世界を救った勇者は俯きながら生きている。   作:赤いUFO

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事件の終わり

 本来、その部屋は使用人によって埃1つ無い部屋だった筈。

 しかし今は、目も当てられない惨状だった。

 ベッドは真っ二つにされ、本棚は破壊されて仕舞われていた本が床に撒き散らされている。

 化粧台の鏡は叩き割られ、机や椅子も無残に破壊されていた。

 そんな部屋の主である彩那は、部屋の隅っこで体を小さくして座っている。

 渚を失い、戻ってきた彩那の精神は既に限界だった。

 部屋の中で奇声を発して暴れ、疲れれば大人しくなって眠り、また暴れるのを繰り返す。

 そんな彩那を最初は使用人や王国の兵士が止めに入っていたが、自分を押さえようとする者をその都度病院送りの怪我を負わせて叩き出していた。

 故に現在彩那には誰も近づけず、周りから放置されている状態なのだ。

 そんな彩那の部屋のドアが開く。

 入ってきたのは、ホーランド王国の王女で、彩那と同い年の友人であるティファナ王女だった。

 彼女は部屋の惨状を気にせず、木材や硝子の破片が散らばっている床を歩く。

 

『現在、あの生体兵器は帝国を出て各地に被害を拡げながら此方へと向かっています。準備が出来次第、対応をお願いします』

 

『………………戦えってこと?』

 

『はい。どうかお力添えを』

 

 ティファナの言葉に彩那は乾いた笑いを漏らす。

 

『無理だよ……誰も居ないのに、私独りでなんて……もう許してよ……勘弁して……』

 

 皆が居たから頑張れたのだ。

 いつか皆で地球に帰れるという希望を抱いていたから戦えた。

 なのにもう傍に誰も居ない。

 

『も……やだよぉ……たすけて……たすけて、渚ちゃん……』

 

 縋るのは自分の命を救ってくれた親友。

 でも彼女はもう居なくて。

 

『ナギサは、もう居ません』

 

 ティファナの言葉に虚ろだった彩那の目に危うい光が宿る。

 

『フユミも、リリィも。残された勇者は貴女だけ。だからどうか────』

 

『誰のせいでそうなったと思ってるっ!!』

 

 爆発したように身を小さくしていた彩那がティファナに跳びかかった。

 硝子の破片が撒かれている床に押し倒す。

 そして、その顔を殴った。

 相手が王女だとか、そんな事はもうどうでもいい。

 

『お前達が、こんな世界に私達を喚んだからっ! こんなことになったんだろうがっ!!』

 

 ティファナは顔を守ることもせずに無抵抗に拳を受ける。

 

『返してよ! 皆を! 私の友達を、返せぇええええっ!!』

 

 拳を振るい終えると、馬鹿馬鹿しいとばかりに笑う。

 

『私達がこの世界に喚び出された本当の理由……4本の剣にリンカーコアを移植して完全な勇者を生み出すための生け贄。知らないとでも思ったの?』

 

 ティファナから体を離すと、彩那はその場に踞る。

 

『聖剣に、私のリンカーコアを移植して、それでおしまい。その為にここに来たんでしょう?』

 

 これで自分もお役御免だと思えば、少しだけ嬉しかった。

 ようやくこの戦争(じごく)から解放される。皆のところに逝けると思えば。

 

 踞る彩那にティファナは首を横に振る。

 

『いいえ。アヤナのリンカーコアの移植は行いません』

 

『は?』

 

 ティファナの返しは本当に意外で、彩那は顔を上げた。

 

『4本の剣にリンカーコアを移植し、それを振るうには条件があります。Sランク以上のリンカーコア。そして、ホーランド王家の血を引いている事』

 

 立ち上がって話を続ける。

 

『何故、貴女達の故郷である地球に、ホーランド王家の血が流れたのかは分かりませんが、だからこそ貴女方はこの国に喚ばれたのです』

 

