ある王女の日記。
○月✕日。
今日は我が国の勇者達が初陣から帰ってくる日だ。
臣下の言葉を聞くに、問題のない圧勝だったとのこと。
当然だ。彼女達を我が国に喚んで1年。魔法資質や戦闘訓練に於いて他の追随を許さない成績を上げた。
たかだか弱小国の兵とそこらの傭兵程度に苦戦をされていては困る。
それでも勝利には違いない。王女として、勇者達を労わなければならない。そう思っていた。
しかし帰還した勇者達の表情は勝利した喜びとは無縁の顔だった。
一様に疲れた顔。リリィに至っては泣いている顔を手で覆い隠している。
私が彼女達に労いの言葉をかけると、返ってきたのは拒絶だった。
"人を殺してきた事を、そんな風に言わないでっ!"
リリィがそう言って声を上げて泣き始め、アヤナがリリィの顔を隠すように抱き締める。
フユミはただ不愉快と言わんばかりに私を睨んでいる。
どうしてそんな顔をするのか私には理解できない。
彼女達はこの国の勇者で、1つの脅威を取り払う役目を達成したのだ。
誇らしく思う事はあっても、俯く理由は無い筈。
困惑している私にナギサがため息を吐く。
呆れと憐れみと蔑みが混ざった眼で呟いた。
"王女さまにとって、人の命ってそんなに軽い物なんだね"
その言葉の意味が私には理解できなかった。
はやてに似たマテリアル。ロード・ディアーチェが加わった事で戦局は一気に不利になった。
前にはシュテルとレヴィが出て、こちらの攻撃をディアーチェが潰してくる。
「アロンダイトッ!」
なのはが砲撃魔法を撃とうとすると、そのタイミングに合わせてディアーチェが攻撃してくる。
実力伯仲の中で来られた援軍に、なのはとフェイトは劣勢を強いられる。
後退して作戦を練りたいところだが、後ろにいる綾瀬親子の存在がそれを許さない。
なのはがユーノに念話を送る。
『ユーノ君! 2人を何処かに移せない?』
『移せない事はないけど……彩那のお母さんが頭を打ってて! 出来るなら安全に移動できるまで動かしたくないんだ! ゴメン!』
頭への衝撃は軽く見えても深刻な障害を残す可能性がある。設備も無い魔法だけの診察と治療で下手に動かすのは避けたかった。
『分かった! 2人をお願い! 絶対に攻撃は通さないから!』
なのはは気合いを入れ直し、レイジングハートを強く握る。
大きく息を吐いてから再び対話を開始する。
「どうしても、事情を聞かせてもらう訳にはいかないかな?」
「貴女もしつこいですね。それにこの状況では命乞いにしか聞こえませんよ」
圧倒的不利な状況での対話にシュテルは呆れた声音で返す。
なのはとて自分達が押されている状況は理解している。
だが、それはそれ。これはこれである。
何の理由も事情も知らないまま戦うのは悲しい。
目的が違って争うのは仕方なくとも、後になってそうしなくても良かった選択肢が在ったのを知るのは辛いのだ。
だから出来る限りなのはは相手に問いかけ続ける。
この手から溢れ落ちるモノが1つでも減るように。
泣いている誰かを1人でも助けられるように。
「そうかな? でもそれもここまでだと思うよ?」
なのはがクスッと笑うと同時にシュテルに向かって鉄球が飛んでくる。
そしてレヴィには鞭のような刃。ディアーチェには魔力で固められた無数の刃が襲いかかる。
それらを防ぎながらディアーチェが舌打ちする。
「少々時間をかけすぎたか……!」
マテリアルの周囲を管理局とアルフに守護騎士が既に取り囲んでいた。
「くそー! 多勢に無勢なんて卑怯な奴らめー!!」
レヴィが標的をフェイトから管理局の武装局員に変える。
そんな中でクロノが少しだけ前に出て投降を呼び掛けた。
「各地で暴れていた闇の書の欠片は僕達が無力化した。大人しく投降しろ!」
マテリアルの存在が守護騎士と同様に魔力による生命体として対処する。
そうでなければヴォルケンリッターの存在と、その個人の意思を否定する事になるからだ。
