世界を救った勇者は俯きながら生きている。   作:赤いUFO

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語られる真実(7)

 気が付いたら地球に帰っていた。

 まだ僅かに機能している五感と記憶に残る風景がここを自分の故郷なのだと気付かせてくれる。

 なのに、帰ってこられた喜びも安堵もなかった。

 胸にあるのは大切な人達を失った喪失感による虚しさと悲しみだけ。

 

「わたし、だけ……いきのこって……ごめん、ね……」

 

 その言葉と共に涙が溢れている目の目蓋を閉ざすと、私の五感は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同盟軍に救助された時、私は渚ちゃんの遺体に縋りついて茫然としていたらしいの」

 

「らしい?」

 

 自分の事の筈なのに、曖昧な言い方をする彩那に皆が首を傾げる。

 

「その時の記憶が曖昧で。渚ちゃんが死んだショックが大き過ぎたのが原因だと思う」

 

 家族同然の友達に立て続けに失ったのだ。そうなってもおかしくはない。

 だけど、確かめておきたい事があった。

 

「その……それで、アヤナの怪我は?」

 

「うん。治ってた。軍に回収されて、一度ホーランドまで戻ってね。その途中にも後でも何度も診断を受けたらしいの。私が受けた傷は、全て渚ちゃんが引き受けてくれた」

 

「そう、なんだ……」

 

 彩那の返答に皆が友達を助けてくれた森渚という少女に感謝と亡くなってしまった事への悲しみ。そして文字通り自分の命すら投げ出して友達を救った深い愛に敬意を抱く。

 

「それから私は精神的に異常をきたしてしまってね。とても戦場に向かえる状態じゃなかった。戻された私は屋敷の中で暴れ回って、止めに入った人にも暴力を振るって追い出して。自棄酒してまた暴れて、糸が切れたら意識を失うの繰り返し。あの時の私は皆には見せられないなぁ」

 

 恥ずかしそうに頬を掻く彩那。

 それを茶化す者はここには居ない。

 戦う理由であった大好きな友達を失ったのだ。

 それで自暴自棄になった彼女を誰が嗤ったり、非難したり出来るだろう。

 そこでリインフォースが質問をする。

 

「だが、お前がどういう状態にせよ、帝国の兵器が暴走している事には変わらない。出撃要請は絶えなかったのではないか?」

 

 同盟軍が勇者を頼みにしていた以上、彩那の精神がどんな状態であれ、戦わせるのは目に見えている。

 

「うん。ホーランドに戻って数日して帝国の土地から海を越えて大陸本土にやって来てね。当然私にも戦うように言われたわ。結果的に無視する形になってしまったけど」

 

 勇者が最大戦力なのは分かるが、それでも傷心の女の子を戦場に赴かせる。

 その事に誰もが憤りを感じると同時に、そこまで状況が悪化しているのかと思うと、話を聞いているなのは達も緊張で唾を飲み込む。

 

「そんな状態でどれくらい経ってたのかな? ある日、ティファナ王女が直接訪ねて来てね。出動要請をしに」

 

 あの時の事を思い出して彩那は苦笑いする。

 

「正直もう、勘弁してって思ったわ。渚ちゃんまで死んでしまって、戦う理由も失くなっちゃったのに。何なら、さっさと私を殺して聖剣の生贄にでもしてくれとさえ」

 

 肩を竦める彩那に当時の彼女がどれだけ精神的に追い詰められていたのかを想像する。

 

「実際、そうするつもりなのかと思ってた。だけど、ティファナ王女は生体兵器と戦うには、私が培ってきた経験が必要不可欠だと判断したみたい」

 

 それはそうだろう。

 あのクリスマスの夜に見た神剣の力は確かに絶大だったが、それを万全に扱える者でなければ意味がない。

 

「しかし、その神剣が使えるようになったのなら。君以外が生贄になったのだろう?」

 

 彩那がこうして生きている以上、誰かが犠牲になった事は想像出来る。

 だが、話を聞く限り、条件を満たした者が居たのかと疑問だった。

 それだけ、Sランクとは希少なのだ。

 

「ティファナ王女よ」

 

「え? それって、その日記の?」

 

「えぇ……」

 

 意外な名前が出て、全員が目を丸くした。

 

「王女は、もう一度戦ってほしいとお願いして、私の目の前で喉を刺して自害したわ。彼女のリンカーコアも、Sランクに達していたみたい。私達をこの戦争に巻き込んだ事への責任や、王族としての責務を全うする為に自分が生贄になるのが最良と判断したみたい。跡継ぎなら妹もいたしね……」

 

