「なんだその剣の振り方はっ!!」
剣の指導をしていた教官に彩那は殴られて倒れた。
「いったい何度言えば解る! そんな剣で敵が斬れるかっ!!」
指導に熱が入っていて怒鳴り散らすが、それで彩那が畏縮してしまい、余計に剣の振り方がお粗末になっていた。
すると、そこで彩那の指導をしていた教官に渚が助走をつけて横腹に飛び蹴りを放つ。
「おわっ!?」
突然の奇襲に教官が倒れると、渚が指差す。
「ボクの彩那の顔に傷が残ったらどーすんだよ! つーか大の男が女の子の顔を殴るとかサイッテーだぞ!!」
「このっ!」
頭に血が上った教官が渚の頭を掴んで床に叩きつける。
自分の所為で友達が暴力を振るわれるのを見て、彩那が短い悲鳴が出す。
「理解していないようだから教えてやる。戦場に出れば、男も女も関係ない。子供だろうと足を引っ張るお荷物がいたら余計な被害を被るんだ」
無能な味方は強力な敵よりも厄介な存在。
だからお前達の為に厳しくしてるのだと、教官は言う。
しかしそれで納得する渚ではなかった。
「うっ、せーっ!!」
押さえ付けてる手を逆に力づくで外させ、文字通りその手に噛みついた。
手から血が出ると、教官が渚を殴って離させる。
「渚ちゃんっ!?」
これ以上暴力を振るわせない為に彩那が渚に抱きつく。
そこで璃里と冬美を近付いてきた。
璃里が渚の殴られた箇所にハンカチを当て、冬美が後ろを庇うように教官の前に立つ。
「アンタの顔、覚えたから。もしも私らがアンタより強くなったら、今日の事はタダじゃ済まさない。覚えておきなさい」
冬美が睨み付けると、教官が舌打ちして忌々しそうに去ってゆく。
それを見た渚がへっ、とガッツポーズして笑う。
「勝った!」
「鼻血だらだら流してなに言ってんのよ」
「渚ちゃん、ほら、顔見せて。彩ちゃんも」
怪我したところを簡単に治療を始める璃里。
「ごめんね……私がもっと上手く出来てたら……!」
「気にしちゃダメだよ。つーかアイツら要求難易度高過ぎ! まだここに来て1週間だってなのさ!」
「向こうは私らにさっさと戦争させたいのかもね」
渚の怒りに冬美が嫌悪感たっぷりに話す。
顔を俯かせている彩那に渚が額をコツンと当てる。
「大丈夫。恐いモノは、みーんな! ボクが追っ払ってやるからさ!」
歯を見せて笑う渚。
この笑顔に。
この強さに。
この明るさに。
この優しさに。
そしてその言葉に。
いったいどれだけ救われてきただろう?
守られてるだけじゃダメだ。ちゃんと強くならないと。
「私も、強くなるから。みんなを守れるくらいに、強く……!」
生贄、という単語に皆が息を呑む。
怒りなのか悲しみなのか、顔を覆っている彩那の手は震えていた。
「この4本の剣も管理局からすればロストロギアに該当すると思います。そしてクリスマスの時に使った神剣を覚えてる?」
忘れる訳がない。
あの夜、闇の書の管制人格であるリインフォースすら圧倒した神々しい純白の剣。
「あの剣を扱うには色々と条件がある。その中でも最も重要なのが、Sランク以上の魔力資質をもつリンカーコアを各々の剣に捧げる事……所有者も含めてSランク以上のリンカーコアを5人分を1個人が振るう事が出来る。私達はその為の供物としてあの世界に喚ばれたのよ」
あまりにも非人道的な真実になのは達は心の中に渦巻く激情を言葉にする事が出来ないでいる。
「だけど、幸いにも召喚された当初で私達のリンカーコアはそこまでの質じゃなかった。もしもその時点で私達全員がSランク以上の魔力を持っていたら、そこでリンカーコアを引き抜かれて殺されていたかもしれないから」
「そんな……」
勝手に召喚した子供を生贄にする。
たとえそれが本当に必要な犠牲だったとしても容易くそれを実行できる者達の考えが理解できない。
そこですずかが質問をする。彩那に、というより管理局に。
「あの……リンカーコアを取られたら死んじゃうんですか?」
「直接的な原因ではないが……」
すずかの質問にクロノが答える。
「僕達魔導師は大気中の魔力素をリンカーコアで魔力に変換して魔法を行使する。リンカーコアを持ってない者には無いが、体外から魔力素を取り入れる器官が有るんだ。だからリンカーコアだけ引き抜くと……」
