魔王学院の不適合者~暴虐の魔王の副官、転生して再び魔王に仕える~   作:シュトレンベルク

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班決め

「ごきげんよう。アノス・ヴォルディゴード、だったかしら?」

 

「ああ」

 

 彼女は一瞬、ミーシャに視線をやった。しかし、レインの方には視線を向けなかった。そのことに、アノスは眉をひそめたが、サーシャはそのまま語り始めた。

 

「あなた、まだ班員が二人しかいないようね。そこの男はまだしも、そんな出来損ないのお人形さんを班に入れるなんて、どうかしてるんじゃないかしら?」

 

 ふむ。この俺にいきなり因縁をつけてくるとは、頭のおかしな女だな。

 

「出来損ないのお人形というのは、ミーシャのことか?」

 

「それ以外にあるのかしら?」

 

 ふふっと嘲笑うかのようにサーシャはアノスを見下している。しかし、それに対してレインは口を開くこともなくじっと腕を組んで黙っていた。

 

「知ってる?その子ね、魔族じゃないのよ。でも、人間でもないの。さっき言った通り、出来損ないのお人形さん。命もない、魂もない、意志もない。ただ魔法で動くだけのガラクタ人形よ」

 

 サーシャの言っている事は、おおよそ肉親相手に言うべきことではない。だが、アノスはそんなことは口にせず、サーシャの言を鼻で笑う。

 

「それがどうした?」

 

「……どうしたって……」

 

「魔法人形に命も魂もないと考えるのは、魔法概念の理解が浅すぎる。もっと魔眼()を凝らして、深淵を見ることだな」

 

 一瞬驚いたような表情を浮かべ、サーシャはそれでも不敵に笑った。

 

「そんな呪われたお人形さんと一緒にいたら、わるーいことが起きるんじゃないかしらって忠告してあげたのよ。ね。わかるでしょ?」

 

「くくく、くはははは。なんだ、それは、脅しか?この俺を?」

 

「ねえ。あなた。死にたいのかしら?」

 

 サーシャの碧眼に魔法陣が浮かぶ。アノス達の様子を窺っていた生徒が慌てたように言った。

 

「おい、やばいぞ、あいつ。サーシャ様とあんなに目を合わせたら……?」

 

「……どういうことだ?」

 

「知らないのか。サーシャ様の魔眼は特別だ。<破滅の魔眼>と言われ、その気になれば視界に映るすべてのものの破滅因子を呼び起こし、自壊させる。サーシャ様が破滅の魔女と呼ばれる所以だ」

 

 サーシャのその行動にため息をつきながら、レインが立ち上がりアノスとサーシャの間に立ちはだかる。その両目にはサーシャのソレとは違う物だが、同じく魔法陣が浮かんでいた。

 

「遊ぶな、サーシャ。この方は俺の主。今のお前が敵うような相手ではない」

 

「あら、起きてたの。折角、私の班に入れてあげようと思ってたけど、そんな雑種の下に就くとは見下げたものね?そんな相手と幼馴染だなんて泣きたくなってくるわ」

 

「俺も同じ気持ちだよ。よく魔眼()を凝らせば明白だろうに、どいつもこいつも盲目にすぎる。それになんだ、お前。その魔眼の出力は。舐めてるのか?」

 

 サーシャの<破滅の魔眼>がレインの魔眼――――<創滅の魔眼>に抑え込まれる。破滅因子が片っ端から対消滅していく。サーシャも負けずに滅びをレインにたたきつけようとするが、一方的にレインに抑えつけられていた。

 レインからすれば、サーシャの魔眼を向けられた程度で傷などつかない。しかし、主の前でそんな不遜な行為をさせる訳にはいかない。主は大切だが、手塩にかけてきた幼馴染もまた大事だからだ。アノスならばその程度の不遜は笑って許すだろうが、放っておいていい訳ではない。

 

「くははは。レイン、構わん」

 

「陛下?しかし……」

 

「構わん、と言ったぞ。それに可愛いものではないか、その程度の反抗ぐらいは笑って許してやるとも」

 