 国王はまだ健在であり、ホーランドの跡継ぎは妹か、その夫となる者が継げば良い。

 そんなことよりもあの時は、生体兵器と戦える最高の戦力が必要だった。

 

「ホーランドの王族として、私達に責任を感じていたのなら、私を楽にしてくれれば良かったのに……酷い人で。あの人は、自分がどう動けば私を戦わせられるのかを理解していた。立場はあったけど、大切な友人だった。そんな人に自害までされて後の事を託されたら、もう戦うしかなかった。まさかあそこまで逃げ道を潰してくるとは思わなかったわ……狡い女性(ひと)なのよ」

 

 言葉とは裏腹に、その声と表情には憎悪や怨恨といった色はない。

 仕方ないなぁ、と自嘲するような感じだ。

 同時に、彩那が言った、生き残る筈だったのは自分ではなかったという言葉の意味を理解する。

 彼女にとって生き残る筈だったのは親友の森渚で、生き残るべきだったのは、ティファナ王女なのだろう。

 自分が生き残った事を何かの手違いだとすら思っている。

 

「綾瀬さんは、自分が死んだらえぇ、思ってるん?」

 

 はやての質問に彩那は疲れた笑みと声で答える。

 

「冬美ちゃんには恋人がいた。誰よりも故郷に帰りたかったのは璃里ちゃんだった。私達の中で1番強くて誰かに手を差し伸べられるのは渚ちゃんで。戦争後の事を考えるなら、ティファナ王女が生きるべきだった。皆を押し退けてまで、私なんかが生き残る意味はあったのかなって」

 

 彩那には大事なモノを全て取り溢してまで自分が生きていて良かったと思える何かが無い。

 もしも自分が失った友達の代わりになれるなら、迷わず命を差し出すだろう。

 その態度が許せなくて、アリサは声を上げる。

 

「アンタが生きてるのはそのみんなのおかげでしょっ!!」

 

 もしも自分が彩那の立場なら、同じようにならないとは言えない。

 だけど、だけどだ。

 せっかく生きて、こうして故郷(ここ)に戻ってこれたのに、自分が生き延びるべきではなかったなど。それじゃあ彩那を助けた友達があまりにも報われないではないか。

 

「だったら、もう少し前向きになりなさいよ! こっちまで胸が苦しくなるじゃない!」

 

 何も失った事のないアリサにそんな事を言われたくない、と一蹴されればそれまでだ。

 だが綾瀬彩那は、その逃げ口上は使わない。

 アリサが自分を想って叱ってくれているのを理解しているから。

 曖昧な笑みを浮かべる彩那に、なのはが続く。

 

「彩那ちゃん。覚えてる? ジュエルシード事件の時にフェイトちゃんを助ける為に飛び出そうとしたわたしを止めて、リンディさん達を説得してくれたこと」

 

 海上で複数のジュエルシードを起動させたフェイト。

 徐々に追い詰められるフェイトを救う為になのはは無断で出撃しようとした。

 それを止めて、リンディ達を説得する形でまとめてくれた。

 

「フェイトちゃんと決闘する時も、彩那ちゃんが闘えばすんなりと終わったのに、わたしの気持ちを優先してくれて、プレシアさんの攻撃からも守ってくれたよね」

 

 自分達の気持ちを否定せずに、どうしたら皆が納得出来るのか考えてくれて、いつも助けてくれた。

 

「彩那ちゃんが見守ってくれてたから、わたしも安心して前に進むことが出来たんだよ?」

 

 だからどうか、自分が生きている事を否定しないで欲しいと言うなのは。

 言葉にせずとも、他の子供達も同じ気持ちなのだろう。

 彩那はそれを否定する事も肯定する事も出来ない。

 子供達がそう思ってくれているのを喜べば良いのかすら判断出来ないのだ。

 そこでリンディが話を戻そうと割って入る。

 

「今は続きをお願い出来る? 少し話が逸れているわ」

 

「リンディさん……」

 

 少しだけ不満そうにするなのは達。

 だが、リンディからすれば、彩那が負ったであろう心の傷が深いモノだというのは理解できる。

 それを癒やすには時間が長い必要なのだ。

 大事な人を失った悲しみを理解するからこそ、焦らせる訳にはいかないとリンディは考える。

 彩那がそうですね、と話の続きを始める。

 

「神剣を抜く条件が整って、それを扱う為の術式を埋め込む手術受けました。この入れ墨はその時に刻まれた物よ」

 

 右頬の入れ墨を指でなぞる彩那。

 

「前回の戦闘から凡そ2週間。その間に大陸本土に上陸した生体兵器は3つの国を滅ぼしていて──―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年、正式に士官学校を卒業した新兵である彼は、目の前の怪物に心が折れそうだった。