 彩那達にもこの国の王家の血が流れている。

 そんな話は初耳だった。

 

『ナギサが亡くなる数日前に、彼女からお願いをされました。もしも自分が死んで、アヤナが生き残ったら、アヤナのリンカーコアの移植をやめてほしい、と』

 

『渚、ちゃん、が?』

 

『はい。それに現実問題として、今の王家の誰かに、剣を託すのは無理です。私も妹も、戦場に出たこともなく。また臆病な父が如何に優れた剣を手にしようとあの兵器の相手は不可能です。アレに対抗するには、これまで戦場を駆けた者でなくては。だから……』

 

 ティファナは懐に忍ばせていた小瓶を取り出すと、アヤナから距離を取る。

 

『検査を受けたところ、私のリンカーコアもSランクに達していました。聖剣に捧げる生け贄は、私自身です』

 

『……っ!?』

 

『ありがとう。これまで、この国と世界の為に戦ってくれて。そしてごめんなさい。無関係な貴女達を、この世界の争いに巻き込んでしまって。その責は、全て私が負いましょう』

 

『やめっ!?』

 

 止めようと立って腕を延ばすが、王女が中身を飲み込む方がずっと早くて。

 ティファナ王女の口から血が吐き出される。

 毒を飲み、倒れる王女を受け止めると彩那は声を張り上げた。

 

『誰かっ! 誰か来てっ!!』

 

 しかし、この屋敷は彩那によって大半が追い出されている。

 手遅れになる前に動こうとすると、王女は彩那の肩を掴んで首を横に動かした。

 

 ────これで良いんです。あとは、よろしくお願いします。

 

 そう微笑んで、彩那の頬を撫でた。

 

『ふざけないでよ。こんな責任の取り方……っ!?』

 

 こんな事を望んだ訳じゃない。

 なのに、何で皆は勝手に居なくなって、自分に全て押し付けるのか。

 

『卑怯者……自分だけ楽になって……っ!!』

 

 もう逃げ場なんて無いのだと、彩那は王女の遺体に強く抱いた。

 

『私を、置いて逝かないで……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時の庭園に突入した4人は、移動しながら役割を決める。

 これから時の庭園の動力炉と、プレシア・テスタロッサの所へ行くのを分けなければならない。

 

「私はこれからあの人のところへ行きます。皆さんは動力炉の方を。高町さんはテスタロッサさんとの決闘で消耗してますし、お2人でフォローしてあげてください」

 

 その意見に反対したのがクロノだった。

 

「何を言ってるんだ君は! プレシアは僕が捕まえる! 君達が動力炉に行くんだ!」

 

「やり方はどうあれ、私なら絶対にあの人を止められます。私達の世界の危機である以上、確実な役割分担をしたいのですが……」

 

「君とプレシアでは魔導師ランクに差が有りすぎる。その自信は何処から来るんだ」

 

 魔導師ランクが絶対とは言わないが、条件付きとはいえSSランクとAランクでは地力が違いすぎる。

 しかしそれは先程までの話。

 

「私の包帯は、私のリンカーコアの活動を抑制する為の物です。今の私なら、Sランクは有る筈ですよ。何より、あの人の戦い方は私と相性が良い。それにもう1つの切り札も有ります。私に敗けはないですよ」

 

 いきなり多くの情報を与えられてパンクしそうになるが、それでも最大の懸念がある。

 

「君のデバイスには非殺傷設定がないだろう。そんなもので戦えば……」

 

 何度か非殺傷設定を追加しようと試みたが、変にプログラムを追加や弄ろうとすると途端に接続を弾いてしまう。

 だからこそ、例え綾瀬彩那がプレシア・テスタロッサに勝てるとしても、そう簡単に行かせる訳にはいかない。

 

「その時は、ハラオウン執務官が私に手錠をかければ良い。それだけの事です」

 

「そう言う問題じゃない!」

 

