一応執筆ペースは戻りつつありますのでボチボチ投稿していきます。
「神剣の影響で私は病院で数日間、五感とリンカーコアの活動が完全に停止していて寝たきり状態だったわ」
意識はあるが、念話も含めて外界の情報は完全にシャットアウトしていた。
肉体よりも精神的に疲れ切っていた彩那には、それはそれで良かったのかもしれないが。
「病院で目を覚まして、面会が出来るようになった頃に皆のご家族にお守り代わりに持っていた遺品を渡したの。誰も私を責めなかったけどね」
渚の髪留め。璃里のリボン。冬美の腕時計。
最後の戦場に、せめて彼女達の私物を持つ事で、少しでも親友の存在を感じたかったのかもしれない。
「ろくに説明も出来なかった。別の世界に召喚されて、10年間戦争をしていたなんて、どう話せばいいのか分からなかったし。運が良いのか悪いのか、見た目だけは召喚された当時に近くなってしまったから」
もしも綾瀬彩那が本来の成長をしたままで地球に戻っていたら、それはそれで混乱の元だっただろう。
また、その子らの両親も傷だらけの彩那を見て、責める事が出来なくなってしまった。
もちろん、全て納得した訳ではないだろうが。
「あそこで帰れるって知ってたら、皆の遺骨とか、持って帰ってたんだけどね……」
そもそもどうやって帰れたのかも理解していないのだから、それは欲張り過ぎと言えるかもしれない。
「
今も見つからない遺体を探している警察の方々には本当に申し訳無く思う。
「父さんも母さんも、突然戻ってきて変わってしまった私をどうにか元気づけようと気遣ってくれた。でも、こっちに戻ってきて、日常に突然戻されて、愕然としたの」
「?」
帰って来たのなら、以前のような日常に戻れば良いのではないか?
確かに失ったモノは大きかったかもしれないが、家に帰り、安心して心と体を休めれば良い。
「ある日、悪夢を見て魘されている私を母さんが起こそうとしてくれたんだけど、触れようとした母さんを反射的に首を締め返してた」
皆を失った時の事が夢でフラッシュバックし、それを止めようと足掻いていたら現実では家族を手に掛けようとしていたのだ。
「復学しても、ふわふわした夢みたいで落ち着かない。おかしな話よね。ずっとこっちに帰りたいって思ってた筈なのに、いざ戻ったらそこに違和感を覚えるなんて」
学校での嫌がらせで彩那が相手に反撃しなかったのは、どうでも良かった、というのもあるが、それ以上に1回でも手を出したら抑えが利かなくなる可能性があったからだ。
もっとも、それは杞憂に終わったが。
「……」
自嘲している彩那に誰もがどう声をかければ良いのか分からない。
彩那の持っている感覚に1番近いのが、はやてに召喚されたばかりの騎士達だろうか。
「話が大雑把だったからあまり実感が無いだろうけど、私の手は皆が思っているよりたくさんの血で汚れてる。それに誰かを傷付ける事や殺す事への精神的な抵抗はかなり小さいと思う」
勇者とは名ばかりの国の兵器。
時折、自分の手の平を見ると赤く染まっているのを幻視し、血の匂いがこびり付いている。
それ程までに勇者が奪った命は多い。
「家族に顔向け出来ない事をたくさんしてきた。誰にも証明出来なくても、私のこの手が覚えてる」
数百年も前の話だろうと、彩那にとっては1年半くらいの事だ。忘れられる筈がない。
彩那はなのはとはやてに手の平から視線を移す。
同じ故郷で生まれ育った筈なのに、魔法への関わり方とその結末に大きな違いがあった。
どうして、自分達にはもう少しだけ優しい結末に辿り着けなかったのかと、少しばかりの嫉妬。そして羨望。
「だから……」
これは本来口に出すべきではない言葉だ。
ただでさえ彩那の過去を聞かせて負担をかけているのに、これ以上の重荷を与える必要はない。
だけどこれは、紛れもない綾瀬彩那の本音だから。
「私は、生きていてもいいのかな?」
俯いたまま、弱々しい笑みで本心を吐露した。
その言葉に、かつての敵だった守護騎士達は複雑そうに眉間にしわを寄せる。
正規の局員であるハラオウン親子とエイミィはどう返すべきか思案し、子供達は哀しげに彩那を見つめる。
