「八神さん八神さん! 夏休みにカレーパーティーしよーぜー!」
小学校2年のもう少しで夏休みが始まろうとする時期に突然森渚さんがそんな誘いをしてきた。
今までそんなに話した事もないのに何故そんな誘いをしてきたのか疑問に思っていると、わたしにまくし立てる。
「今度キャンプに行くんだけど、そこで熊肉狩ってくるから! それでカレー作ろ! 熊カレー!!」
「ん?」
買ってくるとちゃうん? 今発音がおかしかったような。
そんな事を考えていると森さんの頭を宮代冬美さんが小突く。
「悪いわね。コイツ、何故かキャンプ=熊狩りだと勘違いしてるみたいで」
「そ、それは熊さんも迷惑やなぁ」
まったくよ、と宮代さんがため息を吐く。
そこで羽根井璃里さんが苦笑いを浮かべて話に入ってくる。
「そもそもそんな危ない場所でキャンプに行かないと思う」
うん。熊が出るところでキャンプはしたくないなぁ。
それに森さんが不満そうに声を出す。
「じゃあ猪とか狩れるかな? 前にパパが素手で捕ってきた時に食べた鍋が美味かったし!」
「素手?」
冗談やと思いたいわたしに綾瀬さんが教えてくれる。
「渚ちゃんのお父さんって身長が220cmあって、体重が確か150㎏近くって言ってたかな? 筋肉質のスゴい身体してるの。ちなみにお仕事は板前さん」
「……ギャップがすごい」
森さんはどちらかと言えば小柄な方で、わたしと身長もそんなに変わらへんのに。
そんな事を思ってると森さんと宮代さんの言い合いが続く。
「猪も出ないわよ」
「え~? じゃあなにを捕るの?」
「捕らないわよ! 川釣りで我慢しろ!」
「釣りかぁ……クジラが釣れるかなっ!」
「渚ちゃんはどこにキャンプしに行くの? わたし達が行くのは山だよ山」
目が回るような会話に綾瀬さんが話を戻そうとする。
「ところで渚ちゃん。さっきカレーがどうとか言ってたけど」
「あ、そうだ! 夏休み中に八神さんも一緒にカレーパーティーしたいなって誘ってたんだよ! 略してカレパをっ!」
「タコパみたいに……」
3人が呆れる中、わたしは口にする。
「え~、と。どうしてわたし?」
この4人はいつも一緒で、他の子と一緒に居るところはほとんど見たことがない。
わたし自身、挨拶や授業のグループ分けくらいでしか話した事がない。
「前に調理実習で八神さん、スッゴく手際が良かったでしょ? だから一緒に熊を捌いたり、料理したいなーって思ってたんだ!」
「いや……さすがにわたしも熊を捌いたことはないで?」
確かにわたしは料理に関しては小学生離れした腕やと自負しとる。
それもあくまで一般の家庭料理の範疇や。熊のお肉で料理したことはないなぁ。
「ちなみにボクも料理を始め、家事は仕込まれてるから。実は花嫁修業バッチリのいつでもお嫁に行ける女の子なのです」
「誰にアピールしてるの? 渚ちゃん」
両方の親指で自分を指差す森さんに綾瀬さんがツッコミを入れる。
羽根井さんが疑問を重ねる。
「って言うか、なんでカレー?」
「カレーなら多少失敗しても不味くはならないでしょ? 一緒に調理すればゆで卵も炭に変える冬美が居てもダイジョーブッ!」
「くっ! 言い返せない自分が悔しい……」
図星なのか、宮代さんが歯噛みする。
それにしてもゆで卵を炭化ってなにしたんや? そっちが気になるわぁ。
そこで森さんがわたしの手を握る。
「ね? だからカレー作ろ! きっと楽しいよ!」
ニコニコと屈託のない満面の笑顔で誘ってくる森さん。
なんや、誰かと話すのが楽しい、思えるのが久しぶりな気ぃするなぁ。
わたしの沈黙をどう受け取ったのか、宮代さんが森さんの頭を押さえるように手を置く。
「あ~。迷惑だったら断ってくれても構わないわよ。どうせ渚の思いつきだし」
「あ! ごめんな。突然過ぎてビックリしただけやから。うん。わたしで良ければ手伝うよー。誘ってくれてありがとな」
わたしの返事に森さんが目を輝かせる。
「ヤッター! 八神さん大好きっ!!」
「止まれそこの暴走車」
抱きつこうとしてくる森さんを宮代さんが首根っこ掴んで止めた。
「それじゃあ何か決まったら連絡するね! 熊を楽しみにしててー」
「だから捕れねーっ
「そんなに熊が食べたいの?」
まだ熊に拘る森さんに宮代さんと羽根井さんが呆れる。
下校の為に教室を出ようとすると、綾瀬さんが柔らかな笑みで振り返って手を振ってきた。
「またね。八神さん」
「うん。またな」
