「行くわけないでしょう。この時期に海鳴になんて」
任務で海鳴に行くことをはやてに伝えられて、彩那はバッサリ切って捨てた。
「いやいや! 任務やからな!」
「それって機動六課の前線部隊全員で出向かなきゃいけない仕事ですか?」
「う!」
痛いところを突かれて八神はやて部隊長は言葉を詰まらせる。
確かに今回の件は新人のフォワードと数人のサポートだけで事足りる。
「で、でもほら。久しぶりにご両親に会いたいやろ?」
「お気になさらずに。休みには連絡を取ってますし、長期休みには親孝行もしてます」
子供の頃から迷惑をかけ続けている両親だ。彩那としても出来る限り連絡は取って安心させていた。
もしも両親が将来的に介護などが必要になったらこっちに呼んで一緒に暮らすために貯金を貯めている。
「私からすれば、ライトニングの隊長・副隊長を残してゆけと言いたいのを我慢してるのですが? もしこっちで何かあったらどうするつもりですか?」
丁寧に話しているように聞こえるが、遊び半分の気分で部隊を離れるな、と怒っているのをはやては感じた。
「はい。すみません……」
確かに戦力を偏らせ過ぎている。
落ち込むはやてに彩那はため息を吐く。
「まぁ、これまで忙しかったですし、海鳴に行って少し羽を伸ばすのも悪くないでしょう。なにか問題が起きても私が1人で前線メンバー全員分の働きをすればいいだけです」
「サラッとスゴいこと言うとる……」
彩那なら本当に出来そうで怖い。
これは説得は無理だなと判断したはやて。
その会話にリインフォース・アインスが入ってきた。
「申し訳ありません、我が主。今回は私も辞退させてください」
「えぇっ!?」
リインフォースにまで辞退されるとは思わなかったはやては声をあげる。彩那もビックリして瞬きした。
「実は先日の出動で破壊された公共物の補修に対する保険屋との対応が残っておりまして。それに、私が行ってもやれることもありませんから」
既に魔法がほぼ使えないリインフォースの役割は無く、蓄えられた膨大な知識量を活かして、六課設立前からはやての補佐をしている。
本人が辞退するならはやてが無理矢理連れて行くわけにもいかない。
「そうか? 残念やわぁ……それと、彩那ちゃん。もしもこっちでなにか遭ったら、迷わずわたしらを呼び戻してな? 特にアレを使ったらアカンよ」
彩那の最大の切り札。
おそらくアレを使えばほぼ敗けはない。
同時にリスクも高い為、絶対に使わせてはならない。
実際ここ10年で、アレを使ったのは闇の書事件だけなのだ。
「分かってます。無茶はしませんとも」
「リインフォース。もしもの時は彩那ちゃんをお願いな」
「はい」
何故リインフォースに頼むのか謎だが、はやてがおみやげ楽しみにしててな~、と事務室を出る。
書類作成の続きに入るリインフォースに彩那が話しかける。
「珍しいわね。貴女が自分から八神さんと別行動を取るなんて」
「別にそうでもないさ。だが、ここ最近は妹が主に甘えられる時間を削ってしまっていたからな」
要するに妹であるリインフォース・ツヴァイに気を使ったのか。
納得して彩那も自分の仕事に戻る。
この10年、リインフォースを含めた守護騎士達との関係は穏やかなモノへと変化していた。
それなりの頻度で顔を合わせる機会があり、幾つかのきっかけを経て、心の整理が付いたのだ。
過去の事を完全に許した訳ではないし、友人と問われると疑問だが、少なくとも顔を合わせただけで武器や殺意を向け合う関係ではなくなった。
(お互い、助けては助けられてきたしね)
少しだけこの10年を振り返って珈琲が空になったカップを置く。
すると珈琲の入った容器を持って近づくリインフォース。
「注ぐか?」
「お願い」
そんな短いやり取りをする2人。
リインフォースが彩那のカップに珈琲を注ぐ。
すると、その場に変化が起きる。
突如リインフォースの足下に魔法陣が展開された。
「なっ!?」
突然の事に固まるリインフォース。
驚いたのは彩那も同じだった。
(ホーランド式の魔法陣っ!?)
