大きな洞窟を80人程の集団が進んでいた。
その集団の内、60人以上がまだ10歳前後の子供達ばかりというのが奇妙だった。
大半の者達はどこかしら負傷しており、中には大人に背負われている子供もいる。
1番前を歩いている2人の少女が会話をしながら歩く。
「殿に残った冬美ちゃんと渚ちゃんは大丈夫かな?」
「あの2人なら心配ないと思う。むしろ、敵を全員返り討ちにしてるかもね」
璃里の不安に彩那がウインクして返す。
現在彼女達は投降した敵国の兵と共に同盟国まで逃げていた。
ベルカ式という魔法体系を基礎とするこの世界では中の下程の小さな国。
他の世界にもベルカ式を主とする国は存在するらしいがこの世界ではその1国だけだ。
後ろに続いている子供達はそれなりに高い魔法資質を持っていただけで兵士として徴兵された子供と、それを庇護する大人達という面子。
彼らが守っていた砦は既にその価値は無く、残っていた大人達は此方への投降を希望した。
カートリッジシステムを始めとするベルカ式の情報提供を引き換えに。
しかしベルカ側はそれを良しとせず、兵を向けて来てた。
負傷兵を抱える中で真っ向から戦えば全滅必至。
この地域は魔力の波長が特殊で下手に転移魔法が使えない。
空を移動するのが1番安全だったが、この場にいる半分以上は飛行できない。
故に、天然の地下洞窟を通って逃亡中だ。
渚と冬美。それと数名のホーランド兵で殿を務め、彼女達は別ルートから逃走する予定だ。
地下洞窟の入り口は念の為に破壊して通れないという理由もある。
「そう言えばさ。ベルカとの戦闘で最近スゴく強い兵が出るって噂だよね。何でも一騎当千の騎士だとか」
ここ最近の報告書に上がるベルカとの戦闘記録や兵士達の噂を口にする。
「古い魔法の道具から現れた魔導師らしくて確か名前は────」
「
背後から男性が話に混じってくる。
それは投降兵の代表であり、隊長の男性だった。
「闇の書と呼ばれる魔導書が主を守る為に存在する騎士達だ。本来はリンカーコアの蒐集を目的としているらしいが、今代の主は戦争の兵士として各地の戦場に派遣している」
話を聞いて璃里が不安そうに肩を小さくする。
殿に残った2人がもしそんな強い敵と相対したらと。
彩那は璃里の肩に手を乗せた。
「大丈夫。2人なら絶対に。今はそう信じましょう」
「彩ちゃん……」
この場に居ない以上、信じる事しか出来ない。
璃里もそれを理解しているからこそ頷く。
「それよりもずっと洞窟内の探査をしてるけど大丈夫?」
「うん。そんなに魔力は使わないし」
「疲れたらちゃんと言ってね」
璃里は常に洞窟内の地形を魔法で探査して王剣にそのデータを送らせている。
もしも迷ったら全員野垂れ死にである。
洞窟内を進む。
足場が悪く、太陽の見えない洞窟では時間の感覚も狂ってくる。
時折崖のような段差もあり、移動している全員の体力と精神を削っていた。
「これ、分けて飲んで。半分しか残ってないけど」
休憩中に璃里は水を飲み干してしまった3人の子供に自分の水筒を差し出す。
「でも……」
相手が躊躇っていると璃里は大丈夫だと笑う。
「わたし、燃費が良いから。あんまり喉渇いてないの」
努めて明るい声で言うと、相手もありがとうと言って水筒を受け取った。
「無理するわね」
「だって、絶対助けてあげたいもん」
魔法資質が有るから無理矢理徴兵された事に自分達を重ねている。
年齢が近い事もあるだろう。
彩那は璃里に自分の水筒を渡した。
「私のを飲んで。璃里ちゃんに倒れられるのが1番困るんだから」
「ありがとう、彩ちゃん」
璃里は水筒を受け取って2口だけ水を飲む。
洞窟内の移動は続く。