何よりも、マテリアルが口にしている砕け得ぬ闇の正体を知る必要がある。
しかし、クロノの意思とは裏腹にディアーチェは杖を構えてシュテルとレヴィに小さく指示を出す。
「シュテル、レヴィ。
「了解しました、王よ」
「まっかせて! 王さまには近付けさせないよ!」
シュテルとレヴィが飛び出して手当たり次第に攻撃を始める。
だが、いくら強者であろうと相手はたったの3人。
その上、数も質も管理局側が勝っている状況なのだから時間稼ぎにしかならない。
それを承知の上で飛んでいる。
レヴィは高速で動きつつ周囲を牽制し、シュテルは魔力の弾をバラ撒いてディアーチェに近付けさせないようにしている。
その攻撃によって何人かの武装局員が撃墜された。
「やめろ! これ以上罪を重ねるんじゃない!」
「我が王の邪魔はさせません!」
マテリアルを止める為に動きつつ、説得するが、向こうは聞く耳持たない。
「バカ野郎がっ!」
「わっ!?」
武装局員を庇う形でヴィータがレヴィのデバイスを受け止めると同時に弾き飛ばす。
それよりも、討つべきははやてに似たマテリアル。ロード・ディアーチェだ。
何をする気かは知らないが、魔法の発射態勢に入っている。
聖夜でリインフォースがやった空間攻撃か。それとも別の目的か。
とにかく魔法が発動する前に叩き潰す。
そう判断してディアーチェに突撃をかけるが、シュテルが射撃魔法で邪魔してくる。
接近に手間取っている内に、ディアーチェの魔法が完成する。
その照準は────。
「我らが次に目覚めた時に、最大の
発動した魔法は彩那達のいるビルへと撃たれる。
放たれた闇色の魔力が3つ。それがビルに衝突すると爆発を起こして攻撃範囲が拡大した。
「彩那ちゃんっ!? ユーノくん!? あぁ……っ!!」
敵の攻撃を通してしまった事になのはが錯乱する。
魔力の渦が晴れると、ビルの上部が破壊されて吹き飛び、壊れた壁が落下して、大きな音を立てて地面に激突した。
誰もが彩那達の生存を絶望視したが、剥き出しになったビルの中にはドーム状の魔力の壁が張られていた。
「アヤナ……」
フェイトがホッと胸を撫で下ろす。
そこには自分の母とユーノを含めて守る防御魔法が展開されていた。
防御魔法が消えると虚ろな瞳の彩那は糸が切れるように意識を閉ざす。
「彩那っ!」
破壊された外壁から落ちそうになる彩那をユーノが受け止める。
自分の攻撃が防がれた事に歯をギリッと鳴らした。
「えぇいっ! どこまでも忌々し────っ!?」
そこでディアーチェの胸からリンカーコアを掴んだ手が生えてきた。
「オイタは、そこまでよっ!」
掴んだリンカーコアを問答無用で破壊するシャマル。
同時にシグナムがレヴァンティンを弓型に変形させてレヴィに矢を射る。
「がはっ!?」
シグナムの矢がレヴィの胸を貫いた。
「レヴィッ!? ディアーチェッ!!」
仲間が2人同時にやられた事で冷静さを欠くシュテル。
そこを付け入られて、彼女はバインドをかけられた。
それをかけたのは、なのはだった。
彼女はレイジングハートの照準をシュテルに合わせる。
「ごめんね……エクセリオン、バスターッ!!」
なのはの砲撃魔法がシュテルを包む。
エクセリオンバスターが通過すると、シュテルの体はボロボロと崩れ落ちていった。
「私も、消えるのですね……」
見つめている手が肘ごと消え去るのを見て結果を受け止めるシュテル。
「勝利したのは貴女方です。なのに何故、貴女はそんな顔をしているのですか?」
シュテルを撃ったなのはは今にも泣きそうな顔でシュテルを見ている。
「なんで、かな? 自分でもよく分からないよ……」
マテリアルが消える事が悲しいのか。
それとも、シュテルを自分の手で消し去った事実が重いのか。
なのはには判断できない。
既にレヴィとディアーチェはその姿を消している。
シュテルは綾瀬親子の前に現れた時のようにスカートの裾を摘まんでお辞儀をする。