 何が哀しくて事件の終結に尽力した子供に手錠をかけなければいけないのか。

 勿論彩那とて安易にプレシアを殺すつもりはない。

 その可能性も視野に入れているだけ。

 

「彩那ちゃん……」

 

 不安そうに彩那を見るなのは。

 

「大丈夫、心配しないで。それに世界の危機を救うのは、勇者の仕事ってお約束でしょ? まぁ今回はそこまでの被害にはならないらしいけど」

 

 彩那にしては珍しい、冗談染みた台詞になのはとユーノは呆けた表情になる。

 以前、ロストロギアによって世界が滅ぶ話を聞かされたから、てっきり今回が、とも思ったが、数が揃ってないジュエルシードでは、海鳴市を消滅させるくらいの規模に収まるらしい。

 もっとも、プレシアなら本当に地球を秤に乗せても同じ行動を取っただろうが。

 何にせよ、止めなければいけないことに変わりない。

 

「勇者の称号なんて、私にとっては呪いみたいなモノだけど……それでも私は最後の勇者だから────」

 

 そこで地面から鎧の兵隊が出現する。

 

「先に行きます。霊剣の加護を……っ」

 

「おい待てっ!?」

 

 緑色の刀を握ると高速で動き、鎧の兵士数体を一瞬でバラバラに斬り捨てる。まるで自分の力を見せ付けるように。

 

「自分は心配無いとでも言いたいのか、彼女はっ!?」

 

 苛立たしげにクロノはこの場から消えた彩那を睨む。

 振り返る事もなく姿を消した彩那。

 そこでリンディから通信が入る。

 

『クロノ執務官』

 

「艦長すみません。すぐに彼女を追います!」

 

『いえ、貴方はなのはさん達と一緒に動力炉の封印をお願いします』

 

「艦長っ!?」

 

 民間人の女の子を危険な犯罪者の前に出すのかと非難の視線を向ける。

 リンディとてまだこの場に彩那が残っていればそう説得しただろう。

 

『こちらでも確認しました。確かに彼女のリンカーコアは現在S+と出ています。単純なリンカーコアの出力で言えば、彩那さんが最もプレシア・テスタロッサに近い事になります。そして既に向かった以上、こちらの言葉では止まらないでしょう。ですから貴方達はすぐに動力炉を停止させ、急いでプレシア・テスタロッサのところに向かってください』

 

 なのはとユーノだけで動力炉に向かわせる事も考えたが、なのははフェイトとあれだけの戦いを演じた後だ。途中で何か不調が出ないとも限らない。

 その時にユーノだけのフォローでは不安がある。

 彩那が勝手にプレシアのところへ向かった以上、クロノがそちらに付いた方が戦力の分散としては妥当なのだ。

 

「……それは命令ですか?」

 

『えぇ、そうよ。お願いね』

 

「分かりました……聞いたな! 僕達は先ず動力炉を停止させる! ついて来てくれ!」

 

 頭を切り替えて問題解決に当たろうとするクロノになのはは意見しようとするとユーノが肩を掴む。

 

「なのは。僕達は僕達に出来る事をしよう。大丈夫。彩那は勝算も無しに戦う子じゃないのはなのはも知ってるでしょう?」

 

 そこにはなのはやユーノを心配してという気遣いも有るだろうが、自分で決着をつけると言った以上、彼女なりの勝算が見えていると考えるべきだ。

 

「うん、分かった。なら、わたし達はわたし達に出来ることをしよう!」

 

 なのはは自分の中の心配を振り払って移動を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道案内をエイミィから通信で受けつつ、立ち塞がる敵を斬り捨て、下層へ行くために建物を破壊しながら彩那は最短で下へと移動する。

 すると大きな扉の前に辿り着いた。

 

『その奥にプレシア・テスタロッサが居るよ。準備は良い?』

 

「問題ありません」

 

