───穏やかな昼下がり。
リムルは、別荘である庵でゆっくりとくつろぎ、貴重な休日を謳歌していた。
庵にいるのは、リムルと第二秘書であるディアブロの二人だけ。
庵の主であるリムルは当然として、リムルが休日であるようにディアブロも秘書としての仕事は非番となっているはずなのだが。
いったいなぜディアブロが居るのか。
それは───
「リムル様のお傍にお仕えすることが、至上の喜びであり安らぎでもありますので、どうかご一緒させていただきたく・・・・・・」
と、ディアブロが懇願したためだ。
リムルも、特にプライベートの予定は入れて無いため、話し相手にはなるだろうと許可を出したのだ。
朝食を用意し、お茶を運び、リムルと
そういうわけでディアブロは、リムルの起床───といっても本当に眠る訳ではないため、活動開始からと言った方が正確なのだが───から現在に至るまでずっと甲斐甲斐しくリムルの世話を焼いているのだ。
本日のリムルの世話係をするはずだった者を丁重に追い返してまで。
という感じで、ディアブロは休日でも変わらずいつも通りだった。
ちなみに秘書としてあまり役に立たない筆頭である第一秘書のシオンも、同様の理由で非番だ。
しかしながら、ディアブロとは事情が異なりこの場には居なかった。
シオン曰く、どうしても外せない用事があるとのこと。そして何をするのかはリムルにも秘密らしく、教えてもらえていなかった。
なお、そのことで休日のお世話ができないと昨夜シオンが嘆いていたのだが、当然のようにディアブロがシオンを煽りまくったことは、リムルの記憶に新しい。
そんなことを思い返しながら、
───このまま、つつがなく一日が終わるのではないか。
などと、縁側でぼんやりと考えていたリムルの元へ、ある人物がやってきた。
ゆるく波打った薄桃色の長髪から美しい白磁の二本角を生やした、一見すると愛らしい少女にしか見えない可憐な女性。
その人物は巫女服を身に纏い、その上から割烹着を羽織っていた。
妖鬼の巫女、シュナだ。
彼女は、料理や裁縫などの
(あれ? 今日は吉田さんと共同で料理研究があると言っていたはずだから、ここに来る用事は無いはずだけど・・・・・・もしかして、もう終わったのかな? それにしては早いような───)
リムルは、シュナの姿を直接見てはじめてその存在に気が付いた。
本来『万能感知』を持つリムルなら、魔法であれ直接であれ手段に限らず接近する者の存在を感知できる。
しかしリムルは、平時に限りわざとそのスキルの効果を落としているのだ。
それは人間だった頃の感覚に合わせての───つまるところ過剰な知覚情報を減らすための措置だった。
一応緊急時やもしもの場合に備えて、相棒であるシエルに危険感知や他者判別を全て丸投げしているため、万が一でも安心という訳だ。
「リムル様、お休みのところ失礼します。少々お時間のほどよろしいでしょうか?」
リムルが予定外の来訪者に面食らっていると、先にシュナが丁寧なお辞儀とともに挨拶を述べた。
一応シュナには今日一日を庵で過ごすと伝えてあるため、シュナがリムルの下へ訪れるのは不自然ではない。
リムルはシュナを一瞥すると、その装いからまだ料理研究が終わってはいないのではと予想する。
「うん、問題ないよ。その恰好ってことは料理研究の途中みたいだけど、何かあったのかな? もしかして、今日の成果を試食させて貰えたり───」
「ふふっ、当たりです。リムル様はなんでもお見通しなんですね」
シュナは、彼女がここに訪れた目的をリムルがズバリ言い当てたため、少々驚きを交えつつもそれがリムルならばさもありなんと自然と答えを肯定する。
一方のリムルは、半ば冗談のつもりだったためシュナの返答に驚愕することになった。
「なんて、そんな早くに───って、え? ほんとに?」
「はい! 実は、少し前から吉田氏と共同で開発していた新作のケーキが、今日ついに完成したのです!」
シュナによると、吉田氏と共同で製法を研究していた新作のケーキ───そのレシピが遂に完成に至ったらしい。
そして今日焼きあがる最初のケーキを、ぜひリムルに試食して欲しいとのこと。
シュナと吉田氏による新作は、二人のかなり気合の入った自信作であるらしく、せっかくならリムルの休日の癒しの足しになればとわざわざ声を掛けに来たというわけだった。
「新作のケーキを? それも吉田さんとの共同で作ったやつを? いいのか? ホントのホントに?」
「はい。リムル様に是非とも」
と、満面の笑みを浮かべるシュナ。
リムルは、心の底から歓喜の念が沸きあがるのを感じた。
このまま今日一日何事も無く、あえて悪く言えばヒマづくしのまま終わると思っていたリムルにとって、シュナの誘いはまさに棚から牡丹餅だった。
通常、シュナと吉田氏が出す新作のケーキは、どちらのものであれしばらくの間は数量限定か長期の予約限定の販売となる。
その理由は単純に、他のパティシエ達がレシピを学んでから実際に作れるようになるまで、大なり小なり時間がかかってしまうためだ。
その分販売されるケーキの品質は保証されており、当然のように開店から僅か数分と経たずに売り切れてしまうほど大人気のブランドなのである。
この国の主であるリムルでさえ、店に直接足を運びうまく買うことができた成功例は、たった一握りしか持ち得ない。
リムル曰く、直接頼めば快く作ってくれるのは確実だが、それを言うのも実行するのも野暮なことらしい。
自らお店に出向いたうえで、厳しい条件下の中で努力して手に入れてこそ本当の至高を味わえる───というのがリムルのこだわりなのだった。
ぶっちゃけ、功労ポイント制度を利用したり、幹部級以上の者であればかなり優先的して手配可能だ。
実際、リムルや大幹部級の者が日頃食しているお菓子などは、シュナや一部の幹部食堂専属の料理人が用意してくれているモノだ。
こういった余裕がある故に、リムルはあえて直接店頭で購入するというある意味贅沢な手段を採れるという訳だった。
そして本日の目玉は、シュナと吉田氏による共同新作ケーキ。
本来、どちらかの新作という要素があるだけで、即売り切れが約束されている。
ましてや今回は二人の共同の新作であり、それも話を聞く限りかなりの出来栄えで自信作である様子。
この機会を逃せば、次に食べられるのは何週間、いや何ヶ月も先かもしれないのだ。
無論、普通に買おうとすればの話ではあるが。
(───店頭に並んでから売り切れるまで、過去最高記録を出すのでは? 店頭に出る前に売り切れが起きる可能性も・・・・・・?)
