魔王学院の不適合者~暴虐の魔王の副官、転生して再び魔王に仕える~   作:シュトレンベルク

8 / 9
少しの昔語り

 レインが教室を出た後、アノスとミーシャは授業を受けていた。サーシャから宣戦布告されたりとちょっとした出来事こそあったが、おおよそ平和に時間が過ぎていった。

 

 ちょうど授業が終わり、二人が校舎から出てきたタイミングで一匹の鷹が現れた。ミーシャが腕を上げると、そこに留まった。その足には手紙が括り付けられてあり、ミーシャは手紙を取って確認する。

 

「……レインから。もう少し時間がかかりそう、って書いてある」

 

「ほう?あいつがそんなに時間をかけるとは珍しいこともあるものだな」

 

「レインは魔皇軍の技術顧問も兼任してるから。自分では戦ってないんだと思う」

 

「それが珍しいという話だ。レインは自分が目にかけるに足る者の世話しか見ない。或いは誰かに世話を頼まれたものだな。それですら奴のしごきに耐えきれず逃げだす者は多かったがな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。あいつが畏れられていたのはその実力や手腕もそうだったが、何よりも人使いの荒さと過酷な修行が挙げられた。あいつに才能がなかったなどとは言わんが、基本的に努力家だったな」

 

 それらを平然とこなす姿に誰もが畏怖の念を抱いた。だが、レインからすれば至極当然な話でしかなかった。自分が仕えるのは暴虐の魔王その人なのだ。戦乱の世に平和を創りあげようとしている方なのだ。そんな方の力になるなら、どれだけ力があったとしても足りないのだ。

 ましてや、レインは魔王の副官。魔王の願う平和を創りあげるための力になることはもとより、そのために必要な仕事を円滑に進める必要がある。その重責を考えれば、一つ一つの努力は大きく重くなっていくのは確実だろう。

 

 同じく魔王を支えることになるだろう者たちに期待して努力させることも、その一環だ。魔王がしようとしている偉業のための礎となるのだ。生半可な力のままでは死んでしまうだろう。それだけ、彼の王が歩もうとしている道は高く険しい。

 戦場ではどれほど強い者でも簡単に死んでしまうもの。であれば、どれほど憎まれようが恨まれようが鍛え上げなければならない。死なせたくないのなら、死なないように地力を上げさせるしかない。だからこそ、限界ギリギリの修業を強いた。

 

 すべて意味があったが、レインがそれを教えることはない。そんなことをしても意味がないし、やるだけ時間の無駄だからだ。レインの役目はあくまでも育てた者たちが使い物になるようにすること。そして、その者たちが出来る限り死なずに生き残れるようにすることである。

 

 その大義の前に、自分に対する心象など心底からどうでも良かった。自分が心の底から嫌われていようが、育て上げた人材が生き残って魔王の力になればいい。それ以上は望んでいない。だからこそ、どれだけ厳しくともレインはやりぬいたのだ。

 

「……レインは凄かった?」

 

「そうだな。あいつが鍛え上げた戦士たちは大きな戦果を挙げた。間違いなくこの平和を創るための礎となった。それだけの人材を育て上げたのは間違いなく、あいつの成果だろう」

 

「そうなの?」

 

「ああ。俺の軍勢において、レインの力の及んだ者たちの尽力は大きなものだった。それは間違いないだろう。決して連中は誇ったりはしないだろうがな」

 

 総ては王の描く未来のために。そのために命を懸けた勇士たちだからこそ、その行動は当然のもの。態々誇るようなことではない。ただ粛々と行動するだけの事なのだ。

 

「まぁ、さしたる問題ではないだろう。あいつが立つ戦場に負けはない。――――ほぼ、な」

 

 その言葉はレインの生涯においてただ一人、レインを倒した王の言葉だ。その言葉はこれ以上ないほどに大きな説得力を持っている事だろう。

 

「ミーシャもそれは分かっているんじゃないのか?」

 

「……うん。レインは絶対に負けない」

 

 ミーシャにとって、レインはヒーローのような存在だ。誰しもが自分という存在をいないものとして扱った。しかし、それは当然の事だ。いずれ消えゆく存在なのだから、無視されたとしても仕方がない存在なのだ。

 けれど。寂しさがなかったと言えば嘘になるだろう。たとえ消えることが分かりきっているのだとしても、一人ぼっちは辛い。姉妹であるサーシャもいたが、確かな他人と触れ合いたいと思うことがおかしなことだろうか?