 霊剣と魔剣を待機状態にして聖剣に持ち替える。

 かつてとある世界の戦争を終わらせる為に与えられた剣を、今度は地球の1地域を守るために振るおうとしている。

 

(そう考えれば、あの世界から帰ってきたのも少しは意味もあったか)

 

 今更そんな事を考える。

 待機状態の剣が入ったポーチを撫でる。

 

「冬美ちゃん。璃里ちゃん。渚ちゃん。皆、行こうか。私達の故郷を守りに。ティファナ王女も、ね……」

 

 自分でも驚くほどに穏やかな声でそう言い、扉を開けた。

 中にはプレシアと、カプセルの中で眠るアリシアが居る。

 

「私は管理局の者では無いですが、一応確認します。投降して貰えませんか?」

 

「そのくだらない問いに返答は必要があるかしら?」

 

「言ってみただけです」

 

 どのような言葉でも目の前の魔女は止まらない。

 ならば、綾瀬彩那が出来るのは力を持って相対する事だけ。

 プレシアは身の程を弁えない小娘に向けて魔法を放つ。

 なのはとフェイトの決闘後に撃たれた雷撃より威力を上げた1撃を。

 先程攻め込んできた武装局員達と同様に、これで大人しくなるだろう。

 しかし、彩那がマントを掴んで薙ぐように扇ぐと、プレシアの雷は目標に直撃する前に進路を変えた。

 王剣を取り出し、床に突き刺す。

 

「貴女の攻撃(悪意)全て、私には届きませんよ。ホーランド王国、守護の聖剣を賜りし勇者、綾瀬彩那。行きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彩那ちゃんとプレシア・テスタロッサの戦闘、始まったよ!』

 

「クソッ!」

 

 エイミィの報告にクロノは悪態を吐く。

 出来ればその前に動力炉を止めたかったが、鎧の兵達が行く手を阻んで中々思うように進めないでいる。

 途中からアルフも参戦してくれたが、それでもだ。

 際限無く現れる鎧の兵団に手こずっていると、敵に向かって落雷が直撃する。

 

「フェイトちゃん!?」

 

「フェイト!」

 

 なのはとアルフが同時にフェイトの存在を呼ぶ。

 すると、この場にこれまでの倍ほどの大きさを誇る敵が現れた。

 なのはを誘導弾であるアクセルシューターで迎撃するが、効いている様子はない

 

「大型は防御が高い。1人だと厳しい。でも、2人なら」

 

「────!? うん! うん!」

 

 フェイトからの共闘の申し出になのはは感極まった様子で何度も頷いた。

 そこからは2人はそれぞれ砲撃魔法を準備に入る。

 大型も肩に取り付けられた砲撃を発射する。

 しかし、なのはとフェイト2人の魔法に、大型の攻撃は押し返され、バラバラに消し飛んだ。

 

「フェイト! フェイト!」

 

 立ち直ったフェイトにアルフが抱きつく。

 

「ゴメンね、アルフ……」

 

 アルフの頭を撫でるとなのはがフェイトに言う。

 

「フェイトちゃん、お母さんのところに行ってあげて」

 

 彩那とプレシアの戦闘は既に始まっている。

 なのはは彩那がプレシアを手にかけるとは思ってないが、万が一がある。

 フェイトなら、もしかしたら2人の戦いを止められるかもしれない。

 そんな、一縷の望みに賭けたかった。

 

「ありがとう。そこのエレベーターから、動力炉まで一気に辿り着ける。気をつけて」

 

「うん。フェイトちゃんもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 彩那とプレシアの戦いは続いている。

 聖剣と霊剣を左右に持った彩那はプレシアに剣を振るうが強力な防壁に守られて刀身が止まる。

 速射の魔力弾が彩那を襲うが、その前に距離を取る。

 追撃の弾は40。

 視界の情報は要らないと彩那は目を閉じた。前後左右上下のあらゆる角度から攻撃が襲ってくるが、魔力の流れを頼りに捌く。

 両手の剣を振るい、或いは回避を選択し、または小さな防壁を展開してプレシアの誘導弾を防いだ。

 着地するタイミングを狙って砲撃魔法を撃ってきたが、彩那が展開したシールドによって割れる。

 しかし、今度のは耐えきれないと判断。別の魔法を使う。

 