「あーっ! もうっ!!」
そんな中で最初に動いたのはガリガリと頭を掻いたアリサだった。
彼女は立ち上がると彩那のところまでドカドカと歩き、その頭にチョップを叩き込む。
それなりに力の入ったそれを彩那は避けようともせずに受けた。
目に涙を溜めてアリサが彩那を指差す。
「考え方が暗いのよっ! もうちょっとこう!」
上手く頭の中で纏ってないのだろう。アリサは苦しそうにすら見える表情で少しずつ言葉にする。
「アンタが沢山の人を傷つけてきたのは分かった。その事で彩那がどう思ったかなんてアタシにはきっと理解できないと思う」
どれだけ想像してもそれは結局のところ想像でしかない。
理解したつもりになって薄っぺらい言葉しか言えないし、そんな事を口にするなどアリサには真っ平だ。
だけど。
「彩那がそんな風に考えてたら、アンタの友達も生きてたらいけないって話になるでしょうがっ!?」
人の命を奪ったのが重いのは分かる。
それに対して罪の意識を持つのはきっと大切な事だ。
だけど、それで自分が生きていてはいけないと考えるのは違う筈だ。
落ち着くために大きく深呼吸をしてから問いかける。
「そう思ってる訳じゃないでしょ?」
彼女達が生きていてはいけない。
そんな風に考えた事はもちろんない。
だが、1人の犯した罪が勇者全員の罪なら、当然アリサの言う通りになってしまう。
「えぇ、そうね。私は結局、自分だけ置いて行かれたのが寂しいのよ」
もちろん人の命を奪った罪悪感はあるが、それ以上に彩那は取り残された事が辛いのだ。
そこでクロノが自分の意見を述べる。
「局員としてあまり言いたくないが、戦争だったんだろう? 君達個人の意思で選べる状況じゃなかったんだ。罪を問うなら君達を喚び寄せて命じたホーランドという国と、戦争その物であって、兵士1人1人に問うものじゃない」
クロノの視線が一瞬だけフェイトを映す。
彼女も母親の願いを叶える為にジュエルシードの強奪を行なっていた。
家庭環境を鑑みれば、彼女が洗脳に近い状態だったのは明らかだ。
そうでなければこんな軽い罪では終わらなかっただろう。
そして次にシグナムが口を開いた。
「罪過を問うなら、
もう滅んでしまった世界だとしても、勇者達は確かに世界を救ったのだ。
慰めるようなシグナムの言葉に彩那は意外そうに瞬きをした後、小さく吹き出した。
「まさか、貴女にそんな事を言って貰える日が来るなんて思わなかったわ」
かつて、何度も殺し合った相手にフォローされた事に戸惑いつつも、悪い気はしなかった。
そしてなのはも話をする。
「彩那ちゃん、覚えてる? わたし達が初めて会った時のこと」
「えぇ。高町さんがジュエルシードに対峙していたわね」
まだなのはが魔法に対する経験が圧倒的に足りなかった時の事。
戸惑うばかりだったなのはの前に颯爽と現れて助けてくれた。
「そんなに辛い目に遭ったのなら、魔法の気配を感じても見て見ぬ振りをすることだって出来た筈だよね? でも彩那ちゃんは助けてくれた。彩那ちゃんは自分のことを悪く言うけど、自分が思ってる以上に優しい人なんだよ」
ジュエルシードの件も、本当に自分へ危害が及んだ時だけ行動するだけで良かった筈。
だけど彩那はなのはとユーノにずっと手を貸してくれた。
魔法に対してそんなに辛い記憶があるのに誰かを助けられる人が悪い人な訳はないとなのはは思う。
フェイトもまた、思った事を話す。
「それに彩那はその王女様の為に友達を失くしても戦ったんでしょう? 私はそんなアヤナを凄いと思う」
もしも、今のフェイトがなのはや皆を全て失っても立ち上がれるのか分からない。
最後まで責任を全うした彩那をフェイトは尊敬する。
たくさんの温かい言葉に彩那は照れた様子で頬を掻く。
「なんて言うか、こそばゆいわね」
「みんなの気持ちを素直に受け取ってくれると嬉しいな」
すずかがそう締める。
全てを語り終えた綾那は手を合わせた。
「私の話はこれで終わり。付き合わせて悪かったわね」
「管理局としても貴重な話だったもの。話してくれてありがとう」