 レインをどかし、アノスはサーシャと向かい合う。サーシャはアノスに<破滅の魔眼>を向けるが、アノスは一向に傷つく様子を見せない。どころか、真正面からサーシャと顔面を突き合わせていた。

 

「……そんな……」

 

「どうした?睨めっこはもう飽きたか?」

 

 アノスがサーシャを睥睨する。その瞳に魔力がこもり、魔法陣が描かれる。そう、サーシャと同じ――――<破滅の魔眼>だ。

 

「その目……嘘でしょ……あなた……」

 

「なんだ? お前にできることが俺にできないとでも思ったか? それに一つ指摘しておいてやろう。<破滅の魔眼>の使い方がなっていないぞ。レイン、教授が足りないのではないか?」

 

「それは汗顔の至りですが……陛下と比べれば、どんな者とて大抵は力不足ですよ」

 

 レインが呆れるようにそう口にする中、サーシャと真正面から向かい合うアノスの姿に教室中からどよめきの声が上がる。ちなみに、サーシャはアノスの<破滅の魔眼>によって精神の表層を破壊され、茫然自失の状態になっていた。

 

「信じられねえ……あいつ、サーシャ様と目を合わせて平然としてやがる……」

 

「……わたし、前にサーシャ様が<破滅の魔眼>を出していたときにうっかり目を合わせたら、それだけで一年は目が覚めなかったのに……」

 

「どういうことだよ? あいつは白服で、しかも不適合者のはずだろ?魔法術式の知識だけじゃなく、反魔法までズバ抜けてるなんて……」

 

「……実は、箝口令が敷かれているからここだけの話なんだが、俺は入学試験で見たんだ。アノスがあのリオルグ様を瞬殺するところ……」

 

「ええっ……!? あの、魔大帝を……瞬殺っ!?」

 

「その前にゼペスも軽く殺していた」

 

「殺したって? 本気で? 殺したのっ!?」

 

「ああ、その後、生き返らせたんだ」

 

「生き返らせたっ!?」

 

「それでまた殺したんだ」

 

「また殺した……」

 

「ゼペスは腐死者(ゾンビ)とかいうのになって、リオルグ様を消し炭にしたんだ」

 

「そ、そんなことが」

 

「……あれ? でも、あたし、入学試験の後にリオルグ様を見た気がするけど……」

 

「結局、二人とも生き返ったんだ……」

 

「なにがなんだか、わからないわ……」

 

 アノスはまだ茫然自失していたサーシャの頭を撫で、意識を取り戻させる。サーシャは一撫でされる頃には意識を取り戻した。しかし、サーシャは信じられないものを見るように、アノスを見つめる。

 サーシャはこれまでレインのスパルタとも言える修行に耐えてきた。魔眼の制御技術ではレインはこの時代のどの魔族よりも優れており、その鍛錬を受けたサーシャは少なくとも初めて会った頃よりは格段に成長している。それこそ、格が違うと称してもいいほどに。

 

 だが、だからこそ、アノスの技術がどれ程優れているのか理解せざるを得なかった。レインに負けるのはまだ良かった。強くなった自負こそあれど、まだ自分がレインに届くとはサーシャも思っていなかったから。

 しかし、アノスは違う。その血統は混血のソレであり、ましてや学院から受けた評価は学院初の不適合者だ。そんな評価を受ける相手がこれほどまでの力を持っているとは、到底信じ難かった。

 

「……あなた、何者なの……?」

 

「自己紹介は済ませたはずだが?」

 

 不敵な笑みを浮かべるアノスの言葉に、サーシャは悔しさからか睨みつける。これで魔力が籠もっていれば、先ほどの焼き直しをすることになっただろうと思わせるぐらいには、サーシャの眼光は鋭かった。そんな鋭さも次の瞬間には失われていたが。

 

「ところで、サーシャ。まあまあの魔力を持っているようだが、俺の班に入らないか?」

 

「……な、なにを言っているのよ、あなた……意味がわからないわ……」

 

