記憶を失った綾瀬彩那。
家族だけを残して部屋を出された後に、なのははフェイトに付き添われながら、休憩室の椅子に座り、両手で顔を覆っている。
「なのは……大丈夫?」
心配したフェイトに呼ばれてなのは覆っていた両手を目が見えるくらいまで下げる。
「彩那ちゃんと出会ったのは、魔法のことをまだ全然知らない時だったの……」
まだそこまで前の事ではない筈なのに、今は彩那と出会ったのが遠い日に感じている。
「ユーノ君を手伝うって決めたけど。本当はスゴく不安だった。わたしなんかがユーノ君の役に立てるのかなって」
ユーノはなのはの魔法の才能を称賛してくれたが、魔法の素人であるなのはがその不安を抱くのは当然の事だ。
「それに、ジュエルシードの暴走体も恐かった。体が震えて、足がすくんだ。そんなわたしを助けてくれたのが彩那ちゃんだったの」
今でも鮮明に覚えている自分の前に立って守ってくれた自分と同い年の女の子の姿を。
「それからユーノ君も含めて3人でジュエルシードをどうにかする為に頑張った。素人のわたしが怪我しないように彩那ちゃんがずっと守ってくれて。今思うと良いとこ取りしてたなぁ」
ユーノが結界などのサポートにアドバイス。
彩那がジュエルシードの暴走体を引き付けて、なのはが封印する。
なのはが魔法の素人だったのだから仕方ない。
顔を覆っていた手を組んで膝に置く。
「フェイトちゃんと初めて会った後に彩那ちゃんに鍛えてほしいってお願いしたら、特訓に協力してくれた。フェイトちゃん。フェイトちゃんが海で複数のジュエルシードを同時に発動させた時の事を覚えてる?」
「覚えてるよ。あの時、なのは達が助けてくれたよね」
今思えばとんでもない無茶だった。なのは達が助けてくれなければ、どうなってたか。
「うん。あの時ね。わたし、勝手にフェイトちゃんを助けに行こうとしたの。でも彩那ちゃんに止められて。それでリンディさん達を説得してくれた」
初めて聞いた事実にフェイトが瞬きする。
「ヴィータちゃんに襲われた時も助けに来てくれた」
彩那に出会ってから今日までの事を思い返す。
その時間はとても濃密で、大切な宝物だった。
「助けてくれた。守ってくれた。強くしてくれた。なのにわたし、彩那ちゃんになんにもお返し出来てないよ……」
腰を曲げて膝に置いた手に額を乗せるなのは。
その声は震えていた。
先程の別人のような態度。大人びて見えていた彩那が年相応になったような。
あの彩那に拒絶されてなのはの心に大きな負荷がかかっていた。
フェイトは震えているなのはの肩を抱く。
同時にフェイトも彩那の事を考える。
(いったい、アヤナに何があったんだろう?)
人間が突然あそこまで変わるモノだろうか?
心の中で疑問を投げ掛けるが、それに答えられる者はいなかった。
アースラのデバイスを調整する整備室では彩那の剣に対する調査が行われていた。
しかし進み具合は芳しくない。
「う~ん。また失敗ですね。こちらからどうアプローチしても一定の領域に侵入すると接続を弾かれてしまいます」
「そうか……」
なのはとフェイトのデバイスにカートリッジシステムを搭載した人物であるマリエル・アテンザは調査に四苦八苦していた。
クロノも彩那に大きな負担をかけた事を責任を感じており、彼女のデバイスを調べる事で記憶の欠損を治せないかと思っている。
しかし、肝心のデバイスはこちらからのアプローチを全て拒絶していた。まるで主以外が自分達に触れる事を嫌がるように。
マリエルの作業を手伝っていたユーノが次の提案をする。
「マリエルさん。次はこのパターンで解析をかけてみましょう」
「うん。そうだね。でもユーノ君がホーランド式に関する情報を見つけてなかったら、もっとお手上げだったよ」
「はは……」
苦笑いするユーノ。
闇の書事件の最中に彩那に頼まれたホーランド式に関する調査。
闇の書を調べながら幾つか記録が出てきたのだ。
本当は彩那にこっそり渡すつもりだったのだが、そうも言ってられない状況だ。
(でも、どういうことだろう?)