色々と調べなければならない事は増えたが、彩那の話は管理局としては無視して良い案件ではない。
これから立ち上げる部署の件もあり、丁度良いとリンディは考える。
「それで、彩那さんは今日こっちに泊まるのよね?」
「はい。両親に一晩考えて欲しいので」
今の綾瀬彩那を受け入れられるのかどうかを。
そこで、はやてが思い付いた事を口にする。
「ならわたしも今日はこっちに泊まってえぇですか? みんなは旅行でお泊りなの、羨ましかったし」
「あ、それいいね。わたしもはやてちゃんや綾那ちゃんとお泊りしたい」
続くすずかになのはとフェイトもわたしも! と手を挙げる。
それにアリサが旅行の延長ね! とテンションを上げた。
「アースラは宿泊宿じゃないんだぞ?」
苦い表情のクロノにエイミィがまぁまぁ、と肩に手を置く。
「まぁ良いでしょう。でも、ちゃんとご家族の許可を得る事が条件です」
『は〜い!』
リンディの言葉に子供達が元気良く返事する。
「スクライア君。無限書庫でまた、ホーランドに関する資料が見つかったら教えてくれる? この日記も、まだ続きがある筈だから」
「もちろんいいよ。僕もホーランドや彩那が喚ばれた時代に興味があるし。それにどうせ、しばらくは無限書庫に通い続けるかもしれないから」
闇の書事件の時にその資料を見つけたユーノの検索能力を買われて、クロノから無限書庫の整理を依頼されていた。
無限書庫が有用な資料室なのは事実なので引き受けたが、これがユーノをそこらのブラック企業顔負けの労働環境に叩き込むのはまだ先の話である。
「その資料探しは私も手伝おう。今の私に出来るのはそれくらいだからな」
「リインフォース」
綾瀬彩那に少しでも借りを返そうとリインフォースが提案する。
「ありがとう、リインフォース」
話が一段落したところで子供達が携帯で家族に連絡を取り始めた。
急遽実行されたアースラでのお泊りは先ず、アリサとすずかにリンディがアースラ艦内を案内した。
彩那の話を終えた頃にはもう日本では晩御飯の時間だったので、そのまま食事を頂く流れになった。
子供6人が入れるスペースの部屋を用意されて今は彩那とはやてに渡す予定だったお土産の菓子を食べながら雑談している。
「それにしても、よく騎士達が八神さんを1人残して帰ったわね。私がここに居るのに」
1人くらいは護衛として残ると思っていたが、あっさりとお土産を貰って帰って行った。
今のところは対立する理由が無いとはいえ、仇敵の側に主を置いて帰った事を不思議に思う。
「うちの子達はみんなえぇ子やから」
過去はどうあれ、“八神はやての”守護騎士は意味もなく主の不利益になる力を振るう事はしない。
闇の書事件での騎士達の行動はあくまでもはやてを救う為の行動だったのだから。
それになのはも便乗する。
「そうだよ! ヴィータちゃん達は良い子だよ!」
なのはの押しに彩那ははいはいと返した。
すずかが話題を変える。
「彩那ちゃんが居た国。ホーランドって街並みはどんな感じだったの?」
「ん? そうね。中世をモデルにした観光地、が近いかしら。地球みたいに高層ビルやマンションは少ないわね」
「そうなの? なんで?」
「以前、色んな国で空戦魔道士による高層ビルへの攻撃テロが多発したからよ。私達が召喚される前だけど、高層建築物を叩き斬って街に大損害が出たテロとかもあったらしいわ。それからあまり高い建物は造られなくなったって聞いてる」
人が簡単に空を飛べれば当然高い建物は狙われやすい。
高所から建物が落下すれば当然被害も尋常ではなくなる。
「国の重要な施設なら色々と対策もされてるけど、民間施設はそうじゃないのよね」
「聞けば聞くほど物騒な世界ね」
頭を押さえて呆れた様子を見せるアリサ。
はやても質問する。
「じゃあ、向こうには料理はどんなのがあったん?」
「あ! わたしも気になる! 特にお菓子とか」
料理好きのはやてとしては、そこが気になっていたのだろう。
喫茶店を経営する娘としてなのはも質問を重ねた。
彩那は思い出しながら答える。