「シールドブレス……!」

 

 彩那の口の前にホーランド式の魔法陣が展開されると、受け止め切れない余剰エネルギーを吸い込んだ。

 

「フゥッ!!」

 

「っ!?」

 

 砲撃をやり過ごすと同時に吸い込んだ余剰エネルギーをプレシアに返す。

 アリシアが後ろに居る以上は避ける選択肢など無く、プレシアは防壁で防いだ。

 忌々しげに彩那を見る。

 しかしそれは返された攻撃にではない。

 

「さっきからジュエルシードの出力が上がらない。貴女の仕業ね」

 

「御明察です。これ以上被害が拡がらないように、対処させて貰いました」

 

 戦闘開始と同時に床に突き刺した王剣。

 アレによってジュエルシードの暴走の出力がこれ以上上がらないように抑えている。

 あくまでも現状維持なので次元振動は続いているが、リンディが次元振動を止める為に動いているので(じき)にプレシアは詰むだろう。

 

「私を殺さなければ、ジュエルシードの出力を上げるのは不可能ですよ。さてどうします?」

 

「決まっているわ。すぐに貴女を殺すだけよ!」

 

「どうぞお好きに。やれるものなら!」

 

 霊剣から魔剣に切り替える。

 

「リミットコンサート・ソロストライク」

 

 魔剣の刀身部分に魔法陣が描かれ、発射された幾重もの光の線が束になってプレシアを襲う。

 そんな攻撃ではあの障壁を突破する事は出来ない。

 だが、障壁に当たった攻撃が爆発し、一瞬だけプレシアの視界を遮る。

 その場から消えた彩那は、プレシアの頭上に落ちる。

 最大加速の突きは障壁に阻まれ、斬撃に切り替えるが、一工夫を入れる。

 かつて戦った鉄槌の騎士を真似て、峰の部分から砲撃魔法を撃ち、ブースター代わりにして斬撃の重さを上乗せする。

 

「こ、のぉっ!!」

 

 会心の1撃にプレシア・テスタロッサの防壁は音を立てて破壊される。

 再構築される前に彩那はプレシアのデバイスである杖を弾き飛ばし、魔剣を喉元に突き付けた。

 

「終わりです。貴女が何かするよりも私が突く方が速い」

 

 宣言する彩那。

 プレシアはそんな彩那を見つめながら口を開く。

 

「ホーランド王国、と言ったわね。思い出したわ。300年前に巨大な次元断層によって滅びた世界。術式や技術と共に失われた国の1つだったわね」

 

「え……?」

 

 プレシアの言葉に彩那が動揺する。

 

(ホーランド王国が次元断層で滅んだ? それも300年前に?)

 

 どういう事か問い質そうとするが、そこでリンディが通信を繋いできた。

 

『次元振動は私が完全に抑えました。ありがとう、彩那さん。貴女のお陰で空いた次元の穴の修復まで可能となりました』

 

 彩那に礼を言うと、今度はプレシアと会話を始める。

 リンディはアルハザードなどはただの伝説だと告げるがプレシアは尚もそこへ行く道を諦めない。

 もしかしたら、彼女なりの確証が有るのかもしれない。

 

『分の悪い賭けだわ』

 

 苦い声でそう呟くリンディ。

 

『貴女はそこで何をしようと言うのです。失われた技術ならば、失われた時間を取り戻せるとでも?』

 

「そうよ! 私は取り戻すの! アリシアとの時間を! こんな筈じゃなかった全てを!」

 

 そこで彩那が口を開いた。

 

「それだけ、娘さんが大事だったんですね」

 