見つかった記録はどれも数百年前の物ばかり。
彩那の話から魔法文明が在る、管理局がまだ接触してない世界だとばかり思っていた。
これではまるで────。
ユーノは無限書庫から借りてきた本を見る。
それは一冊の日記帳だった。
著者の名には、ホーランド王国第一王女ティファナ・イム・ホーランドの名が書かれていた。
突如海鳴に結界が張られ、警報が鳴る数十分前の事である。
アースラのブリッジは前触れもなく張られた結界に慌ただしく報告が上がる。
リンディはつい数分前に町へ転移させた綾瀬親子が結界内に居ると報告を受けてすぐにアースラへ呼び戻すように指示する。
「駄目です! 結界内に居る2人を転移させられません!」
エイミィの報告にリンディは苦虫を潰したような表情をする。
「対処されていると言うの!」
おそらくはアリサとすずかを闇の書の結界内から脱出させた際に此方の術式を解析して対抗する術式を編んだのか。
「でも何故このタイミングで……」
闇の書の魔力の残滓。偶然と見ても良いが、あまりにもタイミングが良すぎる。
そこである仮説がリンディの中で浮かび上がる。
「なのはさんとフェイトさんを至急結界の中に転移させて! 綾瀬親子の保護を最優先に!」
どうやら中から外へ出すのはNGだが、外から中へ入るのはOKらしい。まるで来るなら来いと言わんばかりに。
もしも闇の書の残滓に何らかの意志があるとすれば。
「目的は、彩那さんだと言うの?」
なのはに似た少女、シュテル・ザ・デストラクターは名乗り終えると手にしている
「ご婦人。私の目的はそこに居る少女のみです。離れれば、貴女に危害を加えないと約束しましょう」
「何を……っ!?」
瑶子が反論しようと彼女の足下に火球が落とされる。
「これが最後の警告です。その少女から離れなさい」
シュテルの警告に彩那が不安そうに母に抱きつく。
瑶子の取った選択は、娘の手を握っての逃走だった。
直ぐに建物の陰に入る。
「成程。それが貴女の答えですか」
仕方ないとばかりに息を吐き、シュテルはふわりと空を飛ぶ。
綾瀬親子は建物の陰を出ると、近くに建てられているデパートの中へと入る。
「お母さんっ!」
「走って! 大丈夫! 大丈夫だからっ!」
娘をシュテルに差し出す選択肢はない。
今の彩那は戦えないだとか、そんな事も関係ない。
綾瀬瑶子が綾瀬彩那の母親だからだ。
娘に危害を加えようとする者が現れて、どうして自分だけ逃げられるだろう。
娘とその友人が消え、帰って来た彩那は別人のように変わってしまった。
きっと酷いモノ見たり、経験したのだろう。仲の良かった友達まで失って。
そんな時に自分はただ待つ事しか出来なかった。
今回、彩那が突然連れ去られても。
だから────。
(この手は、絶対に放さない!)
そう決めて階段を駆け上がる。
スポーツ用品が売っているフロアに辿り着き、どこか隠れる場所を、と探していると、上から声がした。
「見~つっけた♪」
ご機嫌そうな声に上を向くと、そこにはフェイトと瓜二つだが、髪の色が青の少女が天井に足を付けて此方を見下ろしていた。
「とう!」
1回転して着地すると腰に手を当てて手にしているデバイスを彩那に向ける。
「僕は力を司るマテリアル、レヴィ・ザ・スラッシャーだ! 砕け得ぬ闇の復活の為! 君を倒しにきた! いざ尋常に勝負っ!」
問答無用とばかりに戦斧を構えるレヴィ。
レヴィが襲いかかってくる前に、瑶子は近くにあったスポーツシューズを投げ付けた。
それと同時に彩那の手を引いて逃げる。
投げられたシューズを長柄で防ぐレヴィ。
「おっと。やったな!」
攻撃を嬉しそうに、遊んでいる子供のような陽気さで床を蹴って綾瀬親子を追う。
一瞬で詰められる距離。
戦斧が振り下ろされようとする瞬間、彩那が手を前に付き出す。
すると防壁が展開されてレヴィの戦斧が受け止められた。
「わっ!」
逆にレヴィが吹き飛ばされ、ボール置き場に突っ込む。