それを考えるより先に彩那はリインフォースの腕を引っ張る。
しかしそれは間に合わず────。
魔法陣の光が2人を包み、それが消えると同時に2人の存在も六課の事務室から姿を消した。
「綾瀬副部隊長! リインフォース補佐官!」
残された1人であるグリフィスが唖然とした顔で2人が消えた跡を見つめていた。
「皆ー、お疲れ様ー」
任務から帰還した面々を出迎える八神はやて部隊長。
戻った高町なのはがバリアジャケットを解除し、抱えたロストロギアを渡す。
「お疲れ様です、はやて部隊長。これが今回捕獲したロストロギアです」
布に包まれたロストロギアを渡すなのは。
「形状は少し形の変わった鏡ですね。どういう機能が有るかは今のところ不明です」
「まぁ、それはこれから解析にかければえぇやろ。今日はもうゆっくり休んでなぁ」
最後の方は新人達に向けて言い、重い鏡を持って隊舎に入ろうとする。
そこで鏡が震えだした。
「えっ!?」
「はやてっ!」
反射的に身の危険を感じて鏡から手を離すはやて。
それにヴィータが守るようにはやての前に立ち、シールド魔法を展開する。
鏡に巻かれた布は自分から離れるように解かれてゆく。
そして鏡の表面から見たことのない魔法陣が展開されると強い光が放たれた。
眩しさに目が眩み、一同が目を閉じる。
強い光が収まると、そこには2人の女が抱き合う形で立っていた。
1人は顔に包帯を巻いて顔は見えないが、体つきから女性と判る誰か。
もう1人は────。
「リイン、フォース……?」
確かめるようにはやてが彼女を呼ぶ。
10年前に自分は世界で1番幸福な魔導書だと言い、自分の前で逝ってしまった大切な家族。
彼女を見て、その場にいたヴィータとなのはも困惑から固まる。
よろよろとリインフォースに近づこうとすると、包帯を巻いた女が動いた。
腰に下げたポーチからカードを抜き、それが瞬時に青い刀身の剣へと変化するとはやての喉元に突き付ける。
鋭い眼ではやては見る誰かはすぐに驚いた様子で瞬きした。
「八神さん?」
「へ?」
知らない人物が自分の名前を呼んだ事に、剣を突き付けられた事実より困惑が強くなる。
そこで後ろにいたなのはがレイジングハートを向ける。
「武器を下ろしてください! 抵抗をすれば撃ちます!」
険しい表情で警告するなのは。
包帯の女は
「これはどういう事か、説明して頂いても?」
八神部隊長が使っている隊長室にははやてを含めた5人の隊長達とリインフォース・ツヴァイ。そして予期せぬ来訪者である2人が集められていた。
「平行世界……」
互いに持っている情報を擦り合わせるとそういう単語が思い浮かぶ。
綾瀬彩那と名乗った女性は眉間にしわを寄せて返答した。
「互いに嘘をついてないなら、そう考えるのが妥当でしょうか……」
不機嫌そうな彩那にはやてが謝罪する。
「え、と……なんかすみません……」
意図した訳ではないが、此方が彼女達を喚んでしまったのは事実だ。
自分の態度に問題があると察した彩那は小さく首を振る。
「お気になさらずに。以前似たような事に巻き込まれて少し気が滅入っただけですので」
「は、はぁ……」
前にもこんなことに巻き込まれるとはいったいどれだけ運が悪いのか。
そこで気まずそうにはやてはリインフォースに視線を移す。
「それで、リインフォース、て呼んでえぇんかな?」
「はい、構いません。私は主、と呼ぶわけにはいきませんね。はやてさんと呼ばせていただきます」
同一人物とはいえ、やはり別の人間なのだ。
リインフォースの主は元の世界の八神はやてしかあり得ない。
そこら辺のケジメにはやては複雑そうに笑う。
そこでフェイトがはやてに質問する。
「それではやて。彼女達の今後は?」
「うん。一応そちらがえぇんなら
見知らぬ女性で居る為に、出来るだけ失礼の無いように話すはやて。
「此方もそうしていただけると助かります。それと、あのロストロギアの解析には私も手伝わせてください。私達をこちらに転送した際にホーランド式の術式でした。なら私が少しは役に立てると思います」