 憐れみ、というよりも、それは共感に近い感情だったのかもしれない。

 

「私も、そんな風に考えられたら良かったのかもしれない」

 

「貴女のような子供が何を────っ!!」

 

「うん……分かりますよ」

 

 激情を露にするプレシアに彩那は続ける。

 

「ずっと思ってた。どうして私なんかが生き残ってしまったんだろうって。生き残る筈だったのは私じゃなかった。生き残るべきなのも私じゃなかったのに」

 

 どうして私だけが生き残って、家族の下に帰れたのか。

 どうして彼女達と同じ場所に逝かず、今も生きているのか。

 

「私は失ったモノを取り戻す事すらしなかった」

 

 人の死を見続けたせいか、彩那の中では死んだ人を取り戻す事は出来ないと結論付けている。

 それは本人にとっても、周りにとっても当たり前の選択だっただろう。

 だけど彩那は今も別のモノで心を埋めることをせず、ただ思い出に浸って生きているだけ。

 

「私は……私達は勇者になんてなりたくなかった。もしもその選択肢があの時に在ったのなら、私達はきっとそれを選んでいたのに」

 

 それが国や世界を見殺しにする選択だったとしても。

 

「自分よりも大切だった。あの子達の為なら何でも出来る。何でもしてあげたいって。そう思えるくらい大好きだった」

 

 欲しかったのは飾らない日常。

 学校に行って。一緒に遊んで。バイバイって家に帰り、また同じ日々の中で一緒に成長する。

 それだけで良かったのに。

 だけどその日常は、彩那達とは関係のない世界によって壊された。

 

「皆、私の手から溢れ落ちて、帰ってこられたのは私だけ」

 

 この世界に戻って幸せだと感じるたびに、胸が苦しくなる。

 どうしてこの幸福が、あの子達の手に戻らなかったのかと。

 

「沢山の人達に生かされて私は今も生きている。だけど、私が生き残ったのは、きっと間違いだった」

 

「……」

 

 生き残るのは彩那ではなく、他の子であるべきだったと呟く。

 その言葉に、初めてプレシアは敵としてでなく、1人の人間として彩那を見た。

 何かを言おうとしたプレシアだったが、その前にフェイト達がこの場に現れた。

 

「なっ!?」

 

 彩那はフェイトがこの場に現れた事に驚く。

 あの状態から動ける程にフェイトの精神が安定するとは思わなかった事と、もっと単純に拘束されていた筈の彼女が此方に来れた事その物に。

 

「今更何をしにきたの、フェイト」

 

「伝えたい事が有って来ました」

 

 フェイトの口から紡がれる、自分がアリシアの失敗作かもしれない。だけど、それでも自分はプレシアの娘でこれまで育ててくれた事への感謝を。

 

「あなたが私を受け入れてくれるのなら、私は誰からも、どんなことからも貴女を守る。私があなたの娘だからじゃない。あなたが、私の母さんだから」

 

 そう言って手を差し出すフェイト。

 しかし、やはりプレシアの返答は拒絶だった。

 

「何を言うのかと思えば……言った筈よ、フェイト。私は貴女が大嫌いだと。でも、今初めて貴女の存在に感謝しているわ」

 

「え?」

 

 フェイトの瞳に僅かな希望が灯る。

 しかし、それは彼女が望んだモノではない。

 一瞬だけプレシアが彩那に視線を向けると、魔力の察知に長けた彩那はプレシアが何をしようとしているのか察した。

 プレシアの手がフェイトに向けられる。

 そして砲撃魔法の術式が展開された。

 

「クソッ!?」

 

 ここでプレシアを刺し殺す選択肢も在ったが、フェイトの前でプレシアを殺害することに迷いを抱いた彩那は、砲撃魔法を防ぐ選択を取る。

 手にしていたのが聖剣ではなく魔剣だった事から、プレシアとフェイトの間に割って入る。

 

