「ここまでだな……」
ベルカ・ヒンメル王国の第一王子であるラインハルトは静かにそう呟いた。
会議室にいた王子の言葉に呼び出されたシグナムは瞬きをした。
「数時間後にはホーランドを中心とした連合軍が攻め込んでくる。彼らにとってこの国はもはや帝国と戦う為の通過点でしかない。何より民の心は王族から離れている」
美男子と言って良かったラインハルトの顔はここ数週間の敗戦に次ぐ敗戦ですっかり眼に隈ができ、頬が痩せこけている。
それでもシグナムは将としてラインハルトに進言した。
「我らが侵攻してくる敵を薙ぎ払って見せます」
シグナムの言葉にラインハルトは困ったように笑う。
「それは違うよ、シグナム。勝つ負けるの話じゃない。私達はもう、勝ってはいけないんだよ」
ラインハルトの言葉の意味をシグナムには理解出来なかった。
勝ってはいけないとはどういう意味だろう。
「もしも連合軍が倒れれば、帝国を打ち倒す勢力は此の大陸には存在しない。我らが連合に勝利したとて、帝国に呑み込まれるのが関の山だ。知っているかい、シグナム。あの
ラインハルトの言う帝国とはシグナムも幾度となく戦ってきた。
しかし、行われる作戦は全て最低最悪なモノだった。
捕らえた捕虜を肉の壁にするのはまだ序の口。
人体実験で改造と洗脳を施した元敵兵を使役する。
中にはまだ幼子も多くいたと聞く。
しかもその帝国がこの大陸で最大勢力を誇っているのだ。
「もし運良く我らが連合軍を打倒したとしても、この大陸は間違いなく帝国に呑み込まれるだろう。この国が勝利したとして、誰も得しない。だから我らはここで敗れなければならない」
もはや滅びを待つ身だと云うのに、ラインハルトの顔はどこか晴れ晴れとしていた。
「本当なら、王族の首を手土産に民の安全を嘆願するところだが、父上は今更になって我が身可愛さに部屋で震えているのだ。私も簡単には連合軍に投降出来ない理由がある」
ラインハルトは椅子から立ち上がると道具でしかないシグナムにあろうことか頭を深々と下げた。
「弟を守ってやってほしい」
守護騎士の現主にしてこの国の第二王子。
生まれつき病弱で国の政策には殆んど関わっていない。
「何も知らない子だ。この戦争の為に我らがどれだけ民に無理を強いたかすらも。だからせめて兄としてはそんな弟の命だけは守りたい。私が考えているのはそれだけだ。君達も、忠誠を誓うべきは私でもこの国でもないだろう?」
確かに闇の書に選ばれたのは第二王子のウィルであり、ラインハルト達は弟の声で守護騎士を動かしていた。
「民の安全の為に王族の首を、と向こうは要求している。この戦争が終わった後に我らを御輿にして叛乱を起こされたら堪らないからね。それに民も私達王族にほとほと愛想が尽きてるだろう。首の刎ねるところでも見ねば溜飲が下がるまいて」
こうして口にすればする程、自分達が生き残る理由が無いことにもはや笑いが込み上げてくる。
「父が帝国が始めた戦争に乗じて大陸の覇権を握ろうとした時にその首を刎ねてでも私が王位に就き、連合に参加すべきだったのだ。私の優柔不断さが結局大陸の混乱を更に深める結果になってしまった」
そうしてラインハルトは優しい笑みでシグナムを見た。
「負け戦に乗せてしまって済まない。今日までこの国の為に戦ってくれた事に感謝を。弟を、頼む」
もしかしたら、ウィルが闇の書に選ばれずに守護騎士が現れなければ、早々にこの国は破れ、もっとマシな終わりを迎えていたかもしれない。
しかしラインハルトはその予想を口にしない。
今更だし、もしもはもしもに過ぎない。
何よりも、これまで戦ってくれた騎士にそんな事は口が裂けても言えやしない。
「私と違い、弟は一度逃げ切れば捜索の手も緩むだろう。帝国との本格的な衝突を控えた今、あの子にかける労力は抑えたい筈だ」
シグナムは自分達が敵を迎え撃つ間にラインハルトにウィルと共に脱出するように進言しようとしたが止めた。
彼はもう、ここを死に場所と決めているのだ。その覚悟に水を差す言葉をシグナムには口に出来なかった。
「主ウィルは我らが必ず守り抜いて見せます」
「ありがとう。これまで、世話になった」