疲労を見せる者に肩を貸し、協力をして。
誰も弱音を吐かずにこの先にある出口を信じて。
1日か、もう数日経過したのかすら分からなくなった頃、変化が起きる。
「風?」
「おい見ろ!」
汗だくの顔に涼しい風の感触と音が届く。
少し進むと魔力による明かりとは違う光が差していた。
棒になった足など気にならないくらいの速足でその光を目指す。
洞窟を抜けると────。
出たのは森の中だった。
鼻には草の臭いがする。
太陽の光が眩しかった。
「璃里ちゃん」
「うん! ベルカ領は抜けてる。同盟国の領内だよ!」
璃里の報告に安堵する。
そこで投降兵達を一緒に率いてくれていた歳上の部下が別の報告をする。
「アヤナ様! 近くに川が見えます!」
『!!』
川と聞いて皆の目の色が変わる。
「はい。ならそこで最後の休憩を取りましょう」
その指示を聞いてさっきまで死にそうな顔をしていた者達の瞳に活力が戻って川へと急いだ。
「水! 水ーっ!!」
「気持ちいいーっ! 生き返る!」
川の水の恩恵を皆が受けている中で彩那も手で掬って水を飲む。
「冷たい……」
数時間ぶりの水分に癒される。
移動中は邪魔なので
「わっ!?」
「あはは! 気を抜き過ぎだよ彩ちゃん!」
「やったわね!」
お返しに璃里にも水をかける。
そうしてじゃれていると先程ヴォルケンリッターについて話してくれた投降兵の隊長が近づいてくる。
「勇者アヤナ。勇者リリ」
ここ数年の活躍で4人の勇者はこう呼ばれる事も多い。
彼は笑みを浮かべていた。
「ここまで私達の為に尽力してくれたことを感謝する」
そのお礼に璃里が照れる。
「もう少しの辛抱です。わたし達も皆さんを手厚く扱ってくれるようにお話しますから」
「ありがとう」
手を差し出して握手を求める隊長。
彩那がその手を握ろうと腕を伸ばす。
────ガンッ!?
「え?」
手が触れる瞬間に隊長の頭が高速で飛んできた鉄球に粉々に粉砕された。
「彩ちゃんっ!?」
理解できずに茫然としていると、璃里が彩那を押し倒す。
すると、再び飛んできた鉄球が空を切り、木に激突した。
「アレを見て!」
子供の1人が空を指差す。
そこには2人の人物が空に立っていた。
1人は似合わない鎧を着た10にも届かない年齢の赤い髪の少女。
もう1人は褐色肌の白髪で動物の耳と尻尾が見える筋肉質な青年。
その2人を見て誰かが呟く。
「ヴォルケンリッター……!」
(待ち伏せされた……!?)
洞窟は追ってこれない。
なら、予め洞窟の出口を予測して先回りしたとしか考えられない。
彩那は勇者服の鎧部分を魔力で形成し、聖剣を握る。
そして部下に指示を飛ばす。
「あちらの相手は私がします! 皆さんを守りつつ逃げてください!」
ここまで来て投降兵を。それも子供を殺させる訳にはいかない。
そう思って空に居る2人に立ち向かう。
すると、青年の方が平手を向けてグッと拳を握る。
何かの攻撃かと警戒したが、異変は地上から起きた。
「キャアアアアッ!?」
「リーザッ!?」
「痛いっ!? 痛いよぉ!?」
地面から突然魔力で作られた白い刃のような物が生え、子供達数人を串刺しにする。
そちらに意識を取られると、青年が狼の姿に変化して高速で川へと突撃し、部下の1人の喉元に食いついた。
口を血で真っ赤にしながら地面から白い刃が生えて刺していく。
「やめてっ!? 戦えない子供達を相手にっ!?」
「邪魔だ」
地上へ向かおうとする彩那に赤い少女が手にしている槌を振るってくる。
それを何とか防御魔法で防ぎ、逆に聖剣を振るうと向こうも防御魔法で防ぐ。
青と赤が交差し、剣と槌が幾度もぶつかり合う。
(この子、強いっ!?)