実はこの後にこっそりと熊の調理法とか調べたりした。
でも、この約束は結局果たされんかったんや。
綾瀬彩那が行方不明だった件について地球側の面でも昨日話がつき、部屋で休んでいると携帯電話が鳴った。
「はい」
『綾瀬さん。ちょっと今えぇか?』
電話をかけてきたのは八神はやてだった。
「もちろんだけど。何かあったの?」
『うん。良ければやけど、これからお昼ご飯一緒に食べへん? 色々お世話になったお礼をしたいし』
「それは、かまわないけれど……」
しかし彩那の来訪にはやての家族が良い顔をしないだろう。
『すずかちゃん達が今日から旅行やろ? だから居残り組のわたしらで親睦を深められたらなーって。それに、グレアムおじさんの件についても知りたいし』
一応はやての保護責任者という立場のグレアムとどう解決したのかははやてとしても気になるだろうし、聞く権利があるだろう。
「分かったわ。今から八神さんの家で良いのかしら?」
『うん。待ってるよー』
「いらっしゃい。ごめんなぁ。急に」
「いいわよ。どうせ三ヶ日で暇だし」
スリッパを履いて家に上がると彩那ははやてに質問する。
「騎士達は局の方?」
「うん。昨日と今日で面接と試験やね。リンディさんのご友人のレティさんって人が面接官で。あ、でも────」
はやてが何かを言おうとすると、奥からリインフォースが顔を出す。
リインフォースは戸惑いつつも笑みを浮かべて彩那を迎え入れる。
「綾瀬か。よく来たな」
「えぇ。身体の調子はどうかしら? あれから、もう戦えなくなったと聞いたのだけれど」
「今の私は存在していること自体が奇跡のようなモノだ。単体での戦闘は勿論、主との融合も難しい」
「もうリインフォースと融合出来んのは残念やけど、傍に居てくれるだけでわたしは嬉しいからなぁ」
「ありがとうございます、我が主」
はやての言葉にリインフォースが笑う。
そこではやてがメニューに関して発言する。
「ところで綾瀬さん。メニューはカレーでえぇ? ちょう懐かしい夢を見て、今日はカレーを作らなあかん思ってなぁ」
「御馳走になる側だから。邪魔じゃなければ手伝わせて。これでも少しは料理出来るから」
「ありがとな。助かるわぁ。ちなみに熊のお肉はありません」
熊? と首を傾げる彩那にはやてが少し淋しそうな顔をする。
キッチンに立って2人で調理を始める。
口を開いたのは彩那からの方。
「グレアム提督の事だけど」
「うん……」
はやての身体に緊張が走る。
彩那を誘拐した件での話し合いが元旦に行われた。
「管理局も交えて決めた事だけど、
「示談……」
「えぇ。お金を払って、私に対して接近禁止の念書を書いて貰った。管理局側があの人をどう処罰するかはまだ分からないけど、
彩那の両親からすれば、娘を誘拐した男を塀の中へ閉じ込めてやりたいところだが、彩那自身こういう結末を望んだ為、渋々納得した。
犯人を有耶無耶にする形で流すと、海鳴市の警察がいつまでも犯人探しをしなければならないし、住民も安心出来ない。
多少強引にでも解決という形を取る必要があった。
「要するに、グレアム提督には児童誘拐犯のレッテルを背負って貰った訳よ」
自分の事なのに大して興味も無さそうに言う彩那。
実際彩那個人はギル・グレアムとその使い魔に最早何の関心もない。
八神家が自立出来るまではこれまで通り援助を続けると聞いたし、それ以外は心底どうでもいい。
「八神さんこそ、グレアム提督に思うところはないの? 闇の書を封印する為の生贄にされかけたのよ?」
じゃがいもの皮を剥きながらされた質問にはやては困った様子で答える。
「う~ん。これまでお世話になったのは事実やし。それに運良く綾瀬さん達が助けてくれたから良かったけど。もしもあのままやったら数えきれん人に迷惑をかける結果になっとったからなぁ。だから仕方ないのかなぁって……」
はやて自身、整理しながらなんとか言葉にする。
「それは客観的な視点での話よ。私が口出しする事じゃないけど、八神さんは怒っていいと思う」
「あはは……ありがとな。でもわたしは家族揃ってこうして年を越せただけで幸せやから」
はやての回答に欲が無いわね、と返す。
少しだけ重くなった空気を払拭するようにはやてが話題を変えた。
「昨日の夜から旅行に行ったすずかちゃんは楽しんどるかなぁ?」
「旅行に慣れてないテスタロッサさんを3人で振り回してそうよね」