「俺の班に入れと誘っているんだ。それのなにがわからない?」

 

「そういうことではなくて。わたしは、班リーダーなのよ」

 

「やめればいい」

 

「はあっ!?」

 

 アノスの言に対して、サーシャは口を開き、呆れたようにアノスを見つめる。ついでにレインにこの男はどうなっているんだ、と視線で訴えかける。レインには真っ向から無視されたが。

 

「馬鹿を言わないことね。わたしが班リーダーを辞める理由はないわ」

 

「俺の班に入れば、ミーシャと仲良くできるぞ」

 

 その言葉が癪に障ったのか、サーシャはキッとアノスを睨む。ふざけたことを抜かすなと、目で訴えかけてくる。

 

「そのお人形を妹だと思ったことなんて一度もないわ」

 

 そう吐き捨て、サーシャは立ち去っていた。レインはそんなサーシャの姿にため息を吐きつつ、アノスに頭を下げた。

 

「申し訳ございません、アノス様。サーシャが無礼を働いてしまい……しかし、あの娘も幾らかは考えあっての事ですので、どうかご容赦のほどを」

 

「気にしてはいない。あれぐらいの跳ね返りでなければ面白みがない。お前も教えがいがあったんじゃないのか?」

 

「教えがい……まぁ、素質はありますよ。才能も同じように。しかしながら、いかんせんむらっけが多い性質でして。感情の制御がまだまだ甘い娘ですよ、アレは」

 

 この時代にしては才覚がある。本物の魔王を知らなければ、確かに素晴らしい実力を持っている魔族だ。しかし、レインからすればまだまだ感情に振り回されている子供だ。どれだけ魔眼が強くとも、アレではまだまだと評するほかないというのが感想だった。

 

「ほう?お前が素質があるというのは珍しいな?」

 

「そうでしょうか?そんなこともないと思いますが」

 

「お前が素質があるといったのは、お前の秘書官ぐらいのものだったろう。俺の作った魔族たちを教育した時ですら、不甲斐ないと言ってはいなかったか?」

 

「ああ、七魔皇老の話ですか?それは当然でしょう。あの連中は私とアノス様亡き後にディルヘイドを守る要。千年の守りが約束されていようと、それ以降はあの連中がディルヘイドを守らなければならない。そんな連中が弱いようでは困ります。評価が辛口になっても仕方ないかと」

 

「では、お前の秘書官への評価は甘口だったと?」

 

「――――そう思われますか?」

 

「くははは。いいや、まったく思わんとも。お前ならば、寧ろもっと辛口での評価だっただろうな」

 

 レインの秘書官は魔王を支える副官の仕事を支える大事な役割だ。レインが円滑に作業を進めるために必要な潤滑油であり、レインの不在時にその役割を代行する存在なのだ。そんな重要な役割を務める存在を、甘い採点などで決める訳がない。

 

「とはいえ、あいつも俺の亡き後……百年もしたら転生したようですね。今はどこにいることやら」

 

「……会いたい?」

 

「別に?あいつも必要であれば、俺の前に顔を出すだろう。困ってもいないのに会いたいと思うほど寂しがりでもなければ、必要でもないのに顔を出してほしいと思うほど根性なしでもないさ。長い休暇と思って楽しめばいい。そう思うがね」

 

 魔王を支える副官の秘書。そんな存在にかかる重圧がどれほどか、想像するに余りある。だからこそ、レインは自分が死した後に必要な仕事を与え、それが終われば自由にしろと言い残した。

 

「あれだけお前に忠誠を誓っていた秘書官に、ただ暇だけ出したのか?」

 

「俺がいない世界でただ生きていても仕方がない、と申しておりましたので。ならば、亡き後には好きにせよと言い伝えてありました」

 

「……そんなに凄かったの?」

 

「あいつの忠誠はレインにだけ向いていた。実際、俺がレインの不在時に命令を下した事があったが、一度しかめ面を浮かべたからな。レインからの命令には二つ返事で応じるのに、だ」

 

「あいつ……」

 