弟を守護騎士達と共に逃がし、ラインハルトは玉座で敵を待っていた。
嬉しいことに、時流に乗れず、最後まで付き従ってくれる愛おしくも愚かな兵がこの城に残ってくれている。
そして────。
部屋の重々しい扉が開くと、2人の可憐な勇者が入ってきた。
しかしその姿はこの城に残った兵士の血で汚れていた。
青の剣と緑の剣をそれぞれ手にした二人の少女。
緑の剣を持つ少女が1歩前に出る。
「貴方がラインハルト王子?」
「そうとも。私がこの国の第一王子のラインハルトだ」
「ヴォルケンリッターはどうしました?」
「役に立たない騎士なぞ不要。既に首を刎ねてやったわ。さぁ、終わりにしようか」
こんな嘘が通じるとは思ってないが、本当であるかのように振る舞って見せる。
ラインハルトは愛用の槍を構えた。
勿論、ヴォルケンリッターに比する勇者に自分1人で勝てるとは思っていない。
(王族としての仕事はこれで終わりだ。後は────弟の為に、少しでも時間を稼ぐとしよう)
夕刻の海鳴の結界内では、戦闘が続いていた。
なのはは守護騎士の1人であるヴィータと戦闘している。
「わたし達、戦いに来たわけじゃないの! お話を聞きたいだけでっ!」
「新型のデバイスをこさえて来て、なに寝惚けた事を言ってやがる! 大体、あんな殺意増し増しなヤベェ奴の仲間なんざ信用できるかっ!!」
ヤベェ奴と云うのはもちろん彩那の事だろう。
確かになのはも前回の戦闘で彩那がヴィータを爆殺しようとした時にはドン引きしたが。
「彩那ちゃんだって、話をするなら聞いてくれるよ! まずは────」
「うるせぇっ!?」
ヴィータの攻撃がなのはを弾き飛ばす。
同時にカートリッジを使う。
「戦う気がねぇってんなら! これでも喰らって寝とけっ!!」
ブースターに変形したデバイスを手に向かってくるヴィータ。
なのはも即座に新機能を使う。
「レイジングハート!」
なのはが愛機を呼ぶとレイジングハートも薬莢を吐き出した。
展開したシールドがヴィータの攻撃を防ぐ。
「ッ!? 硬ぇ……!」
前回と違い、ヴィータの攻撃になのはのシールドが破れる様子はない。
その事に驚きと嬉しさ覚える。
「オラァッ!!」
それでも力ずくでシールドごと吹き飛ばされた。
崩れたバランスを整え、杖を向ける。
「いくよ、レイジングハートッ!」
再びカートリッジを使って、今度は誘導弾を発射する。
しかし、思った以上の弾数に発射したなのはも驚く。
「バカか! そんな数、制御出来るわけねぇだろ!」
『出来ます。私とマスターなら』
レイジングハートが断言し、なのはは目を閉じて誘導弾の制御に集中する。
その中でジュエルシード事件の時の彩那との訓練を思い出していた。
『魔力を感知する感覚が鋭くなれば、視覚や聴覚よりも鋭く相手の攻撃を知覚する事が出来るわ。リンカーコアに伝わる魔力の触感を信じるの』
目を閉じていても今のなのはには自分の誘導弾を手足のように操る事が出来る。
(うん。分かるよ、彩那ちゃん)
向かってくるヴィータの鉄球。
それをなのはは同じ数の誘導弾を当てて破壊する。
自分を中心に動く魔力の流れが読み取れる。
残った誘導弾がヴィータの全方位のシールドを包むように攻撃していた。
息を吐いて目を開ける。まだ止まって集中しなければ出来ないが、それでも自分の成長を感じていた。
「今度は、簡単にやられる訳には、いかないから!」
フェイトとシグナムもまた空中で激しい攻防を続けていた。
ヒット&アウェイ。
高速で動きつつ1撃を入れたら即座に離脱し、また接近する機を窺う。
『いい? ただでさえ地力が違うのよ。とにかく動き回って捕まらないようにして。一度でも捕まったらそこから突き崩されて終わりだと思って』
ここ数日で彩那からのアドバイスを聞いたが正直、その意見には少しの反感があった。
フェイトも接近戦には自信があった。
シグナムは強敵だと思っているし、絶対に勝てるとは思っていない。
それでもただ一度のミスでやられると断言されたのには正直苛立った。
しかしそれが事実だと今は実感している。
(スピードでどうにか誤魔化してるだけ! 相手にペースを渡したら、一気にやられる!)