「今回は私達の敗北です。次に相見える時は必ずや砕け得ぬ闇を復活させ、今度こそ貴女方を討ち砕きましょう」
予言のように告げてシュテルは体を霧散させて消えていった。
これが、後に闇の欠片事件と呼ばれる事件の結末である。
アースラのベッドに戻された彩那は目を覚ました。
起き上がると頭痛がして頭を押さえる。
「いつっ……二日酔いの気分だわ……」
一気に元の記憶を取り戻した事に依る影響か、吐きそうな程に頭痛がする。
「まさか一時的とはいえ記憶を欠損させるなんて……前はそうじゃなかったのに」
神剣のデメリットを甘く見ていた自分に苛立ちつつ、ベッドから降りる。
医務室に常備されている包帯を失礼、と口だけで許可を取り付ける。
「さてと」
彩那は慣れた手つきでリミッターの術式を包帯に付与させ始めた。
「今回は世話になったわね。ありがとう」
いつも通り顔に包帯を巻いた彩那が昨日受け取る筈だった翠屋のケーキを食べつつお礼を言う。
その姿を見ながらなのはは複雑な安心感を覚えていた。
(なんだろう? 包帯を巻いてる彩那ちゃんを見てホッとしてる)
そんな自分に嫌だなぁと思いつつ、友達の記憶が戻ったことに安堵もしていた。
母親の瑶子は夫である祐司に連れられて先に家に帰って貰った。
また何かに巻き込まれるのでは? と心配していたが、今度は直接マンションに帰ることを約束させて渋々だ。
彩那のお礼にクロノが息を吐く。
「まったくだ。こうなる事を分かっていてあの剣を使ったのか?」
「まさか。前に神剣を抜いた時は数日五感が使えなくなる程度で済んでたので、今回もそうだと思ってましたよ」
「綾瀬さん。それを程度、とは言わんよ」
彩那の言葉にツッコミを入れるはやて。
「今回は参ったわ。次に神剣を抜かなきゃいけない時は後の事で対応策を考えておかないと」
「先ずはあの剣を使う事を避けてくれ」
クロノが青筋を立てて苦言を呈する。
記憶を失うにしろ、五感が消えるにせよ、そんな事をポンポンやられたら周りは心労で胃に穴が空く。
「勿論ですよ。アレは私の本当の切り札だもの。そうそう切ったりしません。でも、備える事は必要でしょう?」
使わない事が理想だが、使わざるを得ない状況も考えないといけない。
今年海鳴で起こった事件の危険さを考えれば、同じ規模の事件が再び起きないとも限らない。
それがどれだけ低い確率だとしても。
「でも、本当に心配したんだよ」
フェイトが珍しく責めるような口調で発言すると、彩那は困った様子で笑う。
「ごめんなさい。でも本当に必要にならない限りはアレを抜くつもりはないのよ」
「そういう事じゃなくて……」
そこから先は言葉にならず、フェイトは押し黙る。
するとユーノが彩那に近付く。
「彩那。頼まれていた物だけど……」
「ん? あぁって、見つかったの?」
闇の書事件の際にホーランド関連の情報を探して欲しいと頼んだが、まさかこの短期間に見つけるとは思わなかった。
「運良くだけどね」
確かに運の要素もあっただろうが、それだけで闇の書関連と同時に探すのは並大抵の事ではない。
物を探すという分野に関して彼は間違いなく逸材である。
ユーノが渡した幾つかの本になのはが身を質問する。
「それなに?」
「彩那に無限書庫で闇の書の情報を探すついでにホーランドに関する資料を探して欲しいって頼まれてたんだ。見つかったのは、ホーランド式の基礎魔法書と王女と思われる人の日記────」
ユーノの言葉に彩那が慌てて本を確認する。
丁重に作られた分厚い日記。
その著者にはティファナ・イム・ホーランドの名が書かれていた。
彩那はその日記を抱き締める。
「ありがとう、スクライア君。本当に……」
「え? いや! その日記、まだ全部揃ってる訳じゃあ────」
心の底からの感謝にユーノは照れるが彩那の様子に誰もが言葉を失った。
目を閉じている彩那の目から涙が落ちている。
日記を抱きしめて彩那は声を圧し殺して泣いていた。