「彩那……貴女……」
不思議そうに手の平を見る彩那。
たとえ記憶を失っても消える事のない魔法に関する経験値。
体に染みついた経験が先程もシュテルの攻撃を咄嗟に回避して見せた。
しかし事態はその程度では切り抜けられない。
「今のはビックリしたぞ! 今度はこっちの番だ!」
フェイトのプラズマランサーに似た魔力の槍を展開する。
それらが全て綾瀬親子に向いていた。
「いっけぇっ!!」
一斉発射される雷の槍。
それにより爆発が起きた。
爆煙が晴れると、そこには倒れている瑶子とそれに縋り付いている彩那がいる。
防御魔法で防いだが、衝撃で吹き飛び、瑶子が娘を庇ったのだ。
背中と頭を打って血を流し、気絶する瑶子。
「お母さん! お母さん!」
気が動転して母の揺さぶり起こそうとする彩那。
そこでシュテルも合流する。
「爆発があったので来てみましたが、どうやら事は終わりそうですね」
「やっほーシュテるん! 目標は僕がやっつけておいたよー!」
近寄るレヴィにシュテルはえらいえらいと頭を撫でる。
「ですが、トドメがまだです」
「わかってるよー! 今から刺すところさ!」
戦斧が変形して光の鎌を出すと歩いて彩那に近づく。
首を狩ろうと大鎌を振り上げる。
「あ、あぁ……」
「バイバイ」
大鎌は彩那の首を目掛けて振るわれ────。
ガキンッ! と金属がぶつかる音がした。
レヴィと同じ形のデバイスが、長柄同士でぶつかって防いだのだ。
攻撃を防いだフェイトは怒りのままにレヴィを押し飛ばす。
見るとなのはもその場におり、両腕を広げて綾瀬親子を守っていた。
「彩那ちゃん……」
なのはが後ろにいる彩那に話しかけると、恐怖から体を震わせる。
そんな彩那になのはは柔らかい笑みを浮かべて頭を撫でた。
「遅れてゴメンね。でももう大丈夫だよ。今度はわたし達が、彩那ちゃんを守るから」
ずっと自分達を守ってくれた愛しい人。尊い人。
その彼女が恐怖で震えている。
なら彼女を守るのは自分達の役目だ。
彩那に背を向けると表情を一変させてなのはは友達を傷付けた2人を見た。
海鳴の上空では、8人の戦士が目まぐるしく戦っていた。
「紫電、一閃っ!!」
炎を纏ったレヴァンティンを地面にいる彩那へと振り下ろす。
レヴァンティンを聖剣で受け止めた彩那はそのまま宙を浮いてシグナムの体を蹴り上げる。
「むっ!」
この流れに覚えのあるシグナムは反射的に体をズラした。
魔力により、伸びた霊剣の刃がシグナムの首の横を通過する。
そのまま横薙ぎへと剣筋が変わり、シグナムの首を落とそうとした。
「オラァッ!」
そこへヴィータが鉄球を渚に打ち飛ばして攻撃を止める。
「大丈夫かよシグナム!」
「あぁ、助かった」
首筋に流れた1滴の血を手で拭いながら礼を言うシグナム。
合流したザフィーラが難しい表情をする。
「やはり、奴らの連携は厄介だな」
今の綾瀬彩那を見ると勘違いするが、本来ホーランド式は連携を重きに置く。
役目を徹底し、1つの生き物であるかのように敵を追い詰めてくるのだ。
それは勇者に限った事ではなく、一般の兵士達も同様だ。
むしろ兵士の方が徹底しており、6人集まって防戦に徹すればヴォルケンリッターでも撃退に時間がかかる。
「クソッ! 記憶が戻ってなかったら、もう2回は死んでっぞ!」
ヴィータ達が対処出来ているのはかつての記憶を取り戻した事が大きい。
初見なら殺されていたかもしれない。
悔しいが、チームワークという点では向こうが上だと認めざる得ない。
そこでシャマルが皆に問いかける。
「でも気付いてる?」
「あぁ。奴らの強さは我らが知るより劣っている」
リソースの問題か、完全に再現するのは不可能なのかは分からないが、守護騎士達が知る勇者の強さより明らかに弱い。
連携は厄介だし、気を抜いて良い相手ではないが、弱体化している相手に負ける訳にはいかない。
守護騎士達は気合いを入れ直して強敵に向かっていった。