 

 そんな訳がない。一人で生きていられる者がいたとしても、それは一人ぼっちで構わないという意味ではない。少なくとも、ミーシャにとっては自分に手を差し伸べてくれて話しかけてくれたレインの存在はこれ以上ないほどに嬉しかった。

 

「そうだろうな。あいつは自分が負ける姿など見せない。あいつがそんな物を見せるとすれば、死ぬ時ぐらいのものだろう」

 

「アノスは見たことがあるの?」

 

「一度だけだがな。ちょうどいい。前はできなかったし、あいつの昔話でもしてやろう。何か聞きたいことはあるか?」

 

「……アノスとはどうして出会ったの?」

 

「そうだな。あいつは俺と会う前はとある国の王様をしていたんだ」

 

「レインが……王様?」

 

「不思議か?今でこそ、俺を立てているがあいつは本来、王として様々な者たちの上に立つ存在だ。俺の配下にあってなお、あいつはある程度の魔族から慕われていたよ」

 

 レイン・シュティーアが国主を務めた国は平穏な国だった。戦乱であったとは到底思えないほどの平和な国で、多くの魔族たちから狙われていた。しかし、それら総てを退けてきたのがレイン・シュティーアという魔族だった。

 防衛戦において無敗を誇り、何人もその玉座にたどり着くことは叶わなかった。それほどの実力を持っているのだ。だからこそ、アノスの配下の中で新参者でありながら、アノスの片腕たる副官として振舞うことを許されていたのだ。

 

「あの戦乱の時代にあって、あり得ないほどに平和を実現していた。あれこそ理想と言える光景だった。だが、レインには周りを蹴落としてでも国を大きくするという欲がなかった」

 

 ただ力があったから王になっただけの男だった。戦乱の時代においては良い人選かもしれないが、拡大志向を持たない王を持った臣下たちがどんな不満を抱えるか――――予想するに易いだろう。

 

「外敵を排除しなければ、平和はない。しかし、レインは徹底的な防戦のみで対応していた。領土を大きくしようと考えられない姿は、大勢の臣下たちにとって信ずるに値しない王と映ったのだろうな。まぁ、それも仕方なかったんだろうがな」

 

「……どうして?」

 

「レインは小さな幸せで満足できる魔族だったからだ。愛する家族、信頼のおける友、充実した生活……それだけあれば他に望むものはない。そう言い切れる男だったから、己の国をより大きくしようとは考えなかったんだろう」

 

 大切な者たちと一緒にいるだけで満足で、強いて言うなら今日を幸せに生きれれば良い。レインはそれだけで良かった。それは平時であれば何も問題のない思想と言えただろう。しかし、世は戦乱。奪い合い殺しあわなければ、奪われてしまう時代だった。

 

「とある事件が起きてな。その事件の解決直後に戦うことになり、あいつの居城にて対面したのが初めて顔を合わせた場面だったな」

 

「……それで、戦ったの?」

 

「ああ。とはいえ、その時点でレイン側の戦力はほぼないも同然。唯一戦えたのもレイン一人だけという始末。それでも、俺の軍勢を押しとどめながら俺の相手をしていたからな。本来の力量でぶつかり合ったのなら、どうなっていたかな?」

 

 アノス・ヴォルディゴードをして、本当の意味でタイマンで向かい合えば勝敗が分からない。レインは確かにアノスに敗北を喫した。しかし、それは戦争という枠組みの中である。戦闘に関してはどちらが勝利するのかは分からない。

