魔王学院の不適合者~暴虐の魔王の副官、転生して再び魔王に仕える~ 作:シュトレンベルク
アノスが扉を開けると、カランカランと軽快な音が響いた。
「いらっしゃいま……あら、アノスちゃん!おかえりなさい!」
「ああ。ただいま、母さん」
そこにはアノスの母であるイザベラがいた。愛する息子が帰ってきたことにうれしそうな表情を浮かべていたが、次の瞬間には不安そうな表情を浮かべていた。
「ど、どうだった……?」
「合格したよ」
アノスがそう口にすると、イザベラは安堵したように表情がほころんだ。そのまま、アノスを抱きしめながら大喜びしていた。
「おめでとう!おめでとう、アノスちゃん!すごいわ!一ヶ月で学院に合格しちゃうなんて、本当にどうしてそんなに賢いの、アノスちゃんは!今夜はご馳走にするわねっ!!何が食べたい?」
「そうだな。できれば、キノコのグラタンがいい」
「ふふー、わかったわ。キノコのグラタン、アノスちゃん、大好きだものね。そう言うと思ってお母さん、ちゃーんと下ごしらえしてあるのよ」
ちなみに、二千年前の配下たちはそれでは魔王として示しがつかないと言っていた。では魔王らしいものとはなにか、と問うと『人間』とかいう答えが返ってきていた。レインはそんなもの食べる訳ないだろうがと言っていたが。
「ああ、それと母さん。お客さんがいるんだが」
「ん?お客さん?だあれ?」
アノスは背後に視線を向け、そこに立っていたミーシャとレインを紹介した。
「片方がミーシャ・ネクロンだ。今日学院で知り合った。
もう片方がレイン・シュティーア。二千年前、俺に仕えていた魔族だ」
「……よろしく……」
「初めまして、ご母堂。紹介に与りました、レイン・シュティーアと申します。以後、お見知りおきを」
ミーシャとレインがぺこりと頭を下げる。そんな二人を見て、イザベラはひどく驚いたかのような表情で、口を手に当てていた。そんなイザベラの表情に、何か粗相をしてしまったかとレインとミーシャが顔を見合わせる。
「アノスちゃんが……アノスちゃんが……」
イザベラは動転したように大声で口走った。
「わたしのアノスちゃんが、もうお友達を連れてきちゃったよぉっーーーーーー!!!」
イザベラのその言葉に、そんなに驚くことなのかとレインは思ってしまった。
それと同時に工房の扉が勢いよく開かれ、アノスの父であるグスタが姿を現した。
「イザベラ!本当か!?アノスに初めての友達が出来たのか!!」
「中々、情熱的なご両親でいらっしゃいますね」
「少し先走り癖があるが、いい両親だ」
感慨深く見守っているレインとアノスに対し、グスタは何かを悟ったかのように語っていた。
「振り返れば、お前が生まれたのがつい先日のように思い出される。
いつか、父さんはこんな日が来るだろうと思っていたんだ。だけど、長いようで少し短かったな」
「僭越ながら、アノス様。今、生後何歳ですか?」
「一ヶ月ほどだな」
「なるほど。それは短いでしょうね」
「お前はどれほどだ?」
「私は十年ほどですね。少しだけ【
「……そうだったの……?」
「ああ、ミーシャにはこの話をしたことはなかったか?とはいえ、肉体年齢は15歳ほどにしてあるから、詐欺にはならん。そうでなければ、入学の手紙は届かんしな」
そんな会話をしていた三人をさておき、グスタとイザベラは三人に笑顔を向けた。
「いや、めでたい。イザベラ、今夜はご馳走だ。派手に祝うぞ」
「うん、わかってるわ、あなた。アノスちゃんのお友達だものね」
「アノス、そういう訳だから手伝わなくても大丈夫だぞ。父さんたちが準備しておくからな。アノスはミーシャちゃんとレイン君に部屋でも見せてやるといい」
三人はグスタに背を押され、そのままアノスの部屋に入った。引っ越しして間もないのか、その部屋は殺風景という言葉が似合うくらいには物がなかった。
「……なにもない部屋……」
「引っ越してきたばかりだからな」
「元々此方には住んでいらっしゃらなかったのですか?」
「うむ。デルゾゲードからの招待状が届いた時に引っ越してな」
「なるほど」
「でも、ほんとに悪かったな。騒がしい両親で」
ミーシャは首を左右に振る。
「……慣れてる……」
「確かにミーシャの父さんも、似たようなところあるな」
「……違う……」
「ああ、悪い。さすがにうちほどじゃないか」
「陛下、少しだけ違います。ミーシャが言いたいのは」
