この世界に来て何年経っただろう?
戦場を駆けて人を斬る事に躊躇わなくなってのはいつだったか。
体は大きくなって。
武器の重さはいつしか感じなくなった。
自分の
どれくらいの人を殺したのかもう分からない。
ただきっと、浴びた血の量は身体に流れる血の量より何倍も多いと云うことだけ。
『あ、あ……ひっ!?』
剣が岩を撫でると目の前の子供が怯えから掠れた声が漏れる。
きっと、私達がこの世界に来たのと同じくらいかもう少し上だろう。
その男の子は地面に転がっている自身の騎士を見渡す。
『シグ、ナ……シャ……ル……ザフィ、ラ……ヴィ、タちゃ……』
騎士達の名を信じられないと言った表情で口にした。
この男の子を守る4人の騎士は強敵だった。
この4人を仕留めるだけでこちらは5倍近い兵が死亡、もしくは重傷を負ったのだ。
自国の敗北を悟った騎士達はせめて主だけでもとこの山に逃げ込んだ。
元々消耗していた騎士達をようやく討ち取る事に成功した。
渚ちゃんが男の子を首を掴んだ。
『あうっ!?』
刃を目に映して涙を溢す。
この国は、酷い惨状だった。
国のトップが私腹を肥やし、民は食べる物がなく、虫でたんぱく質を取り、濁った水で喉を潤す。
限界だった。
民が本来敵国である筈の自分達に助けを求める程に。
そして目の前の男の子は、最後の王族だった。
だけど、目の前の男の子が悪い訳じゃない。
この子にとって衣食住揃っているのが当たり前だっただけだ。
下にいる者の事を気にも止めず、親から与えられる贅沢を甘受していただけ。
幼い子供にその判断が出来なかった事を誰が責められるだろう?
少なくとも私達にはその資格はなかった。
だけど、それでは納得出来ない者達がいる。
『やだ!? 僕、死にたくない! たすけて! 助けてよシグナッ!?』
既に倒れた騎士達に助けを求める男の子。
そんな子供に渚ちゃんは無表情なまま心臓に刃を進めた。
『ゴメンね。どうかボク達を恨んで、許さないで欲しい……』
事切れた男の子から刃を抜いて血を払うと、カードの状態に戻す。
『今回の戦い、やっと終わったね……』
私達に振り向いた渚ちゃんは笑っていた。
『帰ろう、みんな』
だけどその頬は、目から落ちた雫でずっと濡れていた。
パシャン!
図工の時間。教師が席を外している間に彩那が油絵の具で絵を描いていると突然頭から水を被せられた。
それも絵の具を浸したバケツの水を。
(あー。絵、ダメになっちゃった)
ぼんやりとそんな事を考える。
そして、バケツの水をかけた張本人がニヤニヤと笑っていた。
顔立ちはそれなりに良いのだが、意地の悪い内面が表情に滲み出ている少女。
加賀有子。
そして彼女の周りには友人というか、取り巻きと言えば良いのか、よく一緒にいる女子が同じように笑っている。
無関係な生徒はまたか、と呆れるか。自分に被害が来ないようにチラチラと傍観している。
「アンタさぁ、そんな顔で良く学校に来れるわよね~」
そんな顔、というのは彩那が巻いている包帯の事だろう。
「別に」
「アタシだったら、包帯をぐるぐる巻きにするような顔になったら生きていけないわ~」
「別に」
「綾瀬さんも、そんな周りに同情を買うような演技して恥ずかしくないの~? どうせ包帯の下、大したこと無いんでしょう?」
「別に」
彩那の態度に段々と有子が苛立ちの表情になる。
濡れた椅子を雑巾で拭こうと、有子が彩那の包帯に手を伸ばす。
それに彩那は即座に有子の手首を掴む。
「触らないで」
少し強めに握ると有子が痛そうに顔を歪める。
「何よ。やっぱり気にしてるんじゃない」
そこで有子は更に意地の悪い笑みを深める。
「それにしてもおかしいわよねぇ。綾瀬さん1人だけ無事なんて。他の子達はアンタが殺したんでしょう?」
まるでフィクションの探偵が推理で真犯人を指定するように有子は彩那を指差す。
もしかしたら、彼女の中ではそういう演出でもされているのかもしれない。
それに対して彩那の答えは────。
「別に」
興味も無い淡泊な声で返した。
その返しに有子が唇を噛んで睨むと、図工の担当教師が戻ってきた。
教師は彩那を見るなりギョッとした。
「ど、どうしたの綾瀬さんっ!?」
水浸しの彩那に詰め寄る教師。
しかし答えたのは彩那ではなく有子だった。
「先生~。綾瀬さんがいきなり、自分のバケツを頭から被ってぇ! 周りの子のバケツを撒き散らそうとしたんです~! 私達はそれを止めようとして~」
流石に有子の証言に鵜呑みにせずに彩那へ話しかけた。
「そうなの? 綾瀬さん」
「彩那さんは頭がおかしいから~。アタシ達には理解できない変なことを良くするんですよ~」