「くははは。愛されていた証拠ではないか。それだけの部下を持てたことを誇るべきではないか?」

 

「誇りにはしています。しかし、我が王に迷惑をかけるなら話は別。その点は反省してもらわなければ困ります。私が主というなら、その主たる御身にも敬意を払ってもらわなければ」

 

「お前らしいことだな」

 

 そんな話をしていると、軍服のような服装の魔族が入ってきた。その魔族はレインを見つけると、そのまま一直線に向かってきた。そして、レインの前で膝をつき頭を垂れた。

 

「レイン様、休暇中に拝謁せざるを得なかったこの身の不徳を謝罪いたします。その上で、御身の御力をお貸しください」

 

「……何事だ。俺はこの学院にいる間、軍部はお前らに任せていた筈だが?」

 

「はっ、確かに御身の仰る通りでございます」

 

「それが分かっているのなら、何故お前はここにいる?お前らは俺の不在すら守れんのか?」

 

「重ね重ね申し訳ない次第にございます」

 

「……その要件には俺が必要なのか?」

 

「我が身の非力さを呪うばかりにございます。しかしながら、どうか御身の御力をお貸しください。このディルヘイドを守るために」

 

「その題目を掲げれば、俺が唯々諾々と従うと思っているのか?だとするならば――――舐められたものだな」

 

 レインの眼に再び魔法陣が浮かぶ。その瞬間、跪く魔族の周囲がへこむ。今レインの目の前にいる魔族には通常の何十倍の重力が掛けられていた。今の魔族では耐えることも難しいほどの圧力に、しかし跪く魔族は微動だにしない。

 レインはそんな魔族にこれ見よがしにため息を吐き、眼を閉じた。そして立ち上がり、後ろに座っていたアノスに頭を下げた。その姿を見た魔族は瞠目する。あの傲岸不遜を地で行くレインが頭を下げた。それは驚愕に値するからだ。

 

「申し訳ございません、アノス様。部下の不手際のようですが、放っておくこともできないようです。この場は一時、失礼させていただきます」

 

「構わん。お前はお前の本分を全うすると良い」

 

「かしこまりました、我が王よ。どうかこの平和な時代を堪能なさってください。あの戦乱の時代にはなかったものが、この時代にはあるでしょう。逆もまた然り、でしょうが」

 

 その言葉と共にレインが翻す。いつの間にか手にしていた上着を肩にかけて歩き出す。その上着には総てを塗りつぶすかのような黒と身体から溢れ出した鮮血のような赤で染色されていた。その上着を羽織るレインの姿にその装束の意味を知る誰もが畏怖の視線を向ける。

 

 レインは数年前、この装束を纏った時には現政権の反対勢力がテロを起こした時だった。その時、既に頭角を露わにしたレインはたった一人で鎮圧に向かった。それを知った部下たちは急いで応援部隊を編成し、救援に向かった。

 

 救援に向かったその先に広がっていたのは――――大量の死骸の上に立つ、鮮血に塗れた一人の魔族の姿だった。涼しい顔で死骸の上に立ち、救援部隊が来た時にはちょうど殺したところだった死体をゴミのように投げ捨てた。そして、あっさりとその場にあった死骸を燃やし尽くした。

 

 本当に何でもない事のように、反乱分子を鏖にしてのけたのだ。ディルヘイドの平和を害する存在を許さないその男は、反乱分子からすれば邪神にしか見えなかったことだろう。逆に守られている者たちからすれば、守護神のように扱われている。

 

 レイン・シュティーアはディルヘイドの誇る絶対の守護者。その象徴たる黒と赤の軍服を纏うその魔族は多くの者たちからの畏怖と畏敬を集める。その絶対的な力と畏敬の念が故に、レインは魔皇候補筆頭の地位を持ち、陰ながら暴虐の魔王の転生体と呼ばれているのだ。

 

 たとえ、本人がその意見を絶対に認めないとしても。彼に助けられた、或いは彼の圧倒的な力を目の当たりにした者たちにとって、彼こそが絶対の王であるという意識は変わらないのだから。

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