「ホーランド自体は海に面した国だったから、魚介類を使った料理が多かったわね。魚肉と野菜を混ぜたパイとかパスタとか。だけど、地球とは住んでる魚が異なるから、そのまま再現は難しいと思う。調味料とかの問題もあるし」
「そっかぁ……」
世界が異なれば進化の過程で当然生物の生態系も変わってくる。
そもそも向こうでは、獲った魔法生物を食料にする事も珍しくないのだ。
調味料などは特に多種多様でほぼ自作しなければならないだろう
「でも、多少違ってもこっちで再現出来そうな料理も幾つかあるし、1回試しに作ってからレシピを書いて渡しましょうか?」
「ほんまか! 楽しみやわ!」
やった! と喜ぶはやて。
次になのはの質問に答える。
「お菓子とかはクッキーやケーキみたいな洋菓子が多いわね。でも味や食感は日本だと珍しいのも多かったの。果物も似た物から全然違うのも在るし」
「じゃあ、1回作って貰って良いかな。お母さんに食べて貰って、ウチの喫茶店で出せそうなら商品になるかもだから」
意外と商売っ気のある発言に驚きつつ、良いわよ、と返す。
その時は勿論、日本人の舌に合うように改良するだろうが。
それからフェイトやアリサの質問にも答えてゆく。
そうしている間に夜はあっという間に就寝時間になってしまった。
『彩那ちゃん、起きてる?』
『えぇ。どうしたの? 念話でなんて……』
なのはからの念話を彩那はすぐに返した。
『うん。改めてお礼が言いたくて。彩那ちゃんのことを、ちゃんと話してくれてありがとう。あのお話は、これから管理局でお仕事するわたし達の為に話してくれたんでしょ?』
彩那達の時ほどではないにしろ、管理局で仕事をする以上は人の生死に関わる事態に遭遇する可能性は低くない。
生死でなくとも、見る必要もない人間の悪意を知る時は必ず来る。
しかもそれが敵ではなく、味方からの可能性も。
『高町さんは八神さんやテスタロッサさんと違って次元世界や管理局と関わる理由は薄いわ。態々、そんな茨の人生を歩む必要はないのよ?』
ジュエルシード事件での加害者側であるフェイトと、闇の書事件での家族の罪を一緒に背負っていくと決めたはやて。
しかし高町なのはには管理局と関わって生きていかなければならない理由ない。
海鳴の街の優しい喫茶店の後を継ぐ道や、他の将来もある筈だ。
危険な道を歩む必要はないのだ。
『魔法だって、趣味の範囲で続ける事だって出来るのよ?』
『うん。ありがとう。でもね……』
なのはは自分の想いを伝える。
『やっぱり、ユーノくんが見つけてくれて、彩那ちゃんが育ててくれたこの
それに、これから管理局で頑張るフェイトやはやて達の力になりたいし、一緒に歩いて行きたいと思っている。
彩那が念話を返そうとする前に、フェイトが割って入ってきた
『私もなのはと同じ気持ちだよ。母さんのやった事を償いたい気持ちもあるけど、もしも彩那みたいな理不尽に巻き込まれようとしてる子がいるなら、手が届く限り力になってあげたい』
『せやね。せっかく誰かの為に役立てる力があるんやから、使わんのは勿体ない。それに、ウチの子らが迷惑かけた分は主として出来る限り責任取らなアカン』
念話を聞いていたのだろうはやても少し冗談っぽく話す。
3人の想いに彩那はどう返すべき悩んでいると、なのはが誓うように告げる。
『彩那ちゃんが心配してくれてるのは分かるよ。でもこれだけは約束するよ。どんなに辛いことがあっても、わたし達は絶対に人は殺さないし、殺されないから。自分で選んだ選択を後悔だけはしないよ』
これから傷付いたり悩んだり、もしかしたら魔法を手放してしまう日が来るかもしれない。
だけどそれが自分の選択なら、自分で責任を持つと言ったのだ。
そしてこの力を、決して人殺しには使わないと誓う。それはなのは達の望む“力”ではないから。
彼女達は守る為。助ける為。救う為に魔法を使うのだと決意する。
それが子供じみた綺麗事だとしても。
彩那は大きく息を吐いた。
『勝手になさい。元々、私がどうこう口出し出来る立場じゃないもの』
降参するように返した。
『あ、そうや。わたし、綾瀬さんにお願いがあったんや』
『?』
このタイミングでするお願いとはなんだろう?