 

「アノスはレインと戦ってみたい?」

 

「戦ってみたい、か。いや、別にそんなことはないな。この平和な時代に雌雄を決しようと思うほど、あいつとの決着にはこだわっていない。あいつ自身も俺と争う気はなさそうだしな」

 

 アノスがそう言ったところでミーシャの影が大きくなり、同時に立体化する。そこから風船が破裂するようにレインが姿を現した。レインは出ていった時と同じく、軍服を肩にかけ疲労や怪我の気配を感じさせない姿だった。

 

「態々待っててくれたのか? ミーシャ」

 

「うん。アノスとレインが初めて会った時の話を聞いてた」

 

「そうか……俺の人生でも唯一の敗北だったけどな、我が王と初めて会ったときは」

 

「そうなの?」

 

「ああ。俺の防御を突破してこられたのは後にも先にも我が王くらいのものだ。……まぁ、自滅覚悟で俺にダメージを与えようとしてくる奴なら他にもいたけど。負けたと明確に言えるのは、その時だけだよ」

 

「シンと戦った時は結局、決着がつかなかったんだったか?」

 

「つかない、というか……俺とレグリアが戦えば相打ちの結末以外ありえないのは分かりきっていた話ですから。オチが見えきっている戦いをするほど、俺も奴も暇ではありません」

 

 魔王の右腕であるシン・レグリアと魔王の副官であるレイン・シュティーア。両者共に魔王の片腕として存在しているからこそ、両者共にぶつかり合えば相打ち以外の結果はない。多少順番の違いこそあるかもしれないが、結局はそこに行きつくのだ。

 

「ところで、今日はいかがでした?あれから何か面白い事でもありましたか?」

 

「ああ、中々面白かったぞ。一週間後の判別対抗試験でサーシャの班と戦うことになった」

 

「ふむ。まぁ、そうでしょうね。アレも皇族としての誇りがあるでしょうし、生来のはねっかえりですからね。負けたまま退くというのはサーシャらしくはない、と言ったところでしょうか」

 

「そこで負けた方が相手の班に入るということになった。ミーシャを連れてくるのは禁止だそうだ」

 

「はぁ……あの娘はまったく。アノス様、あの娘の不敬をお詫び申し上げます」

 

「気にするな。あのかみつき具合は中々に面白い。俺に吠えたてても許されるぐらいには、この時代が平和であるという証左だからな」

 

「アノス様がそう仰ってくださるのなら幸いです。では、ご存分に試されるがよろしいかと」

 

 レインはアノスの勝利を疑わない。それはサーシャがレインにも遠く及ばないからという理由ではなく、純粋にアノスが誰にも負けぬと確信しているからこその言葉だった。そして、ミーシャの方にちらりと視線を向けてウィンクをした。

 

 こんな勝負をアノスが受けた理由の一端には、サーシャとミーシャの不仲(に見える態度)があると分かっているからだ。レインにはサーシャがミーシャの事をどう思っているかを知っている。だからこそ、サーシャの事を不器用な娘だと思っている。

 ミーシャはサーシャの事が大好きだし、サーシャはミーシャの事が大好きだ。本当は両者共に相手の事が大好きなのに、その出生が理由でそれを表ざたに振る舞えない。それを不憫に思うと同時に、お互いだけであっても素直に姉妹として振る舞えばいいのにとも思っていた。

 

 今でこそミーシャの相手をしていることが多いが、サーシャの鍛錬を見ていた時には自分の不甲斐なさを愚痴られていたものだった。どちらも互いの話をレインにせびってくるので、偶に直接引っ張り出してやろうかと思っていたものだ。

 

「私には特にいう事もないですし、アノス様とサーシャの戦いを観覧させていただこうと思います」

 

「好きにすると良い。俺もお前が鍛え上げたサーシャがどれほどの力を持っているのか、楽しみにさせてもらうとしよう」

 

 その言葉に、苦笑を浮かべるしかないレインだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。