「でぇいっ!!」

 

 撃たれた砲撃に砲撃をぶつけて何とか相殺するが彩那も吹き飛び、アルフにキャッチされる。

 

「無事かい!?」

 

「何とか……テスタロッサさんがここに来るのは予想外でしたよ。でも、理解したでしょう? あの人を言葉で止めるのは不可能よ」

 

 フェイトにはそう言うが、まだ諦めきれない様子。

 彩那はアルフに言って無理矢理にでもフェイトをアースラに戻せと指示しようとした。しかしプレシアがデバイスを拾って此方を攻撃しようとする。

 

『プレシア・テスタロッサ! これ以上罪を重ねるのはお止めなさい!!』

 

「黙りなさい! 私は必ず、アルハザードへ辿り着き、今度こそアリシアとの時間を取り戻すのよっ!!」

 

 その為にジュエルシードの暴走を抑えている彩那を消さなければならない。

 

「母さんっ!?」

 

 フェイトが呼び掛けるが、もう彼女の言葉に返事をする事もない。

 当然彩那を殺そうとしているプレシアが非殺傷設定など使うわけもない。

 このままでは3人揃って殺されるだろう。

 

「ごめんなさい、テスタロッサさん」

 

「え? わっ!?」

 

 彩那が勇者服のマントを外してフェイトの頭から被せる。

 これから彩那がする事を見ないように。

 聖剣に武器を切り替えて、プレシアのところまで疾走する。

 撃たれた砲撃魔法を防ぐ。2射目は撃たせない。

 逆手に持った聖剣でプレシアを押し倒すの勢いで突っ込み、胸へその刃を突き立てた。

 心臓を貫き、倒れると同時に血を吐き、胸から噴き出した血が彩那にかかる。

 

「かあ、さん……?」

 

 マントを払ったフェイトが見たのは、母の血を浴びて立ち上がった彩那の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那が目を覚ますと、アースラの医務室だった。

 

「目が覚めたのね」

 

 同時にリンディの声がした。

 彼女が付きっきりだった訳では当然なく、休憩の合間に寄ったら彩那が丁度目を覚ましたのだ。

 

「私、どうして……」

 

「覚えてないかしら? アースラに戻った瞬間に倒れたのよ」

 

 正確にはフェイト達が部屋に戻されて姿が見えなくなると同時に糸が切れたように意識を失ったのだ。

 医務官が言うには、精神的な疲労だそう。

 フェイトの前で気を張っていた糸が、彼女が視界から消えたことで切れたのだろうと。

 

「そうですか……」

 

 起き上がった彩那は両手を差し出す。

 その意味を理解してリンディは首を横に振った。

 

「プレシア殺害の件は、正当防衛が適用されます。その為に後で調書を取らせて貰うけど、良いかしら?」

 

 プレシアは彩那達を殺そうとしていた。

 彩那は自分だけではなく、フェイトとアルフも守ろうとしたのだ。そんな幼い少女に、どうして手錠がかけられるだろう。

 

「……はい」

 

 ただただ疲れた様子で返事をする彩那。

 

「辛い思いをさせてしまったわね」

 

「そんな事は……」

 

 実際、プレシアを殺害した事はそれほど心に衝撃はない。

 

「堪えたのはむしろ、誰かを殺して大して心が動かなかった事です」

 

 地球に戻って少しは誰かを傷付ける事に痛みを覚えるかと思ったが、そんな事は無かった。

 よく人を殺す覚悟などと言うが、それは心が痛むだけの良心が有って初めて成立する。

 あの戦争で何人も殺して、彩那は命を奪うことに関しての感覚が鈍化しているだけだ。

 そうなったらそれは覚悟でも何でもない。ただの作業である。

 

「勇者になって出来るようになったのは、こんなことばかりですよ」

 

 自嘲気味に笑うと、医務室のドアが開いた。

 

「彩那ちゃん!」

 