「肝臓が無いのにアルコールを摂取し続けるような物よ。取り込み続ければ当然パンクするし、体の中にあるリンカーコアを取り出す以上、ショック死する場合もある。むしろ、そっちの方が可能性が高いかしら?」
そう言う意味では、魔導師は魔力を扱う代わりに弱点を増やした存在とも言える。
「とにかく、私達は神剣を抜く為の生贄として喚ばれたけど、召喚時点ではまだそこまでのリンカーコアじゃなかった。だけど、それはホーランド側も想定内だった。だから彼らはこう考えたのよ。"確かに神剣を抜くには召喚した勇者達の力は足りない。だが、それでも最上級の素質を持っている事には変わりない。ならば勇者として戦場に投入し、自国の敵を討たせつつ、リンカーコアの成長を待てば良い"ってね。魔導師ランクでの重要性はさっき話した通りだし、私達も他に地球へ帰るアテが無かったからね。従うしかなかった」
「なんやの? それ……」
温厚なはやてにしては珍しく、怒りと嫌悪感を露にした呟きだった。
勝手に喚び出して生贄にしようとして、まだ無理だからと戦争を強要する。
はやてとて、いずれは管理局に所属する身だ。しかしそれは決して強要されたからではない。
家族と一緒に罪を償いたい、という気持ちもあるが、リンディから本当に良いのかと、何度も確認してくれた。
完全に無関係は無理だが、管理局に所属せずとも、家族と一緒に暮らせる道はあると。
態々危険で苦しい道を選ぶ必要はないと言ってくれた。
それはリンディ個人として、八神はやては闇の書に選ばれて事件に巻き込まれただけの被害者という見方が強いからだ。
だからこそ、彩那達に帰還を楯にそんな要求をしたホーランド王国に怒りを覚えている。
はやてが他の子達と違い、勇者達の知り合いだというのもあってより強く。
「ありがとう、八神さん。さっきも言ったけど、最初の1年は訓練と勉強ばかりだったから。皆も居たしね。まぁ、それはそれで大変だったけど」
そのはやての感情に気付いて作り笑いをする彩那。
しかしそこでリンディが質問をした。
「最初の1年。彩那さん……貴女が地球で行方不明だったのは、1ヶ月半程よね? 話の最初にも10年過ごしたと言っていたけど」
時間を跳躍した事は取り敢えず納得した。
だが、そうなると今度は別の問題が浮上してくる。
彩那の肉体年齢だ。
個人差はあるが、子供というのは1年で体を大きく成長させる。
1年間も離れれば近しい者なら当然その変化に気付くし、10年ともなれば、別人レベルで違ってしまう。
変身魔法で誤魔化している可能性はおそらく無い。
怪我を負った彩那の身体は何度も調べているのだから。
もしもアレだけ検査をして変身魔法を使っているのか分からなければ、管理局の名折れだ。
「私達は向こうで10年くらい過ごしたんです。ただ、こっちに戻ってくる直前に色々ありまして、肉体が退行したんですよ。っていうか、もしかしたら召喚された時より少し若返ってたかも。背が微妙に縮んでたらしいですが……」
小学2年生に上がったばかりの頃にやった身体測定の結果と地球に戻った後に病院での検査で身長が2cm程低くなっていた。
それはそれとして子供達は大きな衝撃を受けている。
「え? え? それじゃあ彩那ちゃん、わたし達よりずっと歳上ってこと!?」
「10年ってことは、クロノより歳上?」
「ん? クロノ君ってわたしらと同じくらいやないの?」
「……14だ」
今まで同い年だと思っていたのが、ずっと歳上だったのだ。この驚きも仕方ないだろう。
それとは別に騎士達の疑問が解消される。
「おかしいとは思っていたが……まさか肉体が退行していたとは……」
「アタシらと戦ってた時より明らかに
「そうなの?」
ヴィータの言葉になのはが反応し、シャマルが答える。
「はい。私達と戦っていた頃は……こっちの世界で言う、中学生くらいだったと思います」
皆がこれから彩那にどう接すれば良いのか悩む。
それに彩那が苦笑した。
「気にしなくていいわよ。こっちでは関係ない事だし、それに高町さん達も精神年齢が異様に高いから、あまり年下って感じがしないのよね」
「どういう意味よ……」
彩那の返しにアリサは心が追い付かず憮然とした返しになるが、すぐに思考を切り替えた。
「アンタが良いって言うなら、アタシ達もこれまで通り接する。なのは達もそれで良いわね?」
「う、うん……」
戸惑いつつもアリサの提案を受け入れるなのは達。
