生した。2年近くもSAOをやっているとわかる。あれはイベントでよくある逃げるサインだ。
「逃がすか!」
ポーチからクナイを取り出して投擲。長刀使いの頭部を狙ったが、右手で弾かれてしまった。破けたコートの下からメタリックな光沢を放つ腕が見える。義手か。
その竜巻はたちまち大きくなって彼らを飲み込み、霧散した頃には居なくなっていた。
索敵スキルを発動させたが、周囲50mに敵性存在を見つけることは出来なかった。
「逃げられちゃいましたね」
「ああ。よくわからん魔法かなんかで移動するのずっこいよな」
ツクヨミはハンマーを吊り、盾を背中に背負った。
僕も、部屋の端に落ちていたチャクラムを拾った。
現場の記録を取ろうとポーチから撮影結晶を取り出して、すぐにここじゃ使えないじゃんと思い直して、でも見てみると何故か結晶は輝きを取り戻していた。
「……何でだ? まあ使えるなら良いけど……」
僕とツクヨミは撮影結晶を構えると、部屋の少し熱を持った炉や、地下室の細かい場所までカシャカシャシャッターを切りまくった。
そしてふと近くの机の上に目をやったとき、
「これは……」
机の上で、「ある物」を見つけたのだった。
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