思い付かない彩那にはやてから送られる念話から緊張が伝わる。
『これからは、綾瀬さんのことを、彩那ちゃんて呼んでえぇかな?』
はやての申し出に彩那は瞬きする。
『今までは前からの癖で綾瀬さん呼びやったろ? でも今は綾瀬さんだけそんな呼び方は変かな思って』
『別に、構わないけど……』
『ホンマか!』
やったぁ! と歓喜の声が念話で伝わる。
それにフェイトが思い付いた事を伝えてくる。
『じゃあさ。アヤナも、私達をちゃんと名前で呼んでくれると嬉しいな』
『それわたしも思ってた! 彩那ちゃんだけずっと名字呼びなんだもん!』
『……それは将来の私に期待しなさい』
プツリと念話を切ると、アーッ! 逃げたぁ!? と念話で叫ぶ。
それを彩那は寝返りをうって顔を背ける。
その顔は赤くなり、目尻に涙を浮かべているのは、誰にも見られなかった。
翌朝、彩那は自分のマンションのドアを開ける。
「……ただいま」
気後れしつつも帰宅する。
すると朝食を準備していたのであろう母がエプロン姿で出迎えてくれた。
「おかえりなさい。お泊りはどうだった? 朝ごはんは?」
「うん。向こうで食べてきたから」
彩那の返答に母はそう、と少し残念そうに微笑む。
普段通りの母に彩那は戸惑いつつも靴を脱いで部屋に入る。
「あのっ!」
「話はリビングでしましょう。お父さんも起きてるから」
「う、うん」
出鼻を挫かれる感じがしつつも言われた通りにリビングまで歩く。
「おかえり、彩那」
リビングでは、テーブルの椅子に座って新聞を読んでいる父が居た。
いつも通りの朝の風景に困惑しながらも席に着く。
母も座ると父も新聞を畳んで娘を真っ直ぐに見る。
それに居心地の悪さを感じつつも目を逸らさずに両親を見た。
もしかしたら、これが両親と過ごせる最後の時間かもしれないのだ。
「昨日の話だけど……正直、僕達は未だに彩那が体験した事に関して半信半疑なんだ」
それはそうだろうと思う。
娘が異世界で人殺しをしていただなんて簡単に信じられる親がどこに居るのか。
「もし本当なら彩那達を拐った連中を許せないし、怒鳴りつけてやりたい気持ちもある」
父の言葉をそこから母が引き継ぐ。
「だけどね。私達は彩那が帰って来てくれた。それだけで良いの。貴女が無事なら、それだけで充分。昨日2人で話して、そう気付いた……いえ、確認した、かしら」
両親の言葉に彩那が震えた声を出す。
「……私は、2人が知ってる綾瀬彩那とは全然違うんだよ? 年齢だって本当は……」
「10年だから今は19? そんなの、お母さん達からすればまだ子供よ。それに体だってまた大きくなるんでしょう?」
だから何の問題もないと言う。
両親からすれば行方不明だった娘が帰って来てくれた。それだけの事だ。
父が彩那に目線を合わせて頭に手を乗せてくる。
「彩那がそんなに辛い目に遭ってたのに、傍に居てやれなくてゴメンな。だけど、よく頑張ったね帰って来てくれて、ありがとう」
父が頭を撫で終わった後に母が彩那の頭を抱く。
そして2人は帰って来た娘を自分達の温もりで包むようにこう言った。
『おかえりなさい、彩那』
じわりと、彩那は目頭が熱くなる。
どこかで、両親は今の自分を受け入れてはくれないだろうと思っていた。
信じなければいけない人達を信じなかった。
なのに、それを含めて両親は彩那を受け入れてくれたのだ。
震える腕が躊躇いがちに母の背中に回される。
拒絶されない事実を安堵するように力を抜いた。
「ただいま……ただいま……お母さん、お父さん……」
この時、綾瀬彩那は本当の意味で両親の下に帰って来たのだ。
リンディはアースラのクルー達から提出された報告書を纏めたり、自分が提出しなければならない報告書を作成していた。
旅行に行く為に後回しになっていた闇の欠片事件に関する報告書だ。
特製のお茶を飲みながら作業をしていると、旧知の仲であるレティから通信が入った。
『旅行は楽しめた? リンディ。こっちはずっと仕事漬けだったけど』
「……嫌味を言いに来ただけなら切るわね」
軽い冗句だと理解していても、今は相手にする気分ではなく、通信を切ろうとするが、レティが待ったをかける。
『そこまで暇じゃないわよ。貴女に話しておきたい事が2つあってね』
仕事の話だと理解してリンディは反射的に背筋を正す。
『先ずはグレアム提督だけど、管理局を辞職する形で決着がついたわ。管理局を去った後に使い魔の維持を除いたリンカーコアの制限と退職金の受け取りを全額固辞する形でね。仕事の引き継ぎもあるから、正式な受理はもう少しかかるけど』