 迫ってくる帝国の兵器。

 最初は成人男性ほどの大きさだったそれは、今や20メートルにまで膨れ上がり、その姿も人型からかけ離れてきている。

 上半身はまだ人型を保っているが、背中から先端が蛇を思わせる触手を無数に生やし、下半身は蜘蛛のような身体に変化していた。

 リンカーコアを喰らうと、その分だけ成長と進化を遂げていくらしく、帝国の領土で多くの魔法生物や滅ぼした国の者達を喰って手に負えなくなってきていた。

 新兵である彼も前線へと投入されるほどに、余裕が無くなってきている。

 

(せめてカートリッジが使えれば!)

 

 ベルカ式の剣を扱う彼は、蜘蛛の脚を斬ろうとするが、僅かに傷が出来るだけですぐに再生する。

 まだ未熟な彼にはカートリッジシステムは使えない。その事実に歯噛みする。

 

(俺は、あの人達との約束を……!)

 

 彼はかつて、ヒンメルから同盟軍に投降して保護された少年兵だった。

 その時にホーランドの勇者に命を助けられた。

 大怪我をした勇者達の前で、いつか必ず、この戦争を終わらせる為の力になると約束したのだ。

 その勇者も既に3人も失われ、最後の1人も療養中だと聞く。

 

(だからせめて、コイツをここで足留めして……!!)

 

 デバイスに魔力を込めて突撃すると、先輩が声を張り上げる。

 

「バカ野郎! 無策で突っ込むなっ!!」

 

 其の忠告を無視して少年は無謀な突撃を行なった。

 しかし、触手の1つが彼に襲いかかる。

 未熟な兵士である彼にはそれに抗う術はあまりにも拙くて。

 回避防御も不可能だと理解した彼は、咄嗟に目を瞑る事すら許されない。

 蛇の口が彼を呑み込もうとする。

 すると、空から雨のような光線が蛇の触手に降り注いだ。

 その攻撃が問答無用に敵だけを撃ち抜き、無力化させていく。

 それも彼だけでなく、この戦闘区域一帯が、だ。

 

「なにが……?」

 

 思わず空を見上げると、その人は居た。

 かつて自分達を助けてくれた勇者が。

 純白の剣を手にして、生体兵器に次々と攻撃魔法を撃ち込んでいく。

 その姿に神々しさすら感じて動きを止めて見惚れてしまった。

 この世界で、1番美しいモノを見たとすら思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神剣を手にした彩那は巨大化した生体兵器に次々と攻撃魔法を撃ち込む。

 自分がダラダラと不貞腐れている間にこの化物をここまで成長させてしまった。

 その後悔に、彩那は奥歯を噛む。

 いくら攻撃してもそれ以上に再生してくる化物。

 長期戦になれば勝ち目が無くなるのは明らか。

 

「なら!」

 

 神剣が解放された事で、使用可能になった魔法をぶつける。

 自分の10倍以上ある巨体に全速力で突っ込む。

 内部に突入し、反対側まで突っ切ると、また突撃して敵を斬る。

 しかし、彩那が何度斬ろうと、敵の再生は止まない。

 斬っては再生のイタチごっこの繰り返しだ。

 それは、インクの出にくいペンで望む濃さになるまで何度も線を描き殴る作業に似ている。

 だが次第に状況に変化が訪れる。

 彩那の軌道を跡追いしていた魔力光が、少しずつ何かの形に描き上がって行く。

 それが五芒星の魔法陣となると、彩那は生体兵器を突き破り、その頭上を取った。

 生体兵器が内部に溜め込んでいる魔力は神剣へと集まってくる。

 収束魔法の応用でマーキングを付けたところのみから魔力を掻き集めているのだ。

 それが巨大な刃の形へと圧縮される。

 

「でえぇええええいっ!!」

 

 極大の刀身となった神剣を敵の頭から下へと斬り裂いていく。

 真っ二つとなった敵だが、それでも再生は止まらない。

 

「かなりの魔力を奪った筈なのに……!」

 

 やはり、もっと全体を吹き飛ばさないと駄目か、と舌打ちする。

 触手達が仕返しとばかりに迫ってくる。

 その口から砲撃魔法を吐き出し、回避したところで噛み砕こうと別の触手が迫る。

 その攻撃1つ1つが回避するのも至難な範囲と速度だ。

 上下左右前後。

 あらゆる方向から襲ってくる攻撃に次第に彩那も追い詰めらていく。

 幾つかの攻撃は避けきれずに彩那の身体を傷付けていった。

 

「くっ!?」

 

 下から撃ってきた砲撃をシールドで防ぐが、大きくバランスを崩してしまう。

 追撃で蛇の口が迫る。

 

(回避しきれない!)