これまで戦った中で間違いなくトップクラスの実力者。
攻防に焦れたのか、相手が別の構えを取った。
「アイゼンッ!」
槌から銃弾の薬莢が排出される。
すると敵の魔力が爆発的に跳ね上がるのを感じた。
槌の形も変化しており、片側が突起物になり、反対側がロケットのジェットみたいな形に変わる。
「ラケーテンハンマーッ!」
槌から火が噴き、回転しながらこっちに突っ込んでくる。
「!?」
危険を感じた彩那は全力で防御魔法を展開する。
しかしその攻撃性能は彩那の予想を遥かに上回っていた。
(シールドが破られ────っ!?)
「オラァ!?」
気合いと共に彩那の防御魔法は破壊され、そのまま鎧の胸当て部分に直撃する。
鎧が破壊される音と共に地上へと吹き飛ばされる。
木に衝突した彩那は血を吐いた。
(今ので肋骨が……!?)
「キャアァアアアアッ!?」
痛みに呻いていると璃里の悲鳴が聴こえた。
地面から生えた白い刃が硝子細工のように粉々となり、それが璃里の全身を切り刻む。
赤い少女が子供達に襲いかかるのが見えた。
「ク、ソ……!!」
魔力で背中を弾くイメージで飛び、助けようと動く。
相手の子供もそれに気付いて彩那に手を伸ばした。
しかし、巨大化した槌が伸ばした腕を残してその小さな体を叩き潰す。
「あ、あ、アァ……ッ!?」
さっきまで生きていた子供が無惨な姿へと変えられる。
その死体を見て、彩那は完全に頭に血が上った。
「お前はっ!?」
「生きてますかっ!? 勇者様っ!?」
気が付けばホーランドの兵に介抱されていた。
あの後、ホーランド王国を含めた多くの魔導師があの場に現れた事でヴォルケンリッターは撤退したと聞いた。
「とぉ……こーへいは……? りり、ちゃ……も……」
肋骨と左肩が折られ、頭から血が出ている彩那はどうにかそれだけ訊ねる。
「リリ様もアヤナ様同様負傷しておりますが、無事です。投降兵の方々も、6名の生存が確認されてます」
80人近くいた投降兵で生き残ったのは6人だけ。
その事実を呑み込むと目から涙が溢れた。
「わ……た……守……なか、た……」
敗北と不甲斐なさを噛み締めて彩那は腕で目を覆った。
これから2年続くベルカとの戦いでヴォルケンリッターとは幾度となく武器を交える事となる。
「なーなー。今度から綾瀬さんの事をアヤアヤって呼んでえぇ?」
「断固拒否するわ」
久しぶりに小学校にやって来た八神はやての提案を彩那は即座に却下する。
えー、と不満そうにするはやてに彩那は息を吐く。
「いきなり何よ」
「いやーほら。綾瀬さんて少し近寄り難いやろ? だから可愛い渾名でも付ければちょっとは周りから親しみ易くなるんかな思うて」
「まさに余計なお世話ね」
顔全体に包帯ぐるぐる巻きの女子なんてそりゃ近寄り難いだろう。
その上、以前彩那は嫌がらせをしていた生徒に手を上げた事で周囲から怒らせると手が出るヤバい奴認定されて益々孤立していた。
「いいのよこのままで。正直、交友関係を無理に広げる気はないから」
「淋しくない?」
真っ直ぐと彩那を見るはやて。
その表情が少し前から交流を持つようになったなのはやその友人を連想させた。
だから余計なことが口を
「何て言えば良いのかしらね……」
「?」
「"去年"色々遭って、ここでどう過ごせば良いのか分からないのよね」
この世界から行方不明になった後の生活が強烈すぎて周りに合わせるのが難しい。
自分が学校という空間でどんな顔して過ごしていたのか殆んど思い出せない。
「踏んでいる足場がいきなり崩れる怖さ、とでも言えばいいのかしら。自分の常識がある日突然引っくり返る。それが怖くてある程度緊張感を保ってないと落ち着かない。なのに
親友達との思い出を大事にしているのもあるが、それ以上に平穏すぎるこの日々に自分の居場所を感じられない。
たまに彩那に話しかけてくるクラスメイトも居るが、余計に自分の異物感を認識してしまう。
だから壁を作って距離を取るのが1番安心できるのだと気づいた。