「あー確かに」
その様子がありありと浮かんできてはやては笑う。
「たくさん写真撮ってくる言うとったで」
「素敵ね」
きっとそれは楽しい写真に溢れていることだろう。
「綾瀬さんもやっぱり管理局に入るんか?」
「どうかしらね。今の立場が楽だし、両親にこれ以上心労をかけるのも心苦しくて」
「確かにご家族は心配やろなぁ」
自分の周囲で事件が起こるならともかく、次元世界にまで足を踏み入れるのは簡単に決められない。
何より彩那の両親としてはどうしても反対の意見となる。
(騎士達の事を思えば、八神さんが管理局に入るのは必要な事だけど)
いくら闇の書が夜天の書に戻ったとはいえ、騎士達の信用は例外を除いてマイナスである。
そんな彼女達を局員として安全に運用するにはどうするか。
(その為の八神さんよね)
八神はやてという主が管理局に身を置く限り、騎士達も逆らう事はしない。
精神的に依存しているのならなおのこと。
故に八神はやては騎士達を管理局に縛り付ける鎖と成り得る。
(嫌な考え方だわ)
だからこそ彩那ははやての心に留めさせておく。
「八神さん」
「んー? どないした?」
「私は、騎士達の味方にはならない」
「……」
最早ヴォルケンリッターが闇の書の騎士でなくとも、彼女らの所業を無しにする事は出来ない。
しかし。
「だけど、八神はやてさん個人の力にはなるつもりよ。困った事があったら相談して欲しい」
切った野菜をボールに入れる彩那。
「ハハ。ありがとなー。でも出来ればウチの子らとも仲良くして欲しいんやけど……」
「無理ね」
バッサリ切る彩那にはやてが不満そうな顔をする。
それに彩那も困ったような笑みを返す。
はやてからすれば、みんな仲良く、が1番なのだろうし、その考えは否定しない。
「私が許せば、騎士達に傷つけられた誰かに申し訳がないのよ」
初めてヴォルケンリッターと遭遇した時に殺されたベルカからの投降兵。あの時の子供達。
そして一緒に戦ったホーランドの兵士達。
今度子供が産まれると笑っていた人。
病気の弟の治療の為に軍人となった人。
外様だった
その人らを傷付けた事を簡単には許せないし、許すつもりもない。
また、彩那達も当時、数多くのベルカ兵を殺め、騎士達の主も手にかけた。
それを安易に許して良い事ではないし、許されたいとも思わない。
「お互い様、と言えばそれまでだけど、だからこそ互いにごめんなさいをして簡単に馴れ合う事は違うと思う」
仲を深めて許し合う事は素晴らしい事だと思う。
だが、それを強要するのなら、感情など必要ない。
彩那の言葉にはやてはそぉかー、と残念そうに頷く。
そして簡単に諦める気も無いようだった。
「でもいつか。いつかな? ウチの子らとも仲良うしてくれたら嬉しい」
「……努力はしましょう」
「うん」
料理を進めていくと、はやてが彩那の手際の良さを褒める。
「綾瀬さんやるなー。手の動きに迷いがない」
「私としては、八神さんの料理の腕に驚いてるのだけれど……」
「私はみんなが来るまで1人暮らしやったし。ヘルパーさんに料理含めて家事を教わったりしてたよー」
(ギル・グレアム……あの人本当にほったらかしだったのね)
内心でグレアム提督に対する評価を落としながらはやての話に耳を傾けていると、はやてと彩那、両方の携帯が鳴る。
かかってきたのははやてがすずか。彩那がなのはからだった。
メールで旅行の事や4人で撮ったのだろう写真が添えられている。
「楽しそうやね」
「そうね」
こっちは彩那とカレー作ってる事をメールで送信する。
「今回は自粛したけど、次はみんなと旅行に行けたらえぇなぁ。そんときは綾瀬さんも一緒に」
「ウチは前にあんな事が遭ったから。旅行とかはちょっとね」
「あ……」
ちょっとだけ空気が重くなったところでカレーが後は弱火で煮込むだけになる。
サラダの準備をしていると守護騎士達が帰って来た。
「はやて! ただい、まー……」
元気よく帰宅の挨拶をするヴィータが彩那の姿を見て声のトーンを落とす。
眉間にしわを寄せてヘの字を描く口にはやてが叱る。
「こーらー! その表情禁止や! 綾瀬さんを呼ぶのは言うとったやろ!」
「あ、うん……」
はやてに叱られてシュンとなるヴィータ。
その姿に彩那は物珍しい視線で見る。
「ほら。手ぇ洗ってお昼の準備手伝って!」
パンパンと手を叩いて騎士達を動かすはやて。
「お母さんしてるわね」