鞭のような刃を回避しながら自分の認識の甘さを痛感していた。
シグナムの刃が戻り、剣に戻る。
「この前とはまるで別人だな。武器の性能でこうまで変わるか」
シグナムの呟きにフェイトはムッとする。
「バルディッシュだけじゃありません。私もなのはも今日の為に鍛えてきました」
強くなったのがデバイスだけと思われるのは心外で、そう返す。
シグナムは小さく笑った。
「そうか。それは済まなかった。こんな状況でなんだが、1つ聞きたい事がある。良いか?」
相手から質問をされるとは思っておらず、フェイトは瞬きしてから了承する。
「何を、聞きたいんですか?」
シグナムは地上近くで仮面の男と戦っている彩那に視線を向ける。
「あの少女は、なんだ? 我らの何を知っている?」
先程、戦いで彩那が口にした言葉でシグナムは一瞬だが我を忘れて殺しにかかった。
あの小さな少女に似つかわしくない敵意と殺気も気になる。
しかし、その質問にフェイトは答えられない。
「えっと……ごめんなさい。私も気にはなるんですけど、教えてくれなくて」
彩那はどうも秘密主義なところがある。
もう少し信頼してくれても、と思う反面、無理やり聞き出す事にも抵抗があった。
だからいつか話してくれると信じて待っている。
「そうか。済まない。戦いの最中で訊くことではなかったな。私はヴォルケンリッターの将シグナム。悪いがこの戦いで、二度と我らの前に出ようと思わぬようにお前を叩き潰させて貰う。我らには時間がないからな」
「構いません。勝つのは、私ですから」
フェイトはここでの戦いはあくまでも手段。目的は守護騎士を捕らえて話を聞くことだ。
たとえ勝つ可能性が低くても、負けるつもりでここに居る訳じゃない。
「私は、フェイト・テスタロッサです」
アルフはザフィーラとの戦いで最も劣勢だった。
フェイトとなのはと違い新しい武器もなく、精々数日訓練した程度。
前回との力の差が殆んど埋まってないのだ。
それでも彼女は根性────要するに精神論だけで食らい付いている状況だ。
「アンタもさぁ! 誰かの使い魔なんだろ! ご主人様の間違いを正さなくて良いのかいっ!!」
激しく拳打をぶつけながら問いかける。
一度距離を取ると、ザフィーラは口を開いた。
「我らの行動を主は存じていない。全ては我らの独断であり、責だ」
「そりゃ、どういう……」
彩那は守護騎士達は主の命令で動くと言っていた。
しかしザフィーラは自分達の意思で動いていると言う。
「それが間違っていたとしても、主の為に行動する。お前とてそうではないのか?」
「耳が痛いね……」
アルフもジュエルシード事件の時にどこか間違っていると自覚しつつフェイトの為にと付き従った。
(だからって手加減するつもりはないけどね)
主の為にと共感は出来てもそれが手を抜く理由にはならない。
そんな余裕もない。
(今はコイツらをブッ飛ばして捕まえてから事情を吐かせればいい!)
「……」
仮面の男に対して彩那は猛攻を続けていた。
なのはとフェイトが現れ、目の前の乱入者の登場にキレていた。
しかしその動きはむしろ先程より鋭く洗練されたモノだった。
この世界に戻ってから今日まで、ぬるま湯に浸かるような心地よい日々。
だからどこかでなのは達に合わせていた感は拭えない。
プレシア・テスタロッサ。そして守護騎士との戦いですら殺人に対する躊躇いが有った。
しかし今は、頭が完全に戦争時代の人を殺す意識に切り換わっている。
首を狙って霊剣を振るう。
勿論相手も攻撃を簡単には喰らわない。
だから彩那は、盤上のマスを1つずつ潰すように仮面の男の動きを制限させる。
横薙ぎに振るった剣をしゃがみ回避すると彩那は仮面の男に膝蹴りを叩き込む。
「つっ!?」
「魔剣の災禍を」
距離が出来ると霊剣を突き立てて魔剣に切り替えると砲撃魔法を撃つ。
しかし回避されたらしく、煙に遮られた一瞬で横に回られ、蹴り飛ばされる。
建物のガラスに体が突っ込んだ。
地に足を付けると同時に割れた硝子に魔力を込めて浮遊させる。
「行け」
無数の硝子の破片が仮面の男に襲いかかった。
「こんな物でっ!」