「分かりづらいかもしれないけど、下手に近づき過ぎると傷付けてしまいそうで。だから……」
その告白にどう返せば良いのか分からないはやて。
するとはやての携帯からメールが届く。
それを見てはやてが目を細める。
「トラブル?」
「あぁ、うん。家族に頼んでおいた買い物。ちょう分からん事が有るみたいで」
「親に何を頼んだのよ……」
「いや、親やなくて。わたしの親は何年も前に亡くなってて。今は外国の親戚が色々と面倒見てくれてると言うか、面倒を見ているというか……」
「そう、なの……」
意外な事実に瞬きする彩那。
はやてが車椅子を返す。
「じゃあわたし行くわ。また変な物買われても困るし」
どうやらその親戚とやらは以前やらかしたらしい。
別れの挨拶をする前にはやてが顔だけをこちらに向ける。
「え、と……綾瀬さんの話、あんまりよく分からへんかったけど。綾瀬さんがみんなに迷惑かけへんように頑張ってるのは分かったよー。やっぱりえぇ人やと思うわ」
最後にまたな、と付け加えて去っていく。
「えぇ人……ね」
彩那は手の平を見ると真っ赤に染められているのを錯覚を見る。
「そんな事は、ないのよ……」
高町なのはは夜に突然張られた結界の中で見知らぬ少女に襲われていた。
(以前彩那ちゃんに言われた事が現実になるなんて!)
夏休みに冗談で襲われる予定があるのかと言われた事があるが、まさか本当に襲われるとは思わなかった。
なのはは相手との会話を試みる。
「ねぇ! どうしてこんなことをするの!
しかし相手は手にしているハンマーで鉄球をこちらに打ってくる。
「話を、聞いてっばぁ!!」
爆発に紛れて残った誘導弾を使い不意を突く。
向こうもギリギリのところで回避するが、体勢が崩れた一瞬を狙って
相手が話を聞かない以上は行動不能にしてから事情を聞くつもりで。
だがなのはの砲撃は相手のバリアジャケットを掠めるだけで、終わる。
帽子を落とされた少女の顔付きが変わる。
その変化にビクッと硬直するなのは。
「アイゼン!」
少女がデバイスの名を呼ぶとハンマーから薬莢が排出される。
(なに、アレ?)
なのはの知らない未知のシステムに警戒を強める。
すると相手の魔力が跳ね上がる。
「ラケーテンハンマーッ!!」
ハンマーがジェット化してその速度が先程より大幅に強化される。
なのはは直感のまま逃げを選択するが、相手の速度の方が明らかに上だった。
追い付かれ、杭の先端のようになったハンマーを振るってくるのを防御魔法で防いだ。
しかし────。
(ダメッ! 耐えられない!)
僅か時間耐えていたシールドは次第にヒビが入り、もう少しで粉砕されるところまできていた。
「ならっ!!」
なのははシールドを無理矢理逸らしてハンマーをやり過ごす。
「なっ!?」
この行動には少女も驚いた顔を見せる。
(彩那ちゃんに教わっておいて良かったぁ)
もしも防げない攻撃をされたらどうすれば良いのか。
その講義に幾つかのパターンを説明して練習した。
今回その内の1つに合致したので対応できたのだ。
「野郎っ!!」
しかし相手はジェットを上手く活用して強引にハンマーの軌道を変えて再びなのはのシールドに当てようとする。
シールドの補強は間に合わず、砕かれるのを予測するなのは。
だがそこで上空から何かが割って入り、ハンマーを所有者ごと叩き落とす。
「彩那ちゃん!?」
それは彼女と初めて会った時と状況が似ていた。
「ベルカの結界を感知したから嫌な予感はしたけど、まさか本当に」
忌々しげに呟く彩那。
体勢を立て直した赤い少女が彩那を睨み付ける。
「何だテメエは?」
「ハァ……あの時、ようやく片が着いたと思ったら、またその顔を見る羽目になるなんてね」
「彩那ちゃん……?」
「高町さんは下がってて。今の貴女には手に余るわ。でも大丈夫。私がコイツらを、全員始末して終わりよ……!」
彩那はそう言って顔に巻かれている包帯の結び目に手をかけた。