「っと」

 

 なのはが彩那に飛び込んできた。

 後ろにいたユーノもホッとした様子でいる。

 

「驚いたよ。いきなり倒れるから」

 

「心配かけたみたいね」

 

「そんな事より、大丈夫?」

 

「えぇ。身体の方に異常はないから」

 

 大丈夫だというジェスチャーとして腕を回す。

 なのはは彩那の顔をジッと見た後にその頬に触れた。

 

「高町さん?」

 

「彩那ちゃんがどんな顔なのか、本当はずっと気になってたけど……うん。想像よりずっとかわいくてビックリしちゃった」

 

 ────彩那は自分で思ってるよりずっとかわいいんだよ。

 

 昔、そう言ってくれた親友の言葉を思い出した。

 彩那はその時、確かに微笑んだ。

 

「ありがとう、高町さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ次元振動の影響で海鳴に帰れないと云うことなので、リンディ達と食事を一緒にしていた。

 そんな中で皆の疑問をクロノが代弁する。

 

「何で君はまだその包帯をしているんだ?」

 

「期間限定イベントが終わったからですよ」

 

 本気か冗談か判断に困る返答を真顔でする彩那。

 別に最初からクロノ達に素顔が知られるのを嫌がった訳ではない。

 

「私の包帯は外部にリンカーコアが察知されにくくするのと出力を抑える役目も有るんですよ。まぁ、あの刺青を隠す意味合いもありますが」

 

「え? あの刺青を知られて何か不都合あるの?」

 

「単純に顔に刺青が有ることを知られると、危ない人間だと思われるんですよ。包帯なら、向こうが勝手にデリケートな問題だと解釈してくれますし」

 

 そのせいで学校で嫌がらせを受けているが、刺青でも似たような物だっただろう。

 

「その包帯にリミッターの役割を有るのは分かったが、外部にリンカーコアが知られないというのは?」

 

「以前、資質の高いリンカーコア持ちのせいで誘拐されたことがあるので。念のためです」

 

 尤も、もしかしたらそれが遥か過去の可能性も出てきたが。調べようも無いので取り敢えず今は置いておく。

 その件について幾つか質問されたが、彩那から一方的に打ち切る形で会話を終了させると、今度はフェイト達の処罰の話になる。

 本来、次元干渉────最悪、1つの世界を滅ぼしかけた彼女達はかなり重い刑に服する筈だが、フェイト達の家庭環境が特殊であることや、最後にはこちら側に協力したことを踏まえてかなり減刑される、というよりも、させる為に動くらしい。

 

(それも、事件が起きたのが管理外世界だからかな? 嫌だなこんな風に考えるのは)

 

 フェイトの減刑に対して喜ぶよりもそんな邪推をする自分に内心で嘆息する。

 

 余談だが、この事件に協力したなのは達は管理局から賞状が送られる筈だったが、彩那が人を殺した人間がそんな物を貰うべきじゃないと辞退した事で、貰うのはなのはだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に戻って数日。

 いつも通りの日常を過ごしていた彩那だがなのはから連絡が来た。

 何でもフェイトと少しだけ会えるように取り計らって貰えたそうだ。

 彩那もどうかと誘われたが、加害者(彩那)被害者(フェイト)に会う訳にもいかず、断る。

 

(恨まれてる、だろうな……)

 

 理由が理由とはいえ、あれだけ慕ってた母親を殺した相手だ。

 なのはとの関係に何らかの悪い影響がでないことを祈るしかない。

 若干気分が落ちている彩那。

 母親から頼まれた買い物を済ませて帰宅しようとする。

 

「え?」

 

 そこで見覚えのある、赤い三つ編みを見たような気がした。

 

「気のせい、よね……?」

 

 振り返るとそこにその人物は居らず、不安を振り払って彩那はマンションに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




無印編終了。
何話かASまで空白期間の話を書いてからAS編を書きます。
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