「話を戻すけど、ホーランドに喚び出されて1年は訓練と勉強に当てられた。ホーランド側も、いきなり私達を戦場に投入するのには無謀だと判断したみたい。北側と違って、ホーランド王国の在る南側はまだそこまで切迫した状況でもなかったし。幸い衣食住は保証されていたけど、それでも最初は大変だったわ。魔法はそれなりに上手くやれたのだけれど、剣術の訓練で木剣を上手く扱えなくってよく教官の人に怒鳴られたよ。それで萎縮してへっぴり腰で剣を振るうから殴られたりしたわ」
懐かしむように語る彩那だが、訓練で暴力を振るわれていたという告白に子供達がギョッと目を見開き、ハラオウン親子が苦い表情になる。
「そんな時に渚ちゃん達がよく助けてくれて────」
そこでフェイトが小さく挙手をする。
「彩那の友達ってどういう子達だったの?」
これから話の中心となる勇者の事を知っておきたかった。
それが彩那の友達ならなおのこと。
「そうね。先ずは羽根井璃里ちゃん。私達の中で特に優しい子でね。小さい頃は自分で育てた花を誕生日とかにプレゼントしてくれるような子で。後ろの王族貴族と違って一緒に戦う前線の兵士との仲は良かったけど、璃里ちゃんは特に可愛がられてたかな」
敵味方問わず戦場で散った兵士達への慰安を自分のお金を使って献身的に努めていたのも理由の1つだろう。
「次に宮代冬美ちゃん。よく暴走しがちな渚ちゃんをグーで止めるんだけど、それは本当に心を許してるからで。それ以外の人には態度が冷たくて、口で言い負かしちゃう子。頭が良くて、ホーランド側の理不尽な要求を拒否してくれた。あの子が居なかったら、私達の扱いももっと悲惨なモノになってたかも」
哀しみを含ませながらも嬉しそうに話す彩那。
自分達は苗字にさん付けなのに、過去の友人達には名前でちゃん呼びをしている。
その事が少しだけなのは達に嫉妬と淋しさを与えていた。
「最後に森渚ちゃん。冬美ちゃんとは逆に私達には絶対に手を上げないんだけど、私達が傷付けられると真っ先に助けてくれる。そんな子」
そこではやてが森渚の事を思い出して発言する。
「10年かぁ。あの森さんもやっぱり大人っぽくなったんやろなぁ」
はやてにとって森渚はいつもクラスで騒がしくしている少女だった。その所為か、よく担任にも怒られていた。
「えぇ。渚ちゃんも次第に年相応の振る舞いが出来るように……ん?」
最初は懐かしむように話していた彩那も渚の事を記憶の倉庫から引き出そうとすると、段々と乾いた笑いになる。
「ゴメン。全然そんな事なかった。むしろ年々私達でも手に負えなくなっていって……」
「え~?」
彩那の言葉にはやては顔を引きつらせる。
はやて自身、大人になった渚が想像できないのだが、それでも友達にこう言わせるのはどうなのか。
「そんなに子供っぽい子だったの?」
エイミィの言葉に彩那は当時の渚の事を振り返る。
「子供っぽいと言うか。性格が自由過ぎると言うか。国王様には基本タメ口で話すし、私達はともかく、同い年だった第一王女にもセクハラをするわ。妹みたいに可愛がってた第二王女には日本の間違った知識を面白がって教えるわで。絡んできた貴族の子供の鼻っ面に頭突きを叩き込むわで……」
勇者の立場と功績が無かったら、3桁の回数は死刑台に送られたのではないだろうか、と考える彩那。
「方向音痴のくせに新しい町に着いたら勝手に飲食店巡りを始めて迷子になって毎回探し回るハメになるわ。他にも……」
渚の
特に騎士達は、かつての強敵の意外な姿にどう反応すれば良いのか戸惑っていた。
「でも凄く明るい子で。私達をいつも引っ張ってくれた。どんなに悲惨で辛い戦場でも、渚ちゃんが前を向いてくれてたから、諦めずに頑張れたの」
そこで過去の友人達の話を終えて、ハラオウン親子を見る。
「ホーランドの最初の扱いがそんな感じだったから、ジュエルシードの事件で管理局が接触してきた時は緊張しましたよ。もしかしたら、強制的に事件に協力させられたり、事件が終わった後も地球に帰さないで、管理局に無理矢理所属させられるんじゃないかって」
「そんな事をするかっ! と言いたいが、そんな経験をしていれば、そう思うのも当然か」
「もしそうなったら、私も力づくで対応しなければならなかったですから」
「あはは……そんな展開にならなくて良かったよ。本当に」