そんな恐ろしい考えが無駄に加速された思考に浮かんだリムルの、シュナの誘いに対する答えは一つ。
「───もちろん! いただきます!」
と、それ以外にあり得なかった。
善は急げと言わんばかりに一瞬でリムルは、人の姿へとくるりと変化した。
そうしてリムルが移動の準備をするならば、当然ディアブロは主の世話を焼くために行動を開始する。
そこでふと、シュナがそんなディアブロに向けて一言発した。
「ディアブロ様も、ご一緒にいかがですか?」
普段のシュナならば、秘書兼護衛役兼雑用係として傍に控えているディアブロの立場を重んじて、絶対に誘うことはない。
つまりはシュナの誘い掛け、それすなわち逆説的に誘っても問題無いと知っていることを意味していた。
シュナは、ディアブロが本日非番であることを───ぶっちゃけ趣味でリムルに付き添っているのだとここに来て早々に見破っていた。
ディアブロは少々呆気に取られつつも、シュナの誘いに対する返答はやはりというか当然のものだった。
「申し訳ありません、シュナ様。ご厚意は大変嬉しいのですが、私にはリムル様のお世話するという大事な役目があるため、今回は───」
それはお手本のような右手を胸に当てた軽い会釈を交え、その言葉を聞いた誰もが完璧と言わざるを得ないほど丁寧な固辞だった。
だが、そんな誰もが了見してしまいそうな見事な謝辞を途中でバッサリと切り捨てた者がいた。
「いや、お前は今日休みだろ」
言うまでも無くディアブロが敬愛して止まない、彼の偉大な主リムルその人であった。
困惑するディアブロをよそに、リムルは呆れた表情を浮かべながら言葉を続けた。
「ディアブロ、俺はお前が俺に色々尽くしてくれていることは本当に嬉しいんだ。だけどさ、なんていうか・・・・・・休みなのに仕事をして貰うってなると、やっぱり気を遣うっていうかさ・・・・・・ぶっちゃけ、見てるこっちが気を遣って休まらないんだよね・・・・・・」
最初の部分を聞いて感激し、後半の部分を聞いてすぐショックを受けるディアブロ。
「なんだかんだ言うけど、お前にはいつも助けられてるし。だからさ、今日は俺と一緒に休んだらどうだ?」
最初の言葉にすら至福を感じるというのに、たった一言。リムルより紡がれた最後の言葉がディアブロの精神を強く揺さぶった。
リムルからの、愛しい主からの、なんとも蠱惑的で魅力的な誘い。
傍にいたシュナは、自身が彼の立場だったのならここで陥落していただろうと確信する。
最上位の精神生命体として、悪魔の王として、この世界でも五本の指入るレベルの強靭な精神と意思を持つディアブロを魅了して止まない、
しかし、それでも───
「リムル様のご慈悲、身に染みてこの上なく大変嬉しく思います・・・・・・ですが───」
リムルへ誰よりも忠誠心を捧げる者として、傍に仕えて尽くす者として、なにより秘書としての矜持が彼自身の首を縦に振らせなかった。
非情に心苦しくとも、ここで了承してしまえば今後秘書としてだけでなく、従者としても失格であるとディアブロは確信していた。
しかしそんなディアブロの胸中など意にも介さず、再びリムルはバッサリと言い放った。
「そんなに仕事がしたいなら
「
抗えるはずも無かった。
リムルからの命令。それだけでディアブロは全てが満たされる思いであり、もうそれだけで良かった。
「では、参りましょうか」
ディアブロの方針が決まったところを見計らい、シュナが一声かける。
そしてリムルは店までの直通の “転移門” を開こうとして、そこでふと思いついた。
「なあシュナ。もしかしてケーキって、俺とディアブロが食べても余ったりする?」
「ええ、お代わりなどして頂いても大丈夫なように、ホールで二台ほどご用意しております」
「なるほど。だったらさ、せっかくだし今日休みになってる他の人も呼ぶのはどうだろう? さすがに一般の人とか、国外の人は無理だけど、幹部勢なら呼んでも問題ないだろ?」
「はい、問題ないかと。それでは、席を追加でご用意しておきますね」
「OK。じゃあちょっと連絡してみるよ」
そうして、本日休みである者達に連絡を取り、そのうちの三名が参加することになった。
そのメンバーというのは───
リムルの当初の予定では、他にも非番の者がいるのでそこそこの人数が集まるだろうと期待していた。
だがその期待に反し、各々プライベートなどの事情も相まって参加出来たのはたったの三名だけだった。
急遽決定したことであるため致し方ないとリムルは納得するが、偶然か必然か悪魔三人娘だけが見事に揃ったことに、リムルは言い様のない不安に駆られていた。
加えて、既にいるディアブロを含めれば原初の過半数が揃うことになる。
リムルが不安にならないはずが無かった。