「ホーランド式?」
聞いたことのない術式に隊長達が首をかしげた。
それを察して彩那が簡単に説明する。
「時空管理局創立前に使い手が殆んど居なくなった魔法体系ですよ」
「彼女はその術式を使う此方の管理局でも唯一の局員です。あの鏡がホーランド式で作られているなら、きっと力になれると思います。勿論、私も」
リインフォースが補足するとはやてが協力を了承する。
「はぁ。それじゃあ協力をお願いできますか?」
「えぇ。本職の技術者ではないのでどこまで出来るか分かりませんが、必ず」
彩那がそう言うと、はやての肩に乗っていたリインフォース・ツヴァイがこの場にいる全員が気になっていた事を訊く為に手を上げる。
「あの……綾瀬彩那さん?」
「どうかしましたか?」
おずおずとした様子のツヴァイが意を決して質問した。
「その、どうして顔に包帯をしてるんです?」
「こ、こらリイン!」
皆も気になっていたが、相手の気に障る可能性が有るので敢えて訊かなかった。
それに彩那は特に気にした様子もなく答える。
「構いません。別に気にしませんから。以前似たような事に巻き込まれたと言ったでしょう? その時に色々と顔の見た目を弄られてしまって。それ以来、周囲に見せられない顔になってしまったの。醜女の顔なんて誰も見たくないでしょう?」
まぁそれが、100%の真実で有るかは話が別だが。
(相も変わらず顔の話題になると真実と嘘を混ぜてくるな)
そんな彩那にリインフォースが呆れていると此方の世界の面々が気まずい顔をする。
「ご、ごめんなさいです……」
「いいのよ。それなりの頻度で訊かれるから」
笑って見せるが、包帯のせいで微妙に怖かった。
別世界の機動六課の世話人なることになった彩那とリインフォースは早速問題のロストロギアについて調べる。
八神はやての方もユーノに無限書庫で調べて貰うように協力を要請した。
デバイスの調整などを行う部屋を借りて解析を行う。
「やっぱり、私が知ってる時代より前の技術ね。もしかしたら私の剣より前の世代かもしれないわ」
これだからロストロギアは……、と愚痴るように眉間のしわを深くする。
いっそのこと、王剣を使って術式自体に介入してみるか、と考えていると、はやてとツヴァイが入ってくる。
「すみませーん。夕飯の時間ですけどー。一緒にどうです?」
はやてが夕食を誘う。
しかし、彩那はそれを拒否した。
「ごめんなさい。せっかくだけど、私はまだ解析を進めたいから遠慮します」
自分達の世界の六課も心配であり、少しでも早く戻らなければならない。
彩那が断るなら、とリインフォースも断ろうとしたが、彩那が行くように告げる。
「貴女は行ってきなさい。解析は私だけでやるから」
此方ではリインフォースは亡くなっていると聞くし、同一個体である彼女と話したいことはあるだろう。
「1人で考えたいのよ」
「……分かった。なら後でここで食べられる物を持ってこよう」
「えぇ。お願い」
「それで、あの綾瀬彩那さんって人はどんな人なん?」
席に着くとはやてがリインフォースに質問する。
集まっているのは八神家の面々となのは、フェイト。
色々と聞きたい事もあるが、どうにも綾瀬彩那は此方との会話をやんわりと拒否しているように見える。
「そうですね。優しい人だと思いますよ。私がこうして皆と過ごせるのも彼女のお陰ですし。尤も、彼女はそんなつもりではなかったようですが」
リインフォースが今も生存出来ているのは彩那が闇の書の内部で大暴れした副産物。棚からぼた餅、というやつだ。
対してはやて達はリインフォースが存命しているのが綾瀬彩那のお陰という言葉に驚いている。
「確か、我が主が聖祥大に転校する前の学校での同級生だった筈ですが? 此方では違うのですか?」
「えぇ!?」
「そうなの? はやてちゃん」
「いや、聖祥大の方の記憶がのーみつ過ぎてその前の学校の同級生とか殆んど覚えてへん……」