ぶりっ子口調の有子の証言に取り巻き達も同調した。
教師が彩那に話を聞いているから静かにと注意する。
その光景を彩那他人事のように眺めてから。
「それで良いです。加賀さんの言った通りで」
彩那は雑巾で水を拭くのを再開した。
これらの嫌がらせも毎日の事だった。
休日、高町なのはが友人の家に遊びに行くらしく、彩那もどうかと誘われたが、ジュエルシード関連以外で接点を持つ気はなかったので、丁重にお断りした。
何をするわけでもなく過ごしていると、既に感じ慣れた魔力の波動を感じ取る。
「少し、遠いわね」
だが関係ない。
察知したのなら行くだけだ。
魔力で勇者服を編み、空を飛んで現場に向かった。
高町なのはは現状に困惑していた。
ジュエルシードによって巨大化した親友の飼い猫。
痛い思いをさせずにどうジュエルシードを封印するか考えていると突然乱入してきた黒いバリアジャケットを纏う金髪の魔法少女。
それが巨大化した猫に襲いかかっている。
「やめて! ヒドイことをしないで!」
思わず巨大猫を庇うなのは。
その行動に向こうが敵と認識したのか、雷で出来た魔法のナイフが一斉に襲ってくる。
なのははとっさにシールドの魔法を展開して相手の攻撃を防ぐ。
こちらに戦う意志が無いことを伝えようとするが、一瞬で間合いを詰められ、相手が手にしているデバイスが振り下ろされようとしていた。
鈍器に因る攻撃に目を閉じるが、その1撃はなのはに当たることなく金属音によって阻まれた。
「遅くなったわね。私有地だから、入るのに少し戸惑ってしまったわ」
言って、払うように青い剣で弾く。
ゆったりとした動作で構えを直すと、なのはに問いかける。
「これはどういう状況かしら?」
「わ、分からないの! すずかちゃんの猫が大きくなって、封印しようとしたらあの子が……!」
問答無用で襲ってきたと説明する。
少し考えてから彩那は相手に質問した。
「私達は、ジュエルシードの所有者であるユーノ・スクライアに協力してあの石を回収しているのだけど。貴女は何故ジュエルシードを狙うのかしら?」
真っ先に考えたのは、ユーノがこれまで嘘を吐いていて、目の前の少女がジュエルシードの本当の持ち主。もしくは所有者に頼まれて回収している可能性。
(無いと思いたいけど)
この状況ではユーノのこれまでの説明が本当とも嘘とも決められない。
相手からの返答を待っていると、向こうも口を開く。
「どうかジュエルシードを渡して欲しい。貴女達に怪我をさせたくない」
「事情も話さず要求だけ言われてもね。言えないのなら、何か疚しい事でもあるの?」
「……」
向こうが自分の周囲に先程と同じ雷の刃を生み出す。
「ランサー!」
(少なくとも、実力行使で黙らせようとする相手を気遣う理由はないわね)
高速で向かってくる刃。
「聖剣の守護を!」
シールドを展開して防ぐと発生する爆発。
『高町さん、ジュエルシードの封印を!』
『え?』
『早く!』
『う、うん!!』
こっちはせっかく2対1なのだ。律儀に勝敗を決めてから封印する理由はない。
背後に回ってデバイスを振り下ろす敵の攻撃を剣で防ぐ。
(思ったより速い)
動きは荒いがちゃんと訓練を受けた者の動きだと感じた。
(なら!)
聖剣を待機状態にし、別の剣を使う。
「霊剣の加護を!」
聖剣が青いオーソドックスな西洋剣なら、霊剣は緑色の片刃。形状は日本刀に近い。
1撃で怯ませ、自慢の速度でなのはを先に仕留めようとしたようだが、そうはいかない。
「え!?」
速度を上げて金髪少女の横に追従する。
「ハッ!!」
呼吸と共に振るった攻撃で相手を弾き、なのはと距離を取らせた。
それで終わり。
その攻防の隙になのはがジュエルシードを封印した。
先にジュエルシードを封印された事に、向こうは悔しそうな顔をしていた。
「まだやる?」
向かって来てジュエルシードを奪いにかかると思ったが、意外にも相手は背を向けてきた。
「ジュエルシードは諦めて欲しい。次に邪魔したら、容赦しない」
そう言い残して飛び立って行った。
「何だったのかしら? 彼女」
「うん、でも……」
着地すると同時に服装を私服に戻す。
なのはあの少女の事が気になるようだ。
「なのは! お前何処に行って────」
大学生くらいの青年がなのはを呼ぶが、途中で隣に立つ包帯少女に警戒する。
ここは私有地である。
お呼ばれしていない彩那がいるのはどう考えても不自然だ。
こんな事なら高町なのはの誘いを受けていれば良かったと空を仰いだ。
彩那は飛べます。
聖剣は防御。
霊剣は基礎能力の上昇と思って頂ければ。