 

 ギリギリのところで態勢を整えて、斬り伏せようとするが、間に合うか──―? 

 

 そこで彩那と蛇の口の間にホーランドの兵が割って入り、代わりにその牙の餌食となった。

 

「え?」

 

 突然の身を盾にした援護に動揺していると、これまで彼女と戦場を共にした兵士が彩那より前に出てくる。

 

「勇者を死なせるな!! 彼女を死なせれば、本当に終わりだぞっ!!」

 

 怒声のような声と共に仲間の兵が次々と飛び出していった。

 彩那を守るために果敢に巨大な怪物へと挑んでいく。

 

「退いてくださいっ!! 後は私1人でっ!!」

 

 戦うと叫ぼうとするが、それを部隊を指揮する隊長に念話で止められる。

 

『君はアレを倒す事だけを考えなさい! それまでは、我らが命に代えても時間を稼ぐ!』

 

 隊長だけではない。この場にいる兵士から次々と念話が飛んでくる。

 

『これくらいしか出来ませんが! ちったぁかっこいい見せ場をくださいよ!』

 

『この戦争で犠牲になった者達の無念を晴らしてください! 勇者アヤナッ!!』

 

『あんな美人を守って死ねるんだ! 気張れよ、お前らぁ!!』

 

『死ぬのを恐れるなっ!! これまで勇者に救われた恩をかえせぇっ!?』

 

 念話が送られながら次々と命が消えていく。

 人が喰われ、踏み潰され、砲撃で跡形もなく消されていく。

 

「や、めて……やめてください……」

 

 それでも彼らは言うのだ。“勇者を守れ”と。

 

「もうやめてぇええええぇええっ!?」

 

 その叫びと同時に、見知った顔の兵士がその巨大な手の平につかまれ、グチャリと握り潰された。

 

「あ、あぁ……っ!?」

 

 潰されなかった頭部は地面に落ち、その脚に潰される。

 

「──―ッ!!」

 

 彩那は術式を展開し、神剣に魔力を込める。

 

「勇者の裁きをここに……! ブレイブシャイン・エクスキューション……!」

 

 魔力を込められた神剣が徐々にエネルギーの球体に包まれていく。

 魔力を溜める僅かな時間に無防備を晒してしまう。

 その好機を敵が見逃してくれる筈もなく、彩那への攻撃が行われる。

 もしくは、膨大な魔力にだけ反応してるのかもしれないが。

 その攻撃を、使い捨ての盾のようにホーランドの兵士が受け止め、散っていった。

 

「──―っ!?」

 

 その光景を歯を食い縛って耐える。ここで心を乱し、敵を消滅させるチャンスを逃せば、本当に彼らの死が無駄になってしまう。

 膨大な魔力の球体に包まれた神剣を巨大化した生体兵器に向けて投げつけた。

 直撃する寸前に球体のエネルギーから神剣が離れて彩那の手に戻っていく。

 生体兵器の中へと吸い込まれた球体の光が徐々に膨張し、ブラックホールのように呑み込んでいく。

 一瞬の光が跡形もなく生体兵器を呑み干していった。

 国々を滅ぼしていった脅威が消滅し、生き残った兵士達から喝采が上がる。

 

「……ケホッ」

 

 小さく咳き込み、口元を押さえた手を見ると、そこには血が混じっていた。

 浮遊している彩那にホーランドの兵が話しかけてくる。

 

「勇者アヤナ!」

 

 女性である兵士が興奮冷めやらぬ様子だ。

 

「終わりましたね! 流石は」

 

「いえ、まだです」

 

「え?」

 

 この剣を使える時間も長くない。

 その前に確認しておきたい事があった。

 

「ここを離れます。後はお願いします」

 

 誰かが止める前に転移魔法を発動させて彩那は帝国の地に跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那は跳んだ先は、前回進んだ場所だ。

 

(あの生体兵器が量産されてない保証はない。神剣(これ)が使える状態で全て消滅させないと!)