綾瀬彩那と口だけで繰り返し思い出そうとするが、やはり出てこなかった。
そこでヴィータがでも、と口にする。
「アイツを見た……いや、アイツの剣を見た瞬間、なんかヤベー感じがしたんだ。あの時、あの女をぶっ殺さなきゃいけないって思うくらい」
「物騒だよ、ヴィータ」
ヴィータの発言にフェイトが嗜めると、わーってるよ! と食事をかっ込む。
ヴィータ自身、何故そう思うのか、イマイチ理解できないのだ。
そんなヴィータにリインフォースは優しく語りかける。
「心配することはない。私が言える事ではないが、綾瀬は理由もなしに誰かを傷付けるような人間ではない。だから警戒する必要はないんだ」
結局鏡のロストロギアについては大した事は解らず、綾瀬彩那とリインフォース・アインスは六課の隊舎に泊まる形となった。
特にツヴァイが憧れの姉と会うことが出来て眠くなるまでお喋りを続けていた。
そして────。
六課の訓練場で彩那はバリアジャケットを纏って空を見上げていた。
「何故私は訓練場に居るのかしら?」
彩那のバリアジャケットは子供の頃から変更されている。
以前クロノに鎧姿だと味方も萎縮させるからもう少し身軽にしてくれと意見された。
それで今は手甲と足甲を残して鎧の下のインナーとマントだけになっている。
そして彩那がここに立っているのは昨日リインフォースが余計な事を言ったせいだ。
彩那が強いのかとシグナムが訊いた際に、六課の隊長陣と同じくらい強いと答え、子供の頃にはなのは、フェイト、はやての3人がかりでも彩那相手に白星を挙げられなかったと正直に話して、当時の戦闘記録の映像まで見せてしまった。
それに1番反応したのはシグナムだったが、保護してる人間を隊長格が闘うのはマズイとはやてがストップをかける。
しかし、ホーランド式のデータが出来れば欲しいのも事実でもあり、なのはが食事後に新人達の訓練を手伝って欲しいと頼み込んだ結果、押し切られる形で了承してしまった。
「すまない、綾瀬」
「いいわよ。貴女が八神さんに甘いのは知ってるし、世話になっている以上、宿代だと思いましょう」
そう割り切る事に決めた。
ついでにここのところの運動不足を解消するとしよう。
「それじゃあ今日は、綾瀬彩那さんと実戦形式の模擬戦闘をやって貰います」
「私の事は犯罪者だと思って、全力でかかってきてください」
彩那の言葉にフォワードの面々は戸惑っていた。
なのはの合図で模擬戦がスタートする。
さっきまで戸惑っていても流石に意識の切り替えが出来ており、実戦さながらの気迫で彩那に迫る。
「ヤァッ!!」
スバルが突撃すると彩那は腕を前に出す。
「バウンドシールド……」
か細い声と共に展開されたシールド。
無理矢理押し切ろうとするスバルだが、ゴムを殴るような感触に弾き飛ばされる。
スバルに隠れるように接近したエリオが槍を振るう。
槍を横に避けると追撃してくるエリオ。その隙間を縫うようにティアナの射撃魔法を撃ってくる
射撃魔法を聖剣で受け止めつつ、エリオの槍をマントに巻き付かせて動きを封じると共に首に柄先を当ててデバイスを奪いつつ倒す。動きを止めた一瞬にフリードが口から火を吹いてくる。
しかしその前に鎖のバインドがフリードを絡め取り、地面に叩き落とした。
その間にスバルが再び迫ってくると、彩那は跳躍して対決を避ける。
それをチャンスと見たティアナが20以上の射撃魔法を準備し、一斉に発射した。
「もらったっ!!」
この模擬戦で彩那は飛行魔法を自ら禁止している。
身動きの取れない空中では避けようがない。
シールドで防ぐのなら次に貫通力を高めた射撃で落とす。
そう判断したティアナだが、彩那の対処はその上をいった。
「ハァッ!!」
向かってくる射撃魔法を全て斬り伏せて見せたのだ。
ティアナの目の前で着地する彩那。
「今の判断は悪くなかったわ。惜しかったわね」
そう喉元に聖剣を突き付ける。
そこでなのはから模擬戦の終了を告げる声がかかった。