「そう」
今回の闇の書事件に関するグレアムの独断は管理局内でも大分意見が分かれていた。
闇の書の主である八神はやてを見つけていながら本局への報告を怠った責任を強く追及し、処罰を下すべきだという意見。
もう1つは、闇の書という長年管理局も対処に困っていたロストロギアを解決する為には仕方がなかったという擁護の声。
ただ、下手に大っぴらにグレアムを処罰してしまうと、これから情報制限がかかる八神はやて──―延いては、闇の書の騎士に辿り着いてしまう。
これからは管理局の戦力として彼女達を使いたい上からすればそれは非常に都合が悪い。
だが今回の件で何のお咎めも無しでは困るので、今回の処罰が下ったのだろう。
(もっとも、グレアム提督は最初からそのつもりだったのかもしれないけど)
闇の書を終わらせる為とはいえ、1人の少女の人生を台無しにしようとしたのだ。
計画の成功の成否に関わらず、局を去っていたかもしれない。
そこでレティが困ったように口を開いた。
『グレアム提督の処遇について、彼に軟禁されていた綾瀬彩那さんの意見も訊いたのだけど。彼女、なんて言ったと思う?』
「……」
大体予想がつくので黙って続きを聞く。
『どうでもいいって。そっちで勝手に判決を下してくれればいいって言われたわ。八神はやてに気を使った、とかじゃなくて、本当にどうでもよさ気にね』
「まぁ、そうでしょうね」
綾瀬彩那からすれば、自分も誰かに罰せられる側の人間で、誰かの罪を糾弾するなど烏滸がましいという想いなのだろう。
だから彼女はこれから先、自分の身近な人間に危害を加えない限りは基本無関心を貫く。
(そういうところは、これから少しずつ改善してくれれば良いのだけど……)
息子のクロノが言ったように、1人の兵士だった彼女に責はなく、それを取らなければならないのは彼女とその友人達を巻き込んだホーランドという国だ。
リンディの心の中の心配を余所に、レティからの話が続く。
『リンディは今回、綾瀬彩那さんから何か聞いたんでしょう?』
「その事なんだけど、報告はもう少し待ってもらうつもりよ。今はまだ、とてもじゃないけど報告できる内容じゃないから。幸い本局でも彩那さんの注目度はそれほど高くはないでしょう?」
本局からすれば高町なのは同様に地球で起きたロストロギア事件の解決に尽力してくれた少女という認識だろう。
失われた貴重な魔法技術を有している点を加味しても、精々注目度は高町なのはより少し上くらいか。
今は八神はやてとその騎士達の方がよほど注目度が高い。
それを隠れ蓑にさせてもらう訳ではないが、しばらくは報告を遅らせても問題ない筈。
レティが次の話に持っていく。
『それと、貴女が提案した部署の件。どうにか通りそうよ。期間や詳しい内容はこれから詰めていく予定だけど』
「それは朗報ね」
部署というのは、地球の東京都に管理局の部署を置く提案だ。
この短い期間に大きなロストロギアの事件が多発したのだ。様子見としてしばらくはアースラのクルーを中心に人材を置きたい。
マテリアルが言っていた砕け得ぬ闇についても気になる。
綾瀬彩那が時間と空間を跳んだ件も調べたい。
それに嘱託魔導師として形だけでも綾瀬彩那を所属させておけば、本局も下手な手出しは出来ないだろう。
今彼女を本格的に管理局に関わらせるのは避けたいというのがリンディの本音だった。
『そう言えば、第一級指定のロストロギアである闇の書。なのに事件が終わってみれば死者0名な上に優秀な魔導師やベルカの騎士の確保にも成功して。リンディ提督はどんな奇跡を使ったんだって、話題になってたわよ?』
レティの話にリンディは、あらまぁと頬に手を当てる。
「別に私は大した事はしてないのよ。頑張ったのは子供達ですもの」
大人として情けないが、本当なのだから仕方がない。
「でもそうね。奇跡が起きたのだとしたら、それは闇の書事件が今の形で終わった事じゃない。そんなのは本当の奇跡からすれば些細な事なのよ」
リンディは昨日アースラを見て回った6人の少女を思い起こす。
本当の奇跡は、もっと根本的なところから起きていたのだと確信している。
沁み沁みと話すリンディにレティは先を促す。
『と、言うと?』
「あの子達が出逢ってくれた事。それこそが本当の“奇跡”なのよ、きっと」
過去話投稿し始めたの今年の1月だよ。終わんの遅っ!?