下手を打てば、ジュエルシード事件後に彩那となのはにユーノ。場合によってはフェイトとアルフもアースラと敵対する未来があったのかもしれない。
その未来を想像して局員である3人は背筋が冷たくなりつつも内心で胸を撫で下ろす。
尤も、管理局は軍隊と言うよりは次元世界を股にかける警察組織という面が強いので、多少対応が変わってもそこまでの強制は無かっただろう。
「事件に関わるのかは此方に選択権をくれましたし、此方の話をちゃんと聞いて色々と判断してくれました。管理局という組織自体はともかく、アースラの方々は信じて良いと判断しました。だからこうして私自身の事も話してる。本当にあの時、やって来た局員があなた達で良かった」
安堵する響きにリンディ達は照れるような仕草をする。
そしてその信頼を裏切らないように、彩那の話をより真剣に耳を傾けた。
「少し話が脱線したわね。ホーランドに召喚されて半年くらいで私達も教官達よりは強くなった。そして更に半年後くらいに実戦に投入される事となった」
実戦、という言葉になのは達の顔が険しい物になる。
「相手は隣の小国で規模はちょっと大きな街くらいで。長年ホーランドとはトラブルが絶えない国だけど、軍事力という点で見れば大した事のない国だった。そこに私達を投入した理由は、勇者が戦場で使い物になるのか確認する為と、帝国が他国を侵略し、大きくなっていく中で、早急に南側の国々も纏まる必要があった事。その為にその隣国を見せしめにして諸外国に警告した。その目論見は上手く行ったわ。私達が派手に暴れたお陰で、元々ホーランドと友好的だった国や軍事力に乏しい国は早急に同盟に署名したしね」
そこでクロノが質問する。
「しかし、良く初めての実戦で戦えたな。非殺傷設定も無かったのだろう?」
相手を殺さずに済む非殺傷設定。
そのお陰でなのは達も自分達の
もしも魔法で誰かを殺してしまうのなら、きっと手にした魔法を手離していただろう。
それはもう、普通の刃物や銃を手にしているのと変わらないのだから。
「当然、ホーランド側もそれを予想してました。どれだけ優秀な武器を手にしても、使い手が怯えていては意味がない。だから当初は興奮作用のある薬物と、それを用いた魔法に依る精神誘導。簡単に言えば、戦場で人を殺しても罪悪感による精神的ダメージを軽減させたんです」
「そこまで……!」
「それくらいしないと、子供の安っぽい決意と覚悟で人なんて殺し続けられませんよ。尤も薬と暗示が切れたら急激な鬱状態になりましたけど」
ホーランド側が行った処置に騎士達も含めて不快感と嫌悪感でいっぱいになる。
同時、本当の意味で子供だった少女達に薬物と暗示で戦場へ送り出し、人殺しをさせる。
あまりにも外道な行為に感じた。それが本当に必要な処置だったとしても。
「戦争当初はそうやって少しずつ殺人という行為に慣れていったわ。初陣で相手の戦力は兵士と雇っていた傭兵を含めて凡そ2百。それをたったの4人で圧倒した。蹂躙と呼べるレベルで」
普通の魔導師となのは達レベルの魔導師の力量差はさっき話した通り。
しかしそれでも、たったの4人で2百の敵を蹂躙したという話は信じ難く、また恐ろしく感じる。
「勇者の戦果に、王女様も喜んでくれたわ。当時の私達にはそれを素直に受け止める余裕はなかったけど」
「王女様?」
フェイトの呟きに彩那は手にしている日記を開く。
「えぇ。ティファナ・イム・ホーランド第一王女。異邦人である私達とは最初こそ考えの違いや立場からあまり仲が良くなかったのだけど。彼女は少しずつ私達を理解しようと努めて、違う価値観に寄り添ってくれた。向こうで出来た大切な、初めての友達よ」
日記の中に綴られた彼女の想いに触れて、彩那は穏やかな表情をしたが、すぐに俯く。
「私達は本当に強かった。何度も戦って、戦場を潜り抜けて。そして生き残った。だから、4人が揃えば、絶対に負けない。戦争を終わらせて、家族の下へ帰るんだって。それが出来るって。そう、信じてたのよ……」
あまりにも自分達が強く、簡単に敵兵士を倒してきたというのもある。
だからこそ、いつの間にか自分達に敵うモノは存在しないと考えてしまった。
薄っぺらな根拠と自信で、確信してしまったのだ。
ホーランドに召喚されたのが、魔法を知る前のなのは、アリサ、すずか、はやてだったら?というIFをちょっと妄想したけどやめた。