仮面の男は飛んでくる硝子の破片を拳打や蹴りで粉砕して防ぐ。
飛んでくる硝子に紛れる形で忍ばせた魔力の針が飛び出し、脇腹に突き刺さる。
「くっ!?」
小さく苦痛の声が漏れた。
「ハッ!」
その隙に接近した彩那が魔剣で敵の左側の二の腕を斬り付ける。
斬った腕から鮮血が飛んだ。
「貴様っ!」
斬られた腕を押さえる仮面の男。
彩那が剣を構えると同時に結界の強い光が発生し、収まった頃には守護騎士も仮面の男もその場を撤退していた。
「結局は振り出しな訳ね……」
彩那は突き刺していた霊剣を引き抜いた。
リンディの部屋でなのはとフェイトは居心地が悪そうに座っていた。
「……起動実験すらしてないデバイスを実戦投入。あの派手な登場といい、随分と命知らずなことをしたわね、2人共」
「にゃはは……」
「ゴメンね……アヤナ」
別段怒られている訳ではないのだが、彩那からの視線が痛い。
流石に無いだろうが、最悪デバイスが起動せずに地面に大激突もあり得たのだ。彩那の視線が冷たくなるのも致し方ない。
そこでクロノが溜め息を吐いて3人の会話に割って入る。
「というかな。君も怒られる側なんだぞ? まだ腕が治ってないのに守護騎士達と独断で戦闘をするなんて、無茶も良いところだ」
結界内に居た彩那は独断で動いたがクロノ達が間に合わなければ袋叩きの状況だ。
「君が騎士達と因縁が有るのは分かったが。もう少し周りを頼ってくれ。こっちの心臓に悪い」
「……以後気を付けます」
クロノの言葉にやはり言葉だけで返す彩那。
そこでリンディが手を叩く。
「反省はここまでにしましょう。エイミィ。守護騎士や仮面の男の追跡は?」
「すみません、艦長。両方とも撒かれちゃったみたいです。特に仮面の男性の方はいつ結界に入ったのかも……こんなことあるかなぁ?」
気落ちした様子を見せるエイミィ。
結界を張った守護騎士はともかく、乱入者である仮面の男の足跡も逃がしたのは痛かった。
「それにしても。シグナムと戦って思いましたけど、自分の意思で蒐集をしているみたいでした」
「うん。ヴィータちゃんも、誰かの言いなりって感じじゃなかったよ」
彩那が言った、守護騎士達は主の命令に従って動くという話。
しかし、なのは達には守護騎士がただ主の命令に従っているようには見えなかった。
アルフもザフィーラとの会話を思い出す。
「アイツも言ってたよ。蒐集に関しては主は知らないって」
「本当か!?」
「あぁ、責は自分達に有るってね」
クロノの確認にアルフは頷く。
そこで黙って聞いていた彩那が口を開く。
「主の意思で有ろうと無かろうと、蒐集なんて手段を用いる道具です。完成したところでロクな事にはならないでしょうね」
「それなんだが、僕達は闇の書についてあまりにも知らなさ過ぎる。だからユーノ。君は無限書庫に行って情報を集めて欲しい」
「無限書庫?」
クロノの頼みになのはが首を傾げるとユーノが説明する
「無限書庫っていうのは、本局にある巨大なデータベースだよ。管理局創設より遥か前の情報も眠ってる図書館。ただ、あまりにも膨大な情報量にその殆んどが未整理の状態だけど」
「そこから闇の書の情報を探し当てるのは容易じゃない。頼めるか」
「うん。そういうのは得意だし。今僕が役に立てるのはそれだと思うしね」
ユーノがクロノの頼みを了承し、解散となった。
「スクライア君」
2人っきりになり、彩那がユーノに話しかけて振り返る。
彩那からユーノに話しかけるのは珍しい。
「頼みたいことがあるのだけど、良いかしら?」
「珍しいね、彩那が頼みなんて」
ジュエルシード事件の時から何かとお世話になっている彩那の頼みに純粋な興味を抱くユーノ。
「その無限書庫という場所はそんなにも膨大な情報があるの?」
「うん。あそこで調べて情報が出ないなら、他で探しても見つからないんじゃないかなってくらい。もちろん情報が膨大過ぎて見つからない場合もあるけど。なにか調べて欲しいことでもあるの」
「えぇ。勿論闇の書の片手間で構わないのだけど……」
彩那は申し訳なさそうに頼み事を口にする。
「ホーランド式。その発祥であるホーランド王国と国が存在した世界について。出来る限り調べて欲しいの」