 

 上の人間が後で何か言うかもしれないが、今更知った事ではない。

 ボイド・マーストンが現れた奥の区域へと足を進ませる。

 特に妨害に遭う事もなく、誰もいない基地内を探索して進んだ。

 その、1番奥と思われる扉を開く。 

 開かれた扉の中にある物を見て、彩那は息を呑んだ。

 

「なんで……どうしてこれがここに……」

 

 それは部屋に詰められた大きな機械だった。

 中心には、ホーランド式を表す凧形の魔法陣。

 

「私達を、この世界に喚んだ遺物が、なんで……っ!?」

 

 忘れもしない、それを見て彩那は呼吸を荒くする。

 心臓──―いや、リンカーコアが軋み、悲鳴を上げているのを感じる。

 その状態でも手にしている剣を落とさなかったのは、長年に植え付けられた戦場意識のせいか。

 

「帰れる……私、地球に……日本に……」

 

 家族同然の親友を失い、もう帰還などどうでも良いと思っていた。

 だが、目の前にその可能性が現れて、彩那は恐る恐るその機械に触れ──―。

 

「つっ!?」

 

 後ろから不意を突かれて首に小さな針を刺された痛みが襲う。

 振り返ると、そこには生体兵器を解放した男が立っていた。

 

「ボイド・マーストン……」

 

「アレを消滅させただけでも驚きなのに、まさかすぐにこちらまで跳んでくるとは……どうやら勇者様はとんでもない働き者らしい」

 

 今更勇者(彩那)の前に現れてどういうつもりなのか。

 何にせよ、目の前に現れたのならここで殺すだけだ。

 

(この男はある意味この戦争の元凶。生かして於くわけにはいかない!)

 

 すぐに斬り込んでその首を刎ねようとする。

 しかし、膝のバネから急に力が抜けて、彩那は無様にも前屈みになる。

 

「う、あ……アァッ!?」

 

 身体が苦しくなり、彩那は床に倒れてのたうち回る。

 皮膚の上から魔法陣が描かれて、急激な肉体の変化を見せていた。

 

肉体(からだ)が、縮んで……!)

 

「気付きましたか?」

 

 ボイドがニヤニヤと笑いながら彩那を見下ろすと針を撃ち出す小型の銃を見せてくる。

 

「これも私が解析していた遺物の1つです。おそらくはアンチエイジングの研究で開発された、解りやすく言えば、若返りの道具ですね」

 

「あ……がぁ……!?」

 

「問題は、術式の調整が不完全で、針を刺されて術が起動すると、赤ん坊に戻るまで若返りが治まらない事でしょうか。そうなったら今までの記憶も綺麗サッパリ忘れてしまいますね」

 

 怖ろしい事を笑顔で言ってくる。

 

「ですが、今は都合が良い。えぇ。赤子になった貴女を私好みに育てて、戦争終結に導いた勇者の力を、私の為に使わせて貰いましょう」

 

 ボイドの言葉に彩那は怒りで神剣を握る力を強くする。

 

(ふざけ、ないで……! これ以上、貴方達に奪われて……たまるかっ!!)

 

 痛みに耐え、振り上げた神剣の刃を彩那は自分の肉体へと突き刺す。

 

「くぅっ……!?」

 

 そのまま術式を解析し、強制的に肉体から追い出す形で無力化する。

 突き刺した剣を引き抜き、吐血してからフラフラな脚で立ち上がる。

 

「……無茶をしますね。それに随分と可愛らしい姿になって」

 

 今の彩那は凡そ10にも届かない年齢にまで退行していた。

 血が流れる腹を手で押さえる。

 

「ハァ、ハァ……貴方は……私がここで……」

 

 殺すと、腹に治癒魔法をかけつつ剣を向ける。

 

「やれやれ。これは……」

 

 そこでボイドはある事に気付いた。

 今までろくに動かなかったこの部屋の機械が起動している事に。

 研究を続けていたが、結局何の機械なのかすら解らなかった。

 しかし、機械を背にして、出血で視界がボヤけている彩那はその事に気付いていない。

 彩那が床を蹴って敵に迫る。

 

「ボイ、ド……マーストンッ!!」

 

 その首を狩る為に彩那は神剣を振るう。

 同時に、室内全てが光に包まれて──―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの世界で私が覚えているのはそこまで。気付いたら海鳴の公園で倒れてた。それを住民が見つけて保護されたの。後は、知っての通りだと思う」

 

『……』

 

 話の終わりに皆が張り詰めていた糸を弛めて大きく息を吐く。

 

「あの戦争後がどうなったのかは、私にも分からない。だけど、そう悪い事にはならない筈よ。小さな争いはともかく、あれ以上、戦争を続けるメリットは無いから」

 

 彩那もそこまで話して息を吐いた。

 

「10年分の話だからかなり大雑把になってしまったけど、細かなところは追々という事にしましょう。流石に疲れたわ」

 

 あまりにも衝撃的だった綾瀬彩那の過去。

 その内容を消化しきれずに、皆がすぐに声をかける事は出来なかった。

 

 

 

 

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