「主やからな! あ~る~じ~!」
そんなやり取りをしてる中で料理中に私室に居たリインフォースが皿を出し始めた。
「それじゃあ、お昼食べよか。今日はわたしと綾瀬さんの合作! バターチキンカレーや。おかわりもあるから、たくさん食べてなぁ」
いただきますと手を合わせて食事が始まる。
はやてが今日の面接について訊く。
「みんな、今日の面接と試験はどうやった?」
「問題ありません。面接官のレティ殿も此方の事情を汲んでくれるとの事です」
「ま、実技試験は簡単すぎて拍子抜けだったけどな」
「こっちの世界での戸籍なんかもすぐに用意してくれるようです」
各々が今日の面接と試験に対する感想を述べているのを彩那は黙って聞いている。
和やかな家族の会話に何かを重ねつつそれを頭から追い出した。
(今回だけの件を問い詰めるのなら、そこまでの罪にはならないのでしょうね)
守護騎士達に関しては、過去の事件はあくまでも亡くなった主の問題。
自発的に行動した今回の事件のみ罪状が問われる形となった。
以前までは闇の書の機能の1つであり、主の意思に逆らう考えその物が存在してなかったと責任能力が問えない状態だったとした。
裁判でそう持ち込むのに、クロノがかなり苦労したらしい。
はやてがどうにか彩那も会話に入れようと奮闘するが騎士達も彩那も見えない緊張感があり、長く続かない。
それでも宣言するように彩那が言った。
「さっき八神さんにも言ったけど。私はあなた達の味方にはならない」
綾瀬彩那は守護騎士と馴れ合うつもりはないとハッキリ言い放つ。
「だけど、あなた達が管理局に所属する限り、敵にも回らない。ホーランドもヒンメルもないこの世界で、あなた達と争う理由もないから」
正確にははやてがヴォルケンリッターの手綱を握れている限りは、だが。
彩那の言葉に騎士達が少しの間、沈黙していると、シグナムが口を開く。
「綾瀬に訊きたい事がある。お前はやはり、我らが知るホーランドの勇者なのだな」
「そうよ。勘づいていた事でしょう」
半分程減ったカレーライスを口に入れながら彩那は肯定する。
彩那の言葉にシグナムはそうか、と相づちを打ち、質問を続けた。
「なら他の勇者達はどうした?」
シグナムの質問にスプーンを持つ彩那の手が止まる。
感情の無い眼と声で答えた。
「死んだわ。帝国との戦いで。皆、勇者に相応しい立派な最期だった」
彩那の返答に予想はしていたが、騎士達の中で衝撃が走る。
自分達を下した戦士が死んだ事に複雑な想いが渦巻く。
そんな中で、はやてが話題を変えた。
「綾瀬さん。今日綾瀬さんを呼んだ理由、分かるか?」
「……クリスマスでのお礼、でしょう?」
「そうなんやけど、覚えてない? 綾瀬さんのお友達が消える前に、森さんからカレーパーティーしようって誘ってくれたのを」
はやて自身、休学せざるを得ない状況になった事や彩那達が行方不明になった事で約束が有耶無耶になり忘れていた。
「そうなのね。でもごめんなさい。覚えてないの」
「うん。でも嬉しかったよ。わたしも足が本格的にポンコツになり始めて、周りと微妙に距離が出来てたし。森さんがカレー作ろうって誘ってくれたんや。キャンプで熊を捕るからそのお肉でって」
「渚ちゃんなら、言いそうね」
「うん。だから今日、綾瀬さんと一緒に料理出来て嬉しかった。森さんに宮代さん。羽根井さんもおったら、もっと楽しかったんかなぁって」
果たされなかった約束が叶ったIFを想像して微笑むはやて。
彩那を見て周囲が目を丸くした。
そこには無表情で涙を流す彩那が居たから。
「ごめんなさい……」
「え!? いや! こっちこそごめんなぁ!! 何か気に障る事を……!」
「ち、がう……違うのよ……」
くしゃりと彩那の表情が崩れた。
今でも思う。
もしも生き残ったのが自分ではなかったらと。
「生き残る筈だったのは私じゃなかった。生き残るべきだったのは私じゃなかった……」
もしもあの時に生き残っていたのが森渚であったのなら、ジュエルシード事件も闇の書事件も。もっと良い形で解決したのだろうか?
「死ぬ筈だったのは私だった……死ぬべきだったのは、私の方だったのに……!」
次回からなのは達も含めて彩那の過去を話す回に入ります。
ガッツリやると20話くらい続きそうなので、彩那が質問を受け付けながら話す形にして3話くらいで終わらせます。
グレアムの件は肩透かしを食らったでしょうが、勘弁してください。