「レイン。大丈夫。……あの人はお父さんじゃない」
「今朝、見送りに来ていたのが父親じゃないってことか?」
ミーシャは首を縦に振った。レインからすれば、あの腰抜けをミーシャの父親とは呼びたくはなかった。しかし、他ならぬミーシャが認めている以上は何も言わないようにしているのだ。
「……親代わり……」
「じゃ、実の親はどうしたんだ?」
「……忙しい……」
ミーシャの優しさは美徳だと、レインは思っている。ここまで不遇な扱いを受けているにも関わらず、恨みや憎しみを抱くでもなく受け止めている。しかし、感情を露わにしないところは欠点だと思っている。それでは、誰にも自分の想いを伝えることが出来ないから。
「……レイン。怒らないで。私は大丈夫だから」
「……分かっているよ。ミーシャは優しいからな。だが、自分の娘一人守ろうとしない男に対して、何も思わずにいるというのは難しい。お前に罪などないのだから、尚更に」
「……複雑な事情があるようだな。まぁ、詳しくは聞くまい。話したくなれば話してくれ」
「……ありがとう。アノス」
「なに、気にするな。俺たちは友人だろう?それより、ミーシャ。気にしていたレインの過去話をしてやろうか?」
「……戯れは程々にしていただきたいのですが」
「寧ろ、十年も一緒にいて昔話の一つもしてやらなかったお前に驚きだ。何もそのように無碍に振る舞う必要もないだろうに」
「必要なかっただけです。必要であれば、適宜その場で話すことはありました」
「それでも、大半は話しておらんのだろう。幼馴染だというのなら、話してやればよかろうに」
「ですから……はぁ、もう結構です。お好きなようにしてください。どうせ私が何を言っても意見を翻す気はないのでしょう?臣下より友達の方が重要度は高いでしょうし」
「ふはは。そう拗ねるな」
「拗ねてはいません。呆れているだけです」
レインとアノスの掛け合いは本当に仲が良かったんだな、とミーシャは思った。
「……二人は仲良し……」
「まぁ、それなりに長い付き合いではあるしな。俺の配下の中でも三本指に入るぐらいの強者だったしな」
「条件にもよりますが。純粋な剣の腕ではあなたにもシンにも勝てませんし。魔法の腕だけで言えば、あなたには劣る」
「そうだな。お前の真価は何でもありの戦いで発揮されるものだからな。ルールを縛れば厳しかろう」
「何でもアリなら、アノスより強い?」
「それはないな。アノス様と俺は最初から味方同士だったわけじゃない。以前は敵対していて、俺が敗れた結果、俺がアノス様に仕えた切っ掛けだったからな」
「中々に厳しい相手だったがな。結局、俺以外にはお前のところにはたどり着けなかったからな」
「それはそうでしょうとも。寧ろ、あれだけ固い防備を突破してこられたこと自体が以外の極みでしたよ。あの防衛設備、他の魔族には誰一人として突破できなかったんですが」
「必要だったからな。それでも、お前の奥の手は中々てこずらされたがな」
「あれも破られては是非もありませんでしたよ。秘中の秘だったんですがね」
レインの密やかな自慢でもあったソレを、飄々とした表情で突破されれば来るものはある。しかも、レインの奥の手を切ったのに、それすら踏破してきたのだ。そうなれば、最早敗北を認める他に道はなかった。
「レインの、奥の手?それはどんな……?」
「そうだな……言ってしまってはつまらんだろうから、内緒だ。少なくとも、レイン以外には使えないもので、それを使ったこいつが負けることはほぼありえんだろう。とだけ言っておくか」
「まぁ、あなた様に破られるまでは不敗の神話を持っていたぐらいですからね。出来る事なら、ミーシャの前で使うような事態にはなってほしくありませんが」
「……なんで……?」
「当たり前だろう。奥の手を切る場面というのは、大抵が追い詰められている場面だ。お前の前で、そんなに追い詰められている姿は見せたくない。まぁ、端的に言ってただのプライドだな」
レインからすればミーシャは幼馴染であると同時に妹分。自分が守るべき相手と定めている相手に弱いところを見せるのは好かないのだ。そうでなくても、奥の手は出来る限り晒さない方がいいという考えもあった。
奥の手とはつまり必殺技だ。必ず殺す技なのだ。そんな物を頻りに晒すようになってはいけない。それよりは地力を上げる方に努めるべきだ。そう思うからこそ、レインは昔からソレに頼ることは止めている。
「……私は頼りにならない?」
「……違う。そうじゃないさ。ミーシャはこの時代の魔族では強い方だ。それは傍に居続けた俺がよく分かっている。でも、お前では勝てない敵が出たらどうする?俺の奥の手は秘中の秘。誰にも明かしていないからこそ、その真価を発揮するんだ。バレている必殺技ほど扱いやすいものはない」
「アレのように、か?だが、お前の奥の手は数が多いだろうに」
「手札は持っておくべきでしょう。陛下のように地力の高い者がいる以上は、尚更に。私のように奇策を用いるタイプは、手札を大量に持っていてようやくという物でしょう」
レインは決して自分が強いとは思わない。アノスのようにどのような敵であろうとも倒せるとは思っていない。自分よりも強い存在がいる可能性に否とは言えないだろう。
誰にも負けない存在は理想だ。魔族と戦いながら人間とも戦う。周囲には敵しかいない。そんな状態で簡単に奥の手を晒すような奴は殺してくれと言っているようなものだ。だから、晒すよりも多くの奥の手を創ってきたのだ。
「私は自分が絶対の強者だとは思わない。いつだって、自分よりも強い存在はいる。そんな存在に、自分の大切な存在が害されないとは限らない。だから、力を求める。その道に果てがなくとも」
「……失礼。アノス様、少しお手洗いをお借りしても?」
「ああ。この部屋を出て右に行った方にある」
「ありがとうございます」
レインが部屋から出ていくと、ミーシャはアノスに視線を向けた。その視線に対し、アノスは首を横に振った。本人の了承も得ずに話していいような内容ではない。レインの中に残るその感情は、二千年経って尚解消できないほど大きいのだ。
「言えることはない。ない、が……レインの心の内を癒せるのは、ミーシャぐらいのものだろうと思う」
「……私だけ……?」
「少なくとも、今のところはな。レインが誰かに心を許すというのは、とても珍しい。信用はしていても、信頼はしていない。それを地で行くのがレイン・シュティーアという男だったからな」
横に立って戦うことはあっても、誰かに背中を預けて戦うことはない。レインが誰かに背中を見せるとすれば、それはレインが守ると決めた相手だ。それ以外の相手には絶対に見せない。たとえ、主君たるアノス・ヴォルディゴード相手であったとしても。
「だから、ミーシャ。もし、あいつの心の内を知りたいのなら強くなれ。あいつの背中を守れるほどに成長すれば、あいつも自らの秘密を――――抱え続ける後悔を明かしてくれるはずだ」
「……うん。頑張る……」
その言葉とは裏腹に、ミーシャの心の内は暗かった。アノスはそれに気付いたが、指摘する前にレインが戻ってきたために理由を聞けずじまいだった。
その後、レインたちは歓待を受けた。宴もたけなわ、いい時間になった頃合いでレインとミーシャは帰った。アノスは送ろうと言ったが、レインが自分がいるから大丈夫だと告げると引き下がった。
「いい家族だったな。多少、思想は過激だったけど」
「……レイン……」
「ん、どうした?」
「レインはどうして私と一緒にいるの?どうせ、消えるのに……」
「……消えるから。どうせ死ぬのが決まってるんだから、接するべきじゃない。なんて言うなら、誰も彼もが一人ぼっちで生きていくべき生物ってことになる。だって、誰もがいつかは死ぬんだから」
そこに例外は存在しない。人間も魔族もいつかは死ぬ生き物だ。神族に寿命はなくても、殺せば死ぬ。誰も彼もがいつかは死ぬ可能性を帯びた生物なのだ。ミーシャはただそれが他の者よりも明白で分かりやすいだけなのだ。
「それにな、ミーシャ。俺はお前が消えるのを許した覚えはない。お前が一月もしない内に消えてしまうという運命を受け入れた覚えはない。それは、きっとサーシャも同じだろう。だから、ミーシャ。一つ約束してくれないか?」
「……なに?……」
「お前が消えてしまうというのなら、その最後の瞬間まで。いいか?最後の瞬間まで、だ。『生きたい』と考えろ。死ぬ?消える?そんなのまっぴらごめんだと、そう思って生きろ。お前が最後までそう思ってくれるのなら、俺はお前に奇跡を見せよう」
「……分かった。約束」
「ありがとう、ミーシャ。お前がそう言ってくれるなら……俺も全力でやることが出来るよ」
そう告げたレインの瞳